三菱地所アルティアム 閉館のごあいさつ

三菱地所アルティアムは、本日をもちまして閉館いたしました。展覧会を通して素晴らしい体験をもたらしてくださった作家の皆様、好奇心とともに何度もここを訪れてくださった来場者の皆様、そして作家と来場者を繋ぐべくご尽力くださった企画・設営・運営に携わる関係者の皆様に心より感謝申し上げます。開催した展覧会333本それぞれに、大切な出会いがありました。

アルティアムは、商業施設イムズの中から32年間幅広いジャンルの表現を紹介してまいりました。「情報受発信基地」を掲げるイムズだからこそ実現できたこと、小さなギャラリーだからこそ生まれた交流が多くありました。

アルティアムという場所はなくなりますが、これからも皆様の中にアートを楽しむ心があり続けることを願っています。

 

2021年8月31日
三菱地所アルティアム

*三菱地所アルティアムのウェブサイト、SNS(Facebook/Twitter/Instagram)は、閉館に伴い、2021年9月30日をもちまして閉鎖いたします。これまでご覧いただき、ありがとうございました。

絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。

感想帳より

会期は残り2日です。アルティアムでは、展覧会ごとに会場出口に感想帳を置いています。日々たくさんのメッセージをありがとうございます。皆さまからの声をお届けするべく、感想帳は会期が終わったら作家へもお届けしています。今回は最後の展覧会ということもあり、展覧会を見て感じたこと以外にも、アルティアムやイムズへの想いをたくさんの方が寄せてくださっています。
DSC07142
下記に一部紹介させていただきます。

・・・・・

・現代美術を好きになったきっかけはアルティアムでした。たくさんの素敵な作品をありがとうございました!

・20年以上ぶりに参りました。福岡に仕事で通っていた頃は、よくここへふらりと立ち寄っていました。ここでしか味わえない空気が好きでした。

・イムズとアルティアムが大好きでした!知らない美しいものや、色んなアートに触れることができて、本当に幸せな時間を過ごせた場所でした。

・20数年前、大学進学で福岡へやって来て、それ以来ずっと通っています。現代アートを身近に感じられる素敵なアートスペースで大好きでした。今までありがとうございました。

・福岡にあるギャラリーの中で、最もよく通い、1番好きな場所でした。最後まで素敵な作品をありがとうございました。

・たくさんの素敵なアートに出会わせてくれた場所でした。なくなってしまうのは、とても淋しいです。

・紹介してくださった作品展、作家、とても印象深く心に残っています。淋しくなります。

・ここで初めて出会う素敵なアーティストも多かったです。これまで素晴らしい展覧会をありがとうございました。

・新しい出会い、時に自分を見つめられる素敵な出会いをたくさんもらいました。なくなってしまうのはとても淋しいけれど、ここで出会った作品たちは、どこかで息をしているし、自分の中で生きています。またいつかどこかで会えることを願っています。長い間、お疲れさまでした。たくさんの出会いをありがとうございました。

・いっぱい先鋭的なアートを見せていただき感謝です。

・今日、ここに来れた。それだけで、また頑張れる!感謝しかない。ありがとう。

・アルティアムの展示を毎回楽しみにしていました。ここで出会ったアーティストに、人生を変えてもらったりもしました。ありがとうございました。

・他ではやりそうにない展示、おもしろかったです。街の中にこういう場所、必要だと思います。

・アルティアム、本当に大好きです。ここで出会ったもの、感じた気持ち、この場所が無くなった後も、必ず私の中で静かに息づいて、これからも長く熱く脈打ってくれるものだと思っています。

・アルティアム、ありがとう。ここに来ると、浄化されるような気がします。

・アルティアムのスピリットが、新しい天神に受け継がれることを期待しています。

・たくさんの思い出、記憶、経験をくれたアルティアム、そこで働く皆さまに感謝しています。

・何度も何度も足を運びました。今までありがとうございました。

・趣旨と切り口が斬新で、何かをいつもいただいて帰途についていました。お疲れさまでした。

・塩田さんの展示にあったように、たくさんの人がその人の靴で、その人の足どりで、イムズを歩いたであろう。その歴史が、これからもずっと、福岡に残り続けることを祈っています。最後に素敵な展示をありがとう。

・素晴らしいアーティストの作品と、1対1で贅沢に向き合う時間をくださりありがとうございました。こんな場所がまた福岡にできますよう。32年間お疲れさまでした!

・いつもセンスが良くて大好きなギャラリーでした。

・長い間ありがとうございました。思い出はいつまでも消えません。

・約10年ぶりに来ました。アルティアムの独特な浮遊感と閉塞感が心地よかったです。

・この場所の独特の静けさ、空気は他のどこでも体感することはありませんでした。優しい空気をいつまでも忘れません。

・アートは自由だということを教えてもらった、かけがえのない場所でした。アルティアムもイムズも私の青春そのもの!

・アルティアムのおかげで色んなアートに触れることができました。

・大学生の頃から、時々通ってはたくさんのアートに触れて楽しませてもらいました。まだまだ、色んな作品を見たかったです。残念ですが今までありがとうございました。

・非日常と出会える、こんなに素晴らしいことは、人生で何度もないと思います。その機会を作ってくれたこの場所に、深く感謝です。

・福岡からアルティアムがなくなるなんて信じられません。この街が素敵なのはアルティアムがあったから、というのも1つあると思います。

・淺井裕介さんのイムズ・アルティアムの建材をそのまま生かした作品に感動しました。最後ならではの作品、今までの展覧会の数々も思い起こしました。アルティアムは大好きな場所なので本当に残念です。

・私も床に溝を掘りたくなりました。あの部屋住みたいです。

・オープン当初からお世話になりました。まだ赤ちゃんだった娘を連れて、ボルタンスキーを見に来たことが思い出されます。その娘も今年30歳です。たくさんの人がアルティアムで現代美術への扉を開けたことと思います。

・入場チケットや会員カードも毎回グッとくるデザインで最高でした!

・たくさん新しい世界を見せていただいた大好きな場所でした。

・ふらっと気軽に立ち寄れるアルティアムが好きでした。

・色んな形の展示を楽しませていただきました。作家、スタッフの工夫に頭があがりません。なくなってしまうのが本当に淋しいです。

・長い間アーティストやスタッフ、関係者の方々、本当にお疲れさまでした。ここは僕の青春です!

・今までたくさんありがとうございました。小さな場所でしたが、たくさんの感動や発見、喜びをいただきました。大好きな場所です。忘れません。

・淺井さんの今のイムズならではの作品と靴の作品が素晴らしかった。

・天神の街の大切な部分が、ぽっかりなくなってしまうようで淋しいです。

・ここがなくなるなんて、今も信じられない気持ちですが、みんなの心の中で淺井さんの作品のように次の船出へ、最果さんの作品のように残る花となり、これからも私たちの中に生き続けると思うと淋しくない…と気を強く持とうと思っております。

・若かった頃、この場所でどれほど刺激を受けたか。15年ぶりに戻って来て、最後の展示を見れて良かった。ひとつ福岡に来る動機が減りました。でも、ありがとう。

・毎年夏の暑さを吹き飛ばす感動をさせてもらっていました。これで最後、とても残念です。

・母と一緒に来て、暗闇の中のアートを笑いながら楽しんだのも、いい思い出です。なくなるのは淋しいですが今後もアートを楽しむ気持ちは持ち続けたいと思います。今までありがとうございました。

・8階へ上がって行くとき、なんとなく気持ちも高揚しながら、展示を拝見していました。

・福岡で現代アートが鑑賞できる場所は少なく、貴重なスペースなので、なくなるのはとても残念です。

・福岡にこの場所があることで、多くのアートに触れることができました。有難い場所です。心からの感謝を。

・平凡な人生から逃避させてくれる場所でした。大好きな空間、最後に深く呼吸をして落ち着いて帰ります。

・本当になくなってしまうんだ…と思って泣けてきました。私にとってのイムズはアルティアムでした。ありがとう。

・幼少期からここでたくさんの感性を学ばせてもらいました。最後の展示、よかったです。

・エマージェンシートに包まれたブロックが印象的でした。

・心の中にある衝動性を何度も引き出してもらいました。目の前のアートと自分を何度も結びつけました。なくなってしまうのは残念ですが、多くの方の記憶に刻まれていると思います。

・気の利いたこと、書こうと思ったけど記憶がありすぎて、何も言葉にできません。さみしいよ。

・アルティアムの会員として、いろんな展示を観させていただき、その度に感動したことを覚えております。長い間ありがとうございました。今日は最後の作品展に来られて幸せでした。

・心揺さぶるアルティアムでの体験は、人々の生活におけるアートの必要性を確信するものでした。

・何度もここに来ました。気軽にアートに触れられて、くつろげる嬉しい場所でした。

・学生時代から何度も足を運びました。仕事・育児で忙しく、今日は久々に来ました。とても懐かしく、嬉しい気持ちになりました。

・心が落ち着く場所。生き返れる場所。ありがとう。

・「最後」だからこそできる表現が深く心に染みました。どの作品も素敵でした。

・この場所がなければ、私はきっと、もっと街に疲弊していたものと思います。あの頃と今の私に安らぎと新鮮な空気を与えてくれたアルティアムに感謝します。

・32年の月日が流れてもアルティアムはアルティアムでした。楽しい企画をありがとうございます。

・最後に来れて本当によかった。ここで出会えた作品と作家の方々とまたどこかで会える。

・最果タヒさんの詩がとても心に残りました。「Where are you now」という作品もとても好きです。

・20年近くいろいろな展覧会を見せていただきました。身の回りの環境が変わり忙しいときでも、ふらっと立ち寄って自分のペースを取り戻せる場所だったと思います。アルティアムもイムズも大好きです。

・高校生の頃、無料で見られるという理由だけですべての展覧会に通っていました。今となっては、それがどんなに貴重な経験だったか、身に染みております。アートを身近なものとしてくれて、本当にありがとうございました。

・いつも素敵な展示をありがとうございました。街中にあって、買い物の合間にもふらっと立ち寄れる身近な存在で、イムズに来る楽しみのひとつでした。

・語らないものである作品に語りかけられ、そのものに込められた思いを想像するのがとても楽しかったです。心に花が咲く体験をありがとうございました。

・心に残るものとたくさん出会わせてもらいました。アルティアムの展示が大好きです。

・時々来ると、日常の煩わしさを忘れて、アートの楽しさに集中できるひと時をもらえる空間でした。たくさんの人のいろんな思いが、アートによって少しでも彩られますように。

・イムズがただの商業ビルでない象徴のような空間、素敵な体験をたくさんの方に届け続けてくれてありがとう!

・福岡に住んでいるわけでもないのに、なぜか何度も訪れていた不思議な縁。なくなるの残念です。

・最果タヒさんの言葉を吸い込みに来ました。美しく力強い展示をありがとう。

・なくなるのは悲しいけれど、アルティアムが残したもの、築いたものは絶対になくならない。

・アートを楽しむ心があれば、日々の生活が豊かに彩ることを教えてくれた場所です。

・テトラポットの展示スペースは、自分がどこにいるのか分からなくなる感じがしておもしろかったです。

・気軽に立ち寄れてリフレッシュできて、すぐそこにあるとっておきの場所でした。

・引っ越してきて、1人暮らしを始めて、いつも心の癒しでした。ちょっと淋しいけど、それ以上に感謝です。ありがとうございました!

・最後の展覧会だと思うと涙が出そうになりました。アルティアムで展示された作品に、いつも心を救われてきました。私の青春の思い出の場所です。

・いつも革新的な企画で驚かせてくれて、ありがとうございました。最後もアルティアムらしさのある刺激的な展示でした。

・・・・・・
お越しの際は、鑑賞後にぜひご覧になってみてください。31日までご来場、お待ちしております。
*8/31(火)は19時までです。ご注意くださいませ。

【展覧会ページ】
アルティアム最後の展覧会
絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。

2021/7/14 − 8/31

絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。

作品紹介

会期は残りわずかです。会場の順路に沿って、7名の作家による展示作品を紹介いたします。会期中にご来場が叶わないという方もなかにはいらっしゃるかもしれません。また、ご来場になった方にとっても鑑賞の一助となれば幸いです。

鹿児島睦《鳥》
本展のための新作。鳥たちが飛び立ったり戻って来たりする木のように、心の拠り所となるような場所であり続けることを願って制作されました。
0U8A0166(鹿児島さん) 0U8A0169(鹿児島さん)

山内光枝《潮汐 2012-2021》
東日本大震災後に制作した作品をもとに、パンデミック禍に撮影した映像を加え再編集されています。アジア各地で素潜り漁に携わる人々が海に向かい「呼吸」する姿が、人類としての原点に立ち返らせるようです。

0U8A0174(山内さん) 0U8A0176(山内さん)

 

潘逸舟《where are you now》
エマージェンシーシートで包まれた高さ3mにおよぶ消波ブロック。波や漂流するブロックを俯瞰する映像が映し出され、移動が制限される時代に個と群れの関係を考えさせます。
0U8A0177(潘さん) 0U8A0183(潘さん)

淺井裕介《Following the last breath》
会場の床や壁のビス穴跡、イムズ外壁に用いられた有田焼を活用し、最後の展覧会ならではの作品となっています。また、イムズ館内外にも3点作品を制作しています。
0U8A0188 DSC07114

塩田千春《大陸を越えて》
人々から集められた靴とそれらにまつわる手書きのエピソードに宿る記憶が、赤い糸によって1点に収束されています。
0U8A0243(塩田さん) 0U8A0242(塩田さん)

津田直《やがて、鹿は人となる/やがて、人は鹿となる》
Reborn-Art Festival 2019への参加をきっかけに生まれた本作は、本展にて作品集という形に結びつきました。閉館を迎える場所で、「いのち」に考えを巡らせる展示となっています。
0U8A0246(津田さん) 0U8A0252(津田さん)

最果タヒ《絶滅》
本展に寄せて書き下ろした詩。本展タイトルでもある詩は、それぞれの解釈を掻き立てる一方で、閉館を迎えるアルティアムに思いを重ねて読む来場者も多くいらっしゃいます。
IMG_8552 0U8A0256(最果さん_差替え前)

[画像]撮影:古賀亜矢子、三菱地所アルティアム

*会場内は撮影可能です。山内光枝作品のみ、動画撮影禁止。
*淺井裕介による館内外作品の設置場所についてはこちらをご覧ください。
*ご来場前に「新型コロナウイルスに対する三菱地所アルティアムでの取り組みについて」をお読みくださいませ。

【展覧会ページ】
アルティアム最後の展覧会
絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。

2021/7/14 − 8/31

絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。

淺井裕介 イムズ館内外作品 設置場所

出品作家 淺井裕介による、滞在制作作品をイムズ館内外3ヶ所にてご覧いただけます。

電飾カバー作品

電飾カバー作品 撮影:古賀亜矢子

 

・・・・・

日々変化を続ける世界の中で、華々しく生まれてくるものがあれば、ひっそりと誰にもみられることなく消えていくものがある、すべての場所に命が宿る可能性があるとして、それはこんな形かもしれないと、想像し手を動かしてみる。
昨日なかったものが今日はここにあって、今日あったものが、明日には無くなっているかもしれない、完成させることは大事ではない、より可能性を探り最後まで成長を止めないこと、日々刻々の空間の声を聞き漏らさないように注意深く筆を進めること。

2020年2月以前の世界と今の世界は随分と変わってしまったように見える、移動は困難になり、仲の良い友人たちに会うのにも何かと気を使わねばならなくなった、そんな中で美術にできること、今ここにまだ生きているのだと見えない声を形にしていく、まだまだできることも考えることもありすぎて困る。

こんな風にして、いろんな時間と並走を続けながら営業終了後の夜のイムズで8月12−15日の4日間このガラス絵を制作しました、ビルの解体と共に無くなるこの作品を、イムズの32年の歴史最後の2週間をひっそりと共にできたこと光栄に思います。

淺井裕介

*Following the last breath 6(設置場所:6~8Fエスカレーター)に寄せたコメントです。

日時:2021年8月31日まで 10:00~20:00 最終日8/31は19:00まで
場所:2F下りエスカレーター、6~8Fエスカレーター、館外北側宝くじ売り場そば・自転車置き場横電飾カバー

【展覧会ページ】
アルティアム最後の展覧会
絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。

2021/7/14 − 8/31

From the Artists

三菱地所アルティアムは、7/14(水)開幕する展覧会を最後に2021年8月31日で閉館いたします。閉館を迎えるにあたり、これまでアルティアムに関わってくださった作家の皆さまより、コメントを頂戴しました。閉館までの期間、「From the Artists」と題し、いただいたコメントを当時の展示風景とともに紹介していきます。
これまでの展覧会を振り返ることで、皆さまのアルティアムでの記憶に思いを巡らすきっかけとなれば幸いです。そして、ここで皆さまの心に留まる作品や作家との出会いがあったのであれば、大変うれしく思います。

本企画に賛同しコメントを寄せてくださった作家の皆さまにこの場を借りて心よりお礼申し上げます。

三菱地所アルティアム

・・・・・・・・・・・・・・・

今は亡き九州芸工大に通っていた頃からずっと、その企画の眩しさに吸い寄せられるように通い詰めたアルティアム。「いつかここでやりたい」と密かに胸を熱くしておりました。
そんな僕にとって2014年の「大空気展」は、Dream come true の体現でした。
地方の一企業を丸ごと展示するという馬鹿げた冗談のような企画展。
こんなことを軽やかにやれてしまうアルティアムに、むしろ「もっとやれ」と背中を押されているようでした。
アルティアムは、これからも永遠に僕の中で眩しく輝き続ける存在です。

 映画監督 江口カン(KOO-KI
IMS 25th Anniversary
『大空気展~KOO-KIが作る映像と仕事~』ウソはホントで作られる。(2014)

 

2019年の夏は暑く、展覧会も熱かった。
ヘトヘトになりながら、展示をし、不思議の国のアリスの衣装を飾ったからか、不思議で楽しい森に迷い込んだ。パフォーマンスは観客を巻き込み、ワークショップではユニークないきものが沢山生まれ飛び立ち、夢のように楽しく幸せな時間を私もここで過ごした。
それは、アルティアムと共に働く人の優しさが展覧会を訪れる人にも伝染したから。
展覧会が閉じるように、この場所はなくなってしまう。
でもここで起きた出来事や出会った関係はきっと続いて行く。
また違う形で会いましょうね。

ひびのこづえ
ひびのこづえ展「みる・きる・つくる」(2019)
内藤こづえ個展 寄生(1996)

 

30年近く前、アーティストとしてのキャリアがスタートした頃、僕の目標はアルティアムで個展をすることだった。つい最近、このことを話す機会があり、夢が叶った日の感情が鮮明に蘇った。閉館することはとても残念だけど、ここからたくさんのアーティストを送り出し、そして福岡・九州のアートシーンを確実に前進させた場所として記憶に残り続けるのだろう。多分、こんな素敵な場所はもうできやしない。だから、アルティアムの精神を僕たちは引き継ぎ未来を創るのだ。お疲れ様でした。ありがとう。

山出淳也
イントロダクション・シリーズ1994
山出淳也 VARIOS 150(1994)

 

32年間もの間、アートを発信し続けてきた空間。偉大で素晴らしい事です。
スタッフの方々も情熱的で、尊敬の念が尽きません。
このコロナ禍では、アートもオンラインで見られたらいいとなりましたが、ところがやはり、実物に触れてリアルに対峙してこそ感じられるものがあったのだと、改めて思います。
幕が閉じてしまうことが寂しくもありますが、その空間で実物を観た感動は人々の中に、ずっと残る事でしょう。

瀧本幹也
LAND SPACE 瀧本幹也写真展(2014)

 

私がアルティアムで行った展覧会は2011年、東日本大震災が起きた年の秋でした。当時は、表現に迷い悩みながら少しづつ活動を始めた頃でしたし、福岡での展示も初めて。だからこそ、あえて、「とんこつラーメン」に顔を突っ込むという破天荒なパフォーマンスを実行したのだと思います。コントロール不可能なものへの畏敬の念と同時にそれを突破するために。成功したかどうかは今でも解らない。しかし、それら全てを受け入れてくれた福岡の皆さんのことは忘れません。

宮島達男
宮島達男「その人と思想」展
— 宮島達男は何を考え、どう生きたのか(2011)

 

「アルティアムでいつか展示がしたい」写真家を目指した頃からそう思っていた。
今年、その願いが届いて写真展を開催させてもらった。
撮り下ろしをした二家族との出会いが、とくに思い出深い。
アルティアムが閉館しても、二家族の方とはこれからも会えるし、会うとアルティアムでの特別な時間を思い出すだろう。

浅田政志
浅田政志写真展『私の家族』(2021)

 

2014年、記録的な大雪の中、私たちにとっては初めての個展ということもあって、やりたいことをたくさんプランに詰め込んで、作品もパンパンにトラックに詰め込んで、埼玉から福岡に向かいました。そんな無鉄砲な私たちのプランをアルティアムのみなさんはとても真摯に受け止めてくださって、福岡のたくさんの美術関係の方々にも協力をいただいて、何かみんなで一丸となって展覧会を作らせてもらったのが強く心に残っています。
今もふと、福岡で過ごした搬入の日々や、展示室の音やぼんやりとした光、その時交わした些細な会話などを思い出しては、あー、あの瞬間に戻りたいな~っと思います。
アルティアムはずっとあると思っていたし、まだ信じられない気持ちもあって、寂しいですが、でも、またきっと、みんなが戻りたくなるような場所が生まれることを願っています。

現代アートチーム 目[mé]
状況の配列(2014)

 

何か食絡みのことを、とお話をいただいたとき、庭木になるくらい柑橘類が豊富に実る生まれ育った福岡の土地柄が思い浮び、素材を収獲するところから始めた。糸島の金柑+田主丸の胡麻祥酎+白ざらめ。古賀のメイヤーレモン+糸島の牛乳+グラニュー糖+八角。最終日、集まった来場者が仕込んだ果実酒を開けて会場で飲み、瓶ごと持ち帰るまでが一式。「木甘橘系」はアルティアムという場でなければ出来ない展示だった。心から感謝。

福田里香
木甘橘系 福田里香展(2005)
三菱地所アルティアム開館20周年記念展
アルティアム プロスペクティヴ —20年の時を超えて愛されるもの(2009)

 

福岡出身の学生だった私のアートとの出会いは、2002年アルティアムの展覧会。
はじめて制作したインタラクティブアートを展示させて頂き、私の作家としての第一歩となりました。
10年後の節目となったLIGHT EMOTION展では光をテーマとした展覧会を開催。
私のアーティストキャリアに大きな影響を与えて頂いたアルティアムへの感謝と共に、福岡発のアートシーンのこれからに期待しています。

松尾高弘
2002 アジアデジタルアート大賞展(2002)
松尾高弘展 LIGHT EMOTION(2012)

 

2013年に写真展をさせていただきました。
いち写真家にとって、オリジナル作品を直接みなさまに観ていただけるという喜びは、ギャラリーあってのことです。
写真家にとっても、観にいらっしゃる方達にとっても、ギャラリーは永遠です。

鋤田正義
鋤田正義展 RETROSPECTIVE SOUND & VISION(2013)

 

2017年の夏に、絵本「モノモノノケ」(アリエスブックス)の展覧会を開催させて頂きました。会場には、絵本に登場する42体のモノモノノケ達と、期間中に来館者のみなさんが生み出したモノモノノケ達が溢れ、楽しく怪しい展覧会となりました。アルティアムでまたいつか!と思っていたので残念ですが、福岡を拠点にしている、出版社、デザイナー、映像作家、音楽家、そしてアルティアムやイムズのみなさんと一緒に、福岡ならではの展覧会を作り上げられたことは、自分たちにとって、かけがえのない経験になりました。本当にありがとうございました!

tupera tupera
絵本作家 tupera tupera × 写真家 阿部高之
イルヨイルイル モノモノノケ 展(2017)

 

tupera tuperaの二人と共に作らせていただいた絵本『モノモノノケ』(アリエスブックス)の世界を展示させていただけるとのことで2017年の夏、展覧会をご一緒させていただきました。
あの空間で作品を展示させていただいたこと、アリエスブックスのまりさん、目黒さんはじめアルティアムのみなさんや福岡のクリエイターさんたちとご一緒できたことは刺激の多い、とても有意義な経験となりました。
これでおしまいではなく、ここで出会った皆さんとの今後の拡がりを楽しみにしています。
本当にありがとうございました。

阿部高之
絵本作家 tupera tupera × 写真家 阿部高之
イルヨイルイル モノモノノケ 展(2017)

 

僕らが手掛けてきたD-BROSの商品を併設ショップで販売をしていただいたことでアルティアムの存在を知りました。その後、2015年にKIGIの展覧会を開催させていただきました。
ホンマタカシさん、ミナペルホネン、krank marcello の展覧会等も観に行く機会があり、未だ記憶に新しいです。閉館すると思うと寂しいですね。
実は、福岡は僕が子ども(0歳〜4歳)の頃育った場所で、どこか愛着のある場所でした。アルティアムで展覧会をすることで少しばかりか恩返しができたと思っています。
32年間、おつかれさまでした!

KIGI 代表 植原亮輔
KIGI EXHIBITION in FUKUOKA(2015)

 

今思えば、
きっとアルティアムでの展示が決まってから1年くらい、
頭の中のほとんどがアルティアムになって、、、
会場が完成した瞬間、はじまった瞬間、
レセプションの瞬間、ライブの瞬間、そして終わりの瞬間、
全ての一瞬一瞬が、今まで感じたことのないドキドキでした。
僕らはほんとに幸せでしたよ。
ありがとうございました。

藤井健一郎
krank marcello ぼくらはいつのまにか 虹にさわれないことをおぼえていた(2018)

 

今から14年前の2007年にアルティアムで開催した展覧会は、九州で初めての個展だったため、自分にとっては非常に意味のあるものだった。知らない土地で、日常のデザインをテーマにした展覧会が、どのように受けとめてもらえるだろうか。結果は、とても大勢の方にご来場いただいた。このような経験の積み重ねが、2011年からスタートすることになるNHK Eテレ「デザインあ」の番組制作の発想に繋がっていった。閉館は誠に残念だが、育んだ貴重な文化を何らかの形で繋げていってほしいと、切に願う。

グラフィックデザイナー 佐藤 卓
佐藤卓展「日常のデザイン」(2007)

 

鉱物展のサウンドスケープ(BGMではなく!)という、それまでやってきた中で最も難しいお題をいただきました。鉱物のもつ何百万年、何億年という長大な時間について考えることは、まさに音の中に没入しているような不思議な感覚でした。きめ細かな気遣いととも刺激的な実践の機会を提供してくれたアルティアム。またいつの日か、どこか別の場所で引き継がれていくことを願っています。

原 摩利彦
音と旅する鉱物展 九州大学総合研究博物館コレクション(2019)

 

2017年に「原初の感覚」というテーマのグループ展に参加した。人々から集めたセーターやミトンなど手編みのものを毛糸にほどき、層を作るように円状に編んだ。編みながら、一度姿を失った編み物の、それでも糸に残る作り手たちの気持ちが指先から伝わってくるような気がした。その作品に、今年からまた別の地域で集めた誰かの編み物をほどいて編み足してゆくつもりだ。編み物は、いつでもどこからでも続きを始めることができるから。

平川渚
Local Prospects 3 原初の感覚(2017)

 

福岡に17年間住みながら作品制作を続けてきた私にとって、アルティアムはオールジャンルにアートシーンを知るための貴重な情報源であり、心ときめく作家に出会うための無二の場所、作家であり続けるための燃料と熱量を分けてもらった大切な存在でした。そのような場所で作品展示の機会を与えて頂きとても幸運だったと思っています。これまでアルティアムに関わってきた人々の情熱を次に繋いでゆけるよう、これからも制作を続けていきます。32年間の長きにわたり、本当にありがとうございました。

三輪恭子
Local Prospects 3 原初の感覚(2017)

 

2008年の谷尻誠展は僕にとって建築のあり方を考える機会を考えるとても重要なものでした。会場に散りばめられた段ボールチップの床は、来場者の移動によって徐々に導線が出来ていくものだった。
それは建築が完成してからが始まるということを改めて認識させて貰う機会にもなり、それ以降完成の概念について僕はより考えるようになっていった。
あの展覧会がなければ、いまのぼくはなかったと言っても過言ではないだろう。
アートは鑑賞者に様々な価値観の気づきを与える。
そして同時に作者にも、物事に向き合う姿勢を問うものでもあるように思う。
アルティアムという場を通して、多くの作家が自分と向き合ったことにより、大きく後の活動が豊かになったことが想像できる。
豊かな時間を提供して頂けたことに心から感謝申し上げます。

谷尻誠
谷尻誠展 —拾う建築のデザイン(2008)

 

料理家として食の展示。
不安と楽しみが入り混じりながらの
準備期間でした。
アルティアムだからこそできること、
アルティアムだからこその楽しみ方があります。
再入場ができることで、何度も
足を運んでくださる方が多く、在廊しながら
感謝の日々となりました。
記憶に残る様々な世界を創り続けてきたアルティアム。
この場所で展示をできたことを誇りに思います。
ありがとうございました。

広沢京子
jikijiki展 料理家 広沢京子 食のつながり▷食のひらめき(2020)

 

私、出身は佐賀市なのですが、大学にいた4年間は福岡市の井尻に住んでいたので福岡はとても好きな街です。実は福岡での展示回数はそんなに多くないのですが、1995年という活動の初期の段階で、アートシーンのなかで当時からすでに伝説的な場所であったIMSのアルティアムで展示が出来たことは自分のキャリアの中でとても大事なことだったりします。
そしてアルティアム個展で会ったアシスタントが、いまも自分の部下だったりするのでした。そういう意味では自分の人生を大きく変えた展示だったことは間違いないです。

八谷和彦
八谷和彦個展 ラブ・ダブラー(1995)

 

2年前の展覧会は私にとって過去最大規模。準備の間は楽しみな気持ちと不安な気持ちを行き来する日々でした。
在廊日にはお客さんの反応が気になり、こっそり会場をまわっては布影から様子を伺ってしまうほど。受付の方から、お客様が「かわいかった」「楽しかった」「不思議~」と口々に笑顔で出てきて下さるんですよ!と聞いたときは、作りたかった空間が実現できたのかなと嬉しくなりました。アルティアムでのこの経験はかけがえのないものです。本当にありがとうございました!

氷室友里
氷室友里のテキスタイル展 TEXTILE PLAY GROUND(2019)

 

三菱地所アルティアムで展示を開催させていただいたのは2019年、甚大な被害をもたらした台風19号が来た10月のことでした。オープニングの日に上陸する見込みとなり、飛行機は全便欠航、鉄道も運休し、来てくれる予定だった友人、知人から次々と欠席の連絡が入りました。お近くの方しか来られない状況に、寂しいオープニングを予想していたので、会場で大勢の観客の方が迎えてくださった時は本当に驚きました。そして熱心に鑑賞し、質問してくださる福岡の人々に囲まれ、アルティアムが30年の間にどのような活動をされて、何を作り上げられたのかを体感した日となりました。閉館はとても残念ですが、アルティアムが築いたものは多くの人に引き継がれていくと思います。

近藤聡乃
近藤聡乃展 呼ばれたことのない名前(2019)

 

1998年にアルティアムで開催した明和電機展のポスターは、明和電機が変形して「¥マーク」になる、というビジュアルをタナカカツキさんに描いてもらった。「展示してる製品を売りまっせ!」という露骨なコンセプトで、ふつうのギャラリーだと断られますが、アルティアムさんはすんなり受け入れていただきました。ありがとうございました。おかげさまで今も「¥マーク」な明和電機を続けております。

明和電機
明和電機 ショールーム(1998)

 

本展では、日常にある身近な好奇心の種をメンバーそれぞれが実らせた作品群で構成しました。開催に向け、コンセプトを練り、各自が自身と向き合い制作。また会場設計からポスター制作、広報活動などアルティアムスタッフと一緒に創り上げた空間は、そのものがひとつの作品となりました。(貴重な機会を頂き関係者の皆さまに深く感謝します。)
今後も「楽しい街をつくる」を合言葉に、日常のとなりにある知的好奇心を出発点とした新しい体験や付加価値を提示し、表現手法に拘らずチャレンジし続けます。

anno lab
日常のとなり anno lab(2019)

 

個展開始直後に福岡県西方沖地震が起き、高さ3mを超える塩の作品は倒壊した。私は元の姿に近付けようと試みたが、自然の力で完全に破壊された作品は元通りにはならず、地震前とは異なる形になってしまった。しかし、そこに立ち上がったのは長い時間をかけて風化した遺跡のような塩の階段。アクシデントによって誕生した形に、一気に時を超えたような感覚を覚えた。
そしてこの夏、私は博多で用いたその塩を使い、奥能登で新作をつくる。16年の時を超え、それはどんな姿になるのだろうか。

山本基
山本基展 Reinigen—浄化(2005)

 

My gratitude to Artium and Keiko Sakabe for having organized three exhibitions over the last ten years: “Architecture of the Future” (about the visions of contemporary Japanese architects). “Storkhouse” about the guest house I created with Terunobu Fujimori at the birthplace of composer Franz Liszt. And “Artists in New York”, about my time in Manhattan in the 1980s (with my photographs of Jean-Michel Basquiat, Andy Warhol, Keith Haring and many others.) Artium has always been supportive to introduce new ideas and concepts. Its spacious gallery set a good example, how to present art in Japan and how to encourage especially the younger generation.

Roland Hagenberg

過去10年にわたり、私の3つの展覧会を開催してくれたArtiumと阪部惠子さんのサポートに感謝しております。「Architecture of the Future 未来の建築」(現代の日本の建築家のビジョンについて)、作曲家フランツ・リストの生誕地で私と藤森照信氏が作ったゲストハウス「Storkhouse(鸛庵)」、私が1980代マンハッタンで過ごした「Artist in New York」写真展(ジャン・ミシェル・バスキア、アンディ・ウォーホル、キース・ヘリングらの写真、彼らとの手紙や著作物と共に)。Artiumは常に新しいアイディアとコンセプトの紹介を支援しています。その広々としたギャラリーは、日本でアートを発表していく手段や、特に若い世代に活動を促すための良い模範となっています。

ローランド・ハーゲンバーグ
Light Years:14人の建築家たち ローランド・ハーゲンバーグ写真展(2005)
藤森照信建築 と「鸛庵」(2014)
バスキアとNYアーティストたち Roland Hagenberg 写真展(2018)

 

時をこじ開けると「猿へ」というメッセージがふわっと現れた。生まれ育って多感な時期を過ごした街で受信したその言葉は、過去の自分たちへ向けたものだったのか、未来の誰かに向けたものなのか、まだわからない。

*赤岩やえ(福岡出身)と千房けん輔によるアートユニット”エキソニモ”は、2013年に「猿へ」と題した九州初の個展を開催しました。

エキソニモ
エキソニモの「猿へ」(2013)

 

はじめて福岡を訪れたのは、アルティアムでの展覧会のためだった。福岡の街のにぎわいには驚いた。アルティアムに訪れるひとたちの眼は未知なる好奇心に満ちていた。これまでアルティアムが創り上げた展覧会、アルティアムの展示をみた世代、最後までアルティアムを存続するために闘ったエネルギー、その記憶は未来へとつながると信じています。

田根剛
田根 剛|未来の記憶 Archaeology of the FutureーImage & Imagination(2019)

 

1996年、その頃自分はドイツにいて、日本では無名に近い作家だったと思う。そんな自分に興味を持ってくれて個展の話をいただいた。九州の地を踏むのも初めてだったが、絵画、ドローイング、そして立体と総合的に自作を展示する個展も初めてだった。展覧会終了後に芳名帳のコピーがドイツに届いた。そこには名前だけではなく、たくさんの感想が書かれていて胸が熱くなった。自分の作品が求めているのは、アートワールドや批評の中で生きることではなく、そこを飛び越えて分かり合える人々に出会うことなんだと気付かせてくれた。あれから幾年月、自分はまだ制作を続けています。アルティアム、ありがとう。お疲れさま!

奈良美智
奈良美智 Empty Surprise —空っぽの世界—(1996)
三菱地所アルティアム開館20周年記念展
アルティアム プロスペクティヴ —20年の時を超えて愛されるもの(2009)

 

担当してくれた学芸員の山田晃子さんが、大変味わい深い人だった。
展覧会をどう作るかという方向性を模索する時期に
「わたし三國さんの家に行きます」と独り決めして、
(「行っていいですか」と訊いて断られる可能性を排除したかったんだと思う)
福岡から練馬のわたしの小さいアパートまでビューンと飛んできた。
早朝から展示に使えそうなものの写真を何百枚か撮り、延々とメモを取り、
ノンストップで材料をかき集めて夕方福岡に帰って行った。
ただでさえ細っこい体が、取材の終わりには半分くらいに減ったように見えた。
学芸員ってずいぶん大変な仕事だ。
作品と作者をつなげて、それをわかりやすく展示するというのは、
考え続ける粘りと体力がすごく必要なのだろうと思う。
「(そんなにまでして)展覧会ってなんのためにやるんですか」と訊くと
「お客さんのため。お客さんの生活が面白くなるきっかけを作りたい」
というようなことを即答していた。
わたしは福岡という街にはあまり馴染みがないのだが、
今回の展覧会のおかげで福岡のイメージが山田晃子色になっている。
つまりわたしにとって福岡は、面白くて、真面目で、善意の人がいる街なのだ。

三國万里子
編みものけものみち 三國万里子展(2020)

 

歴史あるこの場所で展示できたことをとても光栄に思います。
九州での初の展覧会がアルティアムさんでした。
ビルの入り口に迷って、わかりづらい場所だなと思ったにもかかわらず
大勢の人たちが来場してくださり多くの人に声をかけて頂き、とても有り難かったことを覚えています。
会場でのコメントも沢山頂いて励みにもなりました。
小さい会場ながらも最新のアートやカルチャーを伝え続けたアルティアムさんの貢献は計りしれないと思います。
長い間ご苦労様でした。

本城直季
本城直季 新作写真展 「ここからはじまるまち Scripted Las Vegas」(2009)

 

99年に来福後、福岡で初めての展示の機会頂きました。音の出る彫刻とのコラボレーション、大輪の向日葵の花芯が描く生命の螺旋、視覚以外の知覚を刺激する絵画の試みなど、アルティアムでの展示はその後の活動の大きな転機となりました。ライブパフォーマンス、医療芸術学者との対談など、展覧会メンバー、スタッフに支えられ、沢山の来客に囲まれ、刺激的な時間と多くの出会いがありました。複合施設の中にある美術館でも画廊でもない親密感のあるスケール、オルタナティブな場、自身の活動の中で忘れられない時間です。

片山雅史
光の記憶展 ―VIEW/SOUND―(2001)

 

大学生の時、初めて自主企画展をした時のことです。美術家と名乗る、瘦せこけた小汚いお兄さんが来場してくれました。その時初めて美術家を見たので、当時の素朴な僕は、美術でどうやってご飯食べるんだろ、きっとご飯が食べれないんだ。かわいそうに。こんな大人にはなりたくないな。と思いました。そして、二度目の来場時には自身の作品集を持ってきてくれました。その中に、アルティアムでの個展の様子を伝えるカッコいい空間が掲載されていて、そこで僕は初めてアルティアムという場所を知ります。同時に、おおこれがアーティストというものなのか!と感激したのでした。あの時感じた、かわいそうで、かっこいい大人に、僕は立派になれているだろうか。あの作品集で見たアルティアムは特別な記憶です。アルティアムはそういう場所だったのです。

寺江圭一朗
Local Prospects 4 この隔たりを(2018)
For Rent! For Talent!(2005)

 

展示に向けて福岡に滞在し、学芸員の方、スタッフの方と土地のご飯を食べ、日々制作させてもらったすべての体験は僕にとって特別な場所になりました。星の王子様が出会ったキツネのように、福岡の天神1丁目にはいつでも鮮明にアルティアムがあることを思い出します。

村田朋泰
村田朋泰展 俺の路・東京モンタージュ(2006)

 

2020年3月、展示設営は終えたものの、コロナ禍の緊急事態宣言が発令され、急遽中止に。その後の粘り強いスタッフの方々のサポートがあり、会期終了最後の1ヶ月間ほどオープンすることができました。入場者制限など厳しい管理下での開催ではありましたが、ご来場いただいた方々からのSNSでの反応は賑わい、とても楽しいものでした。アルティアム閉館を知り、とても残念ではありますが、これまで積み重ねられてきたアルティアムイズムの継承を切に願っております。

駒形克己
小さなデザイン 駒形克己展(2020)

 

アルティアムは福岡で長く暮らした私にとってずっと身近で大切な場所でした。参加した展示では、生きて制作をしていくことに強く背中を押していただいたような気がして本当に感謝しております。いつでもある気がしていた場所も再開発で景色が一変し、形作られていた日常が簡単に崩れてしまうことに驚いています。見慣れた場所や人を不意に見失う不安は、けれども自分自身は何者かという問いと紐付いているようで新鮮でもあり、深く目を向けていたいと思います。

井上絢子
Local Prospects 2 アイデンティティ(2016)

 

私は、2017年のグループショーに参加させていただきました。
その当時の近作と、この展示に向けた新作を出品しました。

散乱した文字の断片を整理して、意味を持つ言葉にできたような実感がありました。

その時にしか描けないもの、形にできないまま消えていく胸の内もあります。

発表の機会をいただいたことで作品をつくることができました。幸せなことだと思います。

心の余白。
素直な墓標。
自分で自分を笑えたら…。

8Fまでのエスカレーターをドキドキしながら昇りました。

山下耕平
Local Prospects 3 原初の感覚(2017)

 

福岡や北海道、青森、東京の仲間と作り上げた『天神洋画劇場』という野放図なショーは、美術・デザイン・映像などボーダレスな「場」であるアルティアムでこそ可能だった展覧会でした。いわゆる「現代美術」に代表される欧米信仰の継続ではなく、むしろ文化的な植民地という「当事者性」の模索として、アジアの近・現代における西洋文化の誤読と消費が主題や手法になりうることの発見は、自身の創作における大きな転機にもなりました。アルティアムには感謝の気持ちでいっぱいです。

伊藤隆介
天神洋画劇場 伊藤隆介の「フィルム・スタディーズ」(2016)

 

1999年に開催した「会いたい」展では、今まで出会った多くの人々、さらにこれから「会いたい」まだまだ見知らぬ人たちを描いたペインティング・約80点を展示しました。
ちょうど、アジア太平洋こども会議が福岡で行われる時で、福岡の皆さんとトークイベントをしたり、アニエス・ベーに協力してもらってTシャツを作ったり、それ以来、福岡との縁は更に深まり、その後もプロジェクトなどで何度も足を運ぶきっかけになった、思い出深い展覧会です。

日比野克彦(アーティスト)
日比野克彦展 会いたい(1999)

 

最近、貴重な建築の解体、美術館の閉館をよく耳にしますが、また一つ重要な場所が無くなってしまうのはとても残念です。東京に住んでいた私でも90年代からアルティアムの存在は知っていました。2017年に鈴田ふくみさんからお誘い頂き、堀尾寛太さんとアルティアムで共演できた事は光栄です。そしてICCの畠中実さん、九州大学の城一裕さんにもトークイベントを企画して頂き、撮影は山中慎太郎さん(Qsyum!)にもお世話になりました。
今まで30年もの間、すばらしい企画・展示・設営に関わって来られた全ての方々に、そしてアルティアムに改めて感謝したいと思います。

志水児王
Re-actions 志水児王・堀尾寛太(2017)

 

思い出の場所がなくなること、とても寂しいです。「星空からのメッセージ展」でお世話になりました。歩くプラネタリウムを。星たちの間を歩きながら、惑星に腰をかけたり、月に寝そべったり、星たちのメッセージを読みながら歩く展示でした。「星がいつもそこにあること。ひとりのときも、寂しいときも、星空をどうぞ見上げてください。そうしたらきっと何かが、きっと近い未来に起る気がするから。小さな奇跡。いつか、どこかで必ず、誰かと会える気がする」アルティアムがあったからできたこと。作り出せた場所と時間。それを思い出すことでつながれる人がいると思います。またいつかどこかで。

大宮エリー
星空からのメッセージ展 大宮エリー(2014)

 

夫と産まれたばかりの娘との小さな家庭には、いかにも不釣り合いな大きな中古の冷蔵庫がありました。時折、開けたり閉じたりして自分の生活を記録しようと思いついたのは、1980年の頃でした。その定点観測は、やがて様々な家庭の冷蔵庫を覗くスリリングな作業から、食生活や住宅事情など色々なことに気づかせてくれました。
1998年の三菱地所アルティアムでの写真展「冷蔵庫」は、私の写真家としての第一歩だと思っております。
当時ご担当の吉村美紀様、プロデュースをしてくださったプラネット(当時)の高村和典様には、ほんとうに感謝しております。

潮田登久子
潮田登久子 冷蔵庫/ICE BOX(1998)

 

天神イムズのアルティアムで個展を開いたのは昨日のことのようだが、19年前のことと知って驚いた。第3回亀倉雄策賞を受賞し、それを機に制作した個展を福岡に巡回させていただいた。『EDITED WORKS』という名前の同展は、その後カナダ、メキシコ、サンパウロと、アメリカ大陸を縦断した。なんだか月や火星に向かうロケットの「スイングバイ」のような巡回展となり、その起点がアルティアムだった。その延長に今日があるように思う。

原研哉
原研哉展 EDITED WORKS(2002)

 

2011年の春に展覧会「GROOVISIONS FUK」を開催しました。東日本大震災直後の時期で不安と動揺がありましたが、とても冷静に展覧会を運営していただきました。たいへん感謝しております。

groovisions
GROOVISIONS FUK(2011)

 

21年前の2000年6月に個展をやらせていただきました。
まだなんもわかっちゃいねえ30そこそこの生意気なアーティスト気取りのヘタレにスタッフの皆様全員が真摯に対応してくれたのがずーーっと忘れられません。なんと申し上げて良いかよくわかりませんが、ただただ感謝しかありません。
良い人ばかりで本当に楽しかった。
ありがとうございました。

五木田智央
五木田智央展 「ランジェリー・レスリング」(2000)

 

1999年春、33歳。僕はアルティアムにおける個展のために、例えばポスター作品《切腹女子高生》を作った。僕の生涯で最もギラギラした作品だろう。あれは日本がまだ決定的な不景気には傾かず、ギャルがまだ闊歩していた当時の世相と、福岡という西の都の中心地で、画廊以外で初個展をする僕の高揚感が生んだものだった。今から思えば何もかもが若かった。ありがとう。

会田誠
会田誠個展 「道程」(1999)
三菱地所アルティアム開館20周年記念展
アルティアム プロスペクティヴ —20年の時を超えて愛されるもの(2009)

 

まずはおつかれさま…三十年以上の長きに渡り、国内外のアートやカルチャーの発信を続けたこと…地方都市でよくぞツッパり通した!博多っこ精神を隠さず、オリジナルコンテンツに果敢に挑んだこと…実にシャレとった!!そして、オレに何度も何度も、何度も声をかけてくれたこと…出身地やし、開館とほぼおんなじデビューのオレを早い時期からことあるごとに呼び出し活かしてくれた…なんだかだで結局の個展は2000年の秋…二十世紀の終わりに生まれ故郷で、「起死回生のためには死ぬしかない」が合言葉の生前葬風味の回顧展実施!今世紀に入ってからもあれこれ人を集めて呼んでくれて…うん、楽しかった…欲を言わせてもらうなら、も一度起死回生劇やりたかった。
なにより、金色に輝くイムズビルの壁面にデーンと垂らしたバナーに感心。メインストリートに向け、デパートの催事のように巨大な垂れ幕で現代美術展を告知できるなんて…それだけでもオレには充分「アート」!
間違いなく、関わった人、知ってる人にとってアルティアムは心から誇らしい、いろんな意味で…ああ、もっと話しがしたいけど今日はこれまでかな。
アルティアムよ、ありがとう…あんたたち、サイコーよ⭐

松蔭浩之
松蔭浩之個展 1965-2000 FOREVER(2000)

 

福岡県での初めての個展がアルティアムでした。
福岡県に住む家族や幼馴染などが観に来てくれた幸せな展覧会でした。
鑑賞者と作品が出会う場所が、いつも美術館やギャラリーじゃないといけないとは思いませんが、好きなギャラリーの閉館のニュースは寂しく感じます。
数か月に1度くらいのペースで福岡に行きますが、空港やビルの改築や解体、目印にしていたお店がなくなるなど、街の変化のスピードに驚いています。

牛島光太郎
意図的な偶然 牛島光太郎(2010)

 

なんだか昔話。20数年前、地元の恩師のお達しで、福岡の「ミュージアム・シティ・プロジェクト」や「北九州鉄鋼彫刻シンポジウム」の展示のアルバイト。
当時の福岡は街で展開された現代アートの中心地。内外のアーティストやキュレーター、アート関係のごった煮の酒鍋状態。ぼんやり「絵描きになりたいなぁ」と思っていたバイト君、すっかりあてられ消化不良、世の中全てがアートに見えて逆に嫌いになったとさ‼
そんなこんなで田舎者。口あんぐりで見上げてたピカピカの天神イムズ。訳のわからないすごいアートでキラキラの輝くところ、それが「三菱地所アルティアム」。
悶々していたバイト君、消化不良も代謝して骨となって血肉に変わり、頭も働き、体も動き、ふと気づいたらキラキラの場所、初めて個展ができました。
月日は流れ、悶々は今も変わらず消化不良、すっかりおじさんアーティスト。いまでは代謝も落ちてきて毎日愚痴も増えたけど、あのキラキラを思い出に意外と楽しくやってます。
これからも、ずっとありがとう‼福岡天神アルティアム。おしまい(つづく?つづいて‼)

安部泰輔
イントロダクション・シリーズ1999 安部泰輔個展 さわぐ夜(1999)

 

I am very shocked to hear the news that Art Gallery Artium is going to close down. My wonderful experience working with the gallery on two occasions in the past led me to believe that it was playing an important role, not only in Fukuoka, but also in Japan and greater Asia.

Art Gallery Artium put on great shows and also provided space and time for people to get together. I made a lot of good friends while working there too.

I also really appreciate the fact that it maintained a focus on art from Taiwan. For Taiwanese artists working internationally early in their careers—myself included—this represented a golden opportunity.

Yuan Goang-ming

アルティアムがなくなると聞いて、大きなショックを受けています。
アルティアムは、福岡そして日本、ひいてはアジアにとって、とても大切な役割を果たしてきたと信じています。
質の高い展覧会と、人々の集まる場所を提供して頂き、ありがとうございました。
展示の際には良い友人も出来ました。

また定期的に台湾のアートを紹介して頂いたことにも感謝しています。
私自身を含め、今では国際的に活躍している台湾アーティストたちが、キャリアの浅い時代に呼んでいただき、またとない経験をさせて頂きました。

袁廣鳴 ユェン・グァンミン
記憶のスキャン:袁廣鳴のビデオアート 1992-2014(2014)
三菱地所アルティアム開館20周年記念展
アルティアム プロスペクティヴ —20年の時を超えて愛されるもの(2009)

台湾現代美術展 The New Identity Part 4: Digital Edge(2000)

 

アルティアムは1989年4月開館というから、私はアーティスト活動を始めた頃からずっと注視し続けていたことになります。
フライヤーやネット上のリリースを目にするたびに響くものがあって、「タイトでいいスペースだなあ」と。
私は遠くから焦がれていても機会に恵まれないと思い、現地へ直接、展覧会開催の可能性をたしかめに行ったのでした。
誰かが推してくれたわけでも地縁があったわけでもないのに、企画を通していただけたことは、タイミングが良かったのか幸運だったのか……。
現代の絵画だけで構成した展示は、アルティアムとしてはレアだったのかもしれません。

学芸員の鈴田さん、安田さんはじめ、スタッフの皆さんには本当に力になっていただきました。
また、オープニングの際には、驚くほど多くの市民のみなさんに駆けつけていただけたことも印象的でした。
福岡の街はいい思い出ばかり。

諏訪敦
諏訪 敦 2011年以降/未完(2017)

 

アルティアムで展覧会をしてからおよそ10年の月日が経ちました。
この展覧会は今も深く記憶に残っています。
私たちのそれまでの物づくりの過程を福岡でできるだけ伝えたいと願い、展示の方法から設置まで専門的な知識も乏しい中、多くの協力を得ながら作りあげていったことは大きな達成感を感じ、その後の活動の力となりました。
商業と展覧会場が繋がっているこの場所は、日々の生活の喜びとそこに繋がる思考の体験の場であったと思います。
アルティアムの記憶がこれからの街の未来に生かされていくことを楽しみにしています。

皆川明
minä perhonen 1995→(2012)

 

Building exhibition for 1 week time at Artium was really sweaty, but at the same time it was really fun with very hard working team Artium and very good lunch including the best coffee all the time. The joyful spirit of making the exhibition installation was kept at our exhibition ¨Secrets from Forest¨ thanks to team Artium and all craft masters form Kyushu and other place from the world.

Aamu & Johan

1週間にわたるアルティアムでの設営はとても大変でしたが、同時に、はたらきもののチーム・アルティアムと過ごした時間は本当に楽しいものでした。また、福岡の美味しいご飯と大好きなKoyama Coffeeは、私たちをとてもサポートしてくれました。
チーム・アルティアムと、九州をはじめ世界各地の職人さんたちのおかげで、インスタレーションをつくり上げる喜びが、私たちの展覧会「SECRETS FROM FOREST 森のヒミツ」に息づきました。

COMPANY Aamu & Johan
SECRETS FROM FOREST 森のヒミツ COMPANY展(2018)

 

最初の展覧会は、27歳のころでした。大きな展覧会はその時がはじめてで、『うめめ』から『じいちゃんさま』まで、館内の吹き抜けや広場も会場にして、夏休みを中心に二か月間、福岡のお祭りみたいに展示したのを思い出します。
そして、アルティアム最後の年、福岡の街と人々をテーマにした撮りおろしの企画でした。天神を歩きながら出会った人たちがみんなやさしかったこと、なかよしの川島小鳥さんと祖父江慎さんと一緒にできたことも楽しかったし、そして、関わってくれたアルティアムのみなさんがいつも穏やかで、たのもしくて、うれしい思い出ばかりです。

梅佳代
梅佳代 スーパーシャッターチャンス祭り in FUKUOKA(2008)
TENJIN MATSURI 梅佳代「天神さま」 川島小鳥「ピンクの光線」(2021)

 

僕は、アルティアムで展示したことを忘れない。
また、いつか戻ってきたいと思っていた場所。
いや、願っていた場所。搬入の最中から次に
ここで何をやろうかと考えていた場所。
この場所はずうっと僕の中にあり続けるよ。
寂しくて、さよならなんて言えないね。
また会おう!

荒井良二
荒井良二じゃあにぃ(2015)

 

イムズビルでコンテンポラリーアート展という企画が始まった頃にヨーロッパから久留米(田主丸)に戻って、何年か展示していました。
塩の柱を展示したりと楽しい展示をさせてもらいました。
アルティアムでの個展では黄色の戦車を作って、その後直ぐにアジア美術館(FT2)で形を変えて展示したりと、イムズとアルティアムはとても思い出深いところです。
アルティアムとイムズに持続して来たエネルギーが違う形でも続いて行く事を願っています。

牛嶋均
牛嶋均個展 人智の研究ver. 1…遊具(2002)

アルティアムでの展示の機会に恵まれ、宮城から福岡へ旅をして、沢山の面白い方々と出会いました。そして、忘れもしない、2011年3月12日から展示撤収の予定だったので、前日、福岡への出発の準備をしていたら、東日本大震災が起きました。結局展示撤収へはいけなくて、でも、福岡で親しくなった方が、避難所まで、私が大事にしていた本を、「流されたでしょう」と、送ってくれたのでした。アルティアムでの展示のきっかけでできたあの頃のつながりは、今も生きています。

志賀理江子
カナリア門 志賀理江子写真展(2011)

 

2013年ギャラリー展示のお話をいただいた時は「えっ私が?まだ模索しながらも邁進している真っ只中のeatrip=自分と仲間達に出来ることがあるのだろうか?」と思いましたが、しかしこういったきっかけを頂くことがこの道に入った動機。そして指針は頭でなくて行動の軌跡から浮かびあがる事が多々。そんな中、この展覧会を準備することで、私たちが歩むべき道がとても見えてきたのを覚えています。

そして “食を通したつながりの旅をおすそわけする展覧会” として、一ヶ月にわたる展示の中、実にたくさんの方が足を運んでくださり、そのご縁は事あるごとにいまだに繋がっています。それは本土や九州の近隣の県の方だけでなく台湾、韓国の方まで。台湾ではこの時の展覧会のポスターが今も貼ってあるスタジオに偶然訪れました。

東京でない福岡という土地での展示はたくさんの予期せぬ出会いを産み私達の宝物となりました。こういう機会を、種を、蒔いてくれた福岡IMSの「アルティアム」ギャラリーは
eatripのこれからにもずっと生き続けています。心よりありがとうございます。

野村友里(eatrip主宰/料理人)
eatrip fukuoka(2013)

 

This building is a whale swallowing people for shopping. But deep in the belly of the whale the Artium gave the people spiritual food. This food you will not be able to buy because it is too precious.
Princess Sayako invited us to this special place 2005. It was a big pleasure to install the “Nightmoths in the Whalebelly”, as we called this show. Nightmoths live in the dark belly of the whale and give him the feeling of love.
Artium was the belly for Art in the Shopping center. The Council of Fukuoka should give Artium a new place! Keep Artium alive. People need a good feeling in the belly.
Our best experience was to meet Kumpei, helping us to install. It turned into a friendship, that last until today and forever…………

Gerda Steiner & Jörg Lenzlinger

この建物は、ショッピングに訪れる人々を飲み込むクジラです。ですが、クジラのお腹の中では、アルティアムが人々に心の栄養となる食べ物を与えてくれていました。この食べ物は、大変貴重なのでお金で買うことはできません。
2005年、当時のディレクターさや子さんは、私たちをこの特別な場所に招待してくれました。《Nightmoths in the Whalebelly*》(クジラの腹中の蛾々)を展示できたことは、とても大きな喜びでした。蛾は、クジラの暗いお腹に住んでいて、彼に愛する気持ちを芽生えさせます。
アルティアムは、イムズ(クジラ)にとって、とても大事なアートのための場所(胃袋)でした。福岡の方はぜひアルティアムを新しい場所に!アルティアムを存続させてください。人々は、その場所で得られる素敵な体験が必要なのです。
また、設営を手助けしてくれた君平さんと出会えたことはとても大切な出来事でした。今では友人であり、この関係はきっとこれからも永遠に続いてゆくでしょう…
*会場全体をくじらのお腹の中に見立て、蛾が舞う空中庭園を表現しました。

ゲルダ・シュタイナー&ユルグ・レンツリンガー
ゲルダ・シュタイナー&ユルグ・レンツリンガー 揺れる夜の庭園(2006)

 

アルティアムでは2012年に「他者である私」というタイトルの個展を開催しました。2011年の震災の影響もあり、どうにもならない心の葛藤が作品になったもので、私としてもとても心に残っている個展です。32年もの間アルティアムを通じてアーティストがその時代の空気を吸って作品を発表し続けてきたことを思うと、この貴重な文化の発信の地が失われてしまうのはとても心惜しいです。またこのような場所が福岡にできることを望んでいます。

塩田千春
塩田千春 他者である私(2012)
絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。(2021)

 

Inter Media Stationの頭文字をとったイムズビルの成り立ちともに生まれたARTIUMで行ったショッピングと題した個展では、8階まで各フロアへのマスキングプラントの制作と、館内全ての商業施設からショッピングバッグや名刺、それからロゴデータを募集し、それらを元に作品を作り出しました。
作る場所との関係性からものづくりをするという自分にとって、建物と各施設の信頼関係が保たれたこの場所での制作は心地よく、当時まだ20代の若いディレクターたちとともに実験と実践に富んだものになり、また少額ながら入場料のかかる展示というのも、若い作家にとっては大変な成長を感じる場でありました。
そして2021年このような貴重な場所が閉幕することを残念に思うとともに333回目の展示の歴史を受け止めつつ、今この場所でできる最後のひと花を飾らせてもらえたこと大変光栄に思います。

サンキューまたね!

淺井裕介
淺井裕介 ショッピング(2010)
絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。(2021)

 

2016年に初めてアルティアムのグループ展に参加して、雪の大地の中にある無数の足跡を5人の人々が辿るという映像作品を出展した。その見知らぬ足跡について行ったらどこに辿り着くのだろうか、レールの上を歩いているようでもあり、誰かの歩いた記憶をたどっているようでもあった。また作品の中には始まりがなく、終わりもなかった。どこにも属さない途中という場所だけであった。そしてこの最後の展示で、私は人間が住めない海という場所を、宇宙のように漂流しようと考えた。

潘逸舟
Local Prospects 2 アイデンティティ(2016)
絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。(2021)

 

福岡と出会い、暮らす中で2018年には個展『エリナスの森』を開催しました。
これまでは、世界を旅していても見えていなかったけれど、ここにやってきて見えてきたのは、僕らはアジアの中に生きているんだという実感だった。
かつて海を越え渡ってきた様々な文化に人々が触れ合ってきたように、福岡の街の先に島々や大陸が浮かび上がり、僕は新しい地図を手に入れたように心躍らせた。
アルティアムへの感謝を胸に、こらからも福岡の先に世界を見つけていきたいと思います。

津田直
津田直 エリナスの森(2018)
絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。(2021)

 

アルティアムを初めて訪れたのは2002年4月7日、
柳幸典さんの個展開催中でした。
当時のスケッチブックを開くと貼り付けたチラシの横に
びっしりと感想を書き綴っている。
「アート」というドデカい概念に出あって間もない興奮冷めやらぬなか、
夢中になって反応し、吸収していた頃でした。
その13年後『Local Prospects』、
そして、19年後の最後の展覧会。
自分が作家として参加させていただいているなんて
夢にも思っていませんでした。
今から20年後も、どうか生きあたりばったりで
夢にも思っていない場所に立っている勇気を
持ち続けていたいと思います。
心からの感謝を覚悟にかえて。

山内光枝
Local Prospects ―海をめぐるあいだ(2015)
絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。(2021)

 

アルティアムのような知的で楽しく、
考えさせる空間が福岡からなくなることはとても残念ですが、
アルティアムにこれまで集ったアーティスト、観客、企画や運営、
会場設営のスタッフはその記憶や感動を共有して繋がっているように感じています。
空間は無くなってしまいますが、そんな人と人との繋がりさえ大事にして、
またいつか集まることができれば、その〈場〉はいつでも再生できると楽観しています。
残すべきは物理的な空間ではなく、人と人との繋がりやその魂だと思っています。

鹿児島睦
鹿児島睦の図案展(2017)
絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。(2021)

 

アルティアムさんでの展示は、ちょうどコロナ禍の2020年の夏でした。開催直前まで本当にお客さんに入っていただくのかわからない、という中で、準備を進めていましたが、アルティアムさんで初めて公開する作品も多く、一つ一つ丁寧に展示プランを練ることができて、あのときに巡回展のはじまりがアルティアムさんでよかったなと思います。最後のグループ展のタイトルを、書かせていただきありがとうございます。絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。その場で、その作品を見ることで、手応えのように自分に残るものは、時間の経過も場所の変化もきっと関係なく、どこまでも響き続けるものだと思う。ここで展示できてよかったです。ありがとうございました。

最果タヒ
最果タヒ展 われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。(2020)
絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。(2021)

絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。

ポストカードプレゼント

本展メインビジュアルのオリジナルポストカードを、会期中ご来場いただいた方に、これまでの感謝の気持ちを込めて、プレゼントします。ポストカードにデザインされたタイトルは、最果タヒによる書き下ろしの詩の一文です。
デザイン:佐々木俊

※配布予定枚数に達したため、プレゼントのお渡しは終了いたしました。
期間:2021年7月14日~ 10:00~20:00
お渡し場所:三菱地所アルティアム受付イムズ8F
*ご入場時にチケットと一緒にお渡しいたします。
*なくなり次第終了いたします。再入場時はお渡しいたしません。
*転売は固く禁止いたします。

【展覧会ページ】
アルティアム最後の展覧会
絶望を覆すことができない恋を正義とせよ、きみが、死んでも残る花。

2021/7/14 − 8/31

浅田政志写真展

トーク レポート

浅田政志写真展『私の家族』関連イベントとして、2/6(土)に写真家の浅田政志さんをお迎えし、トーク&サイン会を開催しました。ここでは、主に会場のシリーズごとにトークの様子をレポートいたします!
(以下はトークを一部抜粋・編集したものです。本レポートの転載はご遠慮ください。)
DSC05941

ーはじめに

浅田政志です。三重県津市で生まれて、中学校の時に実家にあるカメラに触ってみたいなと思ったのが写真を始めたきっかけです。当時は、父親のカメラを借りて、友達や家の周りの風景を撮ったりしていました。高校の時に3年間写真部に在籍して、卒業後、大阪の写真専門学校に行きました。地元の友だちからは「今でも写真やってるの不思議だね」と言われたりします。
九州でしっかりとした展覧会をするのは初めてで、以前からずっと福岡でやりたいと思っていて、ご縁をいただいてうれしい限りです。

 

ー年賀状

浅田家では、年に一回父親が、津市の観光名所のようなところで僕と兄を撮って、それを年賀状にするというのをやっていて。それが毎年、高校卒業くらいまで続くんですね。家の近くの海で撮ったり、大体おそろいの服を着させられて、ポーズを撮って。子どもながらになんでこんなに早く起きないといけないんだとか思いながら(笑)。思春期になると、「もう家の前で撮らせてくれ」とか思って、めちゃくちゃ無表情になったりしています(笑)。
DSC06092
家族写真を撮るようになった今見返すと、僕の原点なのかなという感じがしています。父親もよくインタビューで、「政志に写真を教えたのは俺だ」とか言ったりするくらいで(笑)。
なぜ父親がこんなことをやっていたかというと、長崎で岡村さんの家で生まれて、浅田さんというお子さんがいないところに養子に出ているんですね。浅田さんのところで本当のお子さんが生まれて、いづらくなったりして、高校中退して、長崎を鞄一つで飛び出たということを酔っぱらったときに言っていたんですけど。結婚した時に幸せな家庭を築きたかったという思いが人一倍強くて、年賀状に三重県で子ども二人を授かって生活しているということをメッセージとしてのせたのかなと今では思います。

 

ー卒業制作

ある日、写真専門学校の先生から、「1枚の写真で自分を表現しなさい」という課題が出たんですね。大伸ばしの授業でもあって、モノクロの1mくらいの大きな作品にしましょうと。1枚で自分を表現するとなった時に、自分もいろんな側面があって、難しいなと思っていろいろ考えたんですけど、ふと、もし、一生に1枚しか写真が撮れなかったら自分はどんな写真が撮りたいのかなという疑問が頭にわいてきました。
日本には写真が江戸末期くらいからあって、その時代は偉い人しか撮れなくて、ほかの人は一生に一枚撮れるか撮れないか、そんな時代も経て、今こうして身近に便利になっているんですけど。そういう状況になったら、自分なら家族を撮りたいなと、ふと思ったんですね。一生に1枚なので、自分で家族3人を撮るより、自分の姿も写したい。家族4人で自分も写ろうと。家族全員の思い出を写真の中に入れて撮ると、姿も入りながら、思い出もあって、一生に1枚の写真にふさわしいんじゃないかと、その時僕は思って、チャレンジして撮ったのがこの写真です。

浅田政志 卒業制作(2000年)

浅田政志 卒業制作(2000年)

父が怪我をして、発見した僕が母親を呼びに行って、帰ってくるときに僕も転んで怪我しちゃって、二人とも血まみれで。家の二階にいた兄もびっくりして階段からこけて、怪我をしたという日があって。看護師の母親の病院に担ぎ込まれて、治療を受けました。周りの同僚に、「浅田さんち、事件に巻き込まれたんですか」って聞かれる恥ずかしい思い出です。母にお願いして、診察室や病院で着る服を借りて、包帯を巻いて撮った写真です。家族写真の最初の一枚です。20歳頃だったので、家族写真より、もっと外の世界とか、見たことないかっこいい写真を撮りたいと思っていたんですけど、それと真逆になるような、誰でも撮れるような写真です。でも、周りからも良いって言われたり、手ごたえがあって。その後卒業制作のために11枚撮って、学校長賞という一番良い賞をいただきました。

 

ー浅田家

さらに家族写真を撮ろうと三重県に帰ったんですけど、なかなか撮れませんでした。なぜかというと、撮りたい気持ちはあるけど、思い出を再現する、その思い出のネタが尽きたんです。それで、過去の思い出に囚われずに、未来の写真だったらどうかなと思って、僕が死んだ時の写真を撮ったんですね。自分の究極の未来を撮ってみたいなと思って。
DSC06094
最初はレリーズを使っていたんですけど、セルフタイマーに切り替えて撮りました。吹っ切れて、家族全員でF1をやっているかもとか、そうなると自由になれて、あれもやりたい、これもやりたいと。家族全員の休みが合う時に、撮影を年に数回実行しました。
構図を決めて、約2時間の間にセルフタイマーで50~60枚撮ってそこから1枚選ぶんですね。大きな印画紙に手焼きで焼いてもらっていて、むき出しの巻き込みのプリントで、ガラスもないので、ぜひ細かいところをじっくり見ていただけたらと思います。

 

ーみんな家族

それがまとまって『浅田家』を出版して、木村伊兵衛写真賞というすごい賞もいただきました。いろんなインタビューで「あなたにとって家族写真とは」って聞かれるようになって。自分としては楽しくてどんどん撮りたい、撮りたいと思って撮っていたので、そう聞かれると答えづらいなというのがあって。もう少し家族写真について、家族について、いろいろ経験したいなと思って、自分の家族だけじゃなくて、人の家族も撮ることによって、家族や家族写真のことを考えられるようになるかもしれないなと思って。
写真集を出す時に、「あなたの家族写真をどこにでも撮りに行きます」というのを書いて、応募を募ったわけです。(※現在は募集を休止しています。)それを見た方が応募してくれて、撮りに行ったシリーズがあるんですね。このシリーズも本になってなくて、展示でしか見れない、『みんな家族』というシリーズです。基本的には撮りたいという動機があって、募集したら全然メールも見切れないくらい何百通とご依頼をいただいていて。そこから、事前に打ち合わせをして、全く知らないご家族のところにお邪魔して、どういう写真を望まれているのか、そもそもどういうご家族なんだろうというのを、半日くらいかけて打ち合わせをしました。家族にとって、こういうタイミングなので、この場所でこういうふうにして写真を撮ったら良いんじゃないかみたいなことをお互い意見を出し合って、イメージが決まれば、撮影日に向かってご家族に準備してもらいました。撮影日に集まって、写真を撮って、1枚写真を選んで、最後にそれをプレゼントするということをした作品です。1枚に、時間だったり、ご家族の思いだったりが凝縮されている写真になっています。あまり説明は入れていなくて、想像していただければと思うんですけど。
DSC06090
ひとつ説明させていただくと、高知県のご家族で、頭にアフロをかぶって、手紙を読んでいて、大きな布団の上で縁側に座っている写真です。三姉妹と、父、母。打ち合わせをする時に、家族アルバムをめくることが多いんです。いきなりどんな家族かと聞かれて、うちの家族ってなんだろうとなる時、話のとっかかりとして「家族アルバムありますか」と聞いて。お子さんが小さい頃、アフロをかぶって楽しそうにしている写真があって。「これはなんですか」って聞いたら、お父さんが、クリスマスのプレゼントにアフロを買って靴下の中に入れて、朝子どもたちが起きたらなんじゃこれみたいになったけど、楽しくて意外とはまっちゃったということがあったそうです。少し変わったお父さんで、毎年初詣に近くの神社に行っていて、そこでアフロで写真を撮りたかったと。どういうことかよく分からないですけど(笑)。すごくすてきだなと思って。「家族の一番好きな場所は?」と聞いたら、縁側だと。休みの日に家族の布団を干して、そこでだらだらするのが幸せだとおっしゃっていて、撮影でも縁側に布団を敷いてみたり。お父さんが考えたキャラクターが描かれた服を、子どもたちが小さい時によく着ていた写真もあった。なかなかそれも珍しいなと思って、もう一度みんなでスウェットに手書きで描いてもらった。お雛様、昔は出していたけど最近出していないとなって、久しぶりに出してみましょうとなって。あと、真ん中の次女の方がご結婚で海外に嫁ぐということで、うれしい反面、さみしい気持ちもあると。で、みんなで手紙を読んでみたら良いかもしれませんねと。撮影が一通り終わって、最後に次女の方にみんなで手紙を読んでいるシーンです。こういうふざけた格好なんですけど、みんなまじめな顔で手紙を読んで、気持ちを伝えているんです。その日が凝縮されているような1枚にしたい、みなさんの思い出に残るように撮影ができたらいいなと思ってやっています。

 

ーアルバムのチカラ

2011年3月11日に東日本大震災がありました。津波で流されてしまったお家の中にも、ご家族の大切なアルバムがあって。それを自衛隊の方が集めたり、それを見たボランティアの方がなんとかしたいという思いがあって。誰にやれと言われたわけでもなく、被害のあった沿岸部のそれぞれの地域で、写真洗浄ボランティアというのが立ち上がって。
写真がこれだけ普及してから、あれだけ大きな津波がきたのが初めてだったので、写真洗浄ボランティアというのも、今までやったことのないような試行錯誤の繰り返しで、どうやったら持ち主の方にきれいな形で返すことができるんだろうかと模索されている。それを編集者の藤本智士さんと取材して、2年間回ったのが『アルバムのチカラ』という本になっています。僕はもともと、岩手県の野田村というところに支援物資の仕分けなどのボランティアをしに行ったんですね。ボランティアセンターに今日終わりましたよという報告をしに行ったら、村役場の寒い外で、水で写真を洗っている青年たちを見つけて。写真だと思って、気になって話しかけたのが最初です。人手が足りてないし、写真にかかわることなので、僕も手伝わせてもらいたいと、岩手県野田村で写真洗浄のボランティアに参加するようになりました。
写真が津波の被害にあうというのは、写真はゼラチンでコーティングされているんですけど、津波の中にバクテリアがいて、ゼラチンがバクテリアの大好物で、そういった生物の活動で写真がどんどん腐食していくんですね。なので一刻も早くやらないと、写真の腐敗が進んでいくんです。どの写真も唯一無二のものなので、ミスで写真がダメにならないように、丁寧にやらないといけない。写真のボランティアの経験を経て、写真一枚の価値が身に染みました。他人がみると何気ないものでも、ご本人からしてみたら、かけがえのない一枚です。
DSC06088
みなさんのスマホの中にも、すばらしい写真がたくさんあるんだと思います。でも、最近はプリントをしないんですよね。画面で写真が見れるので、わざわざ紙にしなくても良いという感じがすると思うんですけど。写真って、将来見返したときに、最大の力が発揮されると思うんですよね。昨日撮った写真を眺めるのと、30年くらい経った時に眺めるのとでは、写真自体は変わらなくても、月日を経て見えるものは全然違う。小学校の時に撮った写真を今見ると、僕はその頃の父親と同じ年齢になって、子どもが生まれていて。自分も同じ父親の気持ちで見ていたりとか、見方が変わるわけです。時間と写真の見え方にはすごく密接な関係があるんですね。ぜひ、プリントして、写真と長い付き合いをしていただければと思います。
ハードディスクに保管をしてると常にバックアップし続けないといけない。メモリに入っていると一生残るような気がするんですけど、年月が経つと、中身が飛んでたりすることもあります。データでは、いつどうなるかわからないですよね。でも100年前のプリントが今も見れるように、全部とは言わないけど、大切なものはプリントしてみると良いと思います。撮る楽しさもあるけど、どうやって残していくかにも興味があります。

 

ー私の家族

福岡で募集をして、二組撮らせていただきました。きっかけになったのは、愛知県春日井市の真木さんという方。お一人の家族写真です。今までは集合体としての家族写真を撮ることが多かったんですが、お一人でもそこから広がる家族の思いだとか家族観、そういうことも表現できるのではないかと。一人を対象にして、その方と打ち合わせをして、家族観や家族の歴史を写真に撮っていきながら、ご本人にも文章を書いてもらいました。プリントの下に言葉が入っているのはご本人の直筆です。その方との共同作業みたいなことで、作品ができあがりました。アルティアムで初お披露目です。被写体は福岡の方ですし、ぜひ見てもらえたらと思います。
福岡にもたくさんの人が住んでいらっしゃって、みなさんの中にも、それぞれ自分の家族観があると思います。それを考えるだけで、まだまだこれから回っていきたいなと思っています。
DSC06086

 

ー展覧会タイトル

僕の作品は僕自身の家族写真から始まり、『みんな家族』で自分以外の家族の写真も撮るようになりました。この展覧会では僕にとっての『私の家族』、そして被写体にとっての『私の家族』を僕なりの解釈で表しています。
展覧会をご覧になった方から多く寄せられる感想には一つの傾向があって、「面白い家族ですね」から始まり、「自分の家族を思い返しました」「自分の家族ならこういうふうに撮ったら面白いと思いました」と作品を通じて自分のことを語ってくださいます。展覧会がみなさん自身の「私の家族」を思う時間になれば……と考えて新作名でもある『私の家族』を展示タイトルにしました。写真展をやってよかったなと思いますし、最近家族写真撮ってなかったから撮ってみようかなとか、プリントしてなかったからしてみようかなとか、アルバムを久しぶりに見てみようかなとか、みなさんのこととして受けとめてもらえたら本当にうれしいなと思います。

――――――――――――――
※本レポートは転載不可です。
――――――――――――――

会期は3/14(日)まで。浅田さんがとらえてきた家族写真の軌跡をぜひ会場でご覧ください。会場は一部撮影可(動画撮影は不可)です。フォトスポットも二か所あります!詳細はご入場時に受付で配布の資料でご確認ください。
また、ご来場の皆さまへマスク着用、手指消毒のご協力をお願いしております。ご来場前にこちらをご確認のうえ、お越しくださいますようお願いいたします。

【展覧会ページ】
浅田政志写真展『私の家族』
2021/2/6 − 3/14

TENJIN MATSURI

スペシャルトーク 梅佳代×川島小鳥×祖父江慎

本展のエピソードなどを親交のある3人で繰り広げます。

2021artium_umekawashima09【プロフィール】祖父江 慎(そぶえ しん) グラフィックデザイナー/ アートディレクター
1959年愛知県生まれ。コズフィッシュ代表。すべての印刷されたものに対する並はずれた「うっとり力」をもって、日本のブックデザインの最前線で、小説、漫画、絵本、写真集など幅広いジャンルを手がけている。梅佳代の『じいちゃんさま』、川島小鳥の『未来ちゃん』などを手がけている。

日時:3月20日土・祝  開場13:15 開演14:00~90分程度
会場:イムズホールイムズ9F
参加費:1,000円
定員:150名自由席
申込:3月2日より受付開始。イムズWebサイト内お申し込みフォームから。
定員に達したため、申込受付を終了いたしました。

トークに関するお問い合わせ:イムズ TEL 092-733-2001
※状況により変更・中止する場合がございます。
トークイベントの変更・中止は、イムズのWebサイトでお知らせします。

【展覧会ページ】
TENJIN MATSURI
梅佳代「天神さま」 川島小鳥「ピンクの光線」

2021/3/20 − 5/16

ニュース&レポート アーカイブ