クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム―

オープニングイベント 上映会 & 講演会映像作家クエイ兄弟の今昔レポート2

前回に続いて「クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム―」展の初日に行われた講演会のレポートをお届けします。クエイ兄弟の映像作品に込められた思い、舞台美術や商業的な仕事など多岐にわたる彼らの仕事を紹介していきます。

◆映像作品に込められたクエイ兄弟の思い

クエイ兄弟 デコール《この名付け難い小さなほうき》1985年

クエイ兄弟 デコール《この名付け難い小さなほうき》1985年

(籾山昌夫さん)次に、『ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋』の翌年、1985年に作られた映像作品『ギルガメッシュ叙事詩を大幅に偽装して縮小した、ハナー・ルウスの局長のちょっとした歌、またはこの名付け難い小さなほうき』を採り上げます。長いタイトルです。今回の展覧会の前まで、日本では『ギルガメッシュ/小さなほうき』として紹介されていました。しかし、これは省略すると映像作品に込められた意味が解からなくなってしまいます。作品の冒頭に現れる数字は、クエイ兄弟のパスポート番号で、ふたりは1983年頃に、パスポートの期限が切れたために不法滞在者となり、移民局に呼び出されて、国外退去を命じられました。移民局が入っていたのが、ロンドン郊外にある「ルナー・ハウスLunar House」という巨大なビルです。タイトルの中の「ハナー・ルウスHunar Louse」というのは、この先頭の1文字を入れ替えたものです。この物語は宙に浮いた箱のような場所で展開し、周囲は真っ暗な空間です。おそらく、これはイギリスという島国を表しています。この映像作品の後半には、主人公がコオロギをその真っ暗な空間に捨てる場面がありますが、それは単に無邪気な子どもがコオロギを捨てるというのではない、別の意味があります。

クエイ兄弟『ギルガメッシュ叙事詩を大幅に偽装して縮小した、ハナー・ルウスの局長のちょっとした歌、またはこの名付け難い小さなほうき』1985年

クエイ兄弟『ギルガメッシュ叙事詩を大幅に偽装して縮小した、ハナー・ルウスの局長のちょっとした歌、またはこの名付け難い小さなほうき』1985年

コオロギを捨てるこの場面、背景に「Pepek」という文字があります。これが重要です。このアングルは意図的に撮られているのです。そして、「名つけ難い小さなほうき」とは、三輪車に乗ったこの奇妙な主人公です。ちなみに、映像では白目ですが、デコールでは黒目があります。この人物は、一昨年、亡くなったイギリスのロック・スター、デヴィッド・ボウイに似ているかもしれません。クエイ兄弟と同じ1947年生まれのボウイは、クエイ兄弟にとって、成功したイギリス人芸術家の象徴であったでしょう。

クエイ兄弟 デコール《この名付け難い小さなほうき》1985年 部分

クエイ兄弟 デコール《この名付け難い小さなほうき》1985年 部分

この映像作品では、コオロギの美しい鳴き声に誘われて飛んできたギルガメシュ叙事詩のエンキドウ、おそらくクエイ兄弟自身が、性的な誘いに乗って罠にかかり、おそらく「イギリス」を暗示するギルガメッシュから袋叩きにあう。現実では、クエイ兄弟がロンドンでアニメーション制作を始めたものの、およそ5年後に国外退去を命じる大英帝国は、「コオロギも用が済めば自然に返すことなく、捨ててしまう、そうした冷酷な場所だ」といったところでしょうか。

クエイ兄弟 デコール《この名付け難い小さなほうき》1985年 部分

クエイ兄弟 デコール《この名付け難い小さなほうき》1985年 部分

デコールの背景には「優雅な」カリグラフィで「ペペクPepek」と書かれています。「ペペク」とはチェコ語で「ポパイ」のことです。この文字の優雅さとは対照的に、第二次世界大戦中、ポパイはアメリカの敵を叩きのめす存在でした。

戦時ポスター《日本ナチスを叩きのめそう!今ここで戦争貯蓄切手を買おう!25セント切手1枚で弾丸12発》

戦時ポスター《日本ナチスを叩きのめそう!今ここで戦争貯蓄切手を買おう!25セント切手1枚で弾丸12発》

クエイ兄弟の作品で、「Pepek」という文字は、おそらく、国家の暴力を表しているのだと思います。彼らは国家の暴力を嫌っていました。クエイ兄弟がイギリスに留学した1969年までに、アメリカが参戦したベトナム戦争は激化して、若者を中心に反戦、厭戦気分が広がりました。1969年は、ヒッピー文化のひとつの頂点とされるウッドストック・フェスティバルが開かれた年です。クエイ兄弟は徴兵を避ける意味もあって、イギリスに留学しました。それから10年後にロンドンにスタジオを構えて、英国映画協会を始め、BBCやチャンネル4といったイギリスの放送局のために映像作品を作ってきたにも関わらず、国外に叩き出されそうになる。幸いにも、ある人物の取り成しで、国外退去は免れましたが、この事件が、クエイ兄弟にどれほどの衝撃を与えたことでしょう。

◆舞台デザインへの進出

『ギルガメッシュ叙事詩を大幅に偽装して縮小した、ハナー・ルウスの局長のちょっとした歌、またはこの名付け難い小さなほうき』は、もともとアニメーションと実写を組み合わせた作品として企画されましたが、資金不足から、アニメーション部分だけが完成されました。一方、俳優を使って劇場で撮影された実写部分には、バレエ振付師のキム・ブランドストラップが参加してました。人形を動かすことと、人間に振付すること、クエイ兄弟はそこに共通点を見出したのだと思います。ブランドストラップは、デンマークのコペンハーゲン大学で映画とメディアの研究をしましたから、クエイ兄弟の創作に理解があったのだと思います。ブランドストラップは、この3年後の1988年に、自らのバレエ公演『ディブック』の舞台デザインをクエイ兄弟に依頼します。それをきっかけに、クエイ兄弟はバレエ、オペラ、演劇の舞台デザインの分野に進出します。

オペラ『三つのオレンジへの恋』1988年

オペラ『三つのオレンジへの恋』1988年

残念ながら『ディブック』の舞台そのものを写した映像はありません。これは『ディブック』と同じ、1988年にクエイ兄弟が舞台デザインを手掛けた、リチャード・ジョーンズ演出によるプロコフィエフのオペラ『三つのオレンジへの恋』です。この布の襞や歪んだ窓枠、こうしたところに、クエイ兄弟らしさが認められます。

演劇『耳に蚤』1989年

演劇『耳に蚤』1989年

同じくジョーンズの演出による、ジョルジュ・フェドーの演劇『耳に蚤』の1989年の舞台デザインも、クエイ兄弟によるものです。この細かな縦の線は『ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋』にも見ることができます。

オペラ『マゼーパ』1991年

オペラ『マゼーパ』1991年

これもジョーンズの演出によるチャイコフスキーのオペラ『マゼーパ』の1991年の舞台デザインです。路面電車もクエイ兄弟が多用するモチーフです。

オペラ『世界の劇場』2016年

オペラ『世界の劇場』2016年

これは、昨年に初演されたオランダの作曲家ルイ・アンドリーセンの新作オペラ『世界の劇場』です。クエイ兄弟が舞台デザインと映像を提供しています。

ところで、ブランドストラップの振付によるバレエを、クエイ兄弟が監督した2000年の映像『砂男』では、人間が人形を演じます。ここに、クエイ兄弟が見出した「人形を動かすことと、人間に振付すること」の共通点を認めることができるでしょう。

クエイ兄弟『砂男』2000年

クエイ兄弟『砂男』2000年

◆クエイ兄弟の映像作品の特徴

クエイ兄弟の映像作品の特徴を確認しましょう。まずは、モノに近づいて撮影するクローズアップです。クエイ兄弟は、しばしば接写レンズを使って、対象を極端に拡大して撮影します。次に、人形などの不自然に速い動きです。本来であれば、アニメーションでは本物らしい動作を追求します。しかし、クエイ兄弟の場合は、あえて現実にはないような動きを映像に採り入れています。そして、音楽と映像との一致です。普通、映画やテレビ・ドラマでは、映像が準備されて、それに音楽がバックミュージックとしてつけられます。しかし、クエイ兄弟の場合は、音楽に合わせて映像を修正するため、映像と音楽がシンクロしています。これらの特徴を意識しながら、クエイ兄弟の映像作品を見ると面白いと思います。

クエイ兄弟 デコール《ブルーノ・シュルツ『ストリート・オブ・クロコダイル』》1986年

クエイ兄弟 デコール《ブルーノ・シュルツ『ストリート・オブ・クロコダイル』》1986年

「ストリート・オブ・クロコダイル」のデコールを見てみましょう。左上の部分と右下の部分を見ていきます。まず、左上にはシンバルを叩くサルの人形がありますが、映像で見た時とは違っていて、胴体から下が骨組みだけになっています。映像では、このシンバルが不自然なほど早く叩かれていました。
そして、デコールの右下にはネジが通り抜けた時計が組み込まれています。この時計の裏は機械仕掛けではなく、「肉」が詰まっていて、「非日常的」なものを表していました。そして、中央部分は、この映像作品のラストシーンです。このように「デコール」というのは、映像そのものの場面を再現したものではなく、異なる場面、時間を組み合わせて「映像の世界観」を表す独立した作品です。美術の専門用語で言えば、絵画の「異時同図」、異なる時間が同一の図の中にある状態です。
一方、クローズアップは『不在』で多用されています。

クエイ兄弟『不在』2000年

クエイ兄弟『不在』2000年

◆ミュージック・ヴィデオやCMの仕事について

さて、1986年の『ストリート・オブ・クロコダイル』がカンヌ国際映画祭の短編部門にノミネートされ、有名になったクエイ兄弟には、ミュージック・ヴィデオやテレビ・コマーシャルの依頼が来るようになります。クエイ兄弟はこれまでに、ミュージック・ヴィデオやテレビ・コマーシャルといった商業映像を、約40本制作しています。一方、それ以外の自分たちのオリジナルな映像作品は、約30本です。ここで言う「商業映像」というのは、映像を作る前に、音楽や商品があって、それらを宣伝する目的で作られるものです。クエイ兄弟は、こうした商業映像を作って得たお金で、自分たちのオリジナルな映像作品を作っています。
1990年にデビューしたアメリカの実験的ロック・バンド「His Name Is Alive(ヒズ・ネイム・イズ・アライヴ)」のミュージック・ヴィデオでは、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を参考にした映像と、音楽がよくシンクロしています。

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葉山の第3展示室には、このミュージック・ヴィデオに登場する女の子とウサギの人形を展示していました。クエイ兄弟が人形を調整し、ティモシーが靴下を履かせています。葉山では、ピンポン玉の代わりにウズラの卵を並べたいとクエイ兄弟が言い出して、僕が近くのスーパーで1パック10個入りを買ってきました。 

クエイ兄弟 パペット《ウサギ》1992年

クエイ兄弟 パペット《ウサギ》1992年

クエイ兄弟はコマーシャル映像も手掛けています。例えば、1996年にはのど飴「ロケッツ」のコマーシャル、1997年には除草剤のラウンドアップのコマーシャルも作っています。テレビ・コマーシャルは予算があるので、アニメーションのクオリティが高いと思います。クエイ兄弟は、1本のコマーシャルを制作すると、半年は自分たちの作品を作ることができたと言っていました。

◆長編映画について

最後に、クエイ兄弟の長編映画に触れておきます。彼らは、これまでに長編映画を2本作っています。1995年の『ベンヤメンタ学院、または人々が人生と呼ぶこの夢』と、10年後の2005年に作られた『ピアノ・チューナー・オブ・アースクエイク』です。ここで、『ピアノ・チューナー・オブ・アースクエイク』のデコールを見てみましょう。

クエイ兄弟 デコール《樵》2005年 部分

クエイ兄弟 デコール《樵》2005年 部分

樵の人形は、まだ斧を振り下ろしていないのに、すでに膝から血が噴き出ています。これも、デコールの特徴である、異なる時間を組み合わせた「異時同図」になっています。それにしても、なかなかの迫力です。この人形は、1988年の『スティル・ナハト―寸劇』、1990年の『櫛』にも登場する、クエイ兄弟の映像作品でひとつのキャラクターになっています。

クエイ兄弟『ピアノ・チューナー・オブ・アースクエイク』2005年

クエイ兄弟『ピアノ・チューナー・オブ・アースクエイク』2005年

アルノルト・ベックリン《死の島》1883年

アルノルト・ベックリン《死の島》1883年

『ピアノ・チューナー・オブ・アースクエイク』のラストシーンは、19世紀末の絵画に基づいています。スイスの画家アルノルト・ベックリンが繰り返し描いた《死の島》です。ベックリンは1880年から1886年まで5点の油彩画を描いていますが、ご覧いただいているのは3枚目、1883年の《死の島》です。アドルフ・ヒトラーの旧蔵品で、今はベルリンの旧国立美術館にあります。このように、アメリカ生まれのクエイ兄弟は、ヨーロッパの文化伝統に基づきながら、1979年以降、現在までロンドンで製作を続けています。

ロンドンのクエイ兄弟のアトリエ 2015年講演者撮影

ロンドンのクエイ兄弟のアトリエ 2015年講演者撮影

これはロンドンにあるクエイ兄弟のアトリエの打ち合せスペースです。後ろには実にたくさんの書籍が並べられていて、その間の小さな電球が光る、ごちゃごちゃとした、とても不思議な空間です。今にも、何かが動き出しそうな雰囲気です。こうした空間から生み出させるクエイ兄弟の不思議な世界を、後は会場で楽しんでいただきたいと思います。

講演会後の質疑応答でも多くの方から質問があり、クエイ兄弟の作品への関心の高さが伺われました。作品の解説をもとに映像作品や会場内に展示している人形を見ると、改めてその不思議な魅力に気づかされることでしょう。「クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム―」は5月7日(日)まで開催しております。是非、この機会にミステリアスな美の世界を堪能頂ければ幸いです。

【展覧会ページ】
クエイ兄弟 ―ファントム・ミュージアム―
2017/3/25 − 5/7

クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム―

オープニングイベント 上映会 & 講演会映像作家クエイ兄弟の今昔レポート1

現在、アルティアムでは「クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム―」展を開催中です。展覧会の初日には、関連イベントとして、神奈川県立近代美術館主任学芸員の籾山昌夫さんをお招きして「映像作家クエイ兄弟の今昔」と題した講演会をおこないました。当日の様子をレポートでご紹介します♪

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(籾山昌夫さん)皆さん、こんにちは。神奈川県立近代美術館の籾山です。三菱地所アルティアムで話しをさせていただくのは、11年前、2006年のシュヴァンクマイエル展でのギャラリートーク、2010年のノルシュテイン展での講演会に続いて3回目です。今日は、アルティアムの展覧会オープニング・イベントとして「映像作家クエイ兄弟の今昔」、過去と現在について話をします。この「クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム―」展は、昨年7月に私が勤める神奈川県立近代美術館 葉山で始まりました。

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こちらがクエイ兄弟です。葉山のエントランスで撮影しました。左がスティーヴン、右がティモシーの一卵性双生児です。同じ服装をしていると、なかなか見分けがつきませんが、しばらく話をしていると性格の違いが、よくわかります。右のティモシーが、このポースからもおわかりの通り、やんちゃで芸術家タイプであるのに対して、左のスティーヴンが落ち着いた理論家タイプです。ふたりとも日本で何でもよく食べましたが、ティモシーの方は、サザエのつぼ焼きの蓋を面白がって、ロンドンに持って帰りました。
さて、葉山では、このふたりに、展覧会会場で初めての公開制作をお願いしました。映像は神奈川県の公式サイトで公開しています。クエイ兄弟の最初の長編映画、1995年の『ベンヤメンタ学院、または人々が人生と呼ぶこの夢』に関連するデコールの再制作です。双子の息の合った様子がよくわかります。

神奈川県立近代美術館 葉山でのクエイ兄弟の公開制作 2016年7月23日

神奈川県立近代美術館 葉山でのクエイ兄弟の公開制作 2016年7月23日

クエイ兄弟 デコール《「粉末化した鹿の精液」の匂いを嗅いでください》中央部分 1995年

クエイ兄弟 デコール《「粉末化した鹿の精液」の匂いを嗅いでください》中央部分 1995年

デコールの中央部分は映画に登場しますが、本当に鹿のそれっぽい匂いがします。というのも、鹿の角は、ワシントン条約で日本に輸入できないため、葉山では北海道産の鹿の角を使いました。それをノコギリで頭骨から切り離したときに出た粉と岩塩を混ぜたものが中に盛られています。葉山では僕がその粉を刷毛で集めましたが、かなり生々しい匂いがしました。その時、クエイ兄弟は「粉を残しちゃダメ」と言って、必要な量ではなく、全部かき集めさせました。それは、ある種の儀式のようでした。

◆クエイ兄弟の学生時代

クエイ兄弟は1947年にアメリカ東海岸のペンシルヴァニア州、ニューヨークとワシントンDCのほぼ中間のノーリスタウンという町に生まれました。今年の6月で70歳になります。ふたりは18歳でフィラデルフィア芸術大学に入学し、イラストレーションを勉強しました。最初からアニメーションを勉強したのではありません。ただ、20歳頃から16ミリ・フィルムで切り紙アニメーションを撮っていました。「切り紙アニメーション」とは、人やモノの形に切った紙を少しずつ動かしながら、撮影するアニメーションです。

クエイ兄弟『おとぎ話』1968-69年頃

クエイ兄弟『おとぎ話』1968-69年頃

これが、クエイ兄弟の最も早いアニメーション『おとぎ話』の静止画像です。残念ながら、クエイ兄弟は学生時代の映像作品を、動画としては見せてくれません。
1967年に、クエイ兄弟は通っていたフィラデルフィア芸術大学で開催された「ポーランドのポスター芸術展」を見て、ヨーロッパの芸術文化に強い関心を持つようになります。

「クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム―」展 三菱地所アルティアム

「クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム―」展 三菱地所アルティアム

三菱地所アルティアムの展覧会のこれらのポスター5点は、クエイ兄弟の作品ではありません。それ以外はすべてふたりの作品です。私が勤めている神奈川県立近代美術館は、1950年代から1980年までのポーランドのポスターを約300点収蔵しています。これらはその中から、クエイ兄弟が影響を受けたポスターを、彼ら自身に選んでもらったものです。その内の1点は、ヤン・レニーツァが1964年に描いたアルバン・ベルクのオペラ『ヴォツェック』のためのポスターです。レニーツァはポーランドのポスター・デザイナーであると同時に、『迷宮』などの作品で知られるアニメーション作家でもあります。クエイ兄弟は1969年に、フィラデルフィア芸術大学を卒業して、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進学します。このロンドンの大学院でも、クエイ兄弟は当初、イラストレーション学科で勉強していました。ただ、この学校には映画テレビ学科があって、その機材を使って、彼らはアニメーションを作るようになります。実際には、学科を移っているようです。

クエイ兄弟『宙返り』1971年

クエイ兄弟『宙返り』1971年

これはクエイ兄弟が1971年に作ったアニメーション『宙返り』の静止画像です。これも、平面的な切り紙アニメーションで、まだ人形アニメーションではありません。しかし、映画テレビ学科で、キース・グリフィスと知り合ったことは重要で、約10年後にクエイ兄弟とグリフィスはロンドンに共同でスタジオを設立することになります。イギリス人キース・グリフィスも1947年生まれ、クエイ兄弟と同い年です。今では、世界的な映画プロデューサー、映画監督です。クエイ兄弟の多くの作品のプロデューサーであり、チェコのヤン・シュヴァンクマイエル監督の『オテサーネク』(2000年)やカンヌ国際映画祭でパルム・ドールをとったタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『ブンミおじさんの森』(2010年)などのプロデューサーです。
さて、1972年にロイヤル・カレッジ・オブ・アートを卒業して、フィラデルフィアに戻ったクエイ兄弟は、雑誌の挿絵や表紙を描いて生活していました。葉山では、クエイ兄弟がデザインした本の表紙などを相当数、展示しました。ただし、そのすべてが出版されたわけではありません。

クエイ兄弟 架空の書籍の表紙デザイン《MISHIMA》1971年頃

クエイ兄弟 架空の書籍の表紙デザイン《MISHIMA》1971年頃 Courtesy of Museum of Modern Art,New York

ひとつ例を挙げるならば、この《MISHIMA》は、実際の本ではなく、自分たちが読んだものに対して、クエイ兄弟が勝手に考えた表紙のデザインです。三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺をしたのは、この前の年、1970年です。クエイ兄弟にとっても、衝撃的な事件であったのでしょう。また、クエイ兄弟は、自分たちが読んだ戯曲に基づいて、架空の演劇公演のポスターも作っています。

クエイ兄弟 架空の演劇のポスター原画『カスパー』(ペーター・ハントケの1967年の戯曲)1980年頃

クエイ兄弟 架空の演劇のポスター原画『カスパー』(ペーター・ハントケの1967年の戯曲)1980年頃 Courtesy of Museum of Modern Art,New York

これは少し時期が下りますが、ペーター・ハントケの戯曲に対して、実際には存在しない演劇公演のポスターをデザインしたものです。

◆イラストレーションから映像作品へ

クエイ兄弟《憎悪を行使する恋人》1975年頃

クエイ兄弟《憎悪を行使する恋人》1975年頃 Courtesy of Museum of Modern Art,New York

一方で、クエイ兄弟は、1975年頃に「黒の素描」と呼ばれる鉛筆のドローイングを描いています。これはそのひとつ、《憎悪を行使する恋人》です。ここでは鉛筆を何度も往復させて、背景を真っ黒に塗りつぶしてしています。この絵は、今から4年前の2013年にポーランドの作曲家ヴィトルト・ルトスワフスキの生誕100年を記念して作られた映像作品に出てきます。

クエイ兄弟『ヴィトルト・ルトスワフスキ 弦楽四重奏曲』2013年

クエイ兄弟『ヴィトルト・ルトスワフスキ 弦楽四重奏曲』2013年

この映像作品では、ルトスワフスキが1964年に作曲した弦楽四重奏曲に、クエイ兄弟が光と影の効果を加えながらアニメーションと実写を組み合わせています。これもペーター・ハントケの1992年の戯曲『私たちがたがいに何も知らなかったとき』をイメージしています。このように、クエイ兄弟の映像作品には、古い作品が頻繁に再利用され、今と昔がしばしば混じり合います。また、クエイ兄弟の作品には実写が多く、必ずしもアニメーション作家という範疇では収まりきれません。
さて、クエイ兄弟が本格的にアニメーションに取り組むのは、先ほどのキース・グリフィスに再会して、3人がロンドンにコーニンク・スタジオという拠点を構えた1979年以降です。スタジオの名称は、クエイ兄弟とグリフィスがアントワープで飲んだビール「デ・コーニンク」にちなんで名付けられました。クエイ兄弟がプロの映像作家として作った最初のアニメーションは、英国映画協会の依頼による1979年の『人工の夜景―欲望果てしなき者ども』です。これは、人形アニメーションですが、「黒の素描」の《ラボネキュイエール城》が用いられています。

クエイ兄弟『人工の夜景―欲望果てしなき者ども』1979年

クエイ兄弟『人工の夜景―欲望果てしなき者ども』1979年

クエイ兄弟《ラボネキュイエール城》1975年頃

クエイ兄弟《ラボネキュイエール城》1975年頃 Courtesy of Museum of Modern Art,New York

◆ヤン・シュヴァンクマイエルからの影響

この5年後の1984年の『ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋』は、キース・グリフィスが監督したチャンネル4のためのドキュメンタリー番組のアニメーション部分をクエイ兄弟が担当し、それをまとめたものです。『ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋』は、アメリカ人の少年が、チェコのプラハに住んでいるアニメーション作家を訪ねて、教えを受けるという内容です。実際にクエイ兄弟とキース・グリフィスは、制作の前年、1983年にプラハのシュヴァンクマイエルのスタジオを訪問しています。

クエイ兄弟 デコール《プラハの錬金術師》1984年

クエイ兄弟 デコール《プラハの錬金術師》1984年

アルティアムの会場に入ると、この映像作品のデコール《プラハの錬金術師》があります。「デコール」というのは、映像作品で実際に使った人形などと背景の舞台装置を組み合わせたボックス・アートのことです。
細かな縦の線が特徴的な空間の中央に、シュヴァンクマイエルがいます。頭も胴体が本、両腕はコンパスになっています。その右にいる少年はクエイ兄弟を表しています。テーブルの上にあるのは、少年の頭からシュヴァンクマイエルが引き出したものです。デコールでは、櫛と髪の毛、緑色の自動車、そしてピストルです。映像作品では、赤いオートバイが出てきます。いずれにしても、これらはクエイ兄弟の母国、アメリカを象徴しています。
手前のプレートには、「シュヴァンクマイエルの部屋、プラハの映画錬金術師」と記されています。

デコール《プラハの錬金術師》部分

デコール《プラハの錬金術師》部分

机の下には本が並んでいて、左には1974年に刊行された、ドイツの小説家フィヒテの『思春期についての試み』があり、その右には、順にルドルフ2世、ロートレアルモン、カフカ、ネズヴァル、ポー、カレル・タイゲ、ルイス・キャロル、ブルトン、アルチンボルドという、プラハやシュルレアリスムに関係する詩人や芸術家の書籍が並んでいます。デコールの右壁にはアルチンボルドの絵による「トリック・アート」と、その手前にはプラハ城のペーパー模型があります。

デコール《プラハの錬金術師》部分(背景右の窓)

デコール《プラハの錬金術師》部分(背景右の窓)

背景右の窓から覗くネオンサイン「スタロプロメン」は1869年創業のプラハのビール醸造所です。左の窓から覗く赤いネオンサイン「ルデー・プラーヴォ(赤い真実)」は、チェコスロヴァキア共産党の機関紙のことで、今でも民間の新聞社によって継続されています。このように、クエイ兄弟のデコールには、細部にこだわりがあります。

◆「24分の1秒の授業」とは

次の場面では、シュヴァンクマイエルが少年にアニメーションの作り方を伝授します。章タイトルは「子どもは24分の1秒の授業を受ける」です。シュヴァンクマイエルやクエイ兄弟の映像作品は、「ストップモーション」あるいは「コマ撮りアニメーション」と呼ばれます。切り紙アニメーションも人形アニメーションも、コマ撮りアニメーションの一種です。切った紙を動かして撮影すれば「切り紙アニメーション」、人形を動かせば、「人形アニメーション」または「パペット・アニメーション」と言います。ところで、このコマ撮りアニメーションでは、切り紙や人形などを少しずつ動かして、彼らの場合は、1秒間に24コマ、24枚の写真を撮って、それをパラパラ漫画のようにして映像を動かします。つまり、1コマが24分の1秒ですから、たった1分の映像を作るのに、1440回も人形などを動かして、カメラのシャッターを切っています。今はデジタルカメラがありますから、撮った映像をすぐに確認できますが、当時はデジタルカメラがありません。クエイ兄弟がデジタルカメラを使い始めるのは、2005年頃です。人形などをちょっとずつ動かして、24分の1秒ずつ撮影する、こうした気の遠くなるような作業によって、彼らは映像作品を作っていました。「24分の1秒の授業」とはこのことです。最後の場面は、シュヴァンクマイエルが少年の頭の中に、真実を見る目を入れ、知識としての本を挿し込みます。少年は感謝して帰ります。
『ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋』では、シュヴァンクマイエルの1967年の映像作品『自然の歴史』や1968年の『部屋』の音楽が使われています。それらはズデニェク・リシュカによるものです。そして、このクエイ兄弟の映像作品『ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋』は、日本にシュヴァンクマイエルその人を紹介した点でも重要です。

レポートは第二回目に続きます!

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安野光雅のふしぎな絵本展

遊び×芸術×科学 トークイベントレポート2後編

九州大学芸術工学研究院連携企画

「現代においては、過去を考えることが、未来を考えることよりも、より自由な気がする」と題した、アーティストの八木良太さん、城一裕さんによるトークイベントのレポート後編です。大学で教えるという立場にいらっしゃるお二人が、学生さんたちとおこなっているプロジェクトに関するお話などが続いていきます。第1回前編後編、第2回前編とあわせて是非お読みください。(※本文は、本イベントのトークを一部抜粋・編集したものです。)

 (八木さん)今の学生は、コンピュータの中の世界に生きてるなと思うときがあります。それで、大学の授業では、19世紀の発明品を学生に再現してもらうプロジェクトをやっています。19世紀の発明品って身の回りにあるもので作れる、単純なものが多くて。学生たちはいわゆる古いテクノロジーに触れたことがない子がいっぱいいるんですけど、そういう子たちと万華鏡やメトロノームを作ったり、写真の古典技法をやったりしています。魚焼きの網をくっつけたトースターを作ってる女の子がいたり。

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(城さん)どういう風に八木さんは関わっているんですか?

 (八木さん)緒にやってみる。トースターを分解したものを100Vの電源に突っ込んでバチンってなって煙出すとか。失敗も共有するような感じです。あとは発明の背景を調べてきなさい、とか、画像を検索して提出しなさいということを挟みながら、授業を進めています。
この授業のプロジェクトもそうですが、新しいものを作ることよりも、昔のことを見つめる作業自体が重要になっています。同時に、クワクボリョウタさんや城さん、みなさんが興味のある眼差しの向かう先が同じような気がしています。

 (城さん)このトークがはじまる前に、まさにその話をしてましたよね。お互いの興味の方向性が似ているのはなんでだろうって。次回のゲスト・アーティストのクワクボさんは、初期はガジェットやデバイスアートと呼ばれるような電気で動くピカピカするような作品を作っていました。が、今ではまったく別の作品を制作している。僕も元々はMAXというソフトを使ったプログラミングとか、色々コンピュータを使ったり、デバイスを作ったりしていたんです。
2000年代前半くらいまでは、それまでできなかったことができるようになった面白さがあった。でも今はコンピュータを使えば、いろんなことができちゃうのがもう自明で。あまりにも自由度が高すぎて、かつ、人とお金をかければかけるほど良くなっていくのがわかる。そこに一人で立ち向かうのは厳しい。それよりは一人でできることを興味の赴くままに進んでいって、ちょっと頓知を利かせて。それによって違うものを生んでいこうとする方向性が、個人ベースでやっている人たちには共通してあるのかな、と。

 (八木さん)僕は技術がそんなにないのでテクノロジー=なんでもできちゃうというほどではないですね。でも、身体感覚を取り戻すような感覚が、昔のテクノロジーにはあるかな。たとえば、活字は大量にある中から文選して、組んでいく。それで辞書を作るなんて、途方もない作業ですよね。今では考えられないような労力。そこに、不思議な感じがあって。

 (城さん)コンピュータってなんでもできちゃうと言える一方で、何してるかわかんないブラックボックスになっている部分があって。コンピュータを使った展示で時々ある感想が「なんだかよくわかんないですけど、すごいですね」って。それまったく褒め言葉じゃないんですよね。わかんないのすごいって言うなよっていう。

 (八木さん)すごく無責任な感じですよね。

 (城さん)そう。そう言われてしまうことへの悔しさがあって、「車輪の再発明」があるんです。レコードだと溝も見えるし、音が出る原理も知られている。おじいちゃんが見ても「わかんない」とは言わせないというのがあって。

 (八木さん)種も仕掛けもありませんっていうのを見せるほうが、不思議さがより強く伝わりますよね。わからないものを隠しておくのって、不思議さが意外と浅い。レコードの、あの溝の形から音が出るって不思議さは、掘り下げても掘り下げても全然魅力が損なわれない。面白さっていうのがずっと持続する感じがあるんです。

 (城さん)とはいえ、学生とやっていて危惧していることもあって。こちらとしては、コンピュータがなんでも出来てしまうブラックボックスという前提のもとに、そうではないやり方の話をしている。でも、学生たちは、ともすると、プログラミングをやらない、つまりコンピュータのことを理解しないままに、いきなり紙のレコードを作ることになる。それはそれでおもしろいことなんだけど、なんか、それでいいとは言えないよなあって。

 (八木さん)コンピュータのこともしっかり知って欲しいってことですよね。平等にメディアを眺めることができる位置にいたい。新しいものを否定するわけじゃなくて、そっちも好きだけど、こっちも好き、みたいな。

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(城さん)ありえたかもしれない未来をつくる。そのベースには、多様性が高い方がよいというのを信じているところがあります。

 (八木さん)僕も同じですね。やっぱりいろんなものがあった方がいい。

 (城さん)予想していないものがある方がいい。さきほどjohnsmithくんの磁石を耳につけて、コイルを近づけて音が出る装置。これ、話だけを聞いたとき、いやいや、柔らかい耳に磁石をつけても鳴らないよ、無理だよって僕は言ったんです。でも、さんざんバカにしたあとに、実際にやってみたら、かなりよく聞こえた。

 (八木さん)予想を裏切られる結果に快感を覚えてやっているところってありますよね。僕の氷のレコードも、その当時一緒に住んでいたミュージシャンには「そんなん鳴るわけないよ」って言われてた。だから聞こえたときにびっくりしていて、僕自身もびっくりしてすごく印象的だった。
いい職人や専門家って、好奇心が強いから、僕の作品なんかも面白がってもらいやすいですよね。だから、技術者の人に作品を見せると盛り上がったりする。
VHSの技術者の人に話を聞く機会があって、さっきのカセットテープの球体の作品をビデオテープでやりたいって話をしたら、面白がってくれて。でも、結局は「それで再生するのは無理」って向こうから言われちゃったんです。「ビデオテープは回転の角度がすごく厳密に決まっていて、適当に合わせるだけでは映像は出ません」って。
がっかりして帰って、その1-2年後にクワクボさんに相談したんです。そうしたらクワクボさんは「できるよ」って。赤、青、緑のコンポーネント端子のうちの緑のやつをだましたらできるよって。で、やってみたらできたんです。ノイズパターン見たいなのが出た。技術者の常識の中での再生っていうのは元のテープに入っている画像が出ることだったんだけど、クワクボさんは僕の考える再生というものを、理解してその場でぱっと答えを出してくれた。異分野の人と話をするっていうのは、すごく楽しいというか。たとえ否定されたとしても面白いし、否定されてもアーティストとして受け入れてもらえた気がする。創造的な誤解や誤読が起きやすいんですね。

 (城さん)異分野に行って、プラスαというか、その分野の人たちに取ってもびっくりするようなことをもたらすのが、大事かもしれませんね。

(八木さん)向こうの人からしたら、これでも再生って言うんだっていうのが目からウロコってなってほしいです。

 (アルティアム・笠井)「車輪の再発明」プロジェクトや、八木さんが学生さんとされた、19世紀の発明をもう一度作るっていうものは、いじわるな見方をすると「これはアートなの?なんなの?」という話になると思うんです。学生さんや周りの人たちはどういう反応をしていますか?

 (城さん)それはすごく意識しています。車輪の再発明では先程のレコードのような作り方自体は作品ではなく、技法って言い方をしていたんです。その技法はwebで公開したり、各々ワークショップで共有したりしていて。その上で、それらの技法を使って何を作るか考えてできたものは「作品」と呼んでいました。このヘッドフォンみたいなやつで言うと、スピーカーを磁石とコイルに分解するところまでが技法、分解したものを使ってつくったこの装置は作品としています。こういうように作品を作る、っていうことを二段構えの構造で捉えられないかなと思っています。というのも、特にメディアアートでは、作り方と作られたものがごっちゃになっていて。作り方がすごいだけなのに「作られたもの」の方がすごいってなっていたり。その逆もあったり。このことを切り分けて議論してみたいと言うのが一つの動機です。うまくいっているかは、わかんないんですけど。

(八木さん)でも成果が出てるんじゃないですか?学生がどう思ってるのかはさっぱりわかんないです。表現するというところが、すなわち、アート作品、みたいに考えていたりする人がいるんですけど、僕としてはそこは大きな罠で。表現しようとするとあまり良いものができない気がしていて。せいぜい、あるものの中から選ぶというくらいが良い気がしていて。さっきの発明品のリストから選ばせたのもそういうことに近いです。
さっきの「メタ考古学」のときの御影石を切ってくれた石屋さんが関ヶ原にあるんです。京都から2時間くらいかかるんで、その往復するくらいだったらと、電話で「お任せするので良い感じで切ってください」っ言ったんです。「いや、そんな勝手なことをできません」って(笑)。でも、なんとか切ってもらったら、よかったんですよ。僕が意図的に形を選ぶと、たぶんあんまりよくなかったと思うんです。やっぱり学生には作る自由さみたいなものはあまり与えない方が良いのかなと思っていて。再現するとか、トレーニングみたいなものの方が、可能性あるような気がするんですよ。「好きに作って良いよ」っていうと、だいたいあんまり面白くなくて。

 (城さん)それはそうかもしれないですね。デザインの世界ではよく言われることですが、制約がある方がものは作りやすい。それと近いものがあるかなと。
でも、さっき笠井さんが言ったみたいな、それが作品になるのかならないのか問題っていうのは、つきまとう。

 (八木さん)あんまりそれで定義しにくいところではありますね。アーティストか技術者か研究者かって話とも重なりますけど、ジャンルを分けるのってその人の態度じゃないですか。作品って言ってもたいしたことないのに作品っていうときもあるし、すごいものが作品かっていうとそうじゃないと思うんです。そこの線引きは話していてもうまく問題が解決しない感じはしますね。

 (城さん)アーティストか技術者か研究者か、というのが態度の問題というのはわかる気はします。ただ、自戒を込めてでもあるんですけど、僕も作品を展覧会に出すこともあれば、ライブパフォーマンスをすることもあるし、論文を書くこともあって。全然違うことをするわけではなくて、ごく単純に言うと、全部紙のレポートでそういうことをすることもできる。ジャンル分けっていう考えとはちょっと違うように捉えた方がいいんじゃないのかな。

(八木さん)城さんは特にアウトプットのチャンネルが多いですよね。作品でも、論文でも。中心に揺るがないものはもちろんあって、それを人に伝える、表現するために、いろんな手段を持っている。それってやっぱり豊かなことかなと思います。

 (城さん)同時に気をつけないといけないと思っていることもあって、研究の方で作家のふりをしたり、作品の方で研究なんでって言っちゃうと、イソップ物語のコウモリみたいになっちゃって、どこから見てもどっちつかずという残念な方向に行く危険性がすごくあるんです。

 (会場より質問)芸術や美術作品における評価はどのように考えていますか?

 (八木さん)すごい質問ですね。絶対的な評価っていうのは僕はうまく答えられないです。僕の中では「悔しいかどうか」ですね。「うわっこんなことやられた、ちきしょー」っていうのがあると、芸術的価値の高い作品だと思っています。

 (城さん)自分の側からする評価としては、少しアカデミックなやり方になりますが、過去の関連しているものとの対比で位置づけていくという方法があると思っています。いわゆる数値の評価の代わりに、前にあったものはこういうもので、それに対してここで作ったものはこうなっている、と。それは、作品の良さについて数人の被験者を対象に評価実験をするよりは正しいと僕は思っています。

 (八木さん)それは新規性ということですか?

 (城さん)新規性というか、オリジナリティかな?

 (八木さん)そこはちょっと悩んでるとこなんですよね。オリジナリティがあるって言っていいのか。昔先生に言われたことなんですけど、お前の考えているようなことは既に世の中にあると思って制作をしないと、作品なんてつくれない、と。実際、氷のレコードもスウェーデンかどこかのバンドが作ったりしてるし。だから、すごく足元グラグラします。その辺のこと考えると。

 (城さん)違う言い方をすると、それ自体のオリジリティを求めるというよりも、作品の位置づけの仕方に求めていくというか。

 (八木さん)ある人は音楽の文脈に位置付けるかもしれないけど、僕は美術の文脈でいくというか。

 (城さん)自分の言葉(論文)で自分の作品について説明できれば、研究と言えるのではないでしょうか。自分の作品について自分なりの歴史を編んで、破綻のないように見せればいいんじゃないかなと思うんです。じゃあお時間ですね。

 (八木さん)ぴったりですね。

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安野光雅のふしぎな絵本展
2016/7/9 − 8/28

安野光雅のふしぎな絵本展

遊び×芸術×科学 トークイベントレポート2前編

九州大学芸術工学研究院連携企画

「現代においては、過去を考えることが、未来を考えることよりも、より自由な気がする」と題した、アーティストの八木良太さん、城一裕さんによるトークイベントのレポート前編です。シリーズ全体についてはこちらを是非お読みください。(※本文は、本イベントのトークを一部抜粋・編集したものです。)

(アルティアム・笠井)「安野光雅のふしぎな絵本展」とこのトークの関連性なんですけれども、芸術であると同時に、科学へのまなざしというのが非常に特徴的な作家さんで、幅広い学識に裏打ちされた作品を作られています。そのことを出発点に、芸術と科学、遊びなど領域横断的に、今、活躍している方をお招きして、その活動を伺っていくというトークシリーズ企画です。今回お招きした八木良太さんは神奈川県民ホールギャラリーで2014年に開催された個展のタイトルが「サイエンス/フィクション」でした。「ふしぎ」という言葉で切り取ってみても、お二人の創作には、根っこの方で通じるものがあるのかなと思っています。

(城さん)今回は、その「サイエンス/フィクション」の話や、さらに、最近八木さんが東京のギャラリー・無人島プロダクションで開催された個展「メタ考古学」を受けつつ、その解説に書かれていた言葉であり今回の企画名でもある「現代においては、過去を考えることが、未来を考えることよりも、より自由な気がする」について話していきたいと思います。この言葉は、安野さんの初期の作品、僕らが子どもの頃に見ていた絵本をいま、あとがきと共に読み返す、ということに通じるものがあると思っています。
今日は八木さんから作品の紹介をしていただいた後、僕から「車輪の再発明」というプロジェクトのことをお話しします。そして、「phono/graph」という八木さんと他のメンバーと一緒にやっている活動を紹介します。その後は会場の皆さんも交えて、過去と未来を考えていきましょう。

(八木さん)八木良太です。今日は宜しくお願いします。
私は普段、現代美術というフィールドで、主にサウンドやメディアを扱って作品を制作しています。自己紹介がわりに、普段作っている作品のスライドを見せながら紹介していきます。まず、2005年に一番最初に作った作品がこれでした。氷で作ったレコードを制作しました。これはシリコンゴムでレコードの型取りをして、レコードの代わりに水を入れて冷凍庫で凍らせたものを、プレーヤーでかけると、ちゃんと音楽が流れるんですね。

こんな感じで結構クリアに音が流れるんです。これを発見したときにすごくびっくりして。レコードっていうのは、溝をひっかくと音が出るんですね。その音がどこから来るかということがすごく不思議で。その不思議ということをベースにいつも作品を作っている感じです。
次は、カセットテープの球体です。

ノイズみたいな音が鳴っていますが、これは球体に巻いたカセットテープが出している音なんです。プレーヤーって言ってるんですけど、玉を回転させる台を作って、磁気ヘッドというカセットデッキから取り出したヘッドでこすって音を出しています。元々の音を再現するのは極めて難しいです。放っておくと、球の回転する道筋は変わっていくので、始まりも終わりもない。普通はA面、B面があって、直線的に時間が流れていくのに対して、球体にすることでぐちゃぐちゃに混ざる。重なったり、方向も変わったりします。

Animated Clock

Animated Clock

このAnimated Clockは、安野さんのイメージに近いと思っている作品です。フェナキストスコープ、驚き盤とも呼ばれる、アニメーションの原型のようなものです。時計の文字盤を反転させて、スリットから鏡をのぞいてみると、文字盤の数字が回転して、アニメーションに見えるんですね。ただの文字盤に秘められていた動きが可視化されるような作品です。作品の紹介は、こんな感じで。

(城さん)ありがとうございました。次に、僕が今年の春までいたIAMAS(情報科学芸術大学院大学)でおこなっていたプロジェクト「車輪の再発明」を少しご紹介します。

メディア考古学 パーソナルファブリケーション

このプロジェクトは、第3回のゲストでお呼びするクワクボリョウタさんとも一緒にやっていたプロジェクトです。「メディア考古学」と「パーソナル・ファブリケーション」をキーワードとしています。ここが八木さんと共通する、過去を見るというものかなと思っています。
この2冊が各々を代表する書籍なのですが、両方とも読むと色々インスパイアされる本です。まず「メディア考古学」というのは、考古学、すなわち歴史を遡って研究する対象を「メディア」というものに特化させたものです。この10数年、インターネットより具体的にはgoogleのサービスのお陰で、いろんなメディア、例えばビデオや、カセット、プロジェクターなど、の歴史がすごく遡りやすくなってきていて、いろんな知見が明らかになっています。これは、作品を作る側から見ると宝の山のようにも見えます。一方、ファブリケーションとよばれる世界では、3Dプリンタなどの、コンピュータと組み合わせてものを作るツールというのが非常に気軽に扱えるようになった。今までは、工業製品は型を作って、大量に作ってこそコストに見合うものだった。でも、これからはむしろ、小ロットのものをたくさん作る。個々人が必要なものを作っていくという多品種少量生産のほうが理にかなうのではないか。ということが社会的な流れになりつつあります。この作ろうと思えばかなりのモノが作り出せるという状況と、あり得たかもしれないメディアの可能性を示してくれる「メディア考古学」はすごく相性がいいのではないか、と思ったのがプロジェクトの出発点です。
具体的に、学生と一緒にプロジェクトをやってきた中からの成果をいくつか紹介しますね。まずは、ここに実物があるコイルと磁石に分解されてヘッドフォンのような形になっているスピーカー。

学生作品

これはjohnsmithくんという学生の作品なのですが、丸いのがコイルで、この先につながっているステレオのミニジャックをiPhoneなんかにつないで、白い布で覆われた磁石を耳にくっつけてコイルを近づけると音がなるんです。原理としてはコイルに音声信号(電気)が流れることで磁界が変化して磁石が振動する、その振動が耳に伝わることで音として聞こえる、ということで、物理としては当たり前のことが起きているだけなんですけど、体験としては結構意外なんですよね。その他には、クワクボさんを中心に、印刷の技法である網点や写植というものを高輝度のLEDを組み合わせて、別種のプロジェクションの技法を作るということもしています。
これは僕がphono/graphに参加するきっかけにもなったものなんですけど、紙や木、アクリルで作る(予め吹き込まれた音響のない)レコードってのがあります。八木さんの氷のレコードとは、作り方がちょっと違っていて、普通、レコードは音が鳴っている状態を針に伝えて、そこから原盤を作って、その型を取ってという原理でできますが、僕の場合は、音の代わりにAdobeのIllustratorというグラフィックのソフトを使っています。このソフトのジグザグっていう機能を使って、直接波形を絵として描く。描いた絵をペーパーカッターやレーザーカッターという機械に送って、紙や木、アクリルを刻む。そしてレコードプレーヤーにかけると、音がなる。こういう仕組みで作っています。文字通りにはそもそもレコードは「記録」という意味ですよね。でも、このレコードの場合は音が記録されているのではなくて、絵しかないところから音が出るんです。レコードとは言っているけれどレコードではないとも言えるのではないかなあと。で、このようなメディアの別な可能性を実際にものとして作ることって先程お話したような技術的な環境があることですごくやりやすくなってきています。高輝度なLEDだって、せいぜいここ10年くらいのもの。さっきの磁石も1980年代に出てきたネオジムという強力なものです。その意味でレコードも含め、僕らがやっていることは100年前ではできなかっただろうな、と。この、今じゃないと作れない、違う今という、そこに面白さを感じています。

(八木さん)phono/graphっていう活動について補足しておくと、城さん、デザイナーの鈴木大義さん、ニコール・シュミットさん、デザイナー・アーティストユニットのsoftpad、intextの方たちと一緒にやっていて、アーティストの藤本由紀夫さんが発起人です。すごく領域横断的で、アートの人もいれば、デザインの人もいる。城さんみたいに研究者でもある人も。様々な分野の人が入り混じって、みんなでわいわいやって。それこそ、「遊ぶ」感覚に近いです。集まって実験しながらプロジェクトを進めていく。テーマは、音、文字、グラフィックで、その三者の関係性について考えるプロジェクトです。phonographはそもそもエジソンの発明したレコードプレーヤーのことなんです。昨年、レコード自体を作ってしまうという城さんの存在を聞きつけて、じゃあ、この人にはちょっと入ってもらわないとまずいよな、と一番最近入ってもらいました。
先ほどの「車輪の再発明」もそうなんですけどphono/graphも古いものを見つめるという姿勢を大事にしています。最新のテクノロジーももちろん好きなんだけど、「平たく見る」というか。
メディアアートって随分誤解されているような時期があって、今でも誤解され続けているかもしれない。プロジェクターを使って、最新のテクノロジーでインタラクティブなものがメディアアートとイメージされてしまっている。そもそもメディアアートって、言葉自体を考えたときに、メディアそのものについて向き合わないといけないと思うんです。でも、ついついそれを忘れて、テクノロジーにばっかり固執しちゃう。そうはなりたくないと思っています。僕はメディアって、何かを乗せて運ぶ装置のようなものだと捉えています。石に何かメッセージが書いてあれば、石はメディアだと思うし、馬だったり、船だったり、Emailもテレビも手紙も。そういうものを平たく見ることができないと気持ち悪い。phono/graphの活動はそのあたりがうまくバランスがとれていて、エキサイティングなプロジェクトです。
さっき「メディア考古学」というキーワードを城さんが話されていましたが、僕がつい最近開催していた個展のタイトルは「メタ考古学」でした。そこで展示していた作品は、ランダムドットステレオグラムという昔の裸眼立体視のテクノロジーを応用しています。特別なメガネをかけなくても平面が立体に見えるという方法ですね。一昨年に世界遺産を巡って作品を作るという不思議な展覧会に誘われまして、イタリアのValcamonicaという谷にある遺跡に行ったんです。そこには1万年から3000年くらい前の人たちが掘った絵柄がいっぱい残ってるんです。その図像をモチーフに、石にランダムドットステレオグラムのパターンとして貼り付けました。立体視するとさっきの図像が浮かび上がって出てくるという作品です。ランダムドットステレオグラムのパターンが石の模様みたいなんですね。アクリルでカバーしてみると、御影石のピカピカに磨いたような質感になるんです。それを立体視すると、崖に掘られた仏様の絵だったり、アルファベットの元になったものだったりが浮かび上がる。あとは「発掘」ということで、砂を掘って行って音を掘り当てる作品も作りました。どれも考古学的な手法を参照しながら作品を作っていきました。

(城さん)冒頭でも少し触れましたが、その個展「メタ考古学」に寄せられた言葉で、今回のトークのタイトルにもなっている「現代においては、過去を考えることが、未来を考えることよりも、より自由な気がする」、これについてもう少しお話を聞かせてください。

(八木さん)なんで今「考古学」なのかな、って考えていたんです。僕らが小さい頃って、未来のイメージって宇宙船が飛んでて、ロボットがいて、なんとなく明るくて開けたイメージだった。特に宇宙はイメージしやすくて、僕の中では宇宙と自由は、ニアイコールと言って良いくらいなんです。ところが、今、将来を考えるときに、宇宙につながる絵がイメージできないんです。それより古い、考古物とか土器とか、何千年、何万年前の物を目の前にした時の方が、より宇宙が近づいてきた。理屈じゃないんですよね。そういう直感みたいなものを言葉にしています。

(城さん)「車輪の再発明」も、未来に対する違和感が根底にあります。当時のありえたかもしれない未来を今、再現する。子どもの頃を思い返してみると、携帯電話とか全然違うものとして描かれていたりします。今、その携帯電話は作れる。一方、今の技術があればそっち(過去にとっての未来)も実現することができる。それが、今のものと全然違うものになったりする。

(八木さん)昔のことを捨ててしまいすぎているように感じているというか。つい、新しいものに目がいってしまう。でも、最近のドキドキするような発明ってiPhoneが出た時くらい。レコードやカセットには、それよりも大きいドキドキがあった気がするんです。懐古趣味ってわけじゃないんですけど、新しいものも好きだけどそればっかりにならないようにと考えています。

レポートは後編へ続きます!

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安野光雅のふしぎな絵本展
2016/7/9 − 8/28

鹿児島睦の図案展

《祝!1万人突破》会場レポート

好評開催中の本展も、残り2週間となりました。今回は会場内の様子をお届けします♪
会場は「図案×〇〇」をテーマに大きく3つに分かれています。一つずつご紹介します。

図案×器
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会場入ってすぐの壁に、器を展示しています。様々な形や絵柄の100点を超えるハンドメイドの器をご覧いただけます。素敵で楽しい図案の中から、お気に入りの図案を見つけてくださいね。

図案×空間
床まで広がる鳥と花の図案や、器を大きくプリントしたフォトブース、ライブペインティングで完成した壁画など、大きな図案を体感してお楽しみください♪
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図案×プロダクト
多数のブランドとのコラボレーションワークスを展示しています。
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また、器から抜き出された図案がプロダクトになる過程などをご覧いただけます。
こちらは東京・doinelでの「図案展2013-2016」のアーカイブの一つです。
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会場最後の展示物は、和菓子店「鈴懸」さんとのコラボレーションで生まれた太宰府天満宮公式土産のお干菓子「梅とうぐいす」ができるまでの過程をご覧いただけます。
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太宰府天満宮に行かれた際は、ぜひ商品をお手にとってみてくださいね!(会期終了後も太宰府天満宮案内所にて販売されます。鈴懸さんの各店舗とアルティアム併設ショップでは販売はございません。ご注意ください。)

そして、本展は先日来場者1万人を達成しました!市内からお越しという1万人目のお客様へ、記念品を贈呈いたしました。CIMG1445image1
ご家族で一枚撮らせていただきました♪
鹿児島さんのサイン色紙、図案展オリジナルバッグ、展覧会ポスターを記念品としてお贈りしました。

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最後になりましたが、同時開催の太宰府天満宮宝物殿の「鹿児島睦の造形展」もご覧になられましたか?こちらも同じ会期ですので、お気をつけくださいね。
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アルティアムへのご入場ですが、ゆっくりご覧になられたい方は平日がおすすめです。最終日までたくさんのご来場、お待ちしております!

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鹿児島睦の図案展
Makoto Kagoshima ZUAN Exhibition

2017/1/28 − 3/12

鹿児島睦の図案展

ライブペインティング レポート

1月29日に行われた鹿児島睦さんのライブペインティングの様子をお届けします!たくさんの方にお集まりいただき、ペインティングが始まる頃には会場の後ろまで列ができました。
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本展設営時、「ZUAN」のアルファベットの中にピンクの塗料で植物のシルエットを描かれていた鹿児島さん。

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このピンクのシルエットの上に、この日は白の塗料で植物の細部を描き込んでいきます。たくさんのお客様が見守る中、下書きなしでどんどん描き進める鹿児島さん。時々、少し離れたところから眺めたり、高いところは台に上がったりしながら、花びらや葉脈となる線を引いていきます。

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当日はTVの取材カメラも入り、鹿児島さんがペイントする様子を携帯やカメラで皆さま撮影されていました。

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もくもくと描き進められ、予定通り1時間弱で完成しました!

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完成後、鹿児島さんにご挨拶いただきました。
(以下はペインティング後のトークを一部抜粋・編集したものです。)

(鹿児島さん)東京で個展をしていて、会場で器を販売していると器の数が後半になると少なくなってきてしまうんですね。そうなると、後からいらしたお客様がご覧になるものがないというのが非常に切ないところでございまして。10年くらい前、今回の展示でも企画で大変素晴らしい力を発揮してくださったビオトープの築地さんに、「会場に後から来てくださった方たちも楽しめるように、フォトブースを作りましょう」と提案していただいて、壁に絵を描かせていただいたのがライブペインティングの始まりなんですね。今ではこうやって描かせていただくことが目的になってきているようなところもありますが、基本的には来ていただいた方に楽しんでいただくことが一番なのでこうして今回も描かせていただきました。

同時開催の太宰府天満宮宝物殿では造形展ということで、梅の木と花の造形を作らせていただいています。この「ZUAN」の文字の中にピンクのシルエットを描きましたが、太宰府の展示物の梅の花の塗料なんですね。主に太宰府で活動されているアートボランティア「NPO法人太宰府アートのたね」の方たちが梅の花を塗ってくださって。設営時に先に太宰府の会場に参りまして、そのときに「ZUAN」の中に何かシルエットを描いていかないといけないんだけど、色をどうしようとお話していた時に、太宰府天満宮様の学芸員のアンダーソンさんが「ピンクの塗料がいっぱい余ってますよ」とおっしゃられて。ネイビーとかグレーとか地味な感じの色にしようと思っていたんですけども、意味としても天満宮様で使わせていただいたピンクの絵の具を使うのが一番だと思いまして、今回ピンク色を使わせていただきました。
今日はちょっと微妙な天気で他のイベントもある中、おじさんがこうして絵を描く空間に来ていただいて本当にありがとうございました。

ライブペインティング終了後は、『鹿児島睦の器の本』、『なにのせる?』、『Makoto Kagoshima Ceramics』の3冊が同時期発売となったことを記念して、サイン会を行いました。こちらにも大変多くの方にお並びいただき、大盛況となりました。

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こちらの新刊3冊は最終日3/12まで併設ショップドットジーでもお取り扱いしておりますので、ぜひお手に取ってご覧くださいね。

 

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鹿児島睦の図案展
Makoto Kagoshima ZUAN Exhibition

2017/1/28 − 3/12

鹿児島睦の図案展

オープニングレセプション レポート

1/28(土)に鹿児島睦さんをお迎えし開催したオープニングレセプションの様子をお届けします!会場が埋まるほどたくさんのお客様にご来場いただきました。ありがとうございました。
(以下はオープニングレセプションでのトークを一部抜粋・編集したものです。)

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(ディレクター・笠井)本日は、鹿児島睦展オープニングレセプションにお越しいただき、ありがとうございます。本日よりここ三菱地所アルティアムでは「鹿児島睦の図案展」、そして太宰府天満宮宝物殿では「鹿児島睦の造形展」が始まりました。たくさんの方に来ていただきまして、大変うれしく思っております。それでは、鹿児島睦さんよりご挨拶いただきたいと思います。

(鹿児島睦さん)今日はこんなにたくさんの皆様に足をお運びいただき、本当にありがとうございます。お天気が心配でしたが、とても暖かくいいお天気となり、皆さんのお力かなと思い感謝しています。笠井さんからもお伝えいただきましたが、アルティアムで図案展、そして太宰府天満宮様では造形展が始まりました。太宰府では立体の造形を作って展示させていただいております。両会場とも皆さんで色々なところで写真を撮ってSNSにアップしたり、友だち同士で見せ合ったり、楽しく使っていただければと思っています。今回、たくさん展示をさせていただいておりますが、様々な企業、団体、メーカーさんと多くのところで、こんなに様々な仕事をさせていただいたことを改めて拝見しました。私はただの陶芸家ですが、こうして多くの方たちに楽しんでいただけて、本当に嬉しく思っております。

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展示しているプロダクトは、いろんな国のいろんな方たちと様々な取り組みをさせていただき一緒に作っています。楽しい出会いから、本当にすてきなものをたくさん作っていただきました。

フォトブースもありまして、皆さんパネルの前に立って、写真を撮って楽しんでください。頭の上に鳥を乗せているように撮ったり、木を握っているように撮ったりするのも楽しいので、ぜひ遊んでください。

一番最後に、お干菓子ですね。これは今回のスペシャルなアイテムです。皆さんご存知、福岡の和菓子屋さん鈴懸さんが特別に作ってくださいました。スパイスやハーブを使ったとても美味しい干菓子を作っていただいています。お茶だけでなく、シャンパンやワインにも合うように作っていただいています。ぜひ皆さん味わっていただければなと思います。(※お干菓子は太宰府天満宮にて販売しております。)

今日は本当に皆さんどうもありがとうございました。ゆっくり楽しんでください。写真撮って拡散してください。ありがとうございました。

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ご挨拶後も会場はたくさんの人で賑わいました。

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会場内のフォトブースにて、お客さまに気さくに応じる鹿児島さん。

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ご来場の際は、携帯やカメラで写真を撮ってお楽しみください♪

会期は3/12(日)まで!翌日1/29に行われたイベントのレポートも後日公開予定です!お楽しみに!

 

 

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鹿児島睦の図案展
Makoto Kagoshima ZUAN Exhibition

2017/1/28 − 3/12

岡崎京子展

今日マチ子が語る岡崎京子マンガの魅力 レポート2

マンガ家の今日マチ子さんと、本展を企画した世田谷文学館学芸員の庭山貴裕さんのトークレポート第二回目です。第一回目はこちらからお読みください。

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(庭山貴裕さん/以下略)年代順にお話を進めていくと、岡崎京子さんは1985年に『バージン』という単行本を出されて、その後、『セカンドバージン』や『ボーイフレンドisベター』、『退屈が大好き』などの短編集や長編を発表されます。そして一つ転機になったと思われるのが『pink』という作品ですね。これまでにない強いストーリーラインを持った長編を描かれて、お話としてはユミコという女性が昼間は会社員、夜はホテトル嬢として働いて、自分の部屋ではワニを飼っているという設定の作品です。この『pink』について今日さんの印象はいかがですか。

(今日マチ子さん/以下略)オチを言っちゃっても良いか分からないんですけど、ワニの使い方が非常に秀逸で、そこに全てが入ってると言っても過言ではないと思うんですよね。

(庭山)ワニの使い方というと?

(今日)物語の中で「ペット、生き物」と「物」の間を反転する時があるじゃないですか。それがすごく岡崎京子さんの新しい表現というか、時代的に変わったと思わせるものだと思うんです。それまでの80〜90年代の明るい作品から、何か変わったなと思わせるような作品だったと思いますね。

(庭山)『pink』は、89年の作品で、歴史的にはいろんなことが起きた年ですよね。『pink』を読むと、私は今日さんの作品にもつながるものを感じたりします。『cocoon』も『アノネ、』も、言葉にすると言い尽くせないですが、何か主人公が自分にとって大事なものを守っているとか、周囲から守られているという状況が浮かんできます。『cocoon』の主人公のサンが、他の登場人物やいろいろなものに庇護されているということや、『アノネ、』で花子が自分の日記を大切に守っているということ。いっぽう『pink』のユミちゃんが昼も夜も働いて餌をあげているワニは、ひとつには消費社会を象徴しているのだと思いますが、それを彼女が大切に守っているという側面もあります。『リバーズ・エッジ』でも、死体を山田くんや吉川こずえちゃんがある種懸命に守ろうとしている。今日さんは、そういう主題についてはいかがですか。

(今日)岡崎さんの作品は、普段明るい女の子だけれども、ちゃんとその女の子の「弱さ」を描いているところが、みんなの共感を得るところなのかなと思うんですよね。ワニについての弱みとか。結構、岡崎京子作品の女の子って普段は悩みがないような明るい感じで描かれてるんですけど、あるところで急にガクッと深みに落ちるシーンが多いなと思うんです。「この子は実はものすごい何かを抱えてるのではないか」ということを描くのがすごく上手というか。最初から「この子は悩みがあります」みたいな感じで始まるんじゃなくて「何もないよ」みたいなふうに物語が進んでいるのに、あるところでハッと転換するっていうのが、すごく鮮やかだなというふうに思うんです。

(庭山)『pink』でも突然ユミコが発作に襲われるようにしてぺたんと座り込んでしまう、そこで闇の部分というか、この子は何かを抱えてるんだなということが伝わってきます。何かを大切に守るということでいうと、今日さんの場合は『cocoon』であれば「繭」みたいなもの。『アノネ、』でいえば日記や角砂糖のイメージみたいなものがありますが、一方で岡崎作品では、意味がわからない不気味なもの、社会にとってノイズのようなものを登場人物が守っているみたいな独特の味があって、その辺りがまた違うところだなと思いますが。

(今日)モチーフの違いというか。でも共通するのは、「弱さ」と「守らなくてはと思い続けている女の子」というのは似てるのかなと思うんです。

(庭山)今日さんはどんなふうに「少女性」を捉えて作品を描いていらっしゃいますか。

(今日)少女にこだわっているというよりは、あるひとりの主人公の物語ですね。誰でも自分の人生を邪魔されたくないじゃないですか。私はやりたいようにやりたい、それを戦争や他人からダメにされたくないという、そういうわがままな思いを「少女」なり「女性」なりが自分なりに続けようとしているというのをずっと描いているつもりです。

(庭山)岡崎さんと今日さんの描く女性像との違いを、ご自身ではどんなふうに感じますか。

(今日)私は本当にただのファンなので、自分と比べてどうこうというわけでは全然ないんですけどね。ただ、やっぱり岡崎さんのマンガは、どこか完璧な女の子じゃない、ある意味すごく愚かな女の子しか出てこないですよね。それが自分の作品でもそうなのかなと。やっぱり主人公とか女の子って本当に愚かしいし、でもその中で自分の世界を守ろうと足掻いているというところは似ているのかなと思います。

(庭山)岡崎作品には、とても魅力的なキャラクターがたくさんいます。東京の会場の出口に岡崎さんにメッセージを書くコーナーを設けたのですが、その中ですごく多かったのが、岡崎作品の登場人物を自分の人生のモデルにしていますというコメントでした。例えば、『東京ガールズブラボー』の主人公サカエちゃんに影響されて地方から出てきましたとか、『pink』を理解できないような男とは付き合えないとか、『ヘルタースケルター』のりりこがとても好きで、娘にりりこと名前を付けましたとあって、その隣にりりこちゃんが絵を描いていたりとか(笑)。男性ファンからすると、岡崎作品はキャラクターの魅力とは別のところですごいのだと思っていたのですが、岡崎さんの生み出したキャラクターって本当に女性の読者の中に息づいているんだなというのは驚きでした。今日さんは、岡崎作品の中で好きなキャラクターはいらっしゃいますか。

『リバーズ・エッジ』/宝島社 © 岡崎京子

『リバーズ・エッジ』/宝島社
© 岡崎京子

(今日)私はやっぱり『リバーズ・エッジ』のハルナちゃんが好きですね。ハルナちゃんは、やっぱり一番普通で、キャラクターとして薄い感じなんですよね。高校の頃も私があの世界にいたら、ああいう立ち位置しか取れないだろうなと重ね合わせて読んでいました。

(庭山)最終的にハルナちゃんが生き延びますよね。

(今日)そうですね。一番普通だし、特に何もないけれども、生き延びていくっていうところに当時共感したというか。岡崎作品ってすごく可愛い子とかモデルの子とか出てくるんですけど、そうでもない普通の女子高生という役どころがすごく良かったんですよね。

(庭山)透明な存在ですよね。

(今日)俯瞰的にいつも引いたところから状況を見ているっていうような。

(庭山)『リバーズ・エッジ』で後半にカタストロフというか、人が亡くなるような出来事が起こりますよね。観音崎くんが女性を絞め殺しかけたり、田島カンナがハルナの家に火をつけて自分が焼け死んだり、同級生のお姉さんが家に引きこもっていて、妹を切りつけたりとか。何かに執着している人間は破局を迎えるんだけれども、ハルナは透明な存在でいろんな人の存在を受け流しつつ、最後まで生き延びていく…そういう感じですよね。

(今日)他のキャラクターはキャラクターとしては好きなんですけど、岡崎作品の中で共感できるのは、やっぱりハルナちゃんですね。

(庭山)『cocoon』にも通じるものを感じますが。

(今日)そうですね。

(庭山)今日さんは作品を作る上で、登場人物を造形することと、ひとつの大きなストーリーラインを作ることは、どんな関係や比重があるんですか。

(今日)それは作品によりけりで、すごく奇妙な主人公の話となると、キャラクターを強くしなきゃいけないですし、ただ異常な状況下にあるというふうに舞台設定が決められているならば、その中に異常な主人公を置くよりは普通の人が翻弄される方が私は描きやすかったりしますね。

(庭山)ミドリさん』とかとても魅力的なキャラクターが配置されている作品もありますよね。

(今日)基本、普通の人が多いような気がするんですけど。

(庭山)岡崎さんのような強烈なキャラクターを作りたいとかは?

(今日)本当は作りたいんですけど、自分が薄い人間だからかだんだん薄くなってしまうというか、これからはもっと気合を入れてキャラクターを作ろうと思います(笑)。

 

『リバーズ・エッジ』/宝島社 © 岡崎京子

『リバーズ・エッジ』/宝島社
© 岡崎京子

(庭山)先ほど一番好きな作品は『リバーズ・エッジ』とおっしゃっていましたが、改めてお好きなシーンや理由はどんなところでしょうか。

(今日)当時読んでいたのが『リバーズ・エッジ』で、読んだときに主人公の彼らと同じような年齢だったっていうことが大きいですね。あとは「河」が好きだったので、河原が舞台っていうところにものすごく刺さりました。

(庭山)今日さんのいろいろな作品にも河が出てきますよね。

(今日)私の作品ではただ水辺のモチーフなんですけど、『リバーズ・エッジ』では、河はすごく不思議な場所で、誰のものでもない対象として描かれている。誰かの管理はあるんですけど、一種自由な場所で、でもそれは町の一部でもあるし、外側でもある。非常に不思議ないわゆる38度線的な場所だと私は思ってるんです。そこで展開される少年少女の話っていうのが、都市型のファンタジーみたいで、すごく好きだったんですよね。

(庭山)『リバーズ・エッジ』の「エッジ」は淵であり、「境界」ですね。

(今日)結局高校生って、自由と言われてるけど、自由じゃない。大人の管理している塾だったり、学校だったり、進路だったり、その中で動いてるだけで、別に大して自由じゃないなと思ってたところに、緩衝地帯みたいな河がパンっと入ってきたので、それがすごく当時の自分にとっては気持ち良かったというか、「そうか自由な場所もあるんだ」というふうに思ったんですよ。管理されているんだけど、でも普段よりは自由に動き回れる場所が与えられている場所ですね。

(庭山)避難所、逃げ場所みたいな。

(今日)避難所でもありつつ、暗部を展開できる場所と言えるかもしれませんね。

(庭山)『リバーズ・エッジ』以外に、岡崎作品で魅力的なキャラクターで、吉川こずえがいますよね。吉川こずえについてはどう思いますか?

(今日)そうですね。非常に岡崎作品的なキャラクターだし、当時私のクラスに本当に吉川こずえに似てる、読者モデルをやってる子がいたんですよ。現実の人が描かれているような、マンガと現実の境がよく分からなくなるような、そんな感じでしたね。読んだときに。

(庭山)吉川こずえは、『ヘルタースケルター』にも出てくるわけですけど、岡崎作品が今読んでもかっこいいと思える重要な部分って吉川こずえの造形にあるんじゃんないかと思うことがあります。

(今日)ショートカットで、すごいかっこいいなぁって思っていましたね。

(庭山)主人公と対比される存在で、そこがすごく面白いなと思うんですよね。『リバーズ・エッジ』では、河原で穴を掘りながら、世の中きれいぶってるけどざけんじゃねぇよってすごいセリフを吐いたりして、クラスメイトたちを相対化する虚無的な存在。『ヘルタースケルター』だと、りりこと対比される存在ですよね。りりこが語る「忘れられるのって死んでるのと同じよね。本当に死ぬことも怖いけど、忘れられることも恐ろしい」という印象的なセリフがありますけど、りりこの存在を象徴しているそのセリフに対比されるのが吉川こずえで「私は今ちやほやされるけれども、早く忘れられてほしい。その方が私は楽しみだ」と語る。「忘れられているもの」や「忘れられてしまう」ことの怖さということは、今日さんの作品でも感じることなのですが、何か『ヘルタースケルター』を読んで感じることはありますか。

(今日)りりこの焦りみたいなものって、今のSNSで必死で「いいね」とか「お気に入り」とかフォロワーが欲しいみたいな、そういうふうに焦ってしまう人の感情とすごく通じるなと読み返すたびに思うんですよね。そこにしか自分の生きてる場所はないように思い込んで、必死にすがりつくっていうような状況ですね。だから今もそういう意味で、普遍的に読み継がれているんじゃないかなとも思ったりしますね。

(庭山)忘れられることとしての死、ということを岡崎さんはいろんなところで描いていらっしゃって、雑誌の「ユリイカ」に寄せた文章でも萩尾望都の『トーマの心臓』を引きながら、「死には二種類ある。肉体としての死と、忘れさられることとしての死、と」ということを書いています。岡崎さんにとって、とても持続的なテーマだったのかなと思います。

(今日)やっぱりマンガ家っていう職業自体が人気商売というか、そういう部分があるので、ある程度、例えば80〜90年代を体現した存在であるほど、2010年代になるとその時代の人みたいに思われて、どんどん時代の奥に押しやられていくっていうことはあるのかもしれないですね。もしかしたら、岡崎さんはそういうことをうっすら自身が感じ取っていた部分があるんじゃないかなとは思ったりはします。

(庭山)それは職業マンガ家として、今日さんも感じられるところでもありますか。

(今日)業界でよく言われるのは、ものすごいビッグヒットを出してしまうと、長続きしづらくなるっていうのは若干言われることであって、別に誰かのことを言っているとか、自分がそうであるとかそういう意味ではないんですけども、やっぱりインパクトが強くなればなる分だけ、なかなかその時代から抜けられなくなるっていうふうには言われますけどね。

(庭山)そういうところでも『ヘルタースケルター』は、とても普遍的なことを描いているのではないかと思いますね。

最後に庭山さんより東京会場で寄せられた感想もご紹介頂きました。皆さんの思いが詰まったもので、なんと全部で2,000もの感想が集まったそうです。

(庭山)世田谷の会期終了後に来場者からのメッセージを岡崎京子さんにお届けしましたが、大変喜んでおられたようです。これは時代の回顧展ではないので、岡崎さんが来場者に宛てた現在のメッセージを受けて、皆さんも手紙を書くということが大事な展覧会の一部だと思っています。福岡会場での感想も楽しみにしていらっしゃると思うので、ぜひメッセージをお寄せいただきたいなと思います。展覧会では、なかなか岡崎作品の全てを網羅して紹介するなどということはできないですし、これによってなにかかりそめの全体像を与えてしまうかもしれないということは怖いことでもありました。岡崎作品の魅力はこれに尽きるものではないので、ぜひ展覧会をご覧になった後、また、自分なりの感じ方で改めて作品に出会って、その魅力を他の方達にも伝えて欲しいなと思います。こんな感じでしたが、今日さんいかがでしたか。

(今日)岡崎京子さんってやっぱりファンの方の思い入れが非常に強いというか、そういう独特な作家さんだと思います。ここまでマンガ家さん本人に思い入れがあるって、なかなかないと思うんですよね。作家っていうだけではなくて、その時代を体現した人だったんだなと思います。

岡崎さんと今日さんの作品の魅力を知ることのできる、大変充実のトークでした。トーク終了後は今日さんの九州で初となるサイン会も開催し、こちらもとても盛況でした。ご参加頂いた皆さま、誠にありがとうございました!展覧会は1月22日(日)まで開催しております。この機会にぜひご覧ください。

【展覧会ページ】
岡崎京子展
戦場のガールズ・ライフ

2016/12/3 − 2017/1/22

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