都築響一&フジトミタクミ presents

僕的九州遺産展・記念イベント My private Kyushu Night

嬉野観光秘宝館(佐賀県) ©Kyoichi Tsuzuki

嬉野観光秘宝館(佐賀県)
©Kyoichi Tsuzuki

本展を記念して、都築響一&フジトミタクミ主催による関連イベントを開催します。会場はアルティアムより徒歩10分ほどにあるイベントスペース「LIV LABO」(福岡市中央区大名)で行います。ディープな夜をお過ごし頂けるイベントです!

 【プログラム】
18:00 ドアオープン
18:00~19:00  昭和タイムトンネルDJタイム by フジトミタクミ
19:00~20:00  都築響一によるトークタイム
20:00~21:00  上野友行×都築響一トーク「修羅の国のヤクザライフ」
21:00~22:00  爆音お色気レーザーカラオケ・タイム

【出演者プロフィール】

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都築響一 Kyoichi Tsuzuki
1956年東京生まれ。雑誌『POPEYE』『BRUTUS』での編集を経て、1993年『TOKYO STYLE』を刊行。96年『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』を刊行し、第23回木村伊兵衛写真賞を受賞。最新刊『圏外編集者』をはじめ著書多数。有料メールマガジン『ROADSIDERS’weekly』を毎週水曜に配信している。

フジトミタクミ
福岡の音楽イベント「ラブロック」主催。DJとして全国各地のイベントで活躍している。2014年に、日本最大の秘宝館「嬉野観光秘宝館」の閉館にちなみ、秘宝館を貸し切って行われた伝説的イベント「嬉野観光秘宝館のお葬式」主催者。

特別ゲスト
上野友行 Tomoyuki Ueno
福岡県出身。フリーライター。漫画『闇金ウシジマくん』の取材協力やヤクザから暴走族まで裏社会系の記事を専門に、数多くの媒体に執筆中。書籍『ヤクザライフ』(双葉社)出版。
https://mobile.twitter.com/tom_uenopro

日 時:2016年10月16日 ドアオープン18:00~22:00終了予定
会 場:LIV LABO福岡市中央区大名1-6-8バルビゾン96 2F
料 金:3,000円1ドリンク付き
定 員:80名・全席自由席 ※当日券を若干枚数のみ販売予定です。
申込方法10/1より受付開始:件名に都築響一&フジトミタクミイベント申込、本文に参加者の1氏名2年齢3電話番号を明記の上、三菱地所アルティアムまでお申し込みください。返信を以て受付完了、定員になり次第、締め切らせていただきます。電話での予約はできませんのでご了承ください。当日、会場受付にて料金をお支払いください。


【注意事項】
・18歳未満のお客様の入場は不可といたします。
・1件のメールにつき、5名様までの申込とさせていただきます。
・受付開始日より前のメールは無効となります。受付開始時間は10月1日0時です。
・受信拒否設定をされている方はあらかじめ申込先artium★artium.jpからのメールを受信できるよう、設定の変更をお願いいたします。※上記メールアドレスの★は@に置き換えてください。
・48時間以内に返信がない場合はメールが受信できていない可能性がありますので、お問い合わせください。
問い合わせ先:TEL 092-733-2050三菱地所アルティアム 10:00-20:00
※イベント当日のみ 092-791-6009LIV LABO事務局
主 催:都築響一&フジトミタクミ

【展覧会ページ】
都築響一 僕的九州遺産
My private Kyushu

2016/10/1 − 10/30

okinawan portraits 2012-2016

アーティストトーク レポート【第三回】

【第一回】【第二回】に続く第三回目のレポートです。新刊の写真をひとつひとつ見ながら、考察を深めていきます。

《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0005698 那覇 NAHA, 2013

《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0005698 那覇 NAHA, 2013

(倉石さん)でも、ドラッグクイーンがいて、それでシャッターを切るというのはわかりますが、例えばこの人はどういう人ですか。

(石川さん)これは落語の人で、僕が舞踊家の付き人をしている時に一緒に舞台に出てもらった方です。それで撮らせてもらいました。

(倉石さん)逆にいうと、展覧会全体の中にこの人が入ってくると、やっぱりなんなんだろうって思いますよね。そういう多様性が新作はやはり増してきているようですね。

《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0011324 沖縄 OKINAWA, 2015

《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0011324 沖縄 OKINAWA, 2015

(倉石さん)この風景の写真は、どういうところですか。

(石川さん)これは奥がゴミの最終処分場の山なんです。そこから伸びてくる道に樹々がいっぱいあって、でも左側の目隠しみたいなつい立てには、樹々のプリントが施されてる。この状態がすごいカオスだなと思ったんです。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0011149 那覇 NAHA, 2015

(石川さん)これは辺野古の県民大会ですね。基地やオスプレイ反対、みたいなことをやってて、これは仕事で頼まれて行って、その中で仕事とは別で撮った写真ですね。

(倉石さん)政治集会のアプローチとしては変わっていますよね。

(石川さん)あまりそういうイメージでは撮っていない写真ですね。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0005487 宜野湾 GINOWAN, 2013

(倉石さん)ファミリーもそうですけど、石川さんの写真には、必ず子どもたちが入ってくるように思うんです。子どもの集団は、いろんなパターンがありますけど、友達同士でいると一つの社会性みたいなものも見えたりする。そういうところも面白いですね。

(石川さん)面白いですよね。右側の子が小学生の頃の自分みたいなんですよね。小学生がエアガンで遊ぶって怖いなぁって思ったんですけど、僕も小学生の頃エアガンで遊んでましたからね。

(倉石さん)子どもは武器が大好きですよね。普通って言い方も難しいことですけど、「普通」の人たち、前作よりは過剰ではない人たちを撮っているんだけど、一見普通に見える人の中にある、普通じゃないものが垣間見えるようなところがありますね。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0008046 沖縄 OKINAWA, 2014

(倉石さん)この写真は、道路の中央分離帯にいる人ですね。この人はずっとこの場所にいたんですか。

(石川さん)ずっといたんですよね。僕がバイクで通りがかったら座ってて。道渡って「おじさん、何してるの?」って聞くと何とも言えない聞き取りづらいようなことを言ってたんで、写真撮っていいですかって聞いたら「いいよ」って。

(倉石さん)今回は空き地というか、人がいない「不在」の風景が多いですね。石川さんは、何もない風景を撮影するのはなぜかということについて、撮ったあとから考えたりしますか。ただ何もないっていうことではない、何かがあるんだということですが。

(石川さん)そうですね。空き地の写真は、今回の風景の中でも特殊といえば特殊な写真です。

(倉石さん)いろんな写真家が空き地を撮ることは撮るんですけど、石川さんの不在の感覚って、どこかちょっと変わっていて、写真集全体の中で機能してくるところがある。人の写った写真が何枚かあって、次に例えば空き地とか砂浜に誰もいなかったりすると、そういう写真が出てくることによって、全体として何か伝わってくるものがある。

(石川さん)「不在」っていうよりも、そこで起こっていることの違和感の方が僕の中では強くて、道の写真なんかは、緑の茂っている感じが僕はぐっときている気がするんですね。

(倉石さん)そうすると人のいない風景は、ポートレートの場合とは違う感覚で撮られるわけですか。それとも感覚的には似ているんですか。

(石川さん)似てますね。人工物の岩の上で子どもたち遊んでいる写真なんかは、不思議な感覚です。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0005268 読谷 YOMITAN, 2013

(倉石さん)これは日常的に起こる光景だけど、よくよく改めて突きつけられると、劇的な感じがするんですよね。

(石川さん)僕、この状況は日常的だとは思えなかったんですよね。

(倉石さん)これはたぶん、真ん中の小さい子が虫を捕まえたんでしょうね。それをお母さんに差し出しているんだけど、お母さんはこの瞬間は少なくとも無視して、何か別のところを眺めているという、とても予兆的というか、残酷な写真にも見えます。

(石川さん)そう、そこもそうなんですけど、僕自身が自分の子どもを遊びに連れて行けていないっていうところもあって、その中でこの景色を目にした時に、めちゃくちゃ自分に迫って来たんですよね。

(倉石さん)これは、子どもと大人の関係や、いろんなことを教えてくれる写真で、これから先の運命とかそういうことをも連想させますね。ちょっと引いている構図であるがゆえに、そういうことを思わせてもくれる。「個人」と「風景」が両方写真集の中には入りこんでいるし、これは石川さんの新境地か、というふうに思わせる。ちなみに新しい写真集では撮影場所は沖縄本島が中心ですか。他の離島には撮影に行かれたんですか。

(石川さん)離島も入ってます。道で繋がってる離島とか、石垣島も入ってますね。

(倉石さん)だけど、本島が中心といえば中心ですか?

(石川さん)そうですね。なので、撮りに行くっていう感覚が弱いですね。写真を撮りに行くっていう感覚がないわけじゃないけど、弱くて。何か理由があってそこに行く、その延長線上に写真がある、気づいたときに写真撮る、みたいな感じですね。

(倉石さん)例えば、この土地を記録しておくために、わざわざ出かけるっていうことではないわけですね。

(石川さん)ないですね。

(倉石さん)先ほどの母親と子どもの写真は、一瞬のドラマだと思う。人間関係が示唆されている風景のようにも見えて、そういう意味では「風景」といっても様々なものが新作の写真の中には入っているようです。この写真の左側に飛んでいるのは、オスプレイですか。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0002912 宜野湾 GINOWAN, 2013

(石川さん)普通の軍事用のものですね。これは僕の家のベランダから撮ったものなので。

(倉石さん)基地のそばですか?

(石川さん)すぐそばですね。普通に見てる光景の一つでもあります。ゴルフ場があって、それが取り壊されるから、すごい高いところに人が上っていて、思わず撮影したものです。今まではそこに緑のネットがずっと貼られてたんですけど、景色が少し良くなりました。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0009763 那覇 NAHA, 2014

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0002028 北谷 CHATAN, 2013

(倉石さん)この二つの写真は、とてもアメリカ的な風景ですね。

(石川さん)アメリカ的であるし、テーマパークっていうか、つくられた感みたいな。

(倉石さん)そうですよね。子どもの遊具で、こういう形のものが室内にあるというのが、アメリカっぽい感じがします。アメリカの影というものは、どうしてもこの写真の中にも出ていますけど、意識されることはありますか。米軍住宅と思しきものもこの中にはあると思うんですけど。

(石川さん)普天間の住宅ですね。

(倉石さん)私は横浜に20年くらい住んでいたのでこういう風景は分かりますが、横浜にも福生にもありますね。そういう意味では全体を通じて、アメリカ文化が具体的な場所で、あるいはものとして、ものを通じた習慣として根付いていって、それが活用されていたり、だんだん消えていったりというさまざまなプロセスも、不思議にこの写真集から透けて見える。

(石川さん)それは、少しは意識した部分です。撮ってる時は、これをこういうふうにしようって思って撮ってるわけではないですが。ただ、写真がいろんな人の目に触れるようになったのも僕の中では大きいかなって。その中で、僕が今まで知らなかった社会の状況を意識するようになってきた。そういう意識って広がっていくじゃないですか。今までは、自分がただ写真を撮ってるっていうことの方が強かったんだけど、人目に触れるようになって、写真を撮ってる人たちとコミュニケーションが増える中で、自分の周りでもそういうことが話されるようになって、必然的にそれってどういうことなんだろうっていうことを考えるようになって。自然とそういうことに目がいくようになったっていうことはあります。撮る時はそういうのが気になって、考え出して撮ってました。沖縄についてニュースでよく言われるようなことがある中で、自分としての投げかけっていうか、希望とは、という感じでやってますね。

(倉石さん)具体的な文化研究というか、学者が自分の理論を証明するためにサンプルを持ってくるようなやり方ではない文化研究のスタイルが、この写真集の中にはあって面白いですね。子どもたちがヒップホップに影響を受けたファッションを身につけることなど、見えてくる文化の型がいくつもあります。一方で、沖縄には沖縄固有の風潮がもちろんあります。例えば、どうでもいいことかもしれませんが、沖縄の女子学生は制服を着て、運動靴を履きますよね。そういう細かいところもちゃんと写っているような気がするんですよね。そういうことでいうと、学校帰りの剣道をしている男の子の写真は、私にとってはとても魅力的です。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0007286 宜野湾 GINOWAN, 2013

この子は、クロックスみたいな靴を履いていて、何か不思議な感じがするんですよね。全体として、服装も黒くて統一が取れているんだけど、足元はクロックス。そういう細かいところで多くのことを教えてくれているような気がして、そういう細部が見えるようになってきたのは、やっぱりフォーマットの変化も関わっているのか。たぶんそれだけではなく写真を見ていくと、まだまだ気づきがありますが、あまり話をまとめるよりも、皆さんには写真集が出たらぜひ、見てほしいと思います。

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トーク終了後は、会場の皆さんからの質疑応答となり、ひとつひとつの質問に真摯にお答えいただきました。また、サイン会も沢山の方に参加頂きました。当日、ご参加いただいた皆さま、誠にありがとうございました。

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中には写真を学ぶ学生さんのポートフォリオを見られて、話をする一コマも。まだ展示をご覧になっていない方はもちろん、一度ご覧になられた方も、新たな気づきや視点をもって、石川さんの世界観をお楽しみください。展覧会は9月25日(日)まで。※入場チケットはご本人に限り、会期中は何度でも再入場が可能です。

【展覧会ページ】
石川竜一
okinawan portraits 2012-2016

2016/9/3 − 9/25

okinawan portraits 2012-2016

アーティストトーク レポート【第二回】

【第一回】に続く【第二回目】では、石川さんの人生、生き様から「写真」、そして「沖縄」への思いを掘り下げていきます。

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《絶景のポリフォニー》八重瀬 YAESE, 2014

 

(倉石さん)「絶景のポリフォニー」の表紙の写真、これは小屋というのか、実際に住んでいる人がいるんですか。

(石川さん)あれは今は無くなってますけど、闘鶏の賭博場で、そういう場所でした。

(倉石さん)建築物、構築物というか、そういうものが写っている風景が割と多かったですね。つまりある意味で、「ポートレートとしての風景」というか、そういう人間が写っていなくても人を直接的に感じさせるものが多かったような気がしたんです。それはこの6×6のフォーマットが呼び込んでくるものだったという感じなのでしょうか。

(石川さん)それはあると思います。

(倉石さん)今度の写真集では、自然にもっと風景を撮ってみようというふうになってくるわけですか。

(石川さん)フォーマットが変わったことももちろん影響しているんですけど、元々「風景」についても意識しだしたタイミングだったので、それが重なったということですよね。多分フォーマットが変わらなくても、風景はもしかしたら撮っていたかもしれないんですけど、それがうまい具合に重なったなというのは自分でも感じています。

(倉石さん)より自由だし、見ていく時間が少し長くなるような印象でした。見る側の勝手でいうと、これまでの石川さんの写真は一発で見る側が打ちのめされるみたいな感じ、一挙にわし摑みにされるようなところがあったけれど、新作はじっと見ていて次第に引き込まれていくような、見る側の時間の変化も生じてくるように感じます。ちなみに石川さんの写真にある不思議な部分、面白い部分というのは、心が動いたらすぐにシャッターを切るみたいなことで生まれるんでしょうか。

(石川さん)誰でも見つけたら写真撮りたくなるし、何も考えてないっちゃ考えてないんですよね(笑)。考えてないっていうよりも、考えるところは写真を撮るということではなくて、別のところにあるんじゃないかっていつも思ってます。

(倉石さん)「別のところで考える」というのは、どんなことをどう考えることなのでしょうか。

(石川さん)何をどう撮るかっていうことではない気がしています。それよりも、「目の前にあるものがどういう意味を持っていて、自分の中で何で反応したか」ということを考える方が楽しいかなと思っています。写真、ポートレートを撮ってると、被写体に教えられることもたくさんあって、そういうふうにやっていく方が楽しいんですよね。

(倉石さん)「被写体に教えられる」というのは、具体的に言葉にできることですか。

(石川さん)今回展示もしてるんですけど、アルビノの少年のことは、これまでの自分の中では一番衝撃的でした。その子がアルビノということが衝撃的だったんじゃなくて、出会いとしてですよね。僕は、はじめ、アルビノっていう症状をわからなくて、普通にヤンキーの親が髪を染めたりとかして、遊んでると思って声をかけたんですよね。それで写真を撮らせてもらっていたんですが、ちょっと違うかもしれないと思って調べたら、アルビノという症状があるってことを知りました。それから本を買って読んでみたりして、自分の世界が少し広がったかなと、そういうことが印象に残っています。

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(倉石さん)今回改めて石川さんのインタビューを読んだり、写真集のテキストを読み直したりしましたが、石川さんは知的な装いをいつもうまいこと殺している。私は、石川さんはとても知的な写真家だと思いました。知識をひけらかすとか、上手に語ってみせるということではなくて、自分がその物事について考えていること、より何が本当のことなのかを見極めようとしているということがインタビューから凄く伝わってきた。『HereNow Okinawa』での川口美保さんによるインタビューなんか、とても面白かったです。

(石川さん)これ結構言いすぎたなぁと思ったりするんですけど、その時の社会的な状況も、ちょっと今と違ってるところもあったので、ここまで突っ込んだところもありました。でもそのあと反省しましたね。もっと自分が考えないといけないなっていうようなこともインタビューで語っていたので、この頃はちょっと調子に乗ってたんじゃないかな。(笑)

(倉石さん)石川さんは川口さんによるインタビューでは、複雑な言い回しで、いろんなことについて語っているわけです。「okinawan portraits」は今回も、前のシリーズもそうだと思うんですが、基調となっているのは、生きていることの過剰さを抱えている若者たち、あるいはいわゆる「正常」や「普通」と言われているところから、先天的にも後天的にも外れてしまっている、そういうさまざまな人たちを撮っています。たとえば異装者というか、別の性を生きようとしている人、そういう人たちが写真集のいわば基調になっているわけですね。このことに関連して、先ほどのインタビューの中で非常に興味深いことを語っていました。フランスでの滞在制作の話題で、フランス社会の移民の話が出たり、ゲイの人を撮ることについての話をしている中で、インタビュアーがこう言っているわけです。「ある種のマイノリティーの人たちに、視線が常に注がれている」と。それをどういうふうに考えていくかというところで、石川さんは、そういう社会の中であらかじめ「印」を付けられている人間をずっと撮っていくことによって、時間が経つとフラットになっていく、その状態を目指したい、という意味のことを語っていました。私はとても面白い考え方だと思いました。つまり「印」の付けられている人間を撮ることは、写真の歴史の中でもとても多く、ある意味で石川さんはそうした系譜の上に立っていると見られがちなのかもしれません。だけど、やっぱりそれだけじゃないというか、むしろそうではなくて、もう少し違うところに出て行きたいという気持ちが石川さんの中にはある。そういう意識を、「フラット」という言葉を読んだ時に感じたんです。

(石川さん)そうですね。言葉にするのが難しいですけど、そもそも、同じものなんて一つもないわけで、それって当たり前のことだと思んです。だからみんな同じにする必要はないというか、違うものを「違う」と分けてしまうことは、何が違うのかと。自分のことをどんどん深く考えていくと、もちろん自分にはないものはたくさんあって、あるものもあって、っていうことになった時に、そんなに「存在」としての違いはないわけです。ただ今の社会というか、資本主義における生産というなかで考えたときに、多数派を中心とした社会が作られる。社会的弱者は、そのなかでの多数派から見た弱者であって、決して、人間としての弱者ではない。要するに、現在の社会のかたちが変われば、ある人は弱者でもなければ、マイノリティーですらもなくなる。現代の福祉や障がい者の労働の意味は、偽善などではなく、今まで見落としていたその社会の可能性にあって欲しいと思うんです。

(倉石さん)区別されがちなマイノリティーの人たちもよく見ていけば、一人一人が個別性を持っているという。インタビューの中で石川さんは、「被写体となる人たちのこともそうなんですが、と同時にそれを撮る写真家の方も最初に全てをさらけ出す。例えばゲイを撮っていれば、ゲイの写真家だってレッテルを貼られるとしたら、それをやり続けることでこの人はゲイだとかこの人のバックグラウンドはこうだとか、そういう見方をすることにみんなが飽きるのを待ちたいんです」とありました。もっとはっきりいってしまえば、「沖縄の写真家」と言われることにみんなが飽きるのを待ちたいっていう気分はありますか。

(石川さん)あります。そういうのって、もちろんついてくるものだと思うんですけど、本当に撮りたいものとか写っててほしいものは別にそういうことじゃない。でも自分の中にもやっぱり自分が生まれたところは沖縄だ、というのはもちろんあって、だから完全にそれをなくすことはできないんだけど、それが大切なことではないから。

(倉石さん)いわゆるマイノリティーの人たちを撮るということに関しての石川さんの考え方やアプローチは、基本的にはやはりヒューマンであると思うんですが、その一方で、出発点としては「人間なんか」というところがあるような気がします。ヒューマンなアプローチというのは、それ自体とても形骸化しやすいというか、わざとらしいものになりがちですよね。そういう意味では、石川さんはつねにヒューマニスティックなことを云々するより前に、暴力的にむき出しの顔をさらすような撮り方をしている。そのことと、最近の人を撮る時の意識の変化についてはどうですか。今回の新作は、またちょっと意味合いが変わってきているように思えるんですけども。

(石川さん)そうですね。別に僕がやりたいことや考えてることは、社会的な弱者にもっと優しくしようって言いたいわけでもない。だから同じ人間、人として、同じようにくだらないと思っている部分もあって、でもそれがめっちゃいいなって思ってる部分もある。例えばこの顔のアップってやばいじゃないですか。ど迫力っていうか、別に写真に撮らなくてもすごいんですよね、やっぱり。(笑)

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《絶景のポリフォニー》那覇 NAHA, 2012

(倉石さん)でも撮っちゃいますよね。

(石川さん)サバサのまつ毛が単純に面白くて。だから、この人がゲイかドラァグクイーンかどうかっていうよりも、その人のやってることっていうか、そのもの自体が面白いっていうことなんですよね。

(倉石さん)先のインタビューで、沖縄の好きなところはどんなところですかと聞かれて「弱いところですかね」と答えてましたよね。そこからインタビューの中では、どんどん沖縄の否定的なことを連ねていくような感じでした。そういう「弱さ」みたいなところから生み出されてくる人たちの過剰さであったり、風景もある意味で壊れている風景というものが見えてくると思うんですが、そういうものにどうしても惹きつけられていくところがあるということでしょうか。

(石川さん)そういうことになるのかな。単純にそれだけだとも僕は思ってないんですけど、そういう部分もあって、そこはやっぱり僕に置き換えて言えば、僕なんてどうしようもないクズだと思ってるわけで(笑)、だからどうするべきかっていうのを、ちゃんと考えたほうがいいっていうことですかね。

(倉石さん)クズにならないように。私もクズからもうちょっとはまともな人間になろうとしないと、クズのまんま一生終わってしまうから。

(石川さん)そうですね。

(倉石さん)どうやれば抜け出せますかね。

(石川さん)そうなんですよね。それは僕が写真で撮っている中で、共通して言いたいことの一つでもあるんですよね。僕にしても、人間ということにしても、少しでもいい方法を考えていけないのかなぁみたいなこと。

(倉石さん)そうなんですね。まとめてしまうといけないかもしれませんが、沖縄を撮っていた東松照明さんのような写真家の場合、「沖縄」を撮るというのは二つに引き裂かれることがある。一つは自分の嫌いな否定的な面、つまり基地を中心とする政治的な問題を撮るということ。もう一つは自分の好きな肯定的な沖縄を撮る、八重山・宮古など、古い習俗がまだ息づいている場所を撮るという二つがあると思うんですね。そのうち前者の否定的な沖縄を撮る場合、優れた写真家であればあるほど、自分の否定的な対象をスタイリッシュに、格好良く撮ることになってしまい、その矛盾が広がっていくところがある。石川さんの場合には、社会で実際に生きている人に迫っていくことも多いわけだから、好き嫌いを言うにしても、入り組んだ、繊細な手続きが必要になってくる気がする。だから石川さんがインタビューのなかで、沖縄で好きなところは「弱さ」であると答えながら、そこから沖縄は「クソッタレ」だっていうところまでの振幅、言いたいことの伝え難さみたいなことは、写真がとてもストレートで一見わかりやすく受け取れることと対照的です。つまり写真の見かけのわかりやすさの中に実は、石川さんの非常に複雑な感情が織り込まれて存在している。それと、いわゆるマイノリティーの人々の撮り方もグラデーションがありますよね。でも写真を撮る瞬間っていうのは、もちろん分類しながら撮っているわけじゃ全然ないわけでしょう。

(石川さん)街にいれば気になりますよね。例えば、足をビッコ引いてる人がいたら気になるじゃないですか。気になれば、撮らせてくださいっていうことで、そういう感じですね。少し前だったらクマの着ぐるみ着て歩いている人がいたら、クマの着ぐるみ着てるってなるじゃないですか。それと同じように、ただ洋服のボタンが掛け違えてただけでも、それに気づいたら声をかけたくなるし。

次回【第三回目】では、新刊の写真をひとつひとつ読み解きながら紹介していきます。

 

【展覧会ページ】
石川竜一
okinawan portraits 2012-2016

2016/9/3 − 9/25

okinawan portraits 2012-2016

アーティストトーク レポート【第一回】

「石川竜一 アーティスト・トーク」と題した、石川竜一さんと写真評論家の倉石信乃さんによるトークイベントのレポート【第一回】です。【第二回】【第三回】と三回に分けてお届けいたします。石川さんの作品をより深く理解する機会で、大変興味深い対談でした。当日はあいにくの天候でしたので残念ながらご参加出来なかった方は、是非レポートをご覧下さい。 (本文は、本イベントのトークを一部抜粋・編集したものです。)

(ディレクター・鈴田)本日は台風が近づく中、トークにお越しいただきまして、誠にありがとうございます。当イベントは「石川竜一 okinawan portraits 2012-2016」の関連イベントとしておこなうものです。本日は、石川竜一さんと、写真評論家であり、明治大学理工学部総合文化教室教授であられる倉石信乃さんにお越しいただきました。よろしくお願いいたします。

(石川さん・倉石さん)よろしくお願いします。

(鈴田)今回は、石川さんのこれまでの作品や福岡で初公開となった新作を中心にお話いただきます。トークは倉石さんにて進行をお進めいただきます。倉石さん、お願いいたします。

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(倉石さん)簡単に一言、展覧会の感想を私からお伝えして、それからいろいろお話をうかがっていきたいと思います。まず、この展覧会は新作がかなりの部分を占めていて、私の個人的な感想ですけれども、石川さんにとって、ここから新しい世界が開けていくような、そんな予感を感じさせる重要な転換点となる展示のように思います。そういう企画をあえて「福岡」という東京ではない場所で展開するということが、まず素晴らしいと思いました。何でも中央でイベントが行われて、そこで消費されてから地方に伝わっていくというか、次第に伝播していくのが繰り返されるのではなくて、さまざまな都市がそれぞれ中心になって、そこから文化が伝わっていくのは、とても良いことではないか。石川さんは、この展覧会をやってみた率直なご自身の感想はいかがですか。

(石川さん)感想ですか、いやぁ…良い展覧会ですよね。(笑)僕の作品は置いといて、って置いておくことはできないかもしれないけど、東京でもあまりできないようなすごいボリュームで展示することができました。それはもちろん僕の力ではどうしようもないことなんですけど、アルティアムや赤々舎のサポートで本当にすごいことをしてもらえたなぁと思ってますね。このボリュームの展示が、東京から始まらず、地方から始まったということについて、僕は特にこだわりや深い意味はないんですが、ただこれまで沖縄などでも、いい展示をしてきたつもりで、その時々の場所やタイミングがよければ新しい作品を出すということをしています。今回、本当に良い形で新作がまとまってうれしいなという感じですね。

(倉石さん)この1年以内くらいの石川さんの活動は、周囲の期待もあるだろうし、はっきりいって、相当展示数が多い。これからも多いだろうと思われる中でも、今回はとても充実した展示になっています。振り返ってみて、今年の「六本木クロッシング」(森美術館)での展示では、ブラウン管の古いテレビを積み上げて、そこに顔が映し出されるという作品と、今回展示されているクローズアップの顔写真がともに展示されていました。背景を切り離して「顔」そのものと観る人が向き合うような、実験的な空間が出現していた。それと、同じく今年、横浜市民ギャラリーあざみ野で石川さんの個展が行われた時には、本当に初期の習作から新作の「CAMP」まで全て見せていた。「CAMP」の写真シリーズでは、あれは何日か山で野営したんですよね。

(石川さん)そうですね。山に2回行って、1回目が4泊5日で、2回目が6泊7日の1週間くらいですね。

(倉石さん)横浜市民ギャラリーでの展示は、引き出しを全部開けてしまうというか、退路を断つというか、大変潔い、全て見せようとする展示だったと思います。そういう意味では、いずれの展示も問題提起的であるし、我が身を切るようなことでもあったかもしれません。しかし今回の展示はもっとシンプルに、写真そのものと見る人が向き合うことができる空間になっている。それはあらかじめこのようにしようという意図があったんですか。

(石川さん)横浜での展示は、僕は元々持ってるものやあるものを全部早めに出しておきたいって(いつも)思っています。考えながら、戦略を練りながらということはあんまり得意じゃないし、それよりもどんどん自分が持ってるものを出し切っていきたい。余裕みたいなのが嫌なんですよね。どんどん出して出して、余裕がないギリギリの状態で出てくるものが面白いといつも思っていて、それが本当の自分の気持ちや感覚なんじゃないかと思ってます。だから常に出していきたいというのがあって、横浜市民ギャラリーでの展示はそういう感じでした。今回の展示については、展示の話をいただいた時の自分の状況と関係があって、写真集を赤々舎から出版させてもらったあとから、いろいろなところで展示させてもらう機会が増えて、今は沖縄にほとんどいないんです。だから沖縄で撮っているポートレートを一つ区切って(発表しても)いいんじゃないかっていうタイミングだった。今は、行った先で同じように街でスナップを撮ったり、ポートレートを撮らせてもらったりしているので、どんどん自分の中では広がりが出てきて面白いなと思ってるんです。今年で「okinawan portraits 2010-2012」をいったん区切ってから、4年くらいの期間が経っていて、その4年間の作品と、今撮っている県外での写真を混ぜるにはバランスが違うというか。もしその写真を混ぜようと思ったら、随分後にしか混ざらないんじゃないかっていうこともあって、「okinawan portraits」の2012年から2016年までの写真群を今回展示させてもらうことにしたっていう感じですね。

(倉石さん)わかりました。ところで『日曜美術館』で平敷兼七さんという沖縄の写真家の特集番組が放送された時に、石川さんはいわばナビゲーターの役割で登場されていました。石川さんがある意味で観客の代表でもあり、後輩としての沖縄の写真家の代表でもあるという。平敷さんは、生きている間はあまりメジャーではなかったけれども、とても重要な仕事をされていて、特に社会の底辺で生きている人たちに共感するポートレートやスナップを撮っておられました。この番組の中で、石川さんは平敷さんから影響を受けたという話をされていて、自分がこれまでの撮り方とは変わっていくのではないかという意味の発言をされていたように記憶しています。これは、たまたま石川さんの撮り方とは違うアプローチをしている写真家に出会ったからそういう話が出たのか、あるいはご自分もその時撮り方を変えようとする時期にさしかかっていたから、その発言が出たのか。平敷さんはかなり先輩の写真家ですが、平敷さんにかぎらず特定の写真家から受けた影響があれば教えていただけますか。最近まで沖縄で、平敷さんとの二人展も沖縄でされていました。

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(石川さん)自分の写真をどうにかしたいとか、そういうふうなことはあまり思ってなくて、平敷さんの写真と出会ったからといって、それを意識的になぞるとか自分に取り入れていこう、ということは自分はあまり考えていないんです。他の写真家の写真をみてもそうなんですけど、意識的ではなくて、ただその写真と出会うことで、無意識的に自分の中に必要としてるものが、取り入れられていくだろうということはあります。自分にはその取り入れられていくイメージみたいなものはあるんです。だから平敷さんやいろんな写真家の写真に出会うと、それが自分の写真の中に無意識的に表れてきたりします。それが僕の中で楽しみでもあって、だからいい写真と出会うのはうれしいなというふうには思いますね。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0000010 那覇 NAHA, 2012

(倉石さん)なるほど。それではここで具体的に写真を見ていきたいと思います。これは、会場に展示されている新作の作品ですけども、空にきれいな虹が出ています。たぶん虹を撮るというのは写真になりにくいというか、おそらく誰もが撮る対象なので、そういう意味では難しさはあるように思うんです。逆にこういう誰もが撮るものも石川さんは写真に撮っていますよね。にも関わらず、きちっと作品にしてしまうところがある。

(石川さん)単純にやっぱり、「あ、虹だっ」と思って撮りたくなります(笑)。あまり僕は誰の写真がどうだからとか、これまでの写真がどうだからっていうのは考えないです。

(倉石さん)でも、みんなが撮るものは、プロとしては少しアプローチが難しい面もありませんか。

(石川さん)その意識もあんまりなくて、みんなが撮ればみんな面白くていいんじゃないかっていう(笑)。みんなが同じもの撮ってもいいと思うし、やっぱりそこで何か違いが出てきてくれるなら、それはもっと面白いことですし、それって絶対違うものになってると思うから。だから普通に「あ、虹」「撮りたい」って思いますね。

(倉石さん)写真でここまでくっきりと虹が写るということは、肉眼でみたら凄まじい虹でしょうね。

(石川さん)本当にタイミングですよね。雨が急に降ったのでカメラを隠してたんですけど、虹が出てきて「あ、虹だ」って思っていたら、この人が傘さして歩いてきたんで、思わず写真を撮らせてくださいってお願いした感じです。本当にたまたまが重なるので、写真って面白いですよね。

(倉石さん)運を呼び込む、みたいなことですね。写真集が出てから指摘されるようになるでしょうけど、今度の写真集は、前作からフォーマットが正方形から長方形に変わっていますね。このフォーマットの変化についてはどうでしょうか。

(石川さん)僕は持ってるものを全部使いたい、ということが趣味みたいな、ゲームみたいなことが自分の中であるんです。初めにデジタルバックを買った時も、ハッセル(ブラッド)っていうカメラを知らないまんま、自分が持ってるお金で一番高いカメラを買おうと思って、それで買ったのがハッセルだったんですよ。

(倉石さん)それで、6×6のフォーマットだったと。

(石川さん)6×6で、それで写真を撮っていた。それで、またお金が入って、早く使わないとって思って、買ったのがハッセルの新しいデジタルバックで、それがこのフォーマットだったっていうことです。フォーマットの違いはそこです。

(倉石さん)早くから石川さんを評価されていた清水穣さんはそのことについて、「収集箱」という言葉を使って批評されていました。清水さんが6×6のフォーマットという場合、否定的な意味合いで使うことが多いんですが、石川さんの場合にはむしろ肯定的な意味で論じられていました。「箱」であるがゆえに、そこには「同じ」資格のいろんなものが入っていくことができて、ひいてはいわゆる沖縄的なアイデンティティーの政治にがんじがらめになることから免れることができている、というように結論付けていた。使ってみようと思ったのは、割と自然な成り行きであったにせよ、この6×4.5の形式を使うことによって、何かあとから発見してきたことはありますか。

(石川さん)当たり前のことですけど、背景がたくさん入りました。(笑)でもそこで、自分の写真に変化ができたっていう部分ももちろんあります。正方形のフォーマットの時も、背景はもちろん結構意識してたんですけど、それよりも背景が映る割合が大きくなってきて、そういう中で「風景」にも意識的になってきました。それで、風景とポートレートを合わせて撮っていくっていうことになりました。

お二人の貴重なトークレポート【第二回】【第三回】も近日公開予定です!お楽しみに。  

【展覧会ページ】
石川竜一
okinawan portraits 2012-2016

2016/9/3 − 9/25

okinawan portraits 2012-2016

会場レポート+感想帳より

好評開催中の石川竜一展。今回は展示風景と来場者の声をお届けします。 本展は、これまでの代表作《絶景のポリフォニー》《okinawan portraits 2010-2012》から30点、初公開の新作《okinawan portraits 2012-2016》から60点、会場全体だと合計90点もの作品を展示しています。注目の新作を展示した会場内は、作品に取り囲まれるように、壁一面に沖縄の人々や風景が映し出された作品たちが並んでいます。

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新作《okinawan portraits 2012-2016》展示風景

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「六本木クロッシング」(森美術館)でも展示された《okinawan portraits 2010-2012》より 顔を拡大した写真作品

続いて、感想帳から一部抜粋してご紹介します。来場者の方が、石川さんの写真から様々なことを受けとり、感じたことが伝わってきます。

・写真一枚一枚の力強さに圧倒された。

・ついこの間沖縄に行ってきたばかりだけど、ここの写真を見て、観光は観光でしかないなと思いました。また行くのが楽しみです。

・人物というより、これはokinawaの風景写真だと思った。初めてここまで音が聞こえてくるような写真を見ました。自分が何をすべきか、私も知りたい。

・人間の顔の情報量がすごい。石川さんが惹きつけられて、被写体となった人たちの人生全てを一瞬で見せてくれているような感覚になりました。黒のフレームどきっとします。とても刺激的な展示でした。

・孫娘が今春より沖縄の大学へ行ってます。今まで知らなかった沖縄の姿を見て、これまでの印象とは違って、いろいろと考えさせられました。ただ、観光で行くのとそこで生活するのでは大違いで、大変な思いで暮らしている方がおられるのだと感じました。

・パワーをもらった。

・知っている人がいたり、知っている場所があったり、でもきっとみんな知らないのかなと。

・ドキドキします。沖縄ってこんなだったかなと。

・あまりに生々しい描写の写真たちで沖縄だからなのか、被写体なのか、もがく人々のリアルを感じました。これほど力強いポートレートは初めてです。見終わった後、とても胸が苦しくなりました。背けちゃいけない現実がありすぎる沖縄。素晴らしい写真展でした。ありがとうございます。

最後に、書籍と展覧会のご紹介です。

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『KOA九州・沖縄アーティストファイル』

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2014年にFukuoka Art Tipsから刊行された九州・沖縄の作家を紹介する『KOA九州・沖縄アーティストファイル』に石川さんも沖縄の作家として掲載されています。こちらもショップで販売中なので、ぜひお手に取ってみてくださいね。
また、石川さんは、現在東京で田附勝さんとの二人展「東北・沖縄」を開催中の他、10 月横浜美術館でのグループ展「BODY/PLAY/POLITICS」、11月からはエプソンイメージングギャラリーエプサイトで「okinawan portraits 2012-2016」展が決定しています。

新刊『okinawan portraits 2012-2016』発売開始も間近に控える石川さんのこれだけの作品を、福岡で見ることのできる貴重な機会に、ぜひご来場ください。

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石川竜一
okinawan portraits 2012-2016

2016/9/3 − 9/25

okinawan portraits 2012-2016

オープニングレセプション レポート

作家の石川竜一さんをお迎えし、開催したオープニングレセプションの様子をお届けします!会場内を埋め尽くす作品に囲まれながら、ご挨拶をいただきました。また、ご挨拶のあともお客様一人一人と話されており、特に学生の方が多かったのが印象的でした。当日はたくさんのご来場、ありがとうございました。
(※本文は、レセプションでのご挨拶を一部抜粋・編集したものです。)

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(ディレクター・鈴田)本日は展覧会「okinawan portraits 2012-2016」にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。展覧会の初日ということで、作家の石川竜一さんにお越しいただきました。

(石川竜一さん)はい、石川竜一です。どうもありがとうございます。

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(鈴田)本展は3つの構成に分かれてまして、まずこの部屋は新作(「okinawan portraits 2012-2016」)の部屋になります。入り口から入ってすぐの部屋には「okinawan portraits 2010-2012」と「絶景のポリフォニー」の2作品を展示しています。今回、新作が福岡で初公開ということで、なんと60点もの新作をご準備いただきました。石川さん、この新作について、どんな思いで制作されたかということや前作「okinawan portraits 2010-2012」との違いなどをお聞きしてもいいでしょうか。

(石川)特に僕は意識して分けているわけではないのですけど、まぁ確かにこうして見ると(「okinawan portraits 2010-2012」とは)違いますよね。撮ってて、自分でちょっと変わったかなと思うのは「風景」を多く撮影しています。「okinawan portraits 2010-2012」の中には風景は入ってなかったけど、同時に出した「絶景のポリフォニー」シリーズの中には、風景もスナップも入っていました。元々、「風景」と「人物」はあんまり分け切れるもんじゃないなって思っていた部分もあったので、同じような感覚でどちらも見れたらな、みたいに思っていて、それが少しずつ形になってきたっていうところはありますね。

あと、「okinawan portraits 2012-2012」「絶景のポリフォニー」以降の写真作品は、単純にカメラが新しくなってますね。お金が入ったから新しいカメラを買おうと思って、カメラのフォーマットが横長のフォーマットだったっていうことが単純にあって、そういういろんなことが重なって、ポートレートも人物だけではなくて「集団」などを撮るようになったんですよね。

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(鈴田)より「集団」だったり、その「人」の置かれた状況を全てを写し込んでいったっていう。

(石川)そうそう、そういうところから「風景」とか「背景」も入ってくるようになって。風景や背景にも意識がいってるな、ということを自分で(後から)確認してたんです。

(鈴田)バイクに乗って沖縄の各地を巡って、そこで出会った人たちを撮影していくとスタイルで、いろいろな方々を撮影されてますけど、非常に印象に残るというか、強烈な印象の方も多く含まれていますよね。

(石川)そうですよね、でもそんなに珍しい人たちでもないんです。状況とかその人のいろいろな重なりが、ちょっとした違和感や面白さを生んでて、そういう時に「あ、おもしれー」と思って、写真撮ったりもして。その時、写真を撮る時に思うこと、なんで撮ったかという理由も状況もバラバラなんですよね。その時にならないと、それってわからないことだから。ただ「こうしたいんだ」というものじゃなくて、そういう、そこに起きたことに反応していけたらいいなと思ってますね。

(鈴田)福岡の街でも、設営中に抜けた先々でパッ、パッと撮影をされていて、さすが石川さんだなと思いました。常に何かを探しているというか、撮っていますよね。

(石川)いやいや結構撮れないんですよ。最近、撮る枚数が減ってるから、ちょっと欲求不満ですよね。

(鈴田)今回、展覧会の会期中に新刊が出ますよね。『okinawan portraits 2012-2016』というタイトルで、この新作に写っている人たちを収めた写真集が発売になるんですけど、これもすごいボリュームですね。見本を店頭に置いてるんですけど、ものすごいページ数で、本当に出来上がりが楽しみです。初日に間に合わなくて恐縮なんですが、9/20(予定)には一般発売されるそうです。

(石川)買ってください。僕もお金入ったら、どれだけ早く使えるかっていうのが僕の中で勝負で、一つの楽しみなんです(笑)。だから、いつもカメラもどんどん新しくなっていくし、入ったら入っただけもう全部使うんです。僕も結構そうやって、勢いでいろんなことを「えいやっ」ってやるんですけど、赤々舎も(新刊のように)ごついものを毎回作ってくれるんです。値段に対して結構ありえないもので、細かく言っても仕方ないんですけど、とにかく本としてもすごいです。

(鈴田)そして、福岡の会場でこれだけの新作をこんなに沢山展示できた、というのは本当に光栄なことだと思っています。

(石川)僕も展示してもらえて、本当にありがたいです。

 

ご挨拶後は、たくさんの来場者に取り囲まれて、気さくにお話いただきました。

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また、写真集にサインを書いたり、写真撮影に応じてくださった石川さん。

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翌日9/4(日)に行われたアーティスト・トークのレポートも後日アップ予定です。
展覧会は9/25(日)まで。
新作60点、過去の2シリーズから30点の計90点…!圧巻の展覧会をどうぞお見逃しなく!

【展覧会ページ】
石川竜一
okinawan portraits 2012-2016

2016/9/3 − 9/25

Local Prospects 2

公募枠審査結果発表

三菱地所アルティアムでは、九州・沖縄とその周辺地域を拠点とする作家を紹介する展覧会シリーズ「Local Prospects 2」を開催いたします。2015年に初開催された本シリーズの第2弾では、さらに門戸の開かれた展覧会とするべく、グループ展の中の1枠を公募枠として広く募集いたしました。立体、絵画、インスタレーション、写真、映像作品など、多彩な表現による41件のプランが集まりました。審査の結果選ばれたのは、井上絢子さんの展示プランです。
既に発表しておりました招待作家である角田奈々さん、国本泰英さん、潘逸舟さんを含めた全4名の出展作家が確定いたしました。展覧会にどうぞご期待ください。
三菱地所アルティアム(担当:笠井)

●審査概要
募集期間:2016年5月18日(水)〜8月7日(日)
応募総数:41件
入選者:井上 絢子
審査員:阿佐美 淑子(三菱一号館美術館 学芸員)、山出 淳也(NPO法人 BEPPU PROJECT)、三菱地所アルティアム(笠井 優、鈴田 ふくみ)

●審査員コメント
阿佐美 淑子(三菱一号館美術館 学芸員)

このたびの公募には40を超える作家、グループより提案が寄せられた。先ず、明らかに完成度の高い作品数点に絞り、そのうえで、複数の審査員が推した作品を前に、かなりの時間をかけた議論を行い、最優秀作品を決定した。最終候補となった数点の作品は、いずれも瑞々しい感性が光り、また密度高く、選考は困難を伴った。そのうち、今回選ばれた井上絢子の作品は、作品そのものの質が高いことに加え、「アイデンティティ」という、作品を支えるコンセプトが明快に提示され、且つ深く掘り下げられており、最終的に4人すべての審査員が最優秀作品として合意するに至った。
運営側の予想を上回る点数が寄せられ、審査にも熱が入った。来年も今回以上に濃密な公募となるよう期待している。

山出 淳也(NPO法人 BEPPU PROJECT)
九州に由来する多くの作家が本事業に興味を持ち、応募していただいたことに感謝したい。
長時間に及ぶ審査の末1名を選出したが、他のどの作家も非常に興味深く、惹きつけられる作品や提案が少なくなかった。
テーマとなった「アイデンティティ」は、先人たちによってこれまでも繰り返し考えられてきた、そして、今後もやはり向き合わなければならない問いである。何を持って自己を位置づけるのか? ルーツなのか、生まれた場所なのか、生きてきた時間なのか。外的要因だけではなく、内的なものも影響を与えるとすれば、これからの活動を通して、さらにこのテーマを振り下げ、世界に向けて提示していただくことを期待している。

●展覧会概要
タイトル:Local Prospects 2
テーマ:アイデンティティ
会期:2016年11月5日(土)〜11月27日(日)
会場:三菱地所アルティアム(福岡市中央区天神1-7-11イムズ8階)
時間:10:00〜20:00
入場料:一般400(300)円、学生300(200)円、高校生以下無料、再入場可、( )内は前売料金/チケットぴあ・10名以上の団体料金、アルティアムカード会員・三菱地所グループCARD (イムズカード)会員無料
主催:三菱地所、三菱地所アルティアム、西日本新聞社

●出展作家
角田 奈々(1986年福岡生まれ)
国本 泰英(1984年大分生まれ)
潘 逸舟(1987年上海生まれ)
井上 絢子(1985年福岡生まれ)

作家の詳細プロフィールや参考作品画像などは追ってアルティアムwebにて公開いたします。

【展覧会ページ】
Local Prospects 2
2016/11/5 − 11/27

都築響一 僕的九州遺産

都築響一と巡る僕的九州遺産バスツアー

博多人形(福岡) @Kyoichi Tsuzuki

博多人形(福岡)
@Kyoichi Tsuzuki

作家・都築響一と福岡の知られざる珍スポットや人物を訪ねるバスツアーです。
※受付は終了しました。沢山のご応募ありがとうございました。

日 時   10月2日11:00~19:00予定
参加費  5,000円展覧会チケット込み/昼食代は各自負担
定 員  25名先着順

【申込方法】
9月12日より受付開始。※受付は終了しました。件名に都築響一バスツアー申込、本文に参加者の①氏名②年齢③電話番号を明記の上、株式会社ショーソンまでメールでお申し込みください。こちらからの返信を以て受付完了、定員に達し次第締め切らせていただきます。
【注意事項】
・1件のメールにつき、2名様までの申込とさせていただきます。
・受付開始日より前のメールは無効となります。受付開始時間は9月12日0時です。
・受信拒否設定をされている方はあらかじめ申込先shonankyo★shoson.jpからのメールを受信できるよう、設定の変更をお願いいたします。※上記メールアドレスの★は@に置き換えてください。

【展覧会ページ】
都築響一 僕的九州遺産
My private Kyushu

2016/10/1 − 10/30

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