岡崎京子展

会場レポート+感想帳より

CIMG0479

好評開催中の岡崎京子展、会場内のレポートと会場に設置している感想帳から皆さまの声をお届けします!


Prologue
 オンナノコ考現学

CIMG0541

はじまりはプロローグとして、岡崎京子さんの年譜や受賞トロフィー、学生時代のイラストなどを展示しています。岡崎さんの年譜と共に、当時のセンセーショナルな事件や社会的な出来事も記載されているので、時代の空気や記憶を振り返ることができます。懐かしいあの頃がよみがえってくる感覚はぜひ実感していただきたいです♪

CIMG0550

学生時代のイラストは、すでに後の作風に通じる絵柄が見受けられるなど、大変興味深い資料です。


SCENE 1
 東京ガールズ、ブラボー!!

CIMG0531

「SCENE1」では『東京ガールズブラボー』や、主人公サカエちゃんのその後が描かれた『くちびるから散弾銃』の原稿が並びます。『東京ガールズブラボー』は、「サカエちゃんに憧れて上京しました」など人生に影響を受けたというファンも多い、岡崎さんの代表的な作品です。他にも、いとうせいこうさんと岡崎さんの90年の秘蔵トーク映像や、当時の雑誌もご覧いただけます。若かりし日の岡崎さんの姿を見ることのできる映像は貴重なもので、大変人気のあるコーナーです。


SCENE 2
 愛と資本主義

CIMG0483

岡崎作品でも特に人気の作品『pink』の原稿を展示しています。ワニを飼うホテトル嬢ユミコが主人公のこのマンガは、岡崎さんの作品で転換点になったとも言える作品です。会場内には「お金でこんなキレイなもんが買えるんなら あたしはいくらでも働くんだ。」という『pink』の名台詞をはじめ、印象的なフレーズがところどころに散りばめられていて、言葉の強さにもぐっとくるものがあります。

CIMG0485
そして、2013年に蜷川実花監督、沢尻エリカ主演で映画化され大きな話題となった『へルタースケルター』の原稿、原画も展示しています。代表作『ヘルタースケルター』の研ぎ澄まされた線の美しさは必見です!


SCENE 3
 平坦な戦場

CIMG0526

『リバーズ・エッジ』の展示室は照明を落とした小部屋となっており、雰囲気が一変します。やはり『リバーズ・エッジ』を抜きにして、岡崎京子を語れないというほどの不動の名作です。「平坦な戦場」という言葉は、元々『リバーズ・エッジ』に引用されたウィリアム・ギブスンの詩から取られています。

CIMG0489
そして最後には、悲しいストーリーと美しい描線で描かれた、『うたかたの日々』や未完作である『森』、『恋とはどういうものかしら?』などの原画のほか、当時の貴重なグッズや資料が展示されています。

展示会場の最後には、岡崎京子さんご本人から福岡会場に頂いたメッセージを展示しています。こちらはぜひ会場でご覧いただきたいです。
合わせて、出入り口には岡崎さんへのメッセージを書く感想帳コーナーを設置しています。会期終了後には岡崎京子さんにお渡ししますので、思いを書き込んで頂ければ嬉しいです。
最後に、皆さまから寄せられた岡崎京子さんへの思い溢れるメッセージを一部抜粋してご紹介します。

・すばらしかったです。福岡に来てくれてありがとう。
・2年前に東京へ行きました。まさか二回目を地元の福岡で見れるなんて思いませんでした。岡崎さんの描く女の子の引力が好きです。
・今だったら、岡崎さんがどういう作品を描くのだろうかとあれこれ想像するのも楽しいです。帰ったら、また読み直したいと思います。
・岡崎京子さん、ずっと大好き。
・この展覧会のためだけに、鹿児島から来ました。1冊1冊集めていたあの頃、夜に歩くとUFOを呼んでみたりしていました。今もふと思い出します。
・昔から岡崎さんの作品が大好きで、歳を経て、ますます好きになっています。作品の輝きは増すばかり。すばらしい作品たちを世界に出してくれて、ありがとうございます。これからもずっと読んでいきます。
・10代20代の頃、自分が生きていた世界がどんなふうだったかその空気を思い出しました。『ヘルタースケルター』や『うたかたの日々』の原画を見られる日が来るなんて。じわっと来ました。
・今日岡崎さんのことを初めて知った33歳男です。女の子って凄い…と感じました。描きこんでない画風で、この迫力は一体どこからくるのかと考えました。一本の線にも力は宿るんですね。
・同じ時代に生きてよかったです。人生半世紀、これからもすてきな女性でいてください。
・ずっと来たかったです。涙が出ました。
・いつまでもあなたの作品は心に刺さります。ありがとうございます。

会期は1月22日(日)まで!会期中、何度でも再入場できるチケットです。皆さまのご来場をお待ちしております!

【展覧会ページ】
岡崎京子展
戦場のガールズ・ライフ

2016/12/3 − 2017/1/22

Local Prospects 2

アーティストトーク〈井上絢子〉レポート&会場内のご紹介4

4名の作家それぞれのトークレポートをお届けしてきましたが、最後は公募枠で選ばれた井上絢子さんです。現在、地元福岡を離れ、横浜にレジデンス滞在中の井上さん。福岡を出てみて感じたことや、《覚えていて眠る》《それまでのもしも》などの印象深いタイトルが作品に付けられていることについてもお話いただきました。

(以下はアーティストトークを一部抜粋・編集したものです。)

DSC06867

10年くらいこうやって作品をつくって人前で展示をするという活動をしています。以前から、植物の中でも、街路樹、植栽された人の手の入ったものをよくモチーフに使っています。それは、植物の存在が自分に近いところにあるからです。見慣れた光景というのと同時に、よく見たら虫の食べた葉っぱの後が付いていて気持ち悪いなというような、両極を持っている存在だと思っていて。存在の近さと遠さをどっちも持っている存在だと感じて、気になってよく絵にモチーフとして登場しています。

DSC06661

展覧会のテーマが「アイデンティティ」で、作品は展示が決まってからほぼ全て描きました。今回も植物を使って、これまでの延長で無理なく描けたというふうに感じています。テーマにしていて、よく考えることは、自分の存在と他者、人に限らず自分以外のものとの距離感を気にしていて、それが「アイデンティティ」という自分の在り方というものと共通するところがあると思い、これまでのまま制作を進めました。

私は福岡出身で、絵描きの活動を始めたのも、ずっと活動していたのも福岡ですが、今年の4月から横浜の黄金町というところに長期レジデンスという形で滞在制作をしていて、一回離れた状態になっています。離れてみて福岡について初めて考えたことがたくさんあって、それまでいた時には全然気づかず考えもしなかったこと、自分の家族などそれまで自分と近かったものを、横浜に行って考えたりしています。福岡を離れてみて自分ってこうだったなというのが分かって。福岡にいた時は、こうしなきゃ、こうであるべきというのを勝手に自分で作っちゃってたというのがあって。それが今外れているので楽になっている部分と、福岡という故郷があるから、足場がある心強さもどちらも感じているような感じです。

今回展示するときに、まず自然光を入れたいという思いがありました。それは外の風景が見えることによって、外のものと自分の作品が繋がるということと、普段昼間は大体自然光で描いているので、制作の環境に近いということがあって。見え方が全然違うんですよね。晴れた日と曇った日も違うし、昼と夜とでまた影響を受ける。地続きで自分の作品の世界と日常の世界が繋がっていくというのがやりたかったことです。

DSC06662

2年前に一ヶ月半くらい台湾に滞在して制作をしていました。9月末くらいから行っていて、まだまだ暑いし、かなり日差しが強いんですね。使わせていただいていたスタジオも窓が大きくて、かなり外光が入るような状況で描いていて、日本で感じていた光とは違っていて、それはどっちかというと、戸惑いの方が大きかったです。それをどうやって自分に引きつけていったらいいんだろうと戸惑っていた一ヶ月半でした。

作品のスタイルについて、抽象度が高くなったということを言われるのですが、ずっと描いてきて、描き方が大きく変わったりはしてないんですが、描いていく中で、だんだん自分の中で確信めいたもの、こうしたかった、これをやりたいというのが分かってきたと思っていて。分かってくると、描かなくてもちゃんと伝わるし表せると思って、すごく楽になりました。それも福岡から離れて、かなり集中して描いたので、それが変化と言えば、変化なのかなと思います。

CIMG0149
タイトルは、順番でいうと、絵ができたあとに全部付けます。ある意味言葉から外れたもの、言葉にできないものを描いているので、できたものにもう一度言葉を付けることによって、グッとこちら側に戻すみたいな…。意味で理解できないことを、なんとかもう一回言葉に書き直して、意味づけするような作業です。ストーリーもなくて、言葉一個一個の意味より、何か言葉を与えるということが私にとって重要です。

アルティアムでの展覧会は終了しましたが、4人の作家たちの今後の活動も楽しみですね!

 

【展覧会ページ】
Local Prospects 2
アイデンティティ

2016/11/5 − 11/27

Local Prospects 2

トークイベント九州と震災とアートレポート4

11/6(土)に開催したトークイベント の様子を全4回にわたってお届けしています!今回はいよいよ最終回!3人のプレゼンテーションのあとのクロストークの様子をお伝えします。第1回第2回第3回は、ゲストごとにまとめたレポートとなっています。

(以下はトークを一部抜粋・編集したものです。)

(野中さん)ず、熊本市現代美術館のお話にすごく感動しました。そもそも熊本の中心部である鶴屋の前の上通りと下通りを挟んだ場所に熊本市現代美術館ができたことは当時ものすごく大きなことだったのです。アートに関わっていなくても入館できて、子どもたちを連れて行けるし、無料でソファにくつろいで作品が見られるし、すごく開かれている。県民にとっても誇りに思える場所です。

僕の場合、地震直後にアートのことを考える余裕がなかったのですが、こうやって美術館を開けた時にすぐ人が来てくれたり、連休に問合せの連絡があったと言う話を聞くと、いかに自分が理性的であることを痛感しました(笑)。被災して、子どもが元気じゃなくなった、傷ついたとか言われていますが、子どもは本能的にはすごく元気なんですよね。大人の言葉を聞いたり、大人の地震の話を聞いたりするのがトラウマになってる気がします。

(坂本さん)子どもは元気ですね。あんなに揺れたのに、うちの子どもなんかは「あの時は避難所で、皆で遊んだり、外でご飯食べて楽しかったな〜また来んかな」などと呑気に言っていて、こちらとしては「縁起でもない、大人はもうこりごりよ!」というやりとりをしたこともありました。でも、一方で、すごくショックを受けられているお子さんもいます。大人は大人で、「子どもを守らなくちゃ」とか、「家をどうにかしないといけない」とか、「館をどうにかしないといけない」という、プレッシャーがすごくありますよね。

(宮本さん)子どもさんの企画(「かえってきた!魔法の美術館」展)から再開されたじゃないですか。あれがすごく印象に残っていて。子どもがちゃんと元気だとまたそれを見て、大人も元気になってくるっていうのは避難所でもありましたね。美術館で子どもさんが喜んでいる画像とかを見ると、すごく私も勇気付けられます。あと、館長さんの言葉が良いですね。「美術館として開けたい」っていうのが、かっこいい。

(坂本さん)やはり、館長のアートに関わる年月の長さを感じましたね。もちろん、災害の度合いによっては、美術館としてじゃなく避難所として開けたほうが良い場面もあるかもしれません。しかし、今回の熊本においては「美術館は美術館として開ける使命は果たせたよ」と、言っても良いかなと思いました。

帰ってきた!魔法の美術館

かえってきた!魔法の美術館

(野中さん)震災の時、一番困ったのは子どものことなんですよね。自分たちは何とかなるんだけど、学校とか休みになっちゃったじゃないですか。最初は三日後に開くとか、一週間後に開くとかで、それが来週までになったよとか、連休明けになったよとか、だんだん伸びていくものだから。最初から連休明けまで閉めますと言われれば、それこそ疎開しますってなるだろうけど、出てこないわけですよ、情報が。子どもってやっぱり子ども同士でいたい。特にうちなんか田舎なので、車でかなり行かないと知り合いの子がいないので、やることがなくなっちゃうんですよ。その時に地震の影響を与えずに、いかに子どもにご機嫌でいてもらえるかっていうことがやっぱりものすごく大変でしたね。

(坂本さん)確かに、南阿蘇村は、一軒一軒が遠いということもあると思います。美術館のある熊本市中央区は、やや都市部ということもあり、いろんな層の方がお住まいで、例えば、街なかなので、若い方も多いのですが、外国人のご家庭ですとか、障害を持ってらっしゃる方、お年寄りのユーザーというのも、すごく多いのです。観光客を意識した美術館というよりも、福祉や教育などを介して、地域コミュニティと触れ合う意味というものが、地震のあとに、より際立って来るような気がしています。

DSC06732

(ディレクター・笠井)せっかくなので、会場からご質問、ご感想などあれば。

(お客様)この年になりますまで、身近にそういう大きい災害とか経験したことがないんですよ。それで、今回近くでこういう大きな災害が起こりまして、報道の偏りって本当だなって思いました。我々が感じる熊本の地震というのは、あの橋の崩壊した現場、あのイメージなんですよ。南阿蘇近辺全部ああだとインプットされまして。私、野中さんは数年前から存知あげておりまして。お宅にも伺ったことがあったものですから、あの報道を見たときにびっくりしました。あれだけの映像を毎日毎日流されますと、全体がああなっているんだと。こんなときにのこのこお見舞いになんか行ったらどこの能天気だと言われるんじゃないかということまで感じました。外の人間から見ると感覚が全然違いますね。こういう大きな被害、災害とか身近に経験しないとこういうことは分からないと思います。

我々被災者って言い方しますけど、家族や子どもさん亡くされた方から、そうでもなかった方までいらっしゃる中で、我が子を亡くされたような方にとっては、アートなんかってそんな馬鹿なこと言うなよって気持ちだと思います。思いますけど、いろんな層の方がいらっしゃるわけですから、我々結局それぞれのできる立場でできることを躊躇なくやるっていうことが大事なことじゃないかなと今日の話を伺ってそう思いました。本当にありがとうございました。

(野中さん)挨拶に困るんです。坂本さんもそうだと思うんですけど。最初、挨拶の時に、お宅はどうだったって話をできるかできないかっていう空気を読みあわないといけないというのがすごいリアルにありますよね。

(坂本さん)そうですね、話題の中で、探り探りのようなところもあります。

(野中さん)逆に自分のところの方が酷かったらちょっとホッとしたりとかね。相手が大変だった時など、そういうこと知る前に自分の被害状況を先に言っちゃったことを自己嫌悪したりとか。小さなことなんだけど、これが震災っていうものなのかなって思いますよね。ただそんな中でも自分自身は被災者って思ってないところがあります。自分で被災者って決めちゃうと被災者になる。じゃなくて、自分がいつも通りでいればいいわけですから。ご飯を食べていつも通り生きていくっていう気持ちです。だから坂本さんの話で一番感動したのは、日常。日常のための美術館っていうフレーズ。自分も震災直後から普通でいるかっていうことを心がけてツイートしたり、壊れた家の庭先でわざわざいつも通り珈琲ドリップしたりといろんなことやってて、非日常だけど、普通だよっていうことをやっぱり一番大事にしていた気がしますね。

(坂本さん)アーティストのひびのこづえさんが、熊本までお見舞いに来てくださり、その時に、ご自身がデザインされたレースのハンカチを差し入れて下さったことがありました。食料品なども、もちろんものすごく有難いのですが、まさかレースのハンカチをその時頂くとは思わなくって。地震の後、街はグレーがかっていて埃っぽく、電気も暗く、服もあまり構わず、着たきりだったような時に、「あっアイロンがかかったハンカチ」ってものすごく新鮮でした。綺麗な色って、人をこんなに励ますんだなと感じましたし、あの時のレースの美しさを、私は忘れないようにしようと思いました。

DSC06735

(坂本さん)私は、美術館・博物館というのは、歴史化するというか、長いスパンで物事を続けていくのが、得意な施設だと思っております。今回も、地震から半年や1年という時間の経過に従って、最初はアートではできなかったことが、徐々にアートだったらできることも増えていくかもしれません。そして、私たちの館としてのミッション、DNAには地震という出来事が入っちゃったなと、すごく思ったんですね。地震の前と後では、同じようには語れない。これからも、美術館としての得意技とか良さを生かしていきたいと思います。

(野中さん)宮本さんのお話の中で、アートの相談板をSNSで作ったら、関心がだんだん薄れていったというお話あったじゃないですか。僕は被災直後、雑誌を手に取ろうとさえ思わなかった。自分が撮った本もそうでした。変な話、アートが必要だとは正直考えられなかったです。さすがに直後は余裕がなかったんだと思うんですね。さっきの話と矛盾するかもしれませんけど、震災に対して関心が下降している反面、今、アートの必要性が上がってるっていう感覚があるんですけど、その辺りはどうですか。

(宮本さん)神医療の文献でPTSDに関して読む機会がありまして。被災して半年くらい経つと心の傷っていうのは大体7〜8割の人は自分で治すらしいんです。そういう回復力は人間の中には元々あって、どんなに傷ついていてもそこから、生きる道とか自分にとっての居心地の良い場所とか、工夫していく。その文献はそこで終わっていて、だから、大概治るんだよってで終わってるんです。待って、2割残ってるじゃんって。多分そこの人たちが長引くんですよね。2割の人が治らないっていう意味じゃなくて、治ってるように見える人もその中にそういう部分があるんじゃないかと思って。

自分の回復力を信じてやるっていう時に芸術が役に立つというか、支えになるのかなというふうには思っています。それは、絵とか写真とかっていうビジュアルのものだったり、お芝居とか音楽とかっていう体験するパフォーマンス型のものかもしれないけど。誰かがそういうことを考えてつくった、あるいは全然考えてなくても、例えば、戦争とか宗教の争いで傷ついた人たちが、立ち直る時に、使われたそういったものが必要となってきてるのかな、と今半年経って思います。

(野中さん)常々思うのは、最近、地震が当たり前のことになってきているんですね。メディアとかいろんな問題はあると思うんですけど、関心が薄れる以上に、災害が普通になったことの表れだなと思っていて、毎年の台風や大雨のように災害が普通に起きている。ただその中で、今回経験して一番思ったことは、熊本も予期せぬ震災に非常に混乱したとはいえ、20年前の阪神大震災と東日本大震災での経験の蓄積があったからできたことが相当ありますよね。ボランティアとか、神戸の時までは考えたことなかったじゃないですか。そして、東日本大震災でさらにいろんな経験がつまれて。南阿蘇村でも三日我慢すれば、ものがたくさん届きましたよ。支援物資の水の重さで中学校で体育館の床が抜けましたからね。三日目に自分の寝る避難所に帰ったら、避難所がいきなりホームセンターのようになってました。歯ブラシからナプキンから、非常食からもうあっという間に物資の山です。なので、三日間分の食べるものとか備えておけばなんとかなるし、こういうことが当たり前になってきた今、今日聞いていただいたことが少しでも役に立ってもらえたらと思います。

(笠井)ありがとうございます。今日は本当にお三方の素晴らしいお話と、何より生の声を聞いたなという感覚があります。これから先も関心を寄せ続けていくことを忘れないでやっていけたら良いのかなと思っております。

4回に分けてお届けしてきたトーク「九州と震災とアート」レポート。それぞれのお立場からお話いただき、多角的にこのテーマについてお届けできたのではないかと思います。レポート全編をお読みいただくことで、今私たちにどんなことができるか考えるきっかけになれば幸いです。

【展覧会ページ】
Local Prospects 2
アイデンティティ

2016/11/5 − 11/27

鹿児島睦の図案展

書籍刊行記念サイン会

鹿児島睦の書籍刊行を記念し、会場内にてサイン会をおこないます。下記の対象書籍にサインをいたします。

日時:2017年1月29日14:30〜15:30
会場:三菱地所アルティアムイムズ8F
※参加無料・予約不要要展覧会チケット

対象書籍 ※併設ショップでも対象書籍を販売いたします。
鹿児島睦の器の本美術出版社2,800円 1冊ずつデザインが異なる特装本数量限定/5,200円も販売します。※併設ショップでの販売は終了いたしました。
なにのせる? 文化出版局 / 器・絵:鹿児島睦 お話・企画:ギャラリーフェブ1,600円
Makoto Kagoshima CeramicsChariots on Fire4,000円
※価格はすべて税抜

【展覧会ページ】
鹿児島睦の図案展
Makoto Kagoshima ZUAN Exhibition

2017/1/28 − 3/12

鹿児島睦の図案展

ライブペインティング

会場にて鹿児島睦によるライブペインティングをおこないます。

2015 年図案展(doinel) ライブペインティグ ©ZUAN&ZOKEI

2015 年図案展(doinel) ライブペインティグ ©ZUAN&ZOKEI

日時:2017年1月29日13:00〜1時間程度
会場:三菱地所アルティアムイムズ8F
※参加無料・予約不要要展覧会チケット

【展覧会ページ】
鹿児島睦の図案展
Makoto Kagoshima ZUAN Exhibition

2017/1/28 − 3/12

Local Prospects 2

アーティストトーク〈国本泰英〉レポート&会場内のご紹介3

最終日に開催した国本泰英さんのトークレポートをお届けします。画家を志したきっかけから、ご自身の作風、そして展示作品についても詳しくお話しいただきました。国本さん史上最大となるキャンバスで、新作絵画を展示していただきました。会場内の様子と合わせてお読みください。

(以下はアーティストトークを一部抜粋・編集したものです。)

小学校2~3年くらいの時にドラゴンボールが流行っていて、アニメだけでなく漫画も読んでたんですが、こんなにみんな大好きなドラゴンボールがいつか終わっちゃうと考えると、悲しくなって。終わらせないために自分で描こうと、それで練習をし始めたのが今思うと、絵を描くことを仕事にしようと思った最初のきっかけだったのかなと思ってます。絵が得意だったので、クラスメイトから人気キャラクターを描いてと頼まれたりして、それを見た担任の先生が、絵画教室に行かせたらいいんじゃないかと。それで親が通わせてくれて、油絵を始めました。その時に絵画教室にあった印象派の画集を見て、こういう世界もあるんだなと。油絵科を卒業した先生だったこともあり、絵描きになりたいと思い、ずっと絵を描いてました。

CIMG0078

僕の作品の大きなテーマは二つあります。一つ目が「フォルム、形」について、二つ目が「個人と群衆になった時の人の存在」。その二つに則ってつくってます。人を描く前は、大学を出て何を描こう、何かを発表していかないといけないなっていろいろ描いてたんです。今住んでるところが田舎で周りが山に囲まれてて、遠くに九重連山とかも見えるので、雪山の風景があったり、この時期になるとスタッドレス履くような寒いところなんですが。周りの風景をとりあえず描いてみようと思って、最初に山や電信柱を描き始めました。僕の画風は、今は削ぎ落として削ぎ落としてつくっていくタイプなんですけど。その風景の時も、いろんな要素を削ぎ落として風景を浮き上がらせていく、そういう作り方をしてて。それを何年かやっているうちに、こういう絵って自分がしなくてもやってる人がいるし、自分の領域じゃないって思ったんです。で、次どうしようかなと考えている時に、たまたま登山のイベントに参加して、一列になって山を登ったんですよね。僕は真ん中くらいにいて、上を見ても下を見ても人がいて、当日天気が悪くて霞んでたんですね。要は、次何しようかとアンテナを張ってたので、その中で人が消えていく、だんだん人がはっきりと見えなくなって、人のシェイプだけが目に入ってくる、そういう体験があって、その人の形にすごく惹かれたんです。きれいだなと思って、これが次のテーマになるのかなと思ってました。

すぐには描かなかったんですが、湯布院駅のギャラリーで展示する機会をいただいて、その時に何を描こうかな、湯布院らしいものって何だろうと考えたら観光客だなと。ずっと人を描くのは難しいと思ってた部分もあって描いてなかった。プラス、目の前を人がたくさん通り過ぎていく様子が目には入ってるけど、記憶にはちゃんと留まってなくて、それを絵にするときに、自信を持って形を描けないっていうのがありました。その中で人を描き始めたんですけど、キャンバスが大きくなってくると、人物を引き延ばすのではなく、数を増やしていくような描き方をしてて。増やせば増やすほど、個人という要素が増幅するんじゃなくて、だんだん薄まって匿名化していくような現象を、描いてて感じてそれって面白いなと思ったんです。最初は山に登った時に人の形に惹かれたんですけど、そのあとは描いていくうちに、個人と群像になった時の人の存在について考えながらやってみたら面白いかなと思って、ずっと人を描いてました。

DSC06658

今回「アイデンティティ」というテーマがあって、人に関する言葉だと基本的には思うんですが、僕はずっと人を描いてたのに、振り返ってみると、「アイデンティティ」という言葉を意識して作品をつくったことがないと思ったんです。絵を削いでいく作業で、浮き上がらせるようにつくっていくので、人物の作品の場合は、表情とか何を着てるかとか色がどうとか、あまり描かないんですよね。それは個人の要素を一つずつ抜いていく、人としてフラットな状態に持っていく、そういう作業で。だから、「アイデンティティ」を薄めていくようなつくり方だったから意識してなかったのかなと思います。今回そういう作品を出したら、自分なりの視点を持ったものにできるかなと思って、取り組みました。

大きさや色は、会場の構成を決めてから考えました。映像作品と対になって絵を展示することってなかなかないと思うんです。もちろん僕の作品にスポットを当てることで反対側にある潘さんの映像作品にも光の影響があると思うんですけど、絵もやっぱり反射で影響があるんですよね。もしかしたら、絵をきれいに見せるためにはあまり良くないことと思うかもしれないんですけど。この潘さんの映像と一緒に展示するというプランは面白く感じていたので、それをうまく生かしたいなと思って、だったら影響をすごく受ける絵にしてしまおうと思ったんです。それで背景は光が反射しやすいようにシルバーを入れて、潘さんの映像がループするときに一瞬映像が消えたり、井上さんの展示室の窓から外光が入ったりすることで、絵の表情が変わるんです。それは今までやったことのないアプローチだったし、そういう鏡みたいな効果というのも面白いと思って。「アイデンティティ」ということで、自己を見つめる色でもあるじゃないですか。銀色ってそういう色だと思うんです。自分を映す意味合いも込めて、この色にしました。

CIMG0107

なんで円にしたのかというと、円はいろんな意味があると思うんです。僕が取り組んでるテーマが、個人と群像ということが大きくて。群像になった時に匿名化していく現象を、人を模様やシミみたいにしたり、いろんなアプローチで絵で表現してるんですけど。今回は図形にしたかったんです。ぱっと見、だたの楕円。でも近づいていくと人が描かれてて、2トーンになってて。なんとなく着てるものや顔が想像できたりするようにしてて。その幅を作りたかったんです。個人と群像でまみれてる幅を作りたくて。そういうふうに描き分けることで幅を作ろうとして、こういう絵になりました。

DSC06659

ここに描いている人たちは、もしかしたら友だちかもしれないし、恋人かも、家族かもしれない。そういう可能性を作るためにもフラットな状態の人を描いてます。顔も描いてないから自分を投影できる。自分や友だちに似てるとか、そういうふうに絵と行き来することで、一見関係性はないように見えるんですけど、鑑賞者がその中に自分なりの関係性を見つけてくれたらいいなと思っていて。そういうふうに、絵と対話できるようにしたいという思いもあって、フラットな状態の人を描いてます。

今回展示していただいた絵の中に描き込まれた人物の数は、なんと160人!(アルティアム調べ)
展覧会は終了しましたが、国本さんは今後も複数の展覧会に参加されることになっています。ぜひ見に行ってみてくださいね。

【展覧会ページ】
Local Prospects 2
アイデンティティ

2016/11/5 − 11/27

Local Prospects 2

トークイベント九州と震災とアートレポート3

11/6(土)に開催したトークイベント の様子を全4回にわたってお届けしています!第1回第2回もそれぞれお読みください。
今回は熊本市現代美術館主任学芸員の坂本顕子さんのお話です。

CIMG9998
プロフィール
坂本顕子
1976年熊本市生まれ。熊本市現代美術館主任学芸員。http://www.camk.or.jp/。準備室時代より同館の立ち上げに関わる。館内では、展覧会企画や教育普及を担当し、地域に開かれた美術館を目指して活動している。

(以下はトークを一部抜粋・編集したものです。)

私は熊本市現代美術館で働いているのですが、熊本市も被害があったとはいえ、より被害の大きかった益城や南阿蘇といった地域と比べると、復興はどんどんと進んでいっている印象です。もちろん、熊本城はやはり何十年と時間がかかると思いますが、熊本市中心部においては、「本当にここで地震があったのか」とちょっと思ってしまうくらいスピードがあって。なかなか復興が進まない地域との差がジレンマというか…同じということは物理的に無理なのですが、心はそわせつつ、進んでいきたいなという思いを持って、美術館を運営しています。

 今日は地震から現在まで、美術館が文化施設としてどういった活動をやってきたかということをお話ししていきたいと思います。4月14日の前震は21:30頃のことでしたので、まだ館内に職員がおりました。幸い、お客様はもういらっしゃらない時間でしたので、すぐに職員が作品の安全を確認し、館外に避難をいたしました。市の方から帰宅困難者があれば、受け入れをして欲しいとの連絡が入りましたが、平日夜のまだ交通機関が動いている時間のことでしたので、事実上その受け入れはございませんでした。

 翌日は、全員が出勤して館内の被害状況を記録しました。その後も余震が続くといけませんので、作品を再固定したり、退避させたり、安全確保をして、この時は「これが落ち着けば、来週には美術館は開けられるんじゃないか」と思っていました。まずは17日まで臨時休館をして、ちょうど、エッシャーを中心にしただまし絵の展覧会が始まったばかりでしたので、そこからまた仕切り直して頑張ろうというところでした。

 一回目の地震の被害で顕著だったのは、展示室内の可動壁が前後にガクッとずれてしまったということでした。

sakamoto_tsuika1

収蔵庫の方は、壁に立てかけている作品が、ズズッと流れて倒れた状態になっていたものが多かったです。これらは、幸い箱に入っておりましたので、著しく損壊しているものはありませんでしたが、これから先、箱を開けていって、作品が痛んでいないかというコンディション・チェックを続けていかなくてはいけないなと思っております。幸い、作品そのものに大きなダメージがあるものは比較的少なく、額やSカンなどの展示金具などが壊れてしまうという被害が、当館においては多かったと言えます。


そのあと、16日に本震が起こりました。この時は深夜でしたので、館内に職員は誰もおりませんでした。余震がひどく、私も家族で小学校の校庭に車で避難し、明け方まで眠ることができませんでした。翌朝は、管理職がまず出勤をして、被害状況を確認、借用先に再度の連絡をし、やはりこれはすぐに美術館を開けられる状態ではないだろうということで職員の待機を決定し、当面の間休館に変更しました。

 前震の時に作品の退避は可能な限りしておりましたので、「あの時、出来るだけ対処していたからきっと大丈夫だ」と自分に言い聞かせながら過ごしました。当館は日航ホテルと同じ建物にあり、収蔵庫をはじめ、空調が24時間稼働できない状態になったという連絡がその頃入ってきていました。

 館内で一番被害が大きかったのが、ジェームズ・タレルの作品がある、無料で図書を読めるホームギャラリーというスペースでした。特につり天井のところに大きな亀裂が入っていました。館内の扉が外れていたり、本がさらに散乱していたり、前回は動かなかった作品が揺れで飛んでしまったりしていました。

ホームギャラリーの様子

ホームギャラリーの様子

ホームギャラリーの本棚の様子

ホームギャラリーの本棚の様子

展示室内の様子

展示室内の様子

 

やはり一番心配だったのは、空調復旧のめどが立たないことでした。動ける職員で、まずは作品をチェックして、収蔵庫にしまい、しっかり封をすることで温湿度の急激な変化を避けようと決定しました。皆さん被災している中だったのですが、日通の美術の方に来ていただいて、展示している作品を全部、収蔵庫内に入れました。ただし、借用作品など収蔵庫に入りきらない作品については、県外の空調が機能している倉庫を探してもらって、急いで作品をそちらに退避させるということも致しました。その後は、まずは空調の復旧を急ぎ、現状において作品の安全確保が完了出来たというのが、本震から8日後くらいのことでした。

 その後、問題になってきたのは、美術館を「どこから、いつ、どうやって開けるか」ということでした。ちょうどその頃、5月の連休が近かったので、「連休に美術館は開いていますか」というお問合せのお電話がいくつかかかってきていたのです。こんな時でも、美術館を利用して頂ける方がいるんだな、と新鮮に感じました。ただし、まだ安全点検が済んでおりませんでしたし、業者さんの確保や、その費用をどうするかということも考えなくてはいけませんでした。

 5月の連休中に工事をしまして、まずは無料のスペースを開けようということになりました。この頃、すごく印象的だったのは、館長の桜井が「美術館を美術館として、一刻も早く開けましょう」と言っていたことです。ふと、「避難所として開けたほうがいいんじゃないか」、「こんな時に美術を見に来てくれる人がいるのだろうか」、「こんな時に美術なんて不謹慎だ、などと言われるのではないだろうか」と、何となく悶々としつつも、まず館長の「開けましょう」という声に従って作業していた感じでした。

 スライド14

本震から24日後の5月11日に、まずはフリーのスペースだけオープンしました。まだ、周辺の商店街もお昼だけの短縮営業をしているような状況でしたので、こんな時にお客様が来てくれるのかなと思っていましたが、初日には214人の方が来てくださいました。印象にすごく残っているエピソードがあって、朝10時に開けた時に、一番にベビーカーを押したお母さんが入ってこられたそうなのですね。美術館の中には、熊本市と共同で運営する「街中子育てひろば」というスペースがあって、アドバイザーが常駐しています。まだ余震も続いている状況で、昼間は、お父さんは仕事に行っちゃうし、子どもと二人で家にいると気が滅入る、どこか出かけて気を紛らわせたい、ということで美術館に来てくれたようです。

スライド16
同時に、館内では、なるべく気分転換になるような、大人向け、子ども向けの上映会を多くおこないました。漫画の特集コーナーを設置したり、簡単にできる、お絵かき、塗り絵、折り紙などのワークショップコーナーを用意して、お迎えしました。その際、塗り絵などは、すごくたくさんはけていくのです。みんな、少しの時間、集中して、達成感があるような作業を好まれるのですね。地震の処理や片付けなど、見通しが立たないことが多い中で、小さなぬり絵でも、達成感が得られると、気分転換になるのかなと思いました。

 その頃の館内アンケートでは、「開けてくれてよかった」という声を多くもらって、逆に私たちが励まされるような思いでした。「美術をやっていてよかったな」「美術館は美術館として、開けていいんだな」という自信が、この時初めて出てきたかな…と思っております。

スライド19
館内ではその後、フリースペース以外の展示室をどう開けていくかということを考え始めました。展示を再開しても、余震などでお客様や作品に再度被害が起こったら…というのが一番怖いことでしたので、九州国立博物館、東京文化財研究所、福岡市美術館、展示業者さんなどに相談して、展示金具や照明などに、二重のストッパーやワイヤーを付けたりするなど、安全な状態で展示をするために話合いをしました。
また、ハウステンボス美術館さんから、エッシャー作品をたくさんお借りしていたのですが、「熊本の皆さんの励ましになるのであれば、ぜひ再度展示してください」という本当にありがたいお言葉を頂戴しました。無料のスペースでエッシャー作品のみ架け替えをして、展示を再開したところ、初日には195人の方に見に来ていただきました。

それから、最終段階として、有料の企画展示ギャラリーを開けよう、ということで、展示室の可動壁の点検を始めました。そして、本震から70日後、夏休みを前に「帰ってきた!魔法の美術館」展をもって、美術館を全館開館させることが出来ました。
この展示の際に、印象的だったエピソードに、「地震の後、子どもがこんなにはしゃいでいる姿を初めて見ました」と言うものがあります。初日は、前回の2倍くらいの人数の方に来ていただいて、非常に賑わいました。

 当館は、商店街のど真ん中にあるということもあって、元々かなりの数の地域との連携事業を実施してきたという経緯があります。地震の前には18事業を計画していました。当館は、現代系の美術館なので、例えば地震で被害を受けた文化財レスキューなどを専門にやるわけではありません。「現代美術館」としてできる、地域のための復興事業ってなんだろうなと考えていた時に、「現美で復興イベントを何かできませんか」というオファーをすごく頂いたのですね。当時、県立劇場をはじめ、まだ開館できない文化施設が大部分でした。街なかで利便性があって、色々やっているから声をかけやすいということもあったと思うのですが、「うちでできることだったらどうぞ」ということで、いろんな団体と連携事業を行うことが、地震後ものすごく増えました。元々計画していたものが18事業、地震後にプラスで15事業。本当に毎週のように何かをやっている状況です。

 スライド24

展覧会としては、ちょうどその時期、私は「魔法の美術館」展と、もう一つ、天草にある丸尾焼という窯元の三兄弟の焼き物の展覧会を夏に企画していました。天草は、比較的被害が少なかったのが幸いでしたが、本震の3日後に、三兄弟から電話がかかってきて「ただ作品を並べるような展覧会をやるのは、今はちょっと違うんじゃないか。できれば、焼き物屋として、自分たちにできる展示をしたい」と彼らが言ってくれて。まだみんな紙皿でご飯を食べていた頃でした。「自分たちの焼き物を無料で持っていって貰っていい代わりに、その皿を使った食卓の写真を撮って送ってもらいたい。皿が会場内から全部なくなった時に、今度は食卓の写真でいっぱいになる展覧会はどうだろうか」と言われました。私もまだ避難所で、車中泊していて、資金の目途も何もなかったのですが「それいいね、私もお皿欲しいわ!」みたいな感じで、スタートしました。そのあたりから、自分の中でぱちっとスイッチが切り替わって、「この展覧会を絶対成功させてやろう」と、とても楽しみな気持ちになってきました。

 お陰様で展示は盛況で、会場に並べると器はすぐに無くなっていきました。地震にちなんだことから、全く地震に関係ないことまで、コメントとともにたくさんの写真が送られてきて、見ている私たちも「美味しそうね」とか「オシャレね」とか、「これは張り切って、いつもより絶対一品多いな」とか笑。そういうツッコミを入れながらも、見ていると、こちらが励まされ、お腹が減ってくるような感じの、あたたかい展覧会になりました。最終的に会期50日間で、500枚の器を配布し、300枚の写真が送り返されてきて、36,000人くらいの方に見ていただきました。

「丸尾三兄弟 〇о(マルオ)の食卓展」に寄せられた写真の一部

「丸尾三兄弟 〇о(マルオ)の食卓展」に寄せられた写真の一部

 熊本市の中心部ですと、幸いなことに地震の被害が軽くて、一見、あまり以前と変わらないような日常を送っている方も多いのですが、「お皿が割れてしまった」というのは皆に共通する体験なのですね。しかし、「このくらいのこと、他の被害がひどかった人に比べたら…」と思って、グッと飲み込んでしまう。そういう小さくて目立たないけれども、‘欠ける’という、心の傷のような共通の感覚がやっぱりあるのだなと思いました。あるいは、地震を共有していない人が感じる疎外感みたいなものもある。みんな地震を一つの共通体験として、「あの時は大変だったね」とか「こうしたもんね」みたいな話をするけれども、その時に、避難とか疎開をしていたら、そこにちょっと入りにくい。被害は決して一律でなく、人の数だけ様々なのだなと思いました。

食べるということは、最も身近なアートと言ったら言い過ぎかもしれませんが、器がちょっと変わることで、新しい気持ちになったり、勇気付けられたり、生きる楽しみにもなります。「いつも通りの日常」とは、こんなに幸せなことだったか、と気づかされた展示になりました。

 現在、10月30日時点で非常に多く方にご来館いただいています。地震後に、元々予定していたものではありましたが、「魔法の美術館」や「ジブリの立体建造物展」など、家族連れなどに人気のある展示のラインナップが続きましたので、子どもたちで賑わい、楽しく体験してくれています。

ちょうど先日、熊本地震から半年ほどたって、「災害時における文化施設の役割」について、館長以下、職員で振り返りを行いました。その振り返りの中で、二つの視点を館内で共有しましたので、ご紹介いたします。

 一つは、災害が起こった時に、もちろんライフラインなど一定の生活を復旧させることがまず一番なのですが、その時に市民が求める日常、あるいは非日常を与えてくれるスポットとしての文化施設、ほっとできるような空間って大事なんだな、ということを実感した、ということです。それらは、被災後、10日程たった頃からお問い合わせが増えたり、3か月で10万人の来場者、開館後半年で20万人という数字も物語っていると思います。避難所にいると、見知らぬ人と生活空間を共有する緊張があったり、家もなかなか修理が進まないし、地震のことばかり考えてしまって‘くさくさする’。

 正直、文化施設に勤めていながら、復興のための優先順位の中で、「文化は最後の方」かなと私たち自身も思っていたところがありました。でも、非常に僭越ではありますが、「文化による復興」は、被災者の生活再建のずっと後ではなく、「少し後ろ」とか「同じくらい」にちょっとずつ進めてもいいんじゃないか。そういう動きは、実はすごく必要だなと思いました。

 それと、もう一つ、地震後に「地域文化の受け皿」としての活動を、非常に多く、また迅速にできた理由には、「日常的に市民と関与しているからこそ」だと実感しました。「アートにふれる」というのも、もちろんですが、「子育てひろばで子どもを遊ばせよう」とか、「映画も無料だし」とか、「1日マンガ読んでいても、うるさいこと言われんもんね」みたいな「心の避難所」的な空間を、日頃から運営していたとも言えます。

そして、地域の商店街の皆さん、文化施設の皆さんから、「現美で何かできないか」と言われると、「やっぱり何かせんといかん」と思うところがあります。日頃の関係性がなければ、震災後、たくさんの連携事業の相談や、来館者もいなかったかもしれない。特にうちは、街なかにあるコミュニティを非常に意識した館ですので、常日頃の、顔が見える人と人のお付き合いがあってこその復興なのだと感じました。

 熊本地震からまだ半年ですが、これから「地域に災害が起こった時、文化施設に何ができるのか」ということ、私たちの経験を、未来の被災地や文化施設の人たちに、「私たちの時はこうだったよ」と伝えていくことが大事なのではないか、と言いながら美術館を運営して行っています。

次は最終回!お三方によるトークレポートもどうぞお楽しみに!

【展覧会ページ】
Local Prospects 2
アイデンティティ

2016/11/5 − 11/27

鹿児島睦の図案展

特設ショップ

本展期間中、アートショップドットジー内にプロダクトブランドZUAN&ZOKEIのアイテムや新刊書籍も並びます。

プロダクトブランドZUAN&ZOKEI のアイテム(一部) ©ZUAN&ZOKEI

プロダクトブランドZUAN&ZOKEI のアイテム(一部) ©ZUAN&ZOKEI

日時:2017年1月28日~3月12日 10:00〜20:00
会場:アートショップドットジーイムズ8F/三菱地所アルティアム併設ショップ

【展覧会ページ】
鹿児島睦の図案展
Makoto Kagoshima ZUAN Exhibition

2017/1/28 − 3/12

ニュース&レポート アーカイブ