安野光雅のふしぎな絵本展

遊び×芸術×科学 トークイベントレポート1後編

九州大学芸術工学研究院連携企画

『「遊びの博物館」展(1979年)からひもとく遊びと芸術と科学』と題した、馬 定延(ま・じょんよん)さん、城一裕さんによるトークイベントのレポート後編です。前編とあわせて是非お読みください。(※本文は、本イベントのトークを一部抜粋・編集したものです。)

(馬さん)次のセクションは、「かくし絵」です。

すみれ、作家不詳(『遊びの博物館』カタログより

すみれ、作家不詳(『遊びの博物館』カタログより

一見、すみれの絵に、実はナポレオンの顔を隠してある。戦争に負けてしまって追放されたナポレオンの支持者が、公開的には発言できない政治的なメッセージを込めた絵です。次の作品は、一見、若い女性が化粧をしている絵ですが、同時に全体は骸骨にも見えますよね。美しい少女と死という、相反するイメージを交差させることは、美術の中で頻繁に登場するモチーフですが、ここではかくし絵の画法を使っています。

図9『もりのえほん』1977年 ©空想工房 画像提供:津和野町立安野光雅美術館

図9『もりのえほん』1977年
©空想工房 画像提供:津和野町立安野光雅美術館

安野さんの作品の例をみましょう。当時の展覧会では白黒の絵が出品されましたけど、アルティアムではカラーで見られる『もりのえほん』です。隠された動物を見つけながら子どもたちがとても喜んでいると笠井さんに聞きました。森の風景なかに動物を隠した安野さんの絵に対して、例えば、四季の果物と野菜で異なる性格の人の顔を巧妙に表現している、16世紀のジュセッペ・アルチンボルトと、複数の人体で一人の顔を表現した、江戸末期の一勇斎国芳もいます。そして、当時のコンピュータが処理してモザイク模様になったリンカーンの像を、 窓を眺めるの後ろ姿に隠しているサルバドール・ダリの絵も一緒に紹介されました。

(城さん)これだけ多岐にわたる、古典から当時の最新のものまでを展示していたんですね。

(馬さん)そうなんです。さらに次は、トポロジー、位相幾何学という分野のコーナーです。高橋士郎さんという作家は、いま私が在職している多摩美術大学の学長をされた方で、日本の美術大学のなかにメディアアート関連の学科を立ち上げることに寄与された方です。「遊びの博物館」に出品されたということを知る前に、この作品を、以前高橋さん本人のアトリエで撮ってきたビデオを見てみましょう。生で作品を見ると本当にすごいんですよ。こうやって、現代美術と古典美術とか、浮世絵と西洋美術、美術史の巨匠と名のない庶民の作ったおもちゃに至るまで、すべてを平等に取り扱っています。「好奇心」と「遊び」というところから見てみることから、既存の枠組みを超えた、新しい発見が出てくるものです。坂根さんと安野さんが手がけたこの展覧会を調査しながら自分でも反省したことですが、教育などによって、私たちが美術をみる目は偏っているかもしれません。
この映像は「遊びの博物館」展で上映されたもののひとつですが、初期のコンピュータで作られた画像を音楽に合わせた、ジョン・ホィットニーの抽象アニメーションです。

いまある様々なフォストを使って、たくさんのエフェクトかけて作っても、光と線と音という最小限の要素の美しさは表現できないと思います。またインターネットのない時代に、1975年に制作されたこの作品を、わずか4年後に日本の一般観客に紹介したという事実にも驚きます。
もうひとつの上映作品は、チャールズ&レイ・イームズの《パワーズ・オブ・テン》ですが、この作品は1977年のものなので展覧会のわずか2年前のものです。

(城さん)ちょっと補足すると、この作者のチャールズ&レイ・イームズはデザイナーで、代表作にはイームズチェアなどがあります。この映像はイームズがIBMというコンピュータの会社のために作ったものです。見ていただければ一目瞭然なのですが、現在では至るところで目にする手法の原点の一つになっています。

(馬さん)パワーというのはここでは“力”ではなくて“乗”。掛け算の意味で、10単位で掛けていって、宇宙で眺める地球まで引いて、最後は細胞までぐっとズームしていくんです。人類がはじめて宇宙から眺めた地球のイメージをみたのは1966年のことでした。宇宙からみると人類はなんて限りなく小さな存在ですが、それと同時に、そのなかにはとても不思議な小宇宙が秘められた存在なんですよね。
ここで、いままで話したことのもうひとつの関係性が見えてきます。例えば、「遊びの博物館」に協力して、カタログに文章を寄せたEXPLORATORIUMという科学博物館の初代館長、フランク・オッペンハイマーは、兄弟で有名な原子力の科学者でした。政府に反対して、科学者としての華やかな出世の道から離れて彼は、原子力爆弾という科学の破壊的な側面ではなく、みんなに世界を知る喜びを与えるポジティブな側面を伝える空間として、EXPLORATORIUMを構想しました。科学の知見に隠されている、新しい表現の可能性を社会に広く伝えるために、世界からアーティストを招いて、レジデンスという滞在制作をさせる制度を作ったりしました。
そして意外かもしれませんが、エッシャーの最初のファンたちには、いわゆるヒッピー、既成の価値観にしばられた社会生活に抵抗した人たちが多かったそうです。世界大戦という悲劇が終わった後でも、戦争を続けている世界は、一見問題がなさそうに見えても、実はこんなに不条理で、ゆがんでいるという社会に対する皮肉めいた考え方、あるいは逆にだからこそ秘められている発見と、新しい秩序からなるもうひとつのユートピアが、ありえるかもしれないという考え方がありました。エッシャーの錯視の作品が評価されている理由には、このような時代の背景がありました。
だからこそ、さっきのテレビ番組での残り方は悲しいことだなと思いますね。なぜこういうことに興味をもったのか、ということを考えながら見ないといけない。安野さんの絵もそういうところがあると思うんですけど、単にみて、「ああこれか」と見て笑って終わるものではありません。今日は、そういうことを安野さんの友達であり一緒に仕事をされていた坂根さんを通して一緒に考えてみたかったんです。
若い世代の方も参加されたので、最後に同時代の作品を見てみましょう。

これはドローンという現代の技術があって可能になった表現であり、新しい技術を通して得られた世界を眺める方法です。今、私たちがこの動画を見て面白がったり、驚いたりすることと似たいような感覚で、当時の人たちは《パワーズ・オブ・テン》を見ていたかもしれませんね。ここまでくると、安野さんの展示からは少し離れてきたような気もしますが…。

(アルティアム・笠井)いや、いろんなつながりが見えてきたなという気がしました。たとえば、《パワーズ・オブ・テン》の視点に関しては、展覧会で『天動説の絵本』という絵本の原画を展示してるんですけど、それと似ているというか。安野さんは地球が丸いということを子どもの頃、近所のお友達から聞いたそうなんですね。「それは大変だ、空に落ちてしまう」そういう地球が丸いなんて信じられないというときの驚きを元に作られた絵本になってます。最初は地面が平らな絵なんですね。最初は人間も比較的大きく描かれている。それが、だんだん引いていって、地面も丸くなっていくんですよね。どんどん引いていくことで丸い地球の上で人々が暮らしているという絵になっていくんです。

(城さん)馬さんも話していたように、安野さんの作品の後ろには多様な教養と知識があって、その上でこのような表現になっているということが、別な形でも確認できた機会だったなと思います。今後、このトークシリーズの中で度々出てくることになるかと思いますが、今、どうしても専門同士もしくは専門と一般との乖離があり、人と人との間がすごく離れてしまっている。今回のトークが、この問題に対してのヒントを得たり、解決策を考えたりするきっかけになりそうだなと思っています。
ぜひ会場から声を伺えたらと思うんですけど、いかがでしょうか?

(会場より質問)こういうものを作っているアーティストは、人間の知覚、脳とか視覚とか、そういうことにどれくらい興味があるのでしょうか。

(馬さん)今日、紹介した作品の多くは、単に絵がうまければ描ける絵ではありません。研究者並みの調査と努力をして、その仕組みを理解し、体得した後に、練習を重ねて生まれた作品です。私も学部で心理学を勉強したときに、授業で出てきたものは「作品」としては意識してはいなくて、人間の知覚はこういう仕組みにだまされるんだという事例だと理解していました。坂根さんは、さまざまな分野に細分化されたものを、一か所に集めて面白い創作物として見せたいという気持ちがあったので、展覧会を企画されたり、本を書いたりしたんでしょうね。

(城さん)作る立場からすると、知覚心理の研究って宝の山のように感じるんです。例えば、錯覚現象の中から100個のうちの1個だけを取り上げて、それに特化したものを作品として見せるだけでも成立する可能性がある。であれば、作家としてはその知見を使わせてもらうに限るなと。でも作家は体系的に見せることには興味がない場合もある。これは、研究の目的の一つである様々な現象の体系的な理論化は異なる。この差に気をつけないと研究者と作家の間で乖離が生まれてしまう事にもなるなと思います。

(馬さん)特にメディアアートの分野では、研究者とアーティストが議論をして新しいプロジェクトや論文や作品といった別のアウトプットで同時に生まれることがたくさんあります。私はちょうどいま科学研究施設にレジデンスをしている友たちのアーティストがいますが、科学者たちと過ごした時間から生まれる彼の新しい作品をとても楽しみにしています。

(城さん)1960-70年代には、アーティストとサイエンティストが一緒に何かするというスタイルがそれなりにありました。でも僕は、必ずしもその協業が上手くいっていたとは思えない。やはりアーティストをサイエンティストがお手伝いする、という形になる場合がある。それに対して今は、複数の専門性をあわせもつ人たちの協業というスタイルが少なからず出てきているように思います。教える立場としては、せっかく先ほどもお話した「技術の人間化」という理念を掲げてもいますし、複数の専門性をあわせ持つ人を増やしていきたいなと思っています。ポテンシャルは高いと思いますし。この専門性って点から街としての福岡を見ると、細分化するほどのコミュニティが東京と比べた時にはない。これは考えようによっては強みだとも思うんです。もしこのイベントを東京でやると、多分、特定の大学の特定の学生たちを中心とした20代の方が殆どになる。でも今日は、お子さん連れのご夫婦や、僕よりも年輩の方もいらっしゃってる。専門もバラバラだと思います。それってすごく貴重なことだと思うんですね。これを街中でできている。そういう状況を前向きにとらえていきたいと思っています。アルティアムもそういうところがありますよね。このあとは岡崎京子展があり、一方で若手作家の展示も控えているという懐の深さというものが、東京ではなかなか難しいかなと思います。

(笠井)そうですね。いろんな表現をアルティアムで紹介しています。坂根さんのようにフラットな目で見ると、何か通じるものがいろんな表現には共通してあると思っています。坂根さんのお仕事はとても「そうだよな!」と共感する気持ちで見ています。

トークイベント中の会場の様子

トークイベント中の会場の様子

遊び×芸術×科学 トークイベントシリーズは第2回、第3回と続きます。ご期待ください!

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安野光雅のふしぎな絵本展
2016/7/9 − 8/28

安野光雅のふしぎな絵本展

遊び×芸術×科学 トークイベントレポート1前編

九州大学芸術工学研究院連携企画

『「遊びの博物館」展(1979年)からひもとく遊びと芸術と科学』と題した、馬 定延(ま・じょんよん)さん、城一裕さんによるトークイベントのレポート前編です。トークで取り上げた「遊びの博物館」展について、また、その展覧会を手がけた坂根厳夫さん、安野光雅さんとのつながりは、トークイベントについてを是非お読みください。(※本文は、本イベントのトークを一部抜粋・編集したものです。)

 

(城さん)城です。よろしくお願いします。僕はこの春から大橋にある九州大学芸術工学研究院に着任したのですが、元々は前身に当たる九州芸術工科大学音響設計学科(2003年に九州大学に統合)の卒業生で、1996年から2002年までの学部から修士の間この福岡で過ごしています。その後、幾つかの場所を経てこの春まで岐阜県にある情報科学芸術大学院大学、通称IAMASというところで教えていました。このIAMASの設立時の学長だったのが坂根厳夫さん(名誉学長)です。坂根さんは元々朝日新聞の科学部の記者で、その後、慶応大学SFCの立ち上げなどに参加されています。今は引退されているのですが、ジャーナリストが出自ということもあり、膨大な資料をお持ちなんですね。撮影されたビデオテープのコレクションもすごい数でして,そのコレクションの活用に関するプロジェクトというのを今日お招きした馬さんとIAMASの卒業生でもあるライゾマティクスの真鍋大度くんと一緒にやっています。

今回のトークは、春先にアルティアムの笠井さんから、安野さんの展覧会を開催するんですよというお話を伺い、直感的に閃いたものです。その上で一緒に企画をさせていただき、ここsolid&liquidのご協力もあって開催することができました。

今日は、まず馬さんに「遊びの博物館」展を中心に、いろいろな話をしていただき、後半では会場の方も交えて質疑、という形で話を膨らませていけたらと考えています。いま僕のいる九州大学芸術工学研究院の前身にあたる九州芸術工科大学は、設立されたのが1968年で、「技術の人間化」という大きなキーワードを持っています。専門が専門のままに分化していくのではなく、各々をつないでいく人を育てる、というのが学校の最初の理念としてあり、これは今回の「遊び×芸術×科学」というテーマともかなり近しいのでは、と思っています。その点についても、このトークシリーズを通じて深めて行ければいいなと考えています。では、馬さん、よろしくお願いします。

(馬さん)よろしくおねがいします。まず、みなさんの中で、安野光雅さんのことを前からご存知だったという方は?

(会場)半分くらい挙手

(馬さん)坂根厳夫さんをご存知の方?

(会場)数人挙手

(馬さん)実は、メディア・アート界隈の人なら国内外を問わず、誰でも知っている名前なんです。先ほどの城さんの紹介がありましたけど、まずは著書のタイトルから言葉を拾ってみましょう。『美の座標』(1973)『かたち曼荼羅』(1976)『遊びの博物誌』(1977)『新・遊びの博物誌』(1982)『境界線の旅』(1984)『科学と芸術の間』(1986)『拡張された次元』(2003)『メディア・アートの創世記:科学と芸術の出会い』(2010)…全部ではないんですけど、坂根さんは、こういうことに興味を持っている方です。

私は外国生まれということもありまして、安野さんの作品を直接見たのは今日が初めてのことですが、坂根さんの著作を通して、安野さんの名前と作品は見たことがありました。坂根さんの著作のなかでは安野さんによる装幀がたくさんあるので、最初は本の話からはじめてみました。いま見ているのは、『メディア・アートの創世記:科学と芸術の出会い』という本に載った、安野さんと坂根さんの写真です。坂根さんの依頼で安野が描いた《無限階段》を当時のコンピュータで一緒に見ていますね。今日この作品がアルティアムの会場の最初のところに展示されていることを見て、とても嬉しかったんです。

図1『メディア・アートの創世記』(工作舎)より

図1『メディア・アートの創世記』(工作舎)より

さて、坂根さんは、1975年から朝日新聞の家庭欄に週1回「遊びの博物誌」というタイトルで連載していました。それがものすごく人気だったので、本になりました。そうしたら、本物が見てみたいと読者の要望に応じて、今度は「遊びの博物館」(1979)という展覧会になりました。それでももっと見たいという声があって、もう一回「新・遊びの博物誌」という連載が始まり、それがまた本になって、そのあともう一回「遊びの博物館 Part II」(1984、85)という展覧会になりました。それくらい人気だったんですね。その頃から坂根さんがおっしゃっていたのは、「芸術も科学も純粋な遊びの精神から生まれてきた」ということです。

図2-1 遊びの博物誌

図2-1 遊びの博物誌

図2-2 新・遊びの博物誌

図2-2 新・遊びの博物誌

この『遊びの博物誌』には、安野さんの作品を取り上げたコラムも載っています。そのときに取り上げたのは、海外で話題になって、日本人であることさえ向こうの人たちは知らなかったという「ANNO’S ALPHABET」(日本での発行タイトルは『ABCの本 へそまがりのアルファベット』)が取り上げられています。今回のアルティアムの展覧会でも取り上げられていますよね。実際、原画を見てすごく面白いと思いました。

図3『ABCの本 へそまがりのアルファベット』1974年 ©空想工房 画像提供:津和野町立安野光雅美術館

図3『ABCの本 へそまがりのアルファベット』1974年
©空想工房 画像提供:津和野町立安野光雅美術館

「遊びの博物館」展は、安野さんと坂根さんと、もう一人、福田繁雄さんというグラフィックデザイナーの方が協力して一緒に展覧会をおこなったものです。公式的な統計資料までは確認できていませんが、『メディア・アートの創世記』によると全国で60万人を動員したらしく、本当に人気だったようです。残念ながら1979年には福岡には来ていないですが、1985年にパート2の時には福岡の大丸で展示されたそうです。ご覧のように、日本全国を巡回していました。アメリカのMITに高等視覚研究所(CAVES: Center for Advanced Visual Studies)ニューヨーク近代美術館(MoMA)、サンフランシスコにある科学博物館のEXPLORATORIUM、イギリスの大英博物館など、海外から協力した機関の名前から想像するイメージとはちょっと違うかもしれませんが、会場はほとんどデパートです。アルティアムも商業施設と美術館が一緒になっていますが、日本の美術史を調べていく中で、デパートの中の美術館がものすごく重要なんですね。単なる催し物だけじゃなくて、本当にシリアスなものも境界なくおこなわれていました。これはローアート、これはハイアートというような区別なく、面白いものを作る人の作品なら誰の作品でも選んで、できるだけたくさんの人が楽しめるような会場を選んでこういう展示をしていました。

図4「遊びの博物館」展 会場・巡回リスト

図4「遊びの博物館」展 会場・巡回リスト

(城さん)EXPLORATORIUMはサンフランシスコにある科学館の発祥の施設なんですね。福岡でも今、六本松にできようとしていますが、世界各地の科学館にある体験型の展示というものがここで初めて作られて、いろんなところに普及していった、そういう場所です。

(馬さん)坂根さんの映像コレクションの中には、テレビ番組を録画したものもありました。当時、この展覧会がどれだけ話題になっていたかを見られる資料があったのでお見せします。

図5 ニュースの記録映像のキャプチャ

図5 ニュースの記録映像のキャプチャ

いくつかの番組で紹介されていますけど、ご本人が説明する場面を除いては、だいたい同じ作品を映していて、コメントも似ていますよね。カタログを読むと、安野さんと坂根さんの企画した「遊びの博物館展」が、いまでも人を集めているほかのだまし絵展より、もっと深いメッセージを伝えようとしていることが伝わってきますが、こうやって数分のTV番組で残ったものを見てみると、いまの私たちが見て驚いたり、感動したり、楽しんだりするものがあまりありません。文字や写真よりたくさんの情報を残すことができる記録メディアがビデオなので、ビデオで撮っておくと安心しがちですが、本当にそうでしょうか。坂根さんのビデオ資料を見ていると、私たちの記憶と映像記録に関わる問題について考えさせられます。

ここからはビデオではなく、『遊びの博物誌』の図録に掲載された作品を中心に、どういう安野さんと坂根さんが面白いと思った作品がどのようなものだったのか、一緒に考えてみたいと思います。まず、「アナモルフォーシス」という手法が最初のチャプターです。この絵の真ん中のあたりに斜めに歪んだ骸骨が隠されていますよね?この絵が16世紀くらいのハンス・ホルバインの《大使たち》という有名な絵なんですけど、ちょうど遠近法が発明された頃です。遠近法がなぜすごいかというと、一人の人が世界を見るのと同じように絵が描けるようになったという発明だったからです。その遠近法が発明された直後から、遠近法がよくわかっているからこそ歪めるという手法が画家さんたちの間で遊ばれるようになりました。骸骨という死のイメージは、「知識の前にいつも謙虚になれ」という人間の有限性を意識しろというメッセージを伝えていました。

図6 雑誌「数理科学」展示風景

図6 雑誌「数理科学」展示風景

これ(図6手前の作品「奴江戸兵衛」)は安野さんに描いてもらったもので「数理科学」の表紙にもなっていて上の展覧会でご覧になった方もいらっしゃると思います。

坂根さんの展覧会には含まれていませんでしたが、南アフリカ出身のウィリアム・ケントリッジという作家は今でもアナモルフォーシスを使っています。木炭で描かれた絵からなるアニメーションですが、南アフリカの社会問題を批判する作品をいつも作っているこの作家にとって、見る角度を変えて、円筒の鏡を当てることでやがて見えてくる真実というメッセージを伝えるには有効な手法です。次は「不可能な図形」というセクションですが、この絵を描いたエッシャーという作家をご存知の方は?

図7『無限回廊』 ©2008 Sony Computer Entertainment Inc.

図7『無限回廊』
©2008 Sony Computer Entertainment Inc.

(会場)半分以上挙手

(馬さん)実は、エッシャーが日本であまり知られていなかった時に、エッシャーを本格的に日本で紹介されたのが坂根さんでした。1898年生のエッシャーが亡くなったのが1972年でしたが、その前の年に、坂根さんは本人に会いに行って、その後も、エッシャーの本を翻訳したり紹介したりしていました。次の画像は、年齢的に展覧会には出ていませんが、関連する同時代の作品の例として紹介できるのが、藤木淳(1978年生)という、九州大学芸術工学部のご出身の研究者が作ったゲーム《無限回廊》です。文化庁メディア芸術祭アート部門で優秀賞を受賞した《OLE Coordinate System》がプレイステーションのゲームソフトになったもので、このゲームもその続編も、同芸術祭のエンターテインメント部門で表彰されました。いまの社会のなかで多様化された作品のあり方を見せてくれるいい例だと思います。坂根さんは藤木さんをとても高く評価していて、いろんなところで紹介しました。エッシャーと藤木さんのあいだに、最初に紹介した、安野さんの《無限階段》を入れて並べてみると面白いですよね。

トークレポートは後編に続きます!

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安野光雅のふしぎな絵本展
2016/7/9 − 8/28

okinawan portraits 2012-2016

アーティスト・トーク

倉石信乃(写真評論家)を聞き手に迎え、石川竜一が、本展で初の公開となる最新作や作品の魅力について語ります。トーク後にはサイン会を予定しています。

◆倉石信乃(Shino Kuraishi)プロフィール
明治大学大学院理工学研究科新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系教授。近現代美術史・写真史・美術館論。1988-2007年、横浜美術館学芸員として「マン・レイ展」「ロバート・フランク展」「菅木志雄展」「中平卓馬展」「李禹煥展」などの展覧会を担当。著書に『反写真論』、『スナップショット-写真の輝き』、『失楽園  風景表現の近代1870-1945』(共著)など。

日  時   9月4日開場14:00、開演14:30〜90分程度
会  場  セミナールームAイムズ10階
聞  き  手  倉石信乃写真評論家
定  員  60名
料  金  500円
申  込  アルティアムまで要電話予約 ※8/5より受付開始

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石川竜一
okinawan portraits 2012-2016

2016/9/3 − 9/25

安野光雅のふしぎな絵本展

ミニ・ワークショップ 鏡とあそぼう レポート

九州産業大学4年、博物館実習生の松永です。
安野光雅のふしぎな絵本展の「ミニ・ワークショップ 鏡とあそぼう」をご紹介していきます。

今回のワークショップでは鏡を使った2つの体験ができます。
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↑こちらは鏡を使った万華鏡です!鏡の中に絵が広がり万華鏡のように綺麗に映ります。

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作り方は簡単!まず丸い台紙に好きなように絵を描きます。この時点では鏡に映るとどのように見えるか分からないので子ども達はワクワクしていました。

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次に合わせ鏡を置いて回すだけです。これだけなので小さなお子さんも簡単に作ることができます♪今日は2歳になったばかりの女の子も素敵な万華鏡を作っていましたよ。


↑完成した物はこのように映ります!鏡を回すといろんな色や形が出てきます。子ども達は模様が蝶に見えたり、連結列車に見えたりと様々な発見をして喜んでいました。

 

もう一つの鏡での体験はアナモルフォーシスです。

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アナモルフォーシスとは、ゆがみ絵のことで、まずは方眼紙に絵を描きます。そのあと、ゆがんだ方眼紙に絵の座標を移し替えていくと・・・
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↑完成品はこのようになります!ぐにゃりと伸びた家が、筒状になった鏡に映すとまっすぐになってとても不思議です!少し難しいのですが子どもたちはとても集中して取り組んでいました。イムズ内B2Fと会場内にも安野さんのアナモルフォーシスもあるので観にいらしてください。

毎週このようなお子様連れも楽しめるワークショップを下記内容で開催しているので是非お越しください!お待ちしております。

 

ミニ・ワークショップ 鏡とあそぼう
日時:会期中の土曜日/各日11:00〜
参加無料・予約不要・随時参加 ※要・展覧会チケット
小学生以下は保護者様の同伴をお願いしています

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安野光雅のふしぎな絵本展
2016/7/9 − 8/28

okinawan portraits 2012-2016

オープニングレセプション≪作家来場≫

石川竜一を迎えて、オープニングレセプションを開催します。

日 時 2016年9月3日 18 : 30 - 20 : 00
会 場 三菱地所アルティアムイムズ8F 
※参加無料・予約不要

【展覧会ページ】
石川竜一
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2016/9/3 − 9/25

伊藤隆介のフィルム・スタディーズ

ゴールデン洋画トークレポート【その4】

トークレポートは今回でついに最終回です。【その1】【その2】【その3】もぜひ、お読みください。

(工藤さん)では、最後の部屋に入っていきましょう。

(伊藤さん)この《タワーリング・ムービー》という作品は、「タワーリング・インフェルノ」という、アーウィン・アレンがプロデュースした一連のパニック映画の中で、大ヒットした映画をモチーフにしているというか、インスピレーションを得たものです。

(澤さん)実はイムズには、映画にそっくりのエレベーターがあり、さらに上の階に、映画にでてくるパーティー会場そのまんまの飲食店街がある。このイムズの建物自体セットなんじゃないか、という状況下に「イムズ内イムズ」みたいタワーが、ここにあるわけですよね(笑)。

CIMG7702

(伊藤さん)本当にイムズが、「タワーリング・インフェルノ」の舞台になった建物に似てるんです。これは嬉しい偶然でした。映画では、ビルを建てるのはポール・ニューマンで、東海岸からヨーロッパで修行したと思しき建築家なんですよね。世界最高のタワーを作るんだけど、火事が起きる。手抜き工事とか予算管理みたいなものが原因で、現場で事故が起きちゃうんですけど。そこに乗り込んでくるのが、スティーブ・マックイーン演じる消防署長で、こちらは肉体派なんです。知識層に対して「あいつらは現場がわからんのですよ」って言う(笑)。そういうタイプのアメリカ映画って多いですよね。

当時のパニック映画が見せていた恐怖って、今僕らが現実に向かい合ってる不安とか恐怖に比べると、牧歌的なんですよね。すごくスペクタクルな大変なことが起きて、脱出できなくなったり、世界戦争が起きたりしますけど、問題が近代的に統一されてるっていうか。ところが、僕らが現実に面している世界では、テロや原発や、個別の恐怖全てが僕らの生活に結びついていている。巨悪がいてどうこうという問題じゃなくなってますよね。片棒担いでるのは我々じゃないの?ってなる。そういうところが、ずいぶん違うんだなと感じてるんです。

(澤さん)牧歌的なパニック映画の話では、僕もそう言われればって思い出したことがあって。そもそもトークの名前が「ゴールデン洋画トーク」じゃないですか。昔は、いわゆる「ゴールデン洋画劇場」とか「金曜ロードショー」とか、毎日のように、テレビで映画が放映されてましたよね。僕らはそういう時代に生まれて、子どもの頃に恐怖を刷り込まれてしまったわけで。ただ、子どもだったから、パニックが解決するまで起きてられなかったんですよね。パニックになったまま、僕は眠りについてたんですよ(笑)。何も救われないまま朝を迎えてた。

なので、世の中終わっちゃったらどうしようとか、伊藤さんが子どもの頃に考えていたことっていうのは、僕も同じように思ってました。自分対世界みたいな、相手が宇宙とか世界っていう極端な存在になっちゃってたんですよね。今だと現実的な、例えば「借入金どうしようかな」とか(笑)。そういうのは、大人の恐怖のスケール感なわけですよ。子どもの頃、パニック映画がなぜしっくりくるかというと、リアリティーのある恐怖を知らないから。とにかく、この世の中終わっちゃったらどうしようみたいなところまでいっちゃう。

(伊藤さん)確かに。最後まで起きてなかったから、次の日洋画劇場見てた親に「あのあとどうなったの?」って聞いたら、「助かったよ」って、それだけ(笑)。親は当然逃げれることしか考えてないですからね。

(工藤さん)子供の頃、深夜にテレビで映画を見ていると、この世の中が全て虚構のように思えてきて、逆にリアリティーを感じなかったような記憶があります。むしろパニックやホラー映画でカタルシスが得られるようなところもあって、「恐ろしい」、「怖い」って感情より、今世界が全て消えてなくなるとしてもそれはそれで楽しいかも、なんて考えていたような・・・。一方で、クレイジーキャッツやドリフなどがこうした映画のパロディをやって、恐怖を笑いに変えてしまう。さっきのベッドがくるくるって上がっていく作品(《ドメスティック・アクシデント1》)を見て、不謹慎にも笑ってしまったんですけど、パニック、ホラーとコメディって実は表裏一体なんじゃないかと思ったりもします。当時のテレビ番組はそういう意味でバランスが取れていた。当時の子供達はそれで精神の安定を保っていたんじゃないかと(笑)。

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(伊藤さん)この部屋では2008年に作った《スクリーン・プロセス》って作品も《タワーリング・ムービー》と並べて展示しています。同じタワーでも時代によってあり方、感じ方が違うんで、一つの部屋で対比させるというか、見てもらおうとしています。

タイトルの《スクリーン・プロセス》は、映画では初期からある特撮の技術です。スターの人が車を運転しているシーンで、自動車の窓の後ろにスクリーンを立てて移動する道路の映像を投影したりとか、スターの人が本当に崖から落ちるわけにはいかないんで、崖を写したの映像の前で演技をして、合成したりする。あれが「スクリーン・プロセス」です。英語の方のタイトルは《The Seven Year Itch》としています。マリリン・モンローの「7年目の浮気」って映画があって、7年経つとそろそろ浮気の虫がウズウズしてくるよってことだと思うんですけど。「Itch」は「痒くなる」って意味ですから。2008年に作った作品です。2001年に9.11があって、最初のうちはいろんなこと考えてたんですけど、あれほどのショックだったのに、7年経って忘れてきてた時期なんです。9.11の際、最初にニュースの映像見たときに、具体的にはそんな映画見たことはないんですけど、映画みたいだなという既視感がありましたよね。それが、だんだん周りも忘れてる状況になってた。その時にこの作品を作ったんですね。後ろに流れてる音楽は、マリリン・モンローの当時の楽曲で「Do it again」、もう一度やり直そうって意味のタイトルがついてます。

作品では、ニューヨークのワールドトレードセンターの絵ハガキが貼ってあって、反対側では、「スター・ウォーズ」「ランボー」そういった80~90年代のパニック映画、SF映画の爆発、火事のシーンを編集したものをリピートして流して合成しています。一つ一つのイメージは関係ないんですけど、この絵ハガキとそういうシーンを一緒に見ると、現代を生きてる我々は記憶や連想、考察に結びついちゃうところがあって。ワールドトレードセンターは、預金残高や担保がどうだとか大人になってからの日常の象徴ですよね。ウォール街とかも。
あと、なぜ人間は買ってまで恐怖を買い占めたいのかっていうことも考えてます。9.11や3.11といった悲惨な体験を経て、通常はパニック映画なんてもう見なくていいでしょうってなりそうなんですけど、今、アベンジャーズとかスーパーヒーローが崩壊した世界でさらに戦うみたいな、最終戦争みたい映画をやってますよね。僕らの時代はパニック映画だったんですけど、今もテーマパークでお金を払って、長蛇の列に並んで、恐竜に追いかけられたり、インディ・ジョーンズライド(アトラクション)に乗って悲鳴をあげる理由がよくわかんなくて。それが面白いなって思いますね。それが70~80年代でいうと、映画だったんだなっていうことで。

 (工藤さん) 今回、伊藤さんの作品っていうのは、明確にこうですよああですよっていう答えがなくて、見る人がいろんな物語、そこからいろいろなことを考えるきっかけを与えてくれる作品なんですよね。伊藤さんがいろんな要素をごった煮に入れてるので、見る人によって、見る人の知識とか解釈の度合いによって、いろんなリンクを引っ張り出してこれるっていうことで、映画を知っていれば知っているほど、より楽しめるし、知らなくても、知らないなりの楽しみ方ができる、そこが伊藤さんの作品の一番面白いとこなんじゃないかなって思ったりもしました。

(澤さん)実際に経験したことじゃなくても、映画的な記憶の方がより圧倒的に恐ろしいとか悲しいとか嬉しいとか感じてるのかも。それが確かに自分の記憶だなとというのがあって。思ってる以上に、ヴァーチャルなものにリアルにイメージを受けていて、それを元に日々生活をしているというところも実はあったりする。そう言ったリアルなものを使っていながら、もう一度別の現実にしてみようっていうのが、この部屋のコンプレックスなんだと思いますね。

トークはこれで終わりなんですが、天神のTSUTAYAに元ネタの特集コーナーがありますので、是非是非見て欲しいですね。

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全4回にわたりお届けしてきたレポートもこちらで最後となります。展示や映画が見たくなった方は是非足をお運びくださいませ!

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天神洋画劇場
伊藤隆介の「フィルム・スタディーズ」

2016/6/4 − 7/3

伊藤隆介のフィルム・スタディーズ

ゴールデン洋画トークレポート【その3】

レポートも後半戦の第3回目です!今回ご紹介するのはトーク中盤、伊藤さんの独壇場状態の時間帯のレポートです!【その1】【その2】もぜひ合わせてお読みください。
(※本文は、本イベントのトークを一部抜粋・編集したものです。)

(伊藤さん)こちらは、《コーネリアスのための映写機 PARTⅡ》です。映画は19世紀の終わりに発明されたものですけど、自転車の歴史も同じく19世紀に始まっているので結構新しいですよね。パーソナルな空想力とか移動の自由、どちらも個人主義の台頭が背景にあると思うんです。この作品では、それらを比較しています。
手動の映写機みたいな作品はこれまでも作ってました。そこに2011年に震災がありまして、電力の問題とかクロースアップされるようになりましたよね。
映画の場合は、本当に電気がないと、撮影も上映もできないんです。さらに、フィルム現像では化学薬品、鉱物資源を使って、地球を汚していく原罪があるっていうところがある。じゃあ、映画のフィルムはもういっぱいあるから、電気も薬品も使わないで映画を見る未来のシステムを作ってみたらどうかなと考えて作った、ある意味で革新的な発明です。タイトルの「コーネリアス」は、映画「猿の惑星」に出てくる科学者の名前です。主人公のチャールトン・ヘストンを助けるんですけど、ちょっと意気地が無い科学者で、フィアンセの女性科学者ジーラの方が勇気がある。

(澤さん)「猿の惑星」を吹き替え版で見ると、いつもコーネリアスってチャラい感じがして(笑)。あれがいい味出してますよね。

(伊藤さん)そうそう。とにかく情けない。「スター・ウォーズ」でいうC-3POみたいな。TV版の声優は、植木等さん(役名はゲイラン)がやっていましたからね。CIMG7857

(伊藤さん)この作品では、人間が滅びたあと、猿が人間の文化を継承して生きてるけど、フィルムだけはどう使っていいか分からない。映写機だけが発見されない中で、いろんな猿の科学者が、人間が置いていった自転車とか、カーペットのコロコロとか、そういうものを駆使して、映画を見る装置を作って、人間の文化を継承しようとしてるっていうことなんです。

(澤さん)車輪の下のこれ、バナナ?(笑)

(伊藤さん)そうです。それはお弁当。

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特別に作品に乗って実演してくれた伊藤さん


(工藤さん)
じゃあ、次はこちらにどうぞ。

(伊藤さん)これは、最近始めたシリーズで、《涅槃に入る》という作品です。ここに仏像と安楽椅子がありまして、勝新太郎が出てる「釈迦」っていう大映の映画があるんですけど、仏像に投影される「釈迦」を見て、悟りを開いてもらうっていう作品です。

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置いてある椅子は、国際様式の近代を代表する椅子のシリーズの一つ(ミース・ファン・デル・ローエ作)なんです。
大映の映画って、高度成長の時に、日本の映画産業が洋画のスタンダードに近づくためにやってる映画という感じなんですよね。大リーグに行った日本の選手みたいな感じですよね。それらを組み合わせて作った作品です。

(澤さん)これは、ナム・ジュン・パイクの「TV仏陀」と関係はないんですか?

(伊藤さん)それのオマージュでもありますね。

 

(澤さん)さて、いよいよ最後のブロックに大波と大火事がみえますが、これらの構成も含めて説明してもらった方がいいかなと。

(伊藤さん)両面に見えるのが《ヘストンの海》っていう作品です。大作映画「十戒」で、モーゼ役のチャールトン・ヘストンが、ユル・ブリンナー演じるラメセスに追い詰められた時に、紅海がわっと割れて脱出していくシーンのオマージュです。

 

《ヘストンの海》の一部

《ヘストンの海》の一部


ここを通って次の部屋に行くんですが、両側のスペースはプロジェクターのブースになってます。実はその中も覗ける形になってます。向かって右側の方が、《渚にて》の部屋。「渚にて」という映画や原作小説が冷戦構造の話なんで、海辺にまつわるものだけではなく、核戦争に関わるポスターがいっぱい貼ってあります。

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左側のタイトルは《紙の砦》で、手塚治虫先生の作品から取りました。英語タイトルは「This must be the place」で、トーキングヘッズの曲から取っているんですが、オリバー・ストーン監督の映画「ウォール街」と、続編「ウォール・ストリート」のテーマ曲になっています。ここは、そのウォール街の世界をイメージしています。

この二つは特に映像の仕掛けはない、空間構成の作品になってます。

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作品という形ではないのですが、インスタレーションで映像が投影されている壁の裏の造作をどうするかって考えたんですね。普通の美術展は、きちっと裏側も板を貼って塗装します。でも今回はテーマが映画なんで、映画のスタジオ同様に、作りものの裏側が見えた方がいいでしょうってことで、ベニヤの板のまんまにしてます。昔は町のあちこちにベニヤが貼ってあって、そこに野立て看板として映画のポスターが貼られてましたよね。2週間にいっぺんくらい映画変わりますから、そこが貼り替えてく。今はあんまりないですよね?その野立て看板でよく見たような、70年代、新しくても80年代くらいの、今回テーマになってる作品の宣伝を見てもらおうと貼っています。

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トークレポートはいよいよ最終回・第4回に続きます!

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2016/6/4 − 7/3

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ゴールデン洋画トークレポート【その2】

作家の伊藤隆介さんに加え、澤隆志(映像作家・キュレーター)さんと工藤健志(青森県立美術館学芸主幹)さんをお招きし、開催した「ゴールデン洋画トーク」。レポート第二回目は、映画のタイトルが次々と出てくる内容となっています!ぜひ、【その1】と合わせてお読みください。ループする美術とテーマパーク、眠れない子どもの空想力など、興味深いお話が続きます!(※本文は、本イベントのトークを一部抜粋・編集したものです。)

(澤さん)次の作品も引き続き「Realistic Virtuality」シリーズで、タイトルは《定期便》ですね。この旅客機のイスは、3Dプリンターで作ったとかではなくて、一つ一つパーツを組み立てて作ったっていうことですが。

(伊藤さん)パーツはレーザーカッターでの製作です。でも、使ったことがないくせに、新テクノロジーに頼ると大変なことになるんですね。部品を切り取ったそばから、小さいパーツは、ゴミの吸引装置に吸い込まれていったという(笑)。

(澤さん)パニック映画じゃないですか(笑)。

《定期便》のセット

《定期便》のセット

(澤さん)映画「エアポートシリーズ」なんかもスタジオはこういうセットだったんですかね。

(伊藤さん)こういうことでしょうね。映画「エアポートシリーズ」で僕が熱中して見たのは、パート2にあたる「エアポート’75」です。操縦していた人が心臓発作を起こしたセスナが、ジャンボジェット機の操縦席にぶつかるっていうストーリーで。ないですよ、それは(笑)っていう映画なんです。機長、パイロット、頼れる人たちがみんな死んじゃって、スチュワーデスさんが通信しながら操縦して戻れるかっていうお話です。

映画は博打なので、10テイク撮って、1回でもうまくいけばOKなんですよ。1テイクで、特撮でも役者さんでもNGがなかったらOK。できなければ10回やるんです。この「Realistic Virtuality」シリーズと映画を比べてみると、映画の場合は1回うまくいけばいいんですが、美術作品の場合って繰り返さないといけないんです。1回だけで止まっちゃう展示だと、それはパフォーマンスのアートになってしまう。だから、飛行機が飛ぶ、揺れている、墜落するっていうのだと、映画になっちゃう。美術作品では、墜落しても、もう一回それを繰り返すとかっていうことになってないといけない。

(澤さん)ループ?

(伊藤さん)ループですね。ループを利用している体系って何かっていうと、テーマパークってそうですよね。映画のシーンを作ってるんですけど、それは繰り返しの都合で作ってる。

(澤さん)伊藤さんの場合は、いわゆるDVDプレーヤーとかハードディスクでループ再生するんじゃなくて、ループ再生してるかのような映像をクランクなんかを使って歯車的に機械でやっちゃってますよね。

(伊藤さん)そうですね。それと、クランクなんかの機構も見えた方が面白いっていう人がいまして。今回は結構クランクを見せて動かしてますね。

(澤さん)伊藤さんの作品は、必ず何かしらが動いてるんですよね。カメラ自体が動いてたり、カメラは固定してるけど対象物がぐるぐる回ってたりして。この作品も、すごく単純な回転が、こういう複雑な動きになるっていう。それにしても、酔うなぁ(笑)。

(工藤さん)ずっと見ていたら本当に酔っちゃいますね。今改めて思ったのですが、最近は精神にきついダメージを与える映画って少ないなあと。この時代の映画って視覚を越えて心に直接傷をつけるものばかりでしたよね。そんな記憶が呼び覚まされて、帰りの飛行機に乗るのが怖くなってきました。

次はこの二ついきましょうか。

(伊藤さん)この作品は、《ドメスティック・アクシデント1》と《ドメスティック・アクシデント2》です。「家庭内事故」というタイトル。

(澤さん)良いタイトル付けたなぁ。

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(伊藤さん)こちらはブライアン・デ・パルマの出世作「キャリー」で、リメイクもされてる作品です。学校で目立たなくていじめられてる女の子が、実は超能力者で。女の子にはシングルマザーのお母さんがいて、その人がすごい狂信的なキリスト教のカルト集団に入っているようなお母さんで、歪んだ教育を受けてる。娘はティーンエイジャーだから、お母さんのことを愛しているけど、お母さんの言う通りに生きてたら、人生大変なことになっちゃうと。娘とお母さんとの愛憎を描いているようなところがあるんですけど、最後は恐ろしい惨劇が起きちゃうんです。学校でも家庭でも。その中で、超能力で包丁が飛んだりするんですね。その包丁が飛んでるシーンにインスピレーションを得た作品です。包丁が飛んだりするとやっぱり面白い。面白いっていうか、その(笑)。

(一同)笑。

(伊藤さん)とても映画的なんですよね。撮影はピアノ線で包丁を吊って、それをカメラの前でヒューって振ってるだけ(笑)。包丁が飛ぶシーンは、15~20秒に3秒くらいのカットが5~6カット入るだけなんですよ。ただ、このシーンがあるのとないのとでは、超能力感が違う。包丁が飛んでくるのが象徴的なんだなぁというふうに思って、こういう作品を作ってみました。

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《ドメスティック・アクシデント2》のセット

(澤さん)背景の壁紙とかかわいいですよねぇ。

(伊藤さん)はい。これは千代紙っていうか壁紙で。後ろが花畑っていうか花柄のところを包丁が飛んでくる。

(澤さん)これ処女性を強調してる。

(伊藤さん)はいはい。そうですね。

(工藤さん)原作は、これスティーヴン・キング。ご覧になった方も多いと思いますけど、いい映画ですよね。

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(伊藤さん)「エクソシスト」っていうホラー映画がありまして、リンダ・ブレア演じる女の子に悪霊が乗り移ってしまって、いろいろ超常現象が起きる。エクソシストっていう祈祷師の人たちが、少女を助けられるかって映画。今見ると地味なんですけど、女の子が空中に浮かんだりとか首が180度回ったりとか、いろんな恐ろしいことが起きるんですね。そこからインスピレーションを得た作品です。こんな派手には飛ばないんですけど、夜ベッドが飛んで、っていう作品になってます。

実は僕、小学生の時に夜眠れなくなっちゃう子だったんですよ。怖い映画の予告なんて全然ダメで、見ると全く眠れなかった。映画を見てる時じゃなくても、核戦争が起きたらどうなるんだろうとか、いろんなことを子どもは悩まなくちゃいけないんで、それで眠れないっていうパターンでしたね。ところが面白いのは、映画の作品って眠れない子どもが多いんですよ。古いのは、アニメーションの元祖のウィンザー・マッケイの「リトル・ニモ」っていう漫画ですね。高畑勲さんたちが日本でもアニメ化した作品です。夜、子どもが眠れなくて、ベッドの上でいろんな冒険が起きるっていう作品ですね。それから、テリー・ギリアムの出世作「バンデットQ」って映画もやっぱり眠れない子どもが出てくる。ポスターも会場に貼ってあるんですけど、ディズニーの子ども向け映画「ベッドかざりとほうき」もベッドから始まる。その変形として、「ナルニア国物語」とかでは、戸棚に入っていくんですね。

スタートは「エクソシスト」で始まったんですけど、作ってるうちに、子どもの不安と空想力の作品になったっていう、ちょっとかわいらしい感じの作品です。

トークレポートは第3回以降に続きます!

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