津田直 エリナスの森

津田直スライドショー&トーク レポート

5/5に開催したスライドショー&トークのレポートをお届けします。津田直さんと東京からリトアニア専門店LTshop店主の松田沙織さん、そして、お二人ともに旧知の仲であり、最新写真集『Elnias Forest』の出版を手がけられたhandpickedの盆子原明美さんにも、聞き手・進行役としてご参加いただきました。
津田さんがリトアニアで撮影した写真を投影し、本のページをめくるように丁寧にお話していただきました。その中で、津田さんが写真家として大切にされていることなどが見えてきました。
(以下はスライドショー&トークの内容を一部抜粋・編集したものです。)

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出会い

(盆子原明美さん)最初に、津田さんからリトアニアとの出会いについてお話いただけますか。

(津田直さん)5年前、リトアニアとラトビアに行ったのが最初です。少し急ぎ足な旅だったので、リトアニアからラトビアに向かう時、リトアニアの風景が消えていくことに後ろ髪を引かれて。もう一度ここに戻りたいという気持ちを抱えながら旅を続けたことがきっかけでした。

(盆子原さん)津田さんと松田さんの共通の場所はリトアニアですが、お二人はどのようなきっかけで出会ったのでしょうか。

(津田さん)東京のGallery916で個展をした時の担当者に、「津田さん、最近どのあたりを移動しているんですか」と聞かれて、ちょうどリトアニアに入り始めているとお伝えしたら、「実は知り合いがリトアニアのお店をやっています」ということで松田さんのことを知りました。ただ、それから結構時間が経ってから松田さんのお店に行ったと思います。僕は常々流れを大事にしていて、自分の力に惹き込む力が加わったときに一番一致するというか、心地よい時間が流れると感じているので。そのタイミングでLTshopを訪ねたら、松田さんがいらっしゃった。

(松田沙織さん)ある日、津田さんがお訪ねくださって、彼女に「津田さんが来てくださったんだよ」という話をしたら、そういえば、そういう話をしたかもしれません、と。

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津田直さん、松田沙織さん

(津田さん)僕が旅している時は、いつもいろんな手掛かりがあるんです。地図とかじゃなくて、形の無いものを手掛かりにしていくことが多い。例えば、松田さんとは知人を介して繋がりが生まれたけれども、LTshopのお店に入った瞬間の匂いが、リトアニアを旅した時のものに含まれていた。それは意図して作ろうとした香りではないんです。多分森の中もそうなんですけど、なにか一種類の香りではなくて、複数の香りが重なり合った厚みのあるもの。それで、自然と松田さんのお店に通うようになりました。

(松田さん)匂いのことですが、大使館の公使のおばさまが来てくださった時、「あら、おばあちゃん家の匂いがするわ」とおっしゃって。それはすごく嬉しい言葉でした。

 

ーリトアニアについて

(津田さん)リトアニアはポーランドとも接していて、飛び地のロシアがあり、北にラトビアとエストニアがあって、バルト海をまたいでフィンランドがある。今は「バルト三国」と観光的にくくったりしますが、僕の中では、とてもコントラストのある国々だと思っています。言語的にもかなり違う。

(松田さん)本人たちも、一緒にしないでくれって思っているみたいです。

(津田さん)決して仲が悪いとか一言では言えない。隣接するから複雑な感じがあります。いろいろ領土の問題もあったし。

(松田さん)バルト三国で一つの国だった歴史はなく、リトアニアの歴史はポーランドとの関わりが大きいです。リトアニア、ラトビア、エストニアの三国はともに資本主義になっていく過程で、「バルト三国」として手を携えてきたという感じがあります。

(盆子原さん)松田さんはどういうきっかけでリトアニア専門店を始めたのですか。

(松田さん)お店がやりたくて何を売ろうかっていう順序ではなくて、リトアニアと出会って、リトアニアと関係を深めていき、それを日本のお客様と共有していきたいと思い、お店という形に結果的になりました。
私がリトアニアに行きはじめた8年前は、発展する夜明け前みたいな時期で、独立して20年くらい経った頃です。すごく静かでものがなくて、でもなんだか幸せそうで、なんだろうこの国は?というのが最初の印象です。その翌年から時代が動き始めて、どんどん西の空気に変わっていく様子を肌身で感じました。その中で、クラフトは他の国より純粋な形で残っているように思います。
リトアニア語に「かごを編む」という動詞があるように、かごは生活で必要な道具として今も農閑期に作られています。こうしたものを通して、リトアニアを日本の暮らしの中に取り入れることで、まだ見ぬ国に思いを馳せてもらえたらと思ってお店をやっています。

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(津田さん)ヨーロッパが持っている冬の空の重たさが、工芸的な心をくすぐり、人を土に近づけ、木を大事にし、集めておいたもので冬を越えるという、本来人間が何千年もやめなかった行為がリトアニアには残っています。「かごを編む」という動詞があるのは、一番大事なものがまだ残っているということだと思うんです。自然の揺らぎが人を動かしているということが、松田さんの選ばれているもの中にもある気がしています。

(松田さん)かごも、木が芽吹く前の方がきれいに編めるので、冬に編まないといけなくて、眠っている木を申し訳ないけれど収穫して、春からの収穫に備えて作る。そういう自然に合わせたサイクルが営みとして残っています。

 

ー陶芸と写真

(津田さん)リトアニアは、自然信仰が長く残った国で、自然と人がとても近い。滝そのもの、岩そのものが信仰の対象だったり、神様だったり。古い時代の時間と現在がゆるやかにまだ繋がっている場所だと思いました。
僕はリトアニアに通いながら、前の時代からずっと残っている信仰や行いを丁寧になぞっている人たちが住む小さな村に行き、徐々に知り合いができていった。そういうところで撮っていました。
そんな中で、ある陶芸家と出会い、その人の作品も写真に収めました。僕は、写真を撮ることと、陶器が焼かれることはちょっと近いような気がしています。僕の場合はフィルムカメラがベースなので、シャッターを切った瞬間はレンズが閉じて、厳密に言うと撮った瞬間は、僕が見てない時間なんです。撮った時は目を閉じていると言ってもいい。でもその瞬間だけが写真として定着する。写真はそういう不思議なことを、一番大事なところで行うわけです。
陶芸も窯の中で焼かれ完成する。最後のフィニッシュのところは誰も見ていない。僕が出会った陶芸家は「これは私が作ったものというよりも、火の神、灰の神が生み出したものなんだよ」っていう言い方をします。火の神様が最後を仕上げていく陶芸の世界と、ある意味誰も見ていない光景としての写真が、僕の中では重なっています。

 

ー展覧会について

(盆子原さん)今回の展覧会は、写真集を立体的に体感してもらうというコンセプトと聞きました。

(津田さん)今回、僕が撮ってきたものは、言葉にして分かるというよりも、不思議な、掴めるような掴めないような距離感とか、意味以外のものです。古いものが現在残るというのは、意味が剥がれ落ちたものだと僕は思っています。それは見ておかなきゃいけないし、結んでおかないといけない。もしかしたら、ひっかかったままで置いておかないといけないものかもしれないと思っていて。構想の段階で、それらをどううまく混ぜ合わせるかを考えたとき、バラバラの本のページがそこに立っているようなイメージがありました。そして今回、空間構成をお願いした豊嶋秀樹さんに、僕がリトアニアで見た距離感のまま写真を置けないかと話しました。それで、始めにエリナスの絵を置いて。いきなり暗い冬のシーンがあって、それが扉になって、裏に行けば、また写真があって。写真の裏に回れたらいいなと思った。一つ越えた時に、初めて次の風景が見えてくるような。写真を見る中で、丘を越えていく。森の中は入っていけば行くほど迷うわけですけど。そういうことが、来場するみなさんの中で起こった方が良いなと思いました。

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盆子原明美さん

(盆子原さん)普通、展覧会には順路がありますけど、自由に見て立ち止まっても良いし、また戻っても良いというコンセプトでしょうか。

(津田さん)リトアニア自体が、標識のようなものがあまりないんです。史跡はどの辺ですかって聞いているうちに、もうその上に立っていたりする。本来そういうもののような気がします。

(松田さん)裏庭から雑木林に行って、そのまま行ったらもう森みたいな感じです。日常の延長ですね。公園とか、野外博物館とかも村みたいな感じです。垣根がよく分からないんです。

(津田さん)境界線があまりない、過去と現在がゆるやかに繋がっている。力んで観光的なことをあまりやっていないということかもしれません。

 

ー自然について

(津田さん)リトアニアの人たちの、見えないものにどれだけ目を向けるかというのは、日本人の感覚と共通するもののような気がしています。今は資本主義の社会の中で、輪郭がはっきりしたものや、名前の付いたものを頼りに見ているのかもしれないですけど、そうではなくて、ちゃんと気配を感じてほしい。展覧会会場では、自分の歩く速度で、自然のものと対峙して、そこに転がる意味以前のものを感じてほしい。
「自然」と僕が言っているものは、決して人間以外の、いわゆる大自然が生んだものだけを指しているのではありません。人が関わることで開かれていったり、残っていったりしたものもある。例えば、歌い継がれてきた歌などの、人間の小さな解釈。僕の場合だと、それは写真です。そういうことを介して、次へ繋いでいけたらと思っています。一番長く残っていくものはそういう世界観だと思うから。だから、この自然をどういうふうに見てほしいとかは、敢えて強くあったりするわけではありません。

 

ーこれから書くエッセイのこと

(津田さん)これから、今回のプロジェクトに関するエッセイを書こうと思っています。
今回のプロジェクトには、詩のようなテキストのある写真集と、見ている人の身体的感覚に委ねられている展覧会があり、その2つの間には少し距離があります。またそこから距離を置いて、エッセイを書こうと思っています。みなさんには時間差が生じるかもしれないけど、いつかそれが重なって共鳴する時が来ればいいなと思っています。
これは、リトアニアの古い歌から学んだ方法です。リトアニアの古い歌は、パラレルでできていることが多い。4番まである木の歌とか。1番の歌詞では森の中の大きな木の話、2番ではその木は実は3本の枝に分かれていてという話、そして春が来て、そこで実って、実が落ちて、という季節のうつろいのことを歌っているんだけど、4番目まできた時に、これって木の話じゃないかもって気づくんです。それは、1本の木の話をしているようで、実は人間のあるお母さん、ある家族に置き換えられるように書いてある。木と人間という2つの話が少し離れて並行している。同じ速度でその2つの流れが進んでいる。そういうところに場所が生まれるのかなと僕は思っています。
歌うときは、複数の人が輪唱します。1人、2人だと始めは声を聴いている気持ちで聴いているんですけど、4人とかになっていくと、誰の声でもなくなって、誰が歌っているのかじゃなくて、歌が一つの声として聴こえる。つまり共鳴した時にたった一つのものが自分に残る。リトアニアを体感して、その感覚こそが「伝える」ってことなんだと強く思いました。
皆さんの中にその感覚を起こせるかは分からないんだけど、場所や季節や意味がどうだとかいうことではなく、それよりも何かが繋がった瞬間に皆さんが見たものや感じたことが一番大事なことのような気がします。

 

ーつくるということ

(盆子原さん)津田さんは作品をつくる時に、何を最も大切にしていますか。

(津田さん)とても難しいことなんですけど、「速度」が一番大事だと思っています。今の日本の社会はかなり過密な中、高速で動いていますが、その中に何かを持ち込んでも、倒れてしまうんだったらあまり意味がない。僕がたった一人で違う速度を持ち込んだとしても、はっきりとした存在感を持てば、その速度になっていく人が出てくるような気がして、まずは提案をします。
例えば、今回の写真展では、アルティアムの空間を見て、四辺の壁は一切触れず、真ん中に場所を作るという提案しました。安定した壁に掛けてしまったのでは、多分揺らがないと思ったから。揺らさなきゃいけないんだと思い、豊嶋さんと話していくなかで、今回の会場構成が生まれていった。だから僕が持っている感覚だけですべてが動いてるのではないということは、はっきりと言えます。関わっている人たちの速度が、大きく関わって入ってきている。僕だけではなくて、関わったメンバーの皆さんの持っていた時間を見ながら、間を見ながら、ずっと自分が立っていた場所そのものでつくったという感じです。
スケジュールとは違う時間軸で動くので、非常にリスクの高い仕事のやり方になります。ぎりぎりまで苦しみながら決断しました。
ただ、入り口で春の兆しを持たせたいと思って、あのピンクに。そのあとに入るならば、裏面をグレーにしても大丈夫っていうのが自分の中であるんです。人肌の温もりを一瞬見たうえで、グレーに入っても苦しいはずはないと。その向こうに太陽が待っている。奥に行けば光を浴びて、その中で蘇る。ペルクーナス(雷の神様)に打たれて、雷に打たれて、みんな命を吹き返すんだということが、設定としてあります。だからこそ皆さんを歩かせなきゃいけないし、それぞれの速度でそこを歩いてほしい。結果的にはリスクの高いことをやって、スタッフには非常に負担をかけたけど、豊嶋さんの力が加わり、心地よい空間を作ることができた。須山悠里さんというデザイナーの力で写真集が出来上がった。やはりメンバーですから。その人たち、みんなを信頼しています。

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リトアニアや展覧会のこと、津田さんにとって作品をつくるということについて、より知っていただける貴重なトークとなりました。LTshopの松田さんがセレクトしたリトアニア関連の商品は、本展会期中、併設ショップドットジーで販売しております!ぜひお立ち寄りください。
会期は残り10日となりました。ご来場、お待ちしております。

【展覧会ページ】
津田直 エリナスの森
Nao Tsuda Photo Exhibition | Elnias Forest

2018/4/28 − 5/27

津田直 エリナスの森

オープニングレセプション レポート

初日4/28(土)に津田直さんが来場し、オープニングレセプションをおこないました。その模様をレポートします。
津田さんに語っていただいたことの中に、本展をご覧いただく際のヒントがたくさん隠されているように思います。これらの言葉を手掛かりに、ぜひ会場でエリナスの森を体感してみてください。
(以下はオープニングレセプションでのトークを一部抜粋・編集したものです。)

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(津田直さん)お集まりいただき、ありがとうございます。
僕は福岡に住んでいるので、何度もアルティアムの展覧会を見ています。今回、福岡で新作の展覧会ができるということで、今回のテーマでしかできない空間を作りたいと思いました。今日は来れませんでしたが、豊嶋秀樹さんに会場構成を担当してもらいました。彼と話しながら、イメージとしては、写真ひとつひとつが、その向こう側に入っていけるような扉になったらいいなと。それは本のページをめくるということにも繋がるのかもしれないですけど。写真に入っていく、知らない国に出会っていく、そういうことが体感できたら…というところから構想は生まれています。ご覧いただいているように、ギャラリーの四方の壁には写真が一点も掛かっていません。入口で写真に出会って、進んで、振り返ったらまた写真があって。「森」がひとつのテーマになっています。あまり動線を縛りたくないこともあって、なにか見過ごしてしまったとしても、行きたい方向に自由に身体を振りながら進んでいけるような写真展をつくりたいと思い、こういった会場になりました。わずかですが、言葉・詩のようなものを書いています。展覧会と同時に、写真集もリリースしました。
会期中にトークも行います。その時は、制作の裏側の話をしようかなと思っています。4年もリトアニアを旅したこともあり、なぜその場所に惹き込まれたのか、そこでどういうふうに写真を撮っていく日々があったのか等、お話できればと思っています。
福岡に暮らし始めて6年経って、今までいくつか小さな展覧会をやったり、トークイベントをやったりしてきましたが、こうやって自分が今拠点を置いている身近なところで展覧会をできること、そして僕にとって今本当にやりたいことができたことは、すごくうれしく思っています。
5/12(土)から太宰府天満宮でも展覧会(津田直写真展 辺つ方の休息)をさせていただきます。この5月は三菱地所アルティアムと太宰府天満宮の2つの場所をまたいでもらえればと思っています。ここの扉を開いて、また次の扉が来てという連続性で展覧会をつくる、写真や言葉を巡るということをやりたいなと思って、この季節を迎えました。5月の太宰府の展覧会も楽しみにしていただきながら、本展を見ていただければと思います。

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ータイトルにある「エリナス」について

入り口の展覧会タイトルの下に、僕が依頼して描いてもらった絵を展示しています。写真家が写真展をやる時に絵があるというのは例外的で、僕も今までやったことがないです。タイトルの「エリナス」ってなんだろう、土地の名前か、女性の名前なのか、とかいろんなことを思われているかもしれませんので、今日この場で言葉を添えておこうと思います。鹿には角が2つありますが、その角1本ずつが9本に分かれている鹿がいたという話を、リトアニアを旅して、高齢のおじいちゃんやおばあちゃんから聞きましたし、古い歌の中にそういう言葉を見つけました。でもエリナスのことをリトアニア人に何度聞いても、ぼんやりと知ってるような、知らないような存在なんです。
今、リトアニアは主にキリスト教文化ですけど、その前は日本と同じような自然の神様、例えば雷の神様、川や泉そのものが神様、そういったものがたくさんあった時代でした。そして、それよりも前には、「エリナス」という信仰があったとちらっと聞きました。そこから今回のタイトルに繋がっていく構想が膨らんで。ある意味、リトアニア人ですらよく分からない単語で、ヨーロッパの人も「エリナス」と聞いて、ピンとくる言葉じゃないからこそ、そのままにしておこうと思いました。大事なものだけぎゅっと詰めておいて、どこかでそれが皆さんの人生の中でもう一度開かれる瞬間がくればいいなと思っています。今回の展示の中で一枚だけでも気になるものが心にひっかかって、リトアニアに目を向けたり。そういう速度でいいと思っているんです。
9本の角を持つ鹿を写真には撮れません。もしかしたら、見てはいけないものかもしれないと思っています。そこで、以前から付き合いのあった画家の寺崎百合子さんに話をして、「そういう古い話を聞いて、それを今リトアニアの中で書き留めておきたいものなんだけど、描いてくださいませんか」と頼みました。普段、人の依頼で絵を描く作家ではないので、断られるだろうと思いながら、言葉を持っていきました。でも、非常に共鳴してくれて、絵を描いてくださり、写真集にも収録しています。
「エリナス」というのは、今は見ることができない架空の存在で、でも昔々もしかすると人々が一番大事に思っていた鹿で、象徴的存在だったかもしれないということから、寺崎さんの作品が案内役というか扉となって、このシリーズは始まっているというふうに僕の中で設定しました。今日も言葉だからこそお伝えできるけれど、このことを書いたりしようとは思っていません。神聖なものとして、日本人が神様を存在としてだけ向き合って、気配だけを大事にしているように、ヨーロッパにもそういう時代があったと思ってもらえれば。そのことだけ、今日はここで触れておきたいと思いました。

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ー4本のキャンドルについて

この4本のろうそくは、普段からリトアニア人が使っているものではありません。小さな村で古い資料が見つかり、再現したものを撮らせてもらいました。ろうそくの芯が1本だけのもの、3〜4本に分かれているものもあります。
左上の芯が1本のろうそくは、「ライフキャンドル」と言われています。生まれた時に家族が火をつけて、一つの灯りをそこで分かち合う。命に立ち会う、ということだと思います。火を付けて、家族や身内で過ごし、みんなでひとつの祝福をしたところで火を消す。そして、次の大事な機会に火をつける。その人が死ぬ時までこの1本のろうそくを使うんです。リトアニア人、ヨーロッパには、元々そういう文化があった、ろうそくとはそういうものだったと言っている人もいます。
今回のプロジェクトには、75歳くらいのリトアニア人がスタッフとして入ってくれています。彼の妻のお母さんの体調が悪くなってきて、「そろそろの彼女のライフキャンドルを枕元に持って来なきゃね」っていう話を、たまたま旅の途中で彼が言うのを聞いたんです。それに僕はどきっとしました。ひとつの命が細くなってきて、いよいよ最期が近づいた時に火をつけて、息を引き取る時に消さない。そうやって一人の人が生まれて亡くなっていく。僕らはもう今電気を知ってしまっているから、たくさんの灯りの中で生きているけど、ひとつの灯りと人間の命が同じくらいの重たさというか慎ましさなのかって。この1本のろうそくには、そういう世界観があります。
芯が2つあるろうそくは、「ウェディングキャンドル」と言われています。結婚する時にそれぞれに火をつけて、それが溶けながら1本の芯になっていくのを、周りと自分たちで見届ける。それが結婚という約束なのだと、火が教えてくれる。
芯が3つあるのは、「クロスキャンドル」です。子どもたちが大きくなって10代になった時に、良いもの、悪いもの、いろんなものに触れて、災いが降り注ぐこともある。生きていくってそういうことだから。そういうものから、火で自身を守るために使われるもので、前髪が燃えるくらい近くで、自分の正面、右、左で火をつけると聞きました。
右下のは、「ハウスキャンドル」。自分が家を建てるくらい大人になった時に、家の四つ角でそれぞれ火をつけます。家に結界をはるっていう感覚だと思います。
この4つがあればやっていけると、リトアニアの人たちから聞きました。でも、このろうそくは、リトアニアにずっとあり続けたわけではないんです。ある古い民家の床を開けて補修した時に、このろうそくの古いスケッチが残っていた。リトアニアは何度も領土を奪われてきた小さな国だから、家の中ではなく、土の中や床下に隠していたんだと思います。そして、これらは、それをもとに去年ある村で僕の知り合いたちが再現したろうそくなんです。ちなみに、「ペルクーナスデイ」(雷の神様の日)に作るということも決まっているそうです。

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ー春のはじまりについて

入口入ってすぐのところに緑が茂っている写真があります。リトアニアは、3〜4月になるとグレーの重たい空がだんだん晴れてきて春になります。「ペルクーナス」という雷の神様が、大地に雷をドーンと落として、植物に命が吹き込まれ、動物たちが目を覚まして、春が始まると言われています。僕は、春を連れてくるものが雷だと聞いた時、日本の雷信仰とも繋がっているんじゃないか思いました。リトアニア語は、インド=ヨーロッパ語族で、世界で最も古い言語の一つと言われています。文化とか、習慣とか、この国ではなくなってしまったとしても、遠い国のどこかには残っているかもしれない。床下にあるかもしれない。そんなものを実はこの展覧会と写真集のなかで拾い集めながら、これからまたエッセイを書いたりしながら、最終的にはこの展覧会をリトアニアに持っていこうと思っています。

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5/5(土・祝)にスライドショー&トークがあります。津田さんのリトアニアでの撮影の裏話をぜひ、聞きに来てください。会期は5/27(日)まで。※5/15(火)は休館日。
ご来場お待ちしております!

【展覧会ページ】
津田直 エリナスの森
Nao Tsuda Photo Exhibition | Elnias Forest

2018/4/28 − 5/27

森のヒミツ COMPANY展

バスツアー うなぎの寝床プレゼンツ 八女のヒミツ レポート

4/1(日)に「バスツアー うなぎの寝床プレゼンツ 八女のヒミツ」を実施しました。当日は、COMPANYがコラボレートした3カ所の八女の職人さんを訪問しました。今回のイベントは、作り手の方たちとの交流を大切にするCOMPANYのスピリットに触れていただければと思い企画しました。バスツアー当日の様子を写真を交えてご紹介します!

1件目の訪問先へ向かう道中、特別ゲストの登場です!
COMPANYの二人から、バスツアー参加の皆さんに向けて、以前八女を訪れた時のことや、九州の森のイメージについて、ビデオメッセージをいただきました。

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1件目は、独楽工房 隈本木工所さんを訪問。創業100年を超える老舗独楽屋で、6代目の隈本さんが八女コマの歴史や特徴を丁寧に教えてくださいました。

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隈本木工所では、子どもたちの遊び方が変化し、また材料自体が入手困難になる中、手に取りやすいかたちで工夫を凝らしながらコマをはじめとする良質な木材玩具を制作されています。
隈本さんは、COMPANYとのコラボレートについて、デザインの斬新さに驚きながらも、一方で親近感も湧いて、北欧と日本の親和性を感じたとおっしゃっていました。
COMPANYとのコラボレート作品はこちら。見ている人までニコニコ笑顔になりますね。本展会場内には、2種類の新作も含めて展示していますので、ぜひチェックしてくださいね。

Secrets of Southern Japanシリーズより八女コマ《MOSS MOSS SPIN》 2017年

Secrets of Southern Japanシリーズより八女コマ《MOSS MOSS SPIN》 2017年

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途中、バスを降りて矢部川沿いを歩きながらお花見タイム。この時期ならではの八女のヒミツですね。

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歩いてお腹も空いてきたところで、元気食堂 八女サヘホさんへ。
2017年11月にオープンしたからだに優しい薬膳料理を提供する食堂です。今回はなんと、展覧会テーマである「森のヒミツ」をテーマにしたオリジナルメニューを準備いただきました!

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木と森をイメージして、ふんだんに使用したお野菜、森と海のつながりを表現したお味噌汁、切り株ケーキなど。素敵なストーリーが、それぞれのレシピに込められ、優しい美味しさのお料理でした。COMPAYの二人にもぜひ食べてもらいたいランチでした。
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今回、お料理を作ってくださった中村さん。お料理のコンセプトを聞きながら美味しくいただきました。ご馳走さまでした!

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2件目の訪問先は、1836年創業、装飾提灯を手がける伊藤権次郎商店へ。展示会場でも、天井からディスプレイされた大小様々な提灯が会場空間の素敵なアクセントとなっています。
伊藤権次郎商店さんの提灯は、細い竹骨と和紙を使用した繊細なつくりが特長です。
COMPANYからは、「布を貼って、木をイメージしたフォルムの提灯を作りたい!」とのオーダーがあり、布をきれいに貼る作業に苦戦しながらも新しい形の提灯ができあがったそう。
COMPANYとのコラボレート作品はこちら。

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職人さんによる軽快なトークとともに、型に竹骨を螺旋状に巻いて、和紙を貼る工程を見学し、八女提灯のヒミツを知ることができました。

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最後の訪問先は、久留米絣の織元・創業70年の下川織物さん。
COMPANYがデザインしたこけしの目や鼻をあしらった絣の織元です。
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COMPANYと下川織物さんの取り組みは、2015年に青森県立美術館で開催された二人の展覧会の際に「こけし半纏を作りたい!」と、COMPANYから袢天メーカーの宮田織物に問い合わせがあり、久留米絣の織元である下川織物さんと繋がったのがきっかけだったそう。絣の構造とCOMPANYデザインのすり合わせを何度もおこないながら、完成したそうです。
下川織物さんは、ライフワークとして国内外のアーティストと様々な取り組みをしているそうで、「織物で会話する」という下川さんの言葉が印象的でした。

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そのほかにも、うなぎの寝床さんが運営し九州の商品も並ぶ素敵なスペース・旧寺崎邸や八女福島の街並みを散策し、八女の魅力満載の1日となりました。
訪問先では、職人さんのものづくりに対する想いや技に触れ、COMPANYのデザインのヒミツを体感することができました。

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会場には、佐賀や熊本の伝統工芸とコラボレートした作品も並んでいます。また4月15日(日)には、佐賀の郷土玩具「尾崎人形」の絵付けワークショップを実施します。ぜひお楽しみくださいね♪

ツアーコーディネート:茶のくに観光案内所、うなぎの寝床

【展覧会ページ】
SECRETS FROM FOREST
森のヒミツ COMPANY展

2018/3/17 − 4/22

森のヒミツ COMPANY展

オープニングレセプション レポート

初日3/17(土)に開催したオープニングレセプションのレポートをお届けします。フィンランドからデザインユニットCOMPANYのヨハン・オリンさん、アーム・ソンさんをお迎えしました。お二人のご挨拶は八女・うなぎの寝床の渡邊令さんに通訳していただきました。
(以下はオープニングレセプションでのトークを一部抜粋・編集したものです。)

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COMPANYのアーム・ソンさん(左)とヨハン・オリンさん

(ヨハン・オリンさん)(日本語で)いらっしゃいませ。

(アーム・ソンさん)こんにちは。アーム・ソンです。

(ヨハンさん)ヨハン・オリンです。私たちはフィンランドのヘルシンキを拠点に活動しているCOMPANYです。

(アームさん)たくさん知っている顔も見えます。素敵な皆さんが集まってくださって、嬉しく思っています。

(ヨハンさん)私たちは世界中の伝統工芸やクラフトのマスターたちと一緒にものづくりに取り組んでいます。今回九州の作り手の方々と制作をする機会を与えていただき、私たちは本当に楽しませていただきました。

(アームさん)以前、私たちは青森や東北のこけし職人の方々と出会い、特に日本文化やものづくりのスピリチュアルな部分にとても影響を受けました。青森のプロジェクトが終わった後に九州に来てみたら、東北と空気が違うことが分かりました。九州で様々な人と関わる中で、リラックス、ハッピー、ハハハというような雰囲気を感じました。九州にいる間に屋久島などたくさんの森に行きました。たった一個のおにぎりを持って、6時間も屋久島でハイキングをして、木々や森のパワー、エネルギーをとても感じました。

私たちの家族に新しく柴犬のヤヤを迎えました。毎日10kmくらいフィンランドの森に散歩に出かけます。「私たちは何のためにデザインをしているのだろう」と森に行くと思うようになりました。形、色、食べ物も森の中にはある。ある意味デザインを全く必要としない空間が森にはある。森はそういったことを考えさせる場所でもあります。

もちろん森は素晴らしい。ただ街に戻ってくると、そこにはカフェやレストランがあって、マーケットがあって、ヤヤも一緒に行くのが好きで。人々が住んでいる街の生活も私たちはとても好きです。だから、この展示では、ものがあり人がいる、にぎやかな街の世界と、ある意味デザインを必要としない完璧な森と、その間をつなぐものづくり、デザインしたものを自分たちなりに表現しました。

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(ヨハンさん)最後に、今回アルティアムでたくさん力をいただいた安田さん、什器など素晴らしい仕事をしてくださった徳永昭夫さん、うなぎの寝床の原博子さん、そして、作り手を案内してくれた渡邊令さん。皆さん、本当にありがとうございました。

(アームさん)私たちは日本語は少ししか話せませんが、あまり言葉は必要ないと思っています。会場の天井にスケッチを展示していますが、制作する中で世界中の作り手の方々とやり取りをした時に使ったヒミツのメッセージ、コミュニケーションの痕跡です。会場にいる皆さんとも何か伝わらないことがあれば、絵を描いてコミュニケーションしましょう。

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ご挨拶にあった通り、このあとも、気さくに皆さんとお話されたり、サインに応じたりしていました。なかには、一緒にものづくりをした作り手の方の姿もありました。

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お二人の来場はこの日が最後の機会となりましたが、会場の映像でCOMPANYの二人に会えます♪ぜひ会場でCOMPANYのチャーミングなスピリッツに触れてください。会期は4/22(日)まで!

【展覧会ページ】
SECRETS FROM FOREST
森のヒミツ COMPANY展

2018/3/17 − 4/22

密やかな部屋 ―きらめく昆虫標本―

おしえて!丸山先生 Q&A紹介

会場に設置している質問BOXに、ご来場の皆さまからたくさんの質問をいただきました。その中からいくつかの質問に丸山宗利さんにお答えいただきました!青い文字が丸山先生からの回答です。ぜひお読みください♪
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・けむしはどうしてさわったらかゆくなるの?(りゅうせいくん 6才)
実は触るとかゆくなるようなケムシはあまりいません。福岡だったらドクガやイラガのなかまなどの一部だけです。ドクガのなかまの幼虫は毒針毛といって、毛に毒があります。イラガのなかまの幼虫は体の突起に注射器のような毒針があります。

 

・福岡でツノゼミを見つけたいです。どの辺にいますか?(千裕さん 小4)
いちばんよく見つかるのは、ただの「ツノゼミ」です。夏の暑い時期(7月~8月)に高い山(できれば1000m以上)に行くと、あちこちの木の枝先についていますので、探して見てください。私は英彦山と脊振山でたくさん見ました。

展示中のツノゼミの一部

展示中のツノゼミの一部

 

・ミイデラゴミムシのガスは100度位なのに、なぜゴミムシは耐えられるのですか?
お腹に2種類の液体が入った袋(ヒドロキノンと過酸化水素)が別々にあって、それがお腹の先端で混ぜ合わさることによって、100度のおならになります。お腹のなかに100度の液体があるわけではありませんが、混ぜ合わせる先端部分は頑丈にできています。

 

・テナガカミキリムシはどうして手が長いのですか?
カブトムシが角を使うように、メスをめぐってオス同士で戦うためです。メスの手はそんなに長くありません。テナガオサゾウムシも同様です。

 

・バイオリンムシはどうして平べったいんですか?
サルノコシカケというキノコに住んでいて、その隙間に入り込んでいるので、ひらべったいのです。

会場内に展示中のバイオリンムシ

会場内に展示中のバイオリンムシ

 

・ゾウムシはどうしてゾウムシってゆうの?(ゆきたくん 6才)
口が長く伸びていて、それがゾウの鼻のようだからです。先端に口があって、植物に穴をあけて、そこを食べたり、卵を産んだりします。

 

・ちょうちょうは花の蜜を吸うだけであんなに大きくなるんですか?
チョウ(成虫)になったらもう大きくなりません。イモムシ(幼虫)のときに食べた葉っぱの栄養で大きくなります。蜜は卵を産んだり、交尾したりするための栄養です。

 

・どうしてオスが見た目が良い昆虫や動物が多いのですか?(由加さん)
いろんな理由がありますが、メスをめぐって戦うための武器だったり(クワガタのおおあご)や、オス同士でなわばりあらそいや同種認識するための模様(チョウ)だったりします。

 

・昆虫のどんなところに惹かれますか?
多様性ですね。とにかくたくさんの種数が存在し、無限に新しい出会いがあるところ。

 

・蝶と蛾の違いを教えてください。
蝶は蛾のなかまです。つまり蝶は蛾に含まれます。蛾のなかでも、昼間に活動し、触角の先がマッチ棒のようになっているのが蝶だと思えばだいたい間違いありません。ただ、例外もあってややこしいです。

会場入口に展示しているニシキオオツバメガは「世界で最も美しい蛾」と言われているそうです

入口に展示しているニシキオオツバメガは「世界で最も美しい蛾」と言われているそう

 

・標本は時間が経つと色落ちしたり型が崩れたりしないのでしょうか?
光に当てるとどうしても劣化(色落ち)します。とくにチョウの標本がダメになりやすいです。ですのでこの展示では光を暗めにしています。甲虫は100年くらいは変化なく保存できます。湿度と害虫にも気を付ける必要があります。

 

・ゴキブリは進化しているのですか?
原始的といわれるゴキブリでも、日々進化しています。近年では殺虫剤が効きにくくなっているものもいて、これも一種の進化です。

 

・人間と昆虫の関係は一番どうあるべきでしょう?
昆虫がいないと地球の生態系は成り立ちません。嫌いなのは仕方ないとしても、地球のなかまとしてその存在を尊重し、共に生きていかなくてはなりません。

 

・なんで日本の虫は地味で外国の虫はキラキラなんですか?(のぶさん 34才)
日本にもキラキラの虫がいます。熱帯は日差しが強いので、きわだってキラキラしたものがいたりしますが、地味な虫もたくさんいます。ここではきれいな虫を偏って展示しているにすぎません。

 

・モルフォチョウの仲間は標本の体(下半分)がないものが多いのですがなぜですか?
体から脂が出やすく、腹部があると、油が滲んで、翅が真っ黒になってしまうからです。現地の採集者が捨ててしまうのですが、標本としては残念なことです。

 

・何故昆虫を接写しようと思われたのでしょうか?とても美しく斬新だと思いました。(美沙さん 大学生)
肉眼では見えない構造をお見せすることによって、昆虫にはまた別の世界があることをお見せしたかったからです。

「深度合成写真撮影法」による昆虫写真

「深度合成写真撮影法」による昆虫写真

 

・ヘラクレスオオカブトの立派な角の下にあるふさふさしているものは何のためにあるのですか?(たけまささん)
オス同士でケンカするとき、相手を挟んで投げ飛ばすのですが、その際に滑り止めの役割を果たします。

 

・蝶の羽は、何の素材(物質)で出来ているのですか?見れば見るほどシルクにしか見えません。(ひろみさん)
カニの甲羅と同じような成分で、そこに生えている細かい毛が板状になっていて、タイルのように模様を作り出しています。

 

・深度合成写真にあるところどころツンツンとした触覚のようなものは何でしょう?蝶以外の虫にはだいたいありました。
毛です。昆虫の体にはいろいろな種類の毛が生えています。模様を作るための毛であったり、根元に神経があって、感覚器官となっていたり、その役割や構造はさまざまです。

 

・日本では昆虫食は一般的ではありませんが、先生は昆虫を食べることはあるのでしょうか、あればおいしい昆虫とオススメの調理法を教えてください。昆虫は栄養があるのでしょうか?
あまり食べたことはないのですが、コオロギはおいしいです。あと、タガメはかんきつ系の香りがするカニのようで、なかなか美味しいものでした。

 

・オオツノハナムグリの仲間で展示されていたモノたちは同じ種類なのでしょうか?背中の黒い部分と白い筋、ワレメの差が随分あるのですが違う種類だからですか?個体差なのですか?不思議です。(月さん)
だいたい1種につき数箱で、箱が違えば別種です。地域によって別の種にわかれていたり、同じ場所のものでも個体によって大きな模様の変異があったりします。

 

・タガメについて教えてください。以前沢山タガメを飼っていました。餌はオタマジャクシをあげるグループ、メダカをあげるグループがいました。いづれのグループも餌をたくさん食べた後死んでいまいました。多分満腹になるまで餌を食べたと思います。(タガメのお腹が膨らんでいました)なぜ死んだのでしょうか?
食べ過ぎで温度が下がると消化できなかったり、場合によっては食べ過ぎで消化不良になってしまうこともあります。あと、たくさん糞をすることによって水が汚れ、水面に膜がはって、うまく呼吸できずに死んでしまうこともあります。1回あげたら数日から1週間はなにもあげなくていいです。

 

・バイオミメティクスについて興味があります。甲虫類の羽の折りたたみ構造は明らかになっているのでしょうか?甲虫の種類によって違うのですか?何かの製品に応用されていますか?具体的に知りたいです。
最近ではハネカクシとテントウムシで明らかになっていますので、以下のページを見てみてください。ハネカクシの研究では私も協力しています。
ハネカクシ
テントウムシ

 

・30年位前子どもの頃、アオオサムシを手にのせたとたん、おしりから白いガスを噴射されました。目の周りがピリピリして刺激臭がしました。あのガスは何ですか?身を守る方法ですが、体の中で化学変化を起こしたりいているのでしょうか?
オサムシの出す物質は、メタクリル酸が主成分で、非常に強烈な匂いと腐食作用があります。体内にある袋から直接噴射します。目に入ったりすると大変で、皮膚の柔らかい部分につくとやけどようになります。

 

・細かい作業の連続だと思いますが、昆虫に夢虫になりすぎてずっと同じ大勢のままでいると、体中が痛くなったり動かなくなったりしませんか?何かいい対処方法があったら教えてください。(昆虫好きの主婦さん 44才)
なります。肩が凝ったりします。そうなったら山に出かけます。

 

・昆虫の擬態という現象が不思議でなりません。そのメカニズムは解明されているのでしょうか?(敏行さん)
突然変異が生じ、そのなかでたまたま生存に有利なものが生き残っていき、その積み重ねで植物に似たり、毒のあるものに似たり進化していきます。虫が「よしこうなろう」と思ってなるものではなく、膨大な時間をかけた進化の賜物です。

 

以上、いかがでしたか?丸山先生は『昆虫こわい』、『きらめく甲虫』(幻冬舎)、『昆虫はすごい』(光文社新書)など著書も多数あります。この機会にお読みいただくと、より昆虫に興味を持っていただけるのでは♪
ご協力いただいた丸山先生、本当にありがとうございました!

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密やかな部屋 ―きらめく昆虫標本― 
WORLD OF INSECT SPECIMENS

2018/1/20 − 3/11

密やかな部屋 ―きらめく昆虫標本―

オープニングレセプション レポート

1/20(土)に開催したオープニングレセプションの様子をお届けします。当日は昆虫標本をお貸しいただいた九州大学総合研究博物館の緒方一夫館長と監修者の丸山宗利さんにご挨拶をいただきました。昆虫への思い溢れるお話に、開幕の喜びもひとしおのレセプションとなりました。
(以下はオープニングレセプションでのトークを一部抜粋・編集したものです。)
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(アルティアム・鈴田)本日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。本展は三菱地所アルティアムの主催のもと、九州大学総合研究博物館の丸山宗利准教授の監修により、実現した企画展です。九州大学総合研究博物館から昆虫標本2,000点、そして旧帝国大の時代から使用されていた家具をお借りして、今回の空間構成が実現しました。関係者の皆さまにこの場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。また、本日は九州大学総合研究博物館館長であられる緒方一夫さまにお越しいただいておりますので、一言ご挨拶をいただければと思います。

(緒方一夫館長)皆さん、こんにちは。九州大学総合研究博物館の緒方でございます。私は本務は熱帯農学研究センターというところで研究をしているんですけれども、もともと私も昆虫学者でした。人間には2種類ありまして、虫が好きな人と嫌いな人と言われています。この部屋に入ってくると、虫の好き嫌いに関わらず、本当に独特の雰囲気、オーラが感じられて、とても素晴らしい展示だと思います。この展示で使っている家具もよく見ていただくと、備品の票が貼ってあります。昔、大学の備品だったものです。こういったものも楽しんでいただければと思います。
本日は鈴田さんをはじめ、関係者の皆さま、うちが持っている標本をこういうふうに展示していただいて、本当にありがとうございました。本館のバックヤードにはさらに数100万の昆虫標本があります。展示を度々企画しているところですので、ぜひお越しください。今後とも、九州大学のご支援を賜りますよう、どうぞよろしくお願いいたします。本日はどうもありがとうございました。

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(鈴田)ありがとうございます。では、続いて丸山先生、ご挨拶をお願いいたします。

(丸山宗利さん)九大博物館の丸山です。本日はお集まりいただき、ありがとうございました。
唐突ですけれども、あらゆる生き物は実は無駄がなく、美しい機能美と構造美を兼ね備えています。もちろん昆虫も例外ではなく、多くの大人は気持ち悪いという刷り込みによって、じっくり観察することさえしなくなっていますけれども、そういった先入観を省いて観察すると、それぞれの昆虫が実に美しい姿をしていることが分かると思います。見るからにきらびやかな蝶や甲虫はもちろん、この部屋にもあるような茶色くて一見地味な昆虫も、よく見るとそれぞれに美しい姿形をしていることが分かると思います。今回はその標本の美しさを皆さんに堪能いただくために、静かな空間でじっくり見ていただくような展示を目指して作りました。この静かな場所でゆっくり見ていただきたいという思いと、標本の持つ雰囲気を味わっていただきたいということで、当館が所蔵している古い家具を用いて、このような空間を演出しました。

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最後の部屋では昆虫の体表の構造を拡大した写真を展示しています。普通、被写体は小さくなればなるほどピントが浅くなって、絞りを絞って撮影すると深くはなるんですが、こんどはボケボケの写真になってしまうんです。この写真の撮影方法は、「深度合成」といって、カメラを動かして、小さな構造を顕微鏡のレンズで層状に撮影して、ピントの合っている部分だけを合成する方法です。展示している大きなパネルで、実物は大体3~4mm四方くらいの大きさです。肉眼で見る標本も真実ですけど、こうやって拡大して展示しているような構造を昆虫が持っているというのも真実で、肉眼では見えないけれども、ある意味別の真実を見ることができるというふうに思ってこの展示をしました。

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ところで、なぜ私がこんなに皆さんに昆虫を好きになってもらいたいと展示をしているかというと、ひとえに私が昆虫が好きだからです(笑)。実は日本人ほど、幼少期に昆虫が好きな民族はいません。コンビニで捕虫網が売っているのは、世界広しと言えども、日本だけです。しかし、残念なことに子供の頃は昆虫が好きでも、多くの人は成長とともに興味を失っていってしまいます。日本は豊かな自然に恵まれていて、だからこそ昆虫が好きな子どもが多いんですけれども。ガラパゴス諸島よりもずっと固有種が多いほど、日本は自然が豊かですが、そんな事実を知る人は少ないし、人口が減っているにも関わらず、あちこちが無駄に開発されていって自然が失われて、本当はここにしかいないというような小さな虫が、その存在すら無視されて絶滅していっています。私は環境省の委員などもやっているんですけども、コウノトリとかトキとかは、注目を浴びて保護の対象になるんですけれども、例えばある場所にダムとか発電所ができるとなった時に、小さな昆虫に関してはその存在すら軽く見られてしまう。「この小さな昆虫はここにしかいない」と言ったところでその開発が中止になるようなことはまずないんですね。その背景にはやっぱり、多くの人の昆虫に対する無関心、もともと興味がないとか嫌いだとか、そういうことが少なからずあると思います。私がいろんなところで展示をしたり、本を出したりしているのは、やっぱり昆虫を好きな人を少しでも増やしたいという思いがあるからです。そうすればこういう現状を少しでも改善できるのではないかと思っています。今回の展示ではこの素晴らしい会場をお借りして、いつもとは別の層、最初から昆虫が好きというわけではない人にも、昆虫に対する関心を持っていただいて、新たに昆虫が好きという人を増やせればと思って企画しました。
最後になりますが、標本準備から、デザイン、会場設営まで、本展示にご協力いただいた皆さまに厚くお礼を申し上げます。また、この企画が決まって以来、一緒に構想を重ねてきてこのように美しい空間を演出することができたのは、三菱地所アルティアムの鈴田ふくみさんのおかげです。そして、デザイナーの大村政之さんがこれまでにない格好良いチラシや解説パネル類を作ってくださいました。企画段階で、この3人でどういう展示をしようかと考えて、映画とか色々なものを出し合って相談した時に、小川洋子の原作でフランス映画になった『薬指の標本』というものがあるんですね。それをたまたま鈴田さんも私も見ていて、そんな雰囲気を作れたらなということもあって、こういう会場になりました。もし興味のある方は見てみてください。
長くなりましたが、とにかく昆虫の標本の美しさをご堪能ください。今日はどうもありがとうございました。

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会期は3/11(日)までです。※2/20(火)、21(水)は休館日です。ご注意ください。
ご来場お待ちしております。

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2018/1/20 − 3/11

Re-actions 志水児王・堀尾寛太

Re-actionsトークセッション レポート

「Re-actions 志水児王・堀尾寛太」会期中に、ゲストに志水児王、堀尾寛太、畠中実、司会に城一裕を迎え、トークセッションをおこないました。そのトークの様子を公開します。 (以下はトークを一部抜粋・編集したものです。)
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(アルティアム・鈴田)本日は、「Re-actions 志水児王・堀尾寛太」トークセッションにお越しいただきまして誠にありがとうございます。展覧会担当の鈴田と申します。本日のトークは、アルティアムと九州大学芸術工学研究院との連携企画で開催の運びとなりました。そして司会に、九州大学芸術工学研究院准教授の城一裕さんにお越しいただきました。城さんは、音響学とインタラクションデザインを背景に、作品制作を主体とした実践に基づく研究に取り組まれています。メディアテクノロジーに批評的に向き合い、技術の人間化の一例として新しい技術のデモに留まらない表現のあり方を追究することをテーマに活動をされています。また、ゲストに本展の参加作家の志水児王さん、堀尾寛太さん、特別ゲストに、 NTT インターコミュニケーションセンター[ICC]主任学芸員の畠中実さんにお越しいただきました。本日はみなさま、お忙しい中ありがとうございます。まず、簡単に自己紹介をお一人ずつお願いします。

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(城一裕さん)こんにちは、城です。僕は九州大学の大橋にある芸術工学研究院に音響設計学科という学科があるんですが、去年の春からそちらに勤めています。元々、九州大学芸術工学研究院は、かつて九州芸術工科大学という独立した大学でした。僕はこちらの卒業生で、ここにいる堀尾さんも同じ研究室でした。当時、僕が一歳年上だったので堀尾くんは一学年下でした。1990年代後半が学生時代だったのですが、そこから2000年代にかけて、ちょうどコンピューターで、様々な音や映像を扱うことが可能になってきて、その頃は福岡でもイベントをしていました。当時は、畠中さんの勤務先の ICCは、福岡にいる僕らからすると、夢の殿堂みたいなところに見えていて、志水さんの作品が展示されたりしていました。そのうちICCで展示できたらいいねということを僕が言ったら「何バカなことを言っているんだ」みたいに、当時、堀尾くんから言われていました(笑)。数年後には、僕ら二人ともICCで展示できていたわけですが…そんな懐かしい思い出があります。なので、僕と堀尾くんにとって、福岡は馴染みのある場所で、アルティアムでもいろんな展示を見ていたので、育てていただいたところもあるような感じです。今やっていることは、先ほど鈴田さんからご紹介があったような、メディアテクノロジーに実践を通して批評的に向き合うということを大きなテーマとしてやっています。

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(畠中実さん)畠中です。どうもはじめまして。東京のNTTインターコミュニケーションセンター[ICC]というところから来ました。ICCは、NTT東日本という会社が運営しているメディアアートセンターとしての文化施設です。私は1996年の開館前からICCで働いていますので、2017年は21年目になるんですけども、そちらで学芸員をやっています。ここにいらっしゃる方々はよく存じ上げています。特に、志水さんは2000年に私が企画した「サウンド・アート—音というメディア」という展覧会に出品していただいたりして、ずっとご縁がある感じですね。その後も何度か展覧会に出品いただいてます。堀尾さんと城さんも、2004年に開催した「n_ext(ネクスト):メディア・アートの新世代」という展覧会に出品いただいた方々です。また、2010年に私が企画した「みえないちから」という展覧会がありまして、そちらでは志水さんと堀尾さんに出品作家として展示いただいていました。今回、その展覧会の7年後に、こうして二人展が開催されるということで、今回のトークに参加させていただいて大変嬉しく思っています。二人をどういうふうにマッチングするのかというのは、すごく関心があって、さっきアルティアムの展示を興味深く拝見したところです。今日はいろいろお話させていただければと思っています。

(鈴田)ありがとうございます。畠中さんの企画された「みえないちから」の展覧会については、また詳しくお話を伺いできたらと思います。では堀尾さん、お願いします。

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(堀尾寛太さん)堀尾寛太と申します。先ほど城さん、畠中さんからご説明いただいた通りなのですが、学生時代は当時の九州芸工大にいまして、2000年に畠中さんの企画された「サウンド・アート」という展覧会を東京まで見に行った思い出があります。僕は、元々音に興味があったんですけども、そのなかでも「音をつくる仕組みをつくる」というようなことに興味があって作品を制作しています。

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(志水児王さん)はじめまして、志水です。僕は、堀尾さんや城さんみたいに、科学や工学の知識があるような人間ではなくて、元々は油彩画の出身で、10代は絵を描いていました。それで、徐々に興味が移行していったような感じです。たまたま学校の近くに秋葉原があったので、そこに帰りがけに行ってみると、今と違ってジャンク屋がいっぱいあったので、安いテープレコーダーとか、1000円、500円で動くかどうかみたいなものを買って、分解したりして遊んでいました。

 (堀尾さん)志水さんは元々、油絵の専攻だったんですね。

(志水さん)油絵だったんですよね。それで少しずつ興味が移行して、今でもあまり科学的な知識があるわけではないのですが、自分のできる範囲で制作しているという感じです。

(城さん)二人の展示は皆さんご覧になられているという前提で、今日の話は進んでいくと思うんですが、まずアルティアムの鈴田さんが、何故この展覧会を企画されたかという話を伺っていいですか。

(鈴田)そうですね。私も元々メディアアートの専門的なことを学んでいたわけではなくて、アルティアムに入ってから徐々に興味が出て来たような感じです。アルティアムに入って、はじめて自分が企画したのがパラモデルの展覧会(「パラモデルのトミカワールド展(2011年)」)だったのですが、そこで彼らの作品の特徴である玩具パーツが連結して一つの空間をつくり上げていく建築的な制作スタイルやワーク・イン・プログレスの実験的な魅力を感じました。その後、2013年に「エキソニモの猿へ」という個展を担当したことを機に、それまで高度な先端技術を用いた芸術という印象が強かったメディアアートが身近なものに思えて興味を持つようになりました。だから私は最近のことなのですが、そこからリサーチをして、2015年に「みえないものとの対話」というグループ展を企画しました。

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「みえないものとの対話:Dialogue with Something Invisible」三菱地所アルティアム 2015年

この展覧会では、ネットアートのラファエル・ローゼンダール、谷口暁彦さん、渡邉朋也さん、久門剛史さんの4名の作家に参加いただきました。ラファエルの体験型の作品、谷口さんのディスプレイの中と外について考察した作品、渡邉さんの3Dプリンタを批評的に捉えた作品、久門さんの時間や記憶を鑑賞者が追体験するようなインスタレーションを紹介しました。

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谷口暁彦《思い過ごすものたち》三菱地所アルティアム 2015年

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ラファエル・ローゼンダール《looking at something.com》三菱地所アルティアム 2015年

その時の展覧会が面白かったので、また続きをやりたいというところから今回に繋がっています。ICCで畠中さんが企画された「みえないちから」展は、影響を大きく受けていると思います。「みえないものとの対話」展では、思考や感情、インターネット、音、光というふうに表現としての幅が広かったのですが、今度はもう少し焦点を絞って展覧会を組めないかと思いました。堀尾さんと志水さんの作品は、電磁波、音、光、目に見えないものの可視化が作品の特徴として挙げられるのと、動作反応が大きな魅力であることから、今回の「Re-actions」の展覧会を企画しました。

(城さん)「Re-actions」という展覧会名は、どう決めたんですか?

(鈴田)二人の作家が決まってからタイトルを考えたんですけど、動作反応による作品の面白さを伝えたいというところが大きいのですが、こういう実験的な展覧会がアルティアムで開催できるのであれば、観客の側にも何か反応してもらえたらといいなと。展覧会を見て、体感したり、展示から感じるものを持ち帰って、その後、鑑賞者が考えて自発的に動いていく…といったプロセスも含めて「Re-actions」というタイトルにしようと思いました。

(城さん)なるほど。志水さんの「光」がテーマになったTwitterの作品なんかは、まさに「Re-actions」のテーマをあらわしているなと思います。今、インターネットの話が出たんですけど、入ってすぐのtwitterの作品は鈴田さんのオファーだったりするんですか?

(鈴田)私も実は、志水さんとの展示の打ち合わせではじめてTwitterの作品について知ったので、アルティアムに下見にいらした時に、志水さんから提案いただいたアイディアだったと思います。

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志水児王《window》三菱地所アルティアム 2017年

(志水さん)下見に来た時に、会場の空間以外にどこか、例えば公共空間に作品を設置できないかという思いがあって、それがビルとして可能であるということを鈴田さんに確認してもらって、そこからあの作品を出そうかなというふうに経緯としては出てきましたね。

(城さん)そんなにすごく志水さんの作品を存じ上げてるわけじゃないので、もしかしたら失礼なことになってしまうかもしれないんですけど、今回展示されている他の作品と比べた時に、twitterというある種、身近なものを表現の要素として取り入れられているのは何か思うことがあってのことなんでしょうか。例えば、電子顕微鏡やレーザーの作品と比べると、ある意味の分かりやすさみたいなものがあるので面白いなと思って、その辺りは何かあったんでしょうか。

(志水さん)twitterの作品は「窓」というタイトルが付いているのですが、元々、「窓」には存在として興味がありました。窓は内部から外部を見るとか、外部から光を取り入れる役割がありますが、16、17世紀では、絵画は「窓」としてのメタファーだったりもするので、ずっと興味があったんですよね。それで、今回のTwitterの作品をつくったのは、そういう「窓」をテーマに、インターネットをもう少し抽象化した形で世界を見ていくということをやりたかった。ログを読めば何が呟かれているのかが読めるんですけど、何が呟かれているかというよりは、人がランダムにネットにアクセスしていく状態というのを、単なる光の点滅、点滅の数やタイミングで、全世界的なある種の動きみたいなものを抽象化した形で表現できないかなというところでつくったという感じですかね。

(城さん)展示から感じたことで、堀尾さんと志水さんにお伺いしたいことがあって、その一つは、特に90年代以降、僕らが慣れ親しんでいるところでいうと、普通は映像や視覚表現をする時に「プロジェクター」を使うことが非常に多い気がするんです。今回の志水さんのtwitterやレーザーの作品も、ある種見せる表現としては、プロジェクターで見せる人もいるような気がします。でも例えば、あのガラスとレーザーの作品は、確実にドット、ピクセルがないので、緩やかに動いていく時に工学的にすごくきれいに像が変わっていくし、光の回折でバランスがずれていくみたいな効果が起きています。その点が、プロジェクターではない視覚表現だからできることであるように僕には見えました。それと、堀尾さんの作品を考えると、堀尾さんはさっき「音をつくる機械をつくる」という言い方をされていましたけど、プロジェクターと同等なものを音の世界で考えると「スピーカー」がある気がします。でも、堀尾さんの作品は、今回の展示で唯一使っているとすれば、スピーカーとマイクが一体化したような不思議な装置ぐらいです。音が出る作品にも関わらず、いわゆる音を出す装置としてのスピーカーはほとんど使われていない。例えば、小さいガラスの瓶の中でガチャガチャ何かが動いている音、磁石がカタンカタンと動いていて、引き出しのガタンガタンというような音の面白さが際立っています。でも、例えばコンピューター以前のアナログなものとして、そういう「音を愛でる」という感覚とも全然違う。結構、無自覚に、音を使う人だったらスピーカーを疑うなんて多分あまりしないと思いますし、映像の場合はプロジェクターを疑うなんてこともないような気がするんです。そこを、クリティカルに疑っているようにすら見えるというのが、僕としては二人の作品を見て面白いなあと思ったところだったりします。それを踏まえて、お二人がどう思われているのかということと、おそらく別の角度からお二人の作品ずっと見られている畠中さんがその辺りをどう思うのかというのをお伺いしたいなと思います。

(畠中さん)そうですね。アルティアムの入り口に展示されていた志水さんのTwitterによる作品は、新しい作品ですか?

(志水さん)そうですね、去年です。

(畠中さん)去年ですか。だけど、1990年代の後半くらいに、志水さんが「WrK」というグループでやられていた頃の作品を思い出すような感じがちょっとありました。

(志水さん)そうですか?

(畠中さん)
やっぱり作家って、活動歴が長くなると自覚的なのか無自覚なのか分からないんですけども、新しい作品にこれまでのいろんな要素が表れてくるようなところがある気がします。見る側からすると面白かったのが、「WrK」でやられていた頃の作品の作り方に似てるなと思ったことと、あと液晶のパネルの素材がありますよね。あれってやたら大きいじゃないですか。

(志水さん)はい。

(畠中さん)あの液晶パネルはつまり、ディスプレイの形に切られて、実際に製品の中に組み込まれるものの元みたいなものですよね。

(志水さん)「導光板」というものらしいんですけど。

(畠中さん)それも昔の作品で、磁気テープのカットしていない一枚を作品に使っていたりしましたよね。

(志水さん)よく覚えてますね(笑)。

(畠中さん)カセットテープとかテープレコーダーの磁気テープって、製品になる時にはもう規格の幅にカットされて巻かれているわけでしょう。

(堀尾さん)じゃあ、磁気テープに切られる前のものがあるってことですか?

(城さん)それを切って繋ぐわけですか?

(畠中さん)志水さんが、そういう素材を昔、作品に使っていたんですよね?

(志水さん)幅1M長さ2M程度の裁断する前のマクセルの磁気テープですね。1990年の頃ですね。

(畠中さん)随分昔の話ですね(笑)。そういうものが僕の記憶の中にあったので、Twitter作品には、志水さんのこれまでのいろんな作品を思い出させるようなところがあるなと興味深く見ていたんです。「WrK」というのは、90年代に志水さんと何人かのアーティストで組んでいたユニット名ですね。時々、その中の何人かでグループワークをしたりもするけれども、基本的には一人一人のアーティストが集まった集合体みたいなものでした。このRe-actions展のチラシに「振動などの物理現象を取り込みながら制作する」って書いてありますけど、そういった現象みたいなものをつくる側と観客がどういうふうに認識するか、そういったテーマで活動されていたわけです。だから、ささいな日常において見落としてしまうような現象を取り上げて、それをさらに、作品としても非常にミニマムな形で提示するというようなことをやられていたわけです。その後、レーザーの作品などに移っていくわけですけど、その前の期間というのもあるわけなので、今回の展示では結構そうした点が気になりました。今回、フラスコの作品とTwitterの作品が二つ並んでいることによって、僕の中でなんですけど、作家の個展にも似た、ある種の作家のパースペクティブみたいなものが見られて面白かったです。もちろん、知らない人にとっては、そこまで想像できないですから、難しいとは思うんですけど。僕が20年近く志水さんとお付き合いさせていただいてる中で見ると、その二つの作品が活動の幅みたいなものを表しているなと思えたのがすごくよかったですね。堀尾さんも然りで、最初にお会いした頃は、パフォーマンスをやっていましたよね。

(堀尾さん)はい。

(畠中さん)それは磁力を使ったもので、磁石をコンピューターで操作して、クリップみたいな、ささやかなものがパタパタ動いているみたいな、そういう不思議なパフォーマンスをされていたんですけども。僕の展覧会「みえないちから」は、実はオスカー・フィッシンガーというアニメーション作家にインスパイアされた展覧会なんです。オスカー・フィッシンガーという人が、「この世界にあるものすべてにスピリットが宿っていて、それを取り出すには振動させればいい」というようなことを言っていて、その言葉からインスパイアされています。まさに堀尾さんの2004年の最初に僕が見たクリップがパタパタする作品は、その命を吹き込むという、アニメーションという意味での「ものをアニメイトする」感覚をすごく感じたものです。

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堀尾寛太《particle》2003年

実際、その後の作品も、スケールが大きくなったりしながらも、アーティストとして追究しているところは、人がつくっているにも関わらず、それが人の手が介在してないように、そのものに命を吹き込むことなんじゃないかと思うようなところがあります。堀尾さんも一貫してそうした活動をされていて、札幌国際芸術祭での作品は、ビル全体を作品化したものでした。最初はクリップだったものが、今はビル全体に拡大しているみたいなところ、そういうスケールの拡大はあるにせよ、何かしら作者がつくっているにもかかわらず、その作者がどっかに飛んでいっちゃうみたいな。見てる側、観客にとっては、作者という存在が何かどうでもよくなっちゃうようなところがある。今回の展示でも、非常にそういった部分がうまく表されていたなと思いました。作品点数は、結構たくさんあって、幾つかの作品を辿れるようになっていたと思うんですけど、志水さんの展示はtwitterとレーザーの作品ですごく活動の幅みたいなものを感じさせられたとすれば、堀尾さんの展示はまた、ちゃんと作家の姿勢みたいなものを表せる良い展示だなと改めて思いましたね。

(堀尾さん)さっきの城さんのスピーカーとスクリーンの例にも繋がるんですけど、どちらも何でも自由に出来過ぎるから、何もやることがないというのが、僕の一番正直な感じなんです。プロジェクタとスクリーンを使ってどんな映像でも出していいですと言う状態だと、何もとっかかりがないような感じ。

(畠中さん)メディアアートの特徴で挙げられるのが、メディアをつくるのであってコンテンツをつくるのではない、という見方だったりすしますよね。コンテンツをつくるというのは、ディスプレイで映される中身をつくるとか、スピーカーで再生される音源をつくるみたいなことだと思うんです。そういったコンテンツとしての表現は、それこそ映画や音楽であるわけで、フォーマットに基づいて制作されるわけです。映画というのは、例えば、あるフォーマットを上映できる映画館があればどこでも上映できる。そういったものはある種、複製可能なんですけど、ここにいる皆さんの作品はコンテンツとしての作品ではないから、どこにででも上映できるわけじゃないですよね。だから、その作品丸ごとがどこかに行かなきゃいけない。そういうことが、アーティストが独自のフォーマットをつくっている、ということなのかなと思っていて、いわゆるメディアアートと言われるものの一つの特徴とされています。もちろん、メディアアートだって上映したり、フォーマットに基づいているものも沢山あります。それでも「メディアアートって何だ?」という問いは、フォーマット自体をいちからつくっているものが一つのメディアアートの性質だというふうに言われていますね。だから、彼らの作品は、やっぱりコンテンツとしての作品ではなく、コンテンツとハードウェアみたいなものを自分で両方いっぺんにつくってしまうところがあるという気がしています。

(城さん)畠中さんからコンテンツからつくるか、フォーマットに基づいて作品をつくるかという言い方ができるのではということですが、志水さんは今の話を受けていかがでしょうか。

(志水さん)僕から見ると、堀尾さんはプログラミングとかしっかりした技術を持っていて、それでいて、いろんな構造がある種剥き出しの状態になっているものをつくっていく、または何かの法則に委ねているようなことをやっているように見えるので、本当に羨ましいような感じです。でも、今の話を聞いていたら、何でもできるがゆえに、そういったものには目が向かないというのは、改めてすごく面白いなと思いました。そういう部分では、僕もパソコンをいじっていく中で作品ができるというよりは、頭の中で構成していくようなところがあります。僕の場合は、技術的な部分でそうせざるをえない部分もあるんですけど。

(堀尾さん)志水さんと使っている技術の違いみたいなものは、僕はあまり感じないんです。僕は、作品で専門的な知識が要るようなハイテクなことはやっていないと思うんですよね。日曜大工の延長みたいな気持ちです。個人的には。

(城さん)僕が志水さんのレーザーの作品を最初に拝見したのは、2014年の京都造形芸術大学での展示でした。あの作品のアイディアは、どこから芽生えてきたんですか。

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志水児王《claisen flask light house》京都造形芸術大学 ギャルリ・オーブ 2014年

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志水児王《diminsion》京都造形芸術大学 ギャルリ・オーブ 2014年

(志水さん)元々、レーザー自体は随分前から持ってはいたんです。最初に何をやっていたかというと、誰も住んでいない空き家が数百メートル先にあって、ちょうど僕の家が対面していたんですね。それで夜中に、その空き家にレーザーを当てて、返ってくる光をピックアップすると、窓の振動が採れるんじゃないかと思って色々とやっていましたね。盗聴みたいな感じですよね(笑)。

(堀尾さん)そういうスパイ道具ありましたよね。

(城さん)実際ありますよね。レーザーで録るやつ。

(志水さん)それで返ってくる光を見てたんですよね。見てたというか聞いていたというか。

(堀尾さん)光の変化を音に変えて聞いていたってことですよね。

(志水さん)それと同時に、点の光源がどうしても安いものだと広がっていくんですよね。それで跳ね返ってきた光が直径で1メートルくらいの大きな光の束として戻ってきたんですね。

(堀尾さん)当てている光の先はガラスなんですか?

(城さん)ガラスの歪みみたいなものということなんですかね。

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(志水さん)ええ。それで跳ね返ってきた光が地図の等高線みたいな、木の年輪みたいな模様で、これは何でこうなっているのかなというのが最初のきっかけだったんですよね。ガラスというのは、表面と裏面の二面があるので、ガラスの厚み分のちょっとしたムラが、等高線みたいになって返ってきているっていう気づきがあって。しばらくそれがすごく気になっていたんですよね。ガラスの触って全く分からないような歪みが、レーザー光を使うことによって、たった数ミクロンの差が拡大されて等高線のように出てきていた。

(堀尾さん)干渉縞ってことですよね。シャボン玉の表面の色が変わるような。

(志水さん)ですね。ニュートンリングっていうんですよね。

(堀尾さん)光が二回跳ね返って波を強め合う、弱め合うとできて、明るいところと暗いところになるっていうことですよね。

(志水さん)ええ。そのレーザーという光を使って、オプティカルフラットな面がどれだけの精度でつくられてるかっていうのを検証することができるんですよね。

(城さん)なるほど。確かに。

(堀尾さん)歪みの縞が出てきて、ガラスとガラスをピタッと合わせる機械のことですね。

(志水さん)そういう検出器みたいなものとして使われています。

(城さん)極力、干渉縞を減らす方向に使うためのもの。

(志水さん)532ナノメートルっていう純粋なグリーンの光を増幅することで、他の周波数が混ざるとそれが潰れていっちゃうってことなんですけど、それを発見できたっていうところが大きいですかね。

(城さん)隣の家がある程度、離れていたからこそ余計に大きく反射が返ってきてくれたっていうのもあるんでしょうね。堀尾さんは作品をつくる時、例えば棒が水銀のスイッチで傾きを検出する物体なんかは、何が最初の気づきなんですか。

(堀尾さん)あれは要するに、始まりのない動きのようなものです。今回の作品は、《自分で自分を動かす》っていうタイトルでしたっけ?

(鈴田)
そうです(笑)。

一同笑

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(堀尾さん)この棒の作品に《自分で自分を動かす》っていうイメージがすごくあります。ガラスの筒の中に水銀の粒が入っていて、ある方向に傾けると電気が通るという水銀スイッチという小さい部品を棒に取り付けています。まず棒の電源を入れると、ファンが回って棒の頭が持ち上がるようになっています。棒が持ち上がって傾くと、水銀スイッチが切れて止まって、そうすると自分の重みで倒れて、またスイッチが入るっていう無限ループをしてるんです。実は、畠中さんの「みえないちから」の時に原型のようなものをつくって、それの変形版みたいなものです。元々、何かタイミングを指定されて動くものじゃなくて、たまたまその時の、前回の動きの続きで動く向きやタイミングが決まるような、自律的なものをつくろうっていうアイディアでした。

(城さん)じゃあ、そういうアイディアが先にあったんですね。棒が先というよりも、自律的に動くものをどうやったらつくれるだろうっていうところから始まったわけですか。

(堀尾さん)そうですね。本当は全然違う仕組みも考えたんですけど、やろうとしたら全然ダメで。どうやったら実現できるかなって色々やった結果ああなったという感じです。これは、2010年にICCで展示させてもらった作品です。

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堀尾寛太《スピードスイッチング》NTTインターコミュニケーションセンター [ICC] 2011年

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堀尾寛太《スピードスイッチング》NTTインターコミュニケーションセンター [ICC] 2011年


棒を起点にして、棒がオンになったらこっちが動いて、そうするとこれが動き、それでこれが動き…そうなるとこっちが動く…という全部の動きの大元になっています。今回も実は同じ構造で、棒の動きで照明が切り替わって、やかんが動いて、やかんと漏斗が当たると次の部屋でカメラのファンが回り、映像が変わるということになっています。始まりをつくる機械みたいなものです。

(城さん)あの棒は、人が触ってもいいんですか?

(堀尾さん)できるだけよけていただくもの、みたいなイメージですかね(笑)。

(城さん)さっきのスピーカーの話に戻りますが、ファンとかスイッチが動く時に音が出ますよね。

(堀尾さん)リレーの音ですね。

(城さん)その辺は、どのくらい音を出すかとか、ファンの音なんかはどのくらい気にしてるの?

(堀尾さん)全く気にしてないです(笑)。

一同笑

(城さん)例えば、無音のリレーとか、音がしないファンでも良いのか、良くないのかとか。

(堀尾さん)鳴っている音自体を意識することは、そんなに追求してないかもしれないですね。音をデザインするというよりは、結果的に鳴ってしまった音をそのまま使ったほうが良いんじゃないかって感じです。

(城さん)先ほどのプロジェクションの話に戻しますが、ともすると志水さんの作品は、ある種、映像作品のようにも見れるような部分があるんですが、志水さんはそういう意図はしてない感じですか?

(志水さん)そうですね。プロジェクターっていうのは、大まかに言うとフィラメントがあって、レンズがあって、映し出すコンテンツがあるとして、そのコンテンツではなく、フィラメントとレンズの関係性というか光そのものの構造を見せたいという考えはあります。

(城さん)作品の中で、曲線が変化していくように見えるシーンが、コンピューターのプログラミングですごく頑張って映像をつくって、パーティクルって呼ばれる小さな断片を3Dで動かす人たちがやりたがってるような極致と似て見えるっていうことがあります。前に、岐阜のIAMASで教えていた時に、そういうCGがつくりたいですという学生に、志水さんの作品を見せたら参りましたとなったんです。その作品のご本人としては、どういうふうに思われるかなと単純にお伺いしたかった。

(志水さん)身の回りにあるものは、もの自体にある種の空間作用があるような気がするんですよね。

(城さん)そうですよね。毎回、志水さんの作品に使われているものもガラスのフラスコだったり瓶だったりと、ガラスのオブジェクトは違うものになっていますよね。

(志水さん)そうですね。今回も違いますね。

(城さん)それによって同じ空間に設置しても違う風景が見えるであろうし、空間も違えば尚更という辺りは面白いなと思います。

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(畠中さん)フラスコの反射も、やろうと思えば究極的にはシュミレーション可能だと思うんです。ガラスの器やフラスコに、レーザーを当ててどういう反射があるのか、とか。ただ、水滴を落下させながら、それによってできる水面にレーザーを当てる場合もありましたよね。それは、ある意味ではコントロールしているようでできない部分ですよね。レーザーの動かし方によって、水面がどう反射するか。今回だったら、器を回転させることによってどう変化するか。光源と当てる対象との関係を変化させることで景色が生み出される。だから、あくまでも、ものと光源の関係自体は、すごくレディ・メイドだと言えます。でも、そのものと光源の関係をそのまま見せているのがポイントかなと思うんです。レーザーを当てて起こることも自分のコントロール外のことです。だけど、その関係性をどうアレンジすればどんな空間が生み出されるか、ということをやられているのが面白いなと思っています。あと、シャンパングラスの作品もありましたが、あれはグラスが動くんでしたっけ。

(志水さん)ええ。ガラスとレーザー両方とも動くんです。

(畠中さん)そういうふうに関係性を変化させてあげることで現象を生み出す。そこにアーティストの作品があるっていう感じですよね。こちらは、2014年にICCでつくってもらった作品ですけど、よく考えたらオシロスコープをつくってるんですよね。音の波形を見る装置をつくっちゃったわけです。音の波形を視覚化する機材ですね。それを回転して斜めにスライスした円筒にレーザーを当てることで音を可視化する。そうするとこういう形になる。

diminsion ICC 1692

志水児王《diminsion》2014年 NTT インターコミュニケーションセンター[ICC]

 

(堀尾さん)不思議でしたよね。超高速に回転していて。

(畠中さん)円筒が斜めにスパッと切られていて、レーザーを上から当ててる。

(堀尾さん)写真で見ると平面に見えちゃいますけど、実際に見ていると奥行きがあるんですよね。

(畠中さん)ホログラフみたいにね。

(堀尾さん)回転しているので面が遠くなったり近くなったりして、立体物みたいに見える。

(城さん)この時は、レーザーを動かす音源はサイン波ですか。

(志水さん)そうですね。

(城さん)じゃあまさに、オシロスコープと同じような原理のものができたわけですね。

(畠中さん)何パターンかあって、すごい低周波もある。そうすると円筒の縁をレーザーがゆっくり回っているみたいな。音は低周波で聞こえないんだけど、視覚的には見える。
レーザーを音源で変化させる装置をつくっていて、まさにありものの装置によらないで、結果としてオシロスコープをつくったことになったんですけど、そういう作品もつくられている。近年の作品はレーザーというものと出会ったことによって、それを自分の作家としてのアイデンティティとして随分寄せているなという印象があるんですけど、レーザーの作家という感じに。そんなことないですか。

(城さん)最新作はレーザーの作品でもまた違うわけですよね。

(畠中さん)そう。さらにそれとも違う作品になりますけど、長細いシーソーみたいに動く水槽に水が張ってあって、そこにレーザーを当てると、波の反射が投影されるという作品がありましたね。今風な言葉で言えば、ビジュアライゼーションみたいな。フラスコの作品もビジュアライゼーションと言えばそうですけど、ちょっと関わり方が違うかなとも思ったりするんです。そこら辺は、作品ごとにレーザーとの関わり方が変わっているなと思っていて、さっきのプロジェクターとスピーカーの話で思い出しました。

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(城さん)もう一つ、お二人に伺いたかったことがあって、堀尾さんにスピーカー、志水さんにプロジェクターの話を伺ったんですけど、今の「音」の話がまさにそうでした。志水さんの今回展示されている電子顕微鏡の作品は、音が付いてますよね。あの作品がどういう意図なのかということと、堀尾さんの作品もRGBのLEDが入っている引き出しの作品は顕著ですけど、あれは色の選び方はしてるような気はするんですよね。志水さんにとっての「音」、堀尾さんにとっての「色」というか「光」はどういうものなのかを伺っていいですか。

(志水さん)顕微鏡の作品は、モニターが置かれた場所を拡大しているようなイメージがあります。電子顕微鏡は、試料を真空状態にして強い電子線を当てる構造があって、それで視覚を超えた領域を知ることができる。今の時代は、テレビも液晶だから違うんですけど、昔はブラウン管だったので、電子銃が中に入っていました。音は画像の映像信号をそのまま使っているんですけど、それを逆流させるような形で超音波スピーカーで画面にぶつけて、モニターが置かれた場所を拡大しているようなイメージです。物体に電子を当てて、その場所を観察する構造を模倣してるっていうか。

(城さん)作品から出ている音自体は、映像信号を音にしているんですか。

(志水さん)そうですね。モニターに写っている映像の信号です。

(城さん)じゃあ映像と音という二つの見せ方で、電子の部分を見せている。

(志水さん)そうですね。画面から電磁波が漏れてきているようなイメージです。

(城さん)なるほど。今度は、堀尾さんの「色」について。光と音との関係とは、また全然違うんですか。

(堀尾さん)引き出しの作品は、光の三原色だからRGB(赤緑青)ということですね。色の好みということももちろんあるんですけど、引き出しの開き具合で色が混ざったりするからあの色なんです。

(城さん)RGBは分かりやすいですけど、どういう基準で光を選ぶんですか。

(堀尾さん)色というよりかは電球とか蛍光灯、LEDの違いを考えますが、でも端的に言えば何でも良くて、そこにあったからとか、手に入ったからだと思います。たまたま、この条件にはまる形のものがこの色だったとか。

(畠中さん)ICCでつくっている時も、最初は何ができるか全く分からなかったもんね。何がどうなるんだろう、何ができあがるんだろうって。

(堀尾さん)展示プランを出してくださいって言われながらなかなか出さず…(笑)。

(畠中さん)テーブルを二つ用意してください、そうすれば始まりますみたいな感じで。そしたら、いろいろ作業し始めるんですけど、こういう状態だから何がどうなるのか結果全く分からず。結果もこうだったみたいな(笑)。頭の中にイメージはあるんでしょうけど、割とやりながらつくっていくみたいなところがありますよね。

(堀尾さん)うーん。そうですね。大体最初の計画からずれるんですよ。やってみたらダメだったみたいなプランも多いので、結局変わっちゃいますね。ICCの時も、前の展示の残骸だった展示台を使ったりしました。

(畠中さん)藤枝守さんの作品の台が残されていて。

(堀尾さん)そのあとは捨てるかも、というので使わせてもらいました。

(城さん)今回の展示では、鈴田さんどうでしたか。

(鈴田)うーん。でも、今回は割とタイトな設営期間だったんですよ。

(堀尾さん)そうですね。ICCの時はもう存分に一週間くらい徹夜で作ったんですけど、アルティアムは、前後の展覧会との兼ね合いで3日間で完成っていう感じだったので。

(鈴田)そうなんですよね。アルティアムは準備期間がすごく短いので、あらかじめ堀尾さんには色々と準備していただきました。それで打ち合わせをして、アルティアムの壁は動かせるので、この可動式の壁を使って、表と裏みたいな構造にしたいという話から、回遊性の展示構成になりましたね。

(堀尾さん)アルティアムの壁って動くんですよね。自由に部屋の形を変えられるとなると意外と困って、要するにスタートポイントが定まらないというか、決まらなくて。ICCの壁も可動壁でしたよね。最初に畠中さんから壁をどうしたいかって聞かれて、適当に通路みたいなところって答えた記憶があります。壁の裏側は、小金沢健人さんの大きいプロジェクションだったので、そのために大きい壁ができて、ちょうどL字になってるからその辺りということになった。結構壁をどうしたいかって聞かれると手がかりが減って困るんですよね。プレーンなスクリーンを与えられたような気持ちです。

(畠中さん)ICCでの作品もそうですけど、間接的に作品を映像で見せることもやったりするでしょ。あれはどういうことなんですか。僕が聞くのも変なんですけど、改めて話してもらうのも面白いかなと思って。例えば、インスタレーションでものを見れば良いじゃないですか。だけど間接的に映像でものを見せたりするじゃないですか。そこが面白いなと思って。直接見せるんじゃなく、わざわざ映像で、しかもカメラの画角で切り取って見せたりする。

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(堀尾さん)やっぱり基本的には、自分は映像に興味があるんだと思いますね。映像をつくる装置、音をつくる装置をつくるみたいな感じで、映像がつくられる仕組みをつくっているような感じです。こういう方法だったら自分も映像をつくれるかもしれないとか。そういう探求みたいなことだと思うんですけど。

(畠中さん)インスタレーションって焦点みたいなものがなくて、絵画で言えば、オールオーバーな感じというか。どこが中心というものがあまりない。だから見るべきところがたくさんあったりするわけです。そうすると、お客さんはここ見たり、あそこ見たり、細部を見たり、全体を見たりっていう見方ができるわけなんだけど、作品の中にカメラを使うと写したものをわざわざ見てくれちゃうようなところがある。僕らがインスタレーションを見る時に、視線は細部だったり全体だったりいろんなところを見るわけだけど、そういうことをカメラは勝手にやってくれちゃうっていうところが面白いなと思って。作品の見方を、カメラが勝手にやってるわけですよね。

(堀尾さん)見方を強制している感じですよね。

(畠中さん)だけども、強制ともちょっと言い切れなくて、カメラがたわしと一緒にぶら下がってたりするわけ。そうすると、その見方自体も意図的にやられてるわけじゃなくて、作品の一部に見るべき装置も含まれてる、見るための仕掛けも内在してるのって面白いなと。しかも普通にインスタレーションを見てる時って、細部も見たかったりする。記録写真なんかでも、すごく寄ったディテールが面白かったりするじゃないですか。それを見せてくれるのが面白いというか。そういう作品に見る装置も含まれてるインスタレーションってなかったよね。

(城さん)装置の見せ方は作為的なものではなくて、それ自体も作品の一部になっているっていう二重、三重くらいの見方が示されているっていうのは面白いですね。

(畠中さん)展覧会のまとめ方って、作品の中の要素をどう抽出するかがすごく大きいと思うんですよね。僕が彼らを展覧会で取り上げさせていただいた時に、「みえないちから」というテーマにしました。それは、さっきも話したフィッシンガーがアニメイトとか、あるいはものを叩けばスピリットが表れるというところからきています。ものにレーザーを当てたら、外側からじゃ見ることができないスピリットが出てくる、それはレーザーで拡散されるということですが。それで言うと、今のカメラが作品の中に内在していることにも繋がってくる。今回の「Re-actions」もよく考えられてるなと思って。つまりインスタレーションって、空間的に作品を見せる手法ですよね。特にこれらのアーティストの作品は「アクション」、動きを伴っているものが多くて、その動きによって紡ぎ出される空間の中に観客が入る。そうすることによって、観客は空間の中でどういうふうに考えたり振る舞ったりするかっていうことを考える、つまり「リアクション」を求められるわけですよね。作品の中にある「アクション」と「リアクション」という関係もあれば、こういう空間的な作品の中で観客がどういうふうに作品からそれらを引き出すかっていうのも、ある種の「リアクション」だと。インスタレーションは、何でもそうだと言えばそうなんですけど、特にカメラが作品の中に内在しているのが面白いなと思ったのは、アクションを見る装置がそこにある。それがもう一人の観客として、空間自体を見るような仕組みになっている。これはまさに「アクション」と「リアクション」が内在しているというものです。志水さんのTwitterの作品《windows》なんかもそうかもしれませんね。

(鈴田)そうですね。作品を見る側も参加することができるようになっています。カメラと通じて他者の反応を見ることもできるし、反応することも含めて作品の一部となっているということですね。

(畠中さん)僕が企画した「みえないちから」展とは別の角度から切り出してもうひとつの展覧会としてまとめる。キュレーションっていうのはそういうことで、一人のアーティストはすごく多角的にいろんなものを持ってるから、僕さっき志水さんをレーザーの作家とか言っちゃったんだけど、レーザーを使っていても作品の傾向としては幾つもある。分類できますよね。違うパターンの作品も色々あるし、レーザーという素材を発見したら、それに対していろんな発見がまた出てきます。アーティストというのはそういうもので、キュレーションっていうのも、そういう何をピックアップするかがすごく大きいと思っています。そういう意味では、今回の「Re-actions」展は非常に面白く拝見しました。

(鈴田)ありがとうございます。畠中さんが来場されると聞いて緊張していましたが、そうおっしゃっていただけて光栄です。展覧会の会場にいると、お客さんの反応を見たり、感想を聞けるんですが、「すごく面白かった」と楽しまれていたり、「どうやって見るのが正しいのか」というふうに観察されていたりと様々な反応があります。カメラに映るように動いている方や、Twitterの作品では参加される方もいますし、各々が面白さを発見されているような感じです。アルティアムは商業ビルの中に入っている場所なので、ふらりと立ち寄ってみたという方も多いんですが、意外なリアクションがあることもあり興味深いですね。

(城さん)良い感じのまとめになってきたところで、終了の時間となってきました。

(鈴田)そうですね。では、トークは以上で終了とさせていただきます。長丁場となりましたが、ゲストの方々、そして参加いただいた皆さま、本日はご参加いただきまして誠にありがとうございました。

【展覧会ページ】
Re-actions 志水児王・堀尾寛太
2017/9/2 − 10/1

鈴木マサルのテキスタイル展

ワークショップ オリジナル缶バッチをつくろう! レポート

12/17(日)に鈴木マサルさんを講師にお迎えし、缶バッチづくりのワークショップを開催しました。当日は多くの方にご参加いただき、ありがとうございました。ワークショップの様子を画像を交えてご紹介します。

まず、たくさんの種類の中からテキスタイルを選びます。今回使用したテキスタイルは、すべて鈴木さんデザインのもので、会場に展示している、初お披露目の「サルスベリ」や「ケーキ」の柄もご用意していただきました。鮮やかなたくさんの色柄を前に、どのテキスタイルのどの部分にするか、缶バッチになるイメージを広げながら、皆さん真剣です。

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テキスタイルが決まったら、型紙になる透明のシートを当てて、直径8cmほどに丸く切り抜きます。

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切ったあとは、缶バッチ製造機にはめて、レバーを押します。向きを変えてもう一度くり返し、再度レバーを上げると、オリジナル缶バッチが完成です!
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学生さんの参加も多く、混み合う中、参加者の方々へアドバイスをしてくれる鈴木さん。お子さまも夢中でつくっていました。
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完成した缶バッチは、同じテキスタイルを使用しても、それぞれその人らしい仕上がりになっていました。

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一日限りのワークショップで終わってしまうのがもったいないくらい、完成度の高い缶バッチができあがりました♪テキスタイルや色柄を身につける楽しさを実感できるワークショップとなったのではないでしょうか。

ワークショップは終了しましたが、最終日1/14(日)に再度鈴木さんが来場し、ギャラリーツアーを開催します!会場内のテキスタイルやプロダクトについて鈴木さんの解説を聞くことのできる貴重な機会に、ぜひご来場くださいね。

【展覧会ページ】
鈴木マサルのテキスタイル展
目に見えるもの、すべて色柄

2017/12/9 − 2018/1/14

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