近藤聡乃展 呼ばれたことのない名前

近藤聡乃トークイベント2019年も考え中レポート後編

近藤聡乃さんのトークレポート後半をお届けします!前編はこちらからお読みください。
※印の作品は展示しておりません。

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③《KiyaKiya》以前

《果肉》※ キャンバスに油彩 2008

《果肉》※ キャンバスに油彩 2008

(近藤聡乃さん)《てんとう虫のおとむらい》の次に作ったアニメーションが《KiyaKiya》なんですけど、二つのアニメーションの中間に制作した油彩です。過渡期の作品で、かつ初めての油彩で、なんとなく全体的に考え中だったような気がしますね。油彩はやっぱり難しかったです。

(アルティアム・山田)
これはどういったテーマで描かれたんでしょうか。

(近藤さん)
植物と人との交わりみたいなものがテーマになっています。「詩人の萩原朔太郎が精神的に衰弱した時、植物と交わる夢をみた」というエピソードを読んだことがあり、そういうところからもイメージを広げていきました。それについては「猿とみかんの皮」というエッセイでも触れています。

 

《1/15秒のスケッチ》※紙に鉛筆、油彩 2008

《1/15秒のスケッチ》※紙に鉛筆、油彩 2008

(近藤さん)これも同時期に描いた、考え中のような作品で、少し次のアニメーションに印象がかぶるところがあったりもします。

(山田)タイトルが《1/15秒のスケッチ》。

(近藤さん)1/15秒というのはアニメーションの単位で、スタジオジブリのアニメーションなどは1秒が24枚の絵でできているのですけど、私のアニメーションは15枚なんです。1/15秒を積み重ねて5分くらいのアニメーションにするのですが、その5分のアニメーションを作るのに、2、3年かかります。2、3年かけて1/15秒を積み重ねていく、みたいなことをしていると、特殊な時間の感覚になっていくんです。

(山田)絵画だと、アニメーションと違って構造を複雑にできるというか、いろんな情報が盛り込まれていますね。

(近藤さん)アニメーションとドローイングとで表現できることが違うと思います。マンガはもう少し物語を明確に伝えられますね。

(山田)1/15秒についての書かれたエッセイ「二十年後の皺寄せ」は、会場内壁面に近藤さんが手書きしています。ぜひご覧ください。

 

(近藤さん)これらの作品を2008年のミヅマアートギャラリー での個展で発表し終えてから渡米しました。

(山田)実際にニューヨークに行かれてどうでした。

(近藤さん)スッと気持ちが軽くなるような、解放されたような感じがしました。いい加減にしていても許されるような気楽さがあって、肩の力を抜いて生活できますね。言葉が日本語ほどは分からないのも案外良いのかもしれません。

 


④KiyaKiya

《KiyaKiya_sketch》紙に鉛筆、水彩 2009-2010

《KiyaKiya_sketch》紙に鉛筆、水彩 2009-2010 《KiyaKiya_sketch》紙に鉛筆、水彩 2009-2010

(近藤さん)アニメーション《KiyaKiya》の構想スケッチです。どんなアニメーションを作ろうか、ちょっとずつイメージを固めて描きためていったものが、今回の展示ではアニメーションの前に積み重ねてあります。

(山田)スケッチはあれで全部ではないですよね。

(近藤さん)そうですね。

(山田)1日に何枚くらい描かれていたんですか。

(近藤さん)1日何枚とは決めずに気が向いた時に描きました。描こうと思えばいくらでも描けるけど、一枚も描かない日もありました。描きながら考えて、いいものを残していきました。

 

(山田)「きやきや」という言葉については、フライヤーにも書いてくださっていますね。

(近藤さん)澁澤龍彦の『少女コレクション序説』の中で初めて知ったのですけど、「胸がきやきやする」という言葉があって。簡単にいうと、デジャヴみたいなものを体験した時に感じる、不思議な気持ち、あれを指す言葉なんですね。その言葉を知った時に、そういえばあの気分というのはよく知っているけど、あの気分の名前を知らなかったことに気がついて。そういう「名前のついていない物事」があるのかとすごく新鮮に感じました。英語圏で暮らすようになって、日本語と英語が噛み合っていかないとか、日本語にはあるけど英語にはないとか、その逆とかもあったり、言葉について考える機会が増えました。《KiyaKiya》は言葉について考えながら作った作品でもあります。

 

《KiyaKiya》シングルチャンネル・アニメーションビデオ 6分39秒 2010-2011 音楽:ジョン・ゾーン music copyright ©︎ John Zorn

《KiyaKiya》シングルチャンネル・アニメーションビデオ 6分39秒 2010-2011 音楽:ジョン・ゾーン
music copyright ©︎ John Zorn

(近藤さん)これはアニメーション《KiyaKiya》の中から抜き出した静止画です。ここに出てくる文字はアルファベットとひらがなを組み合わせて自分で作った文字です。それで宮沢賢治の『インドラの網』という小説から抜粋した文章を書いています。

(山田)そうなんですね!何を書いているかは公にしていらっしゃらないと思っていました。

(近藤さん)公にはしていないんですけど、別に隠してもいないです。最初の3行は「ごらん そら インドラの網を」「ごらん そら 風の太鼓」「ごらん 青孔雀を」という文章になっています。

(山田)紙芝居というのは、何か意味があるんでしょうか。

(近藤さん)紙芝居は、絵と対応している文章が同じ紙の裏には描かれていないということに大人になってから気づきました。1枚前の絵の裏に、今見せている絵の文章が書かれているんです。紙の表裏に1枚分の時差があるんですよね。そのことに気がついて、びっくりして、それが《KiyaKiya》を作るときにはすごくヒントになりました。

 

⑤現在進行形の作品

(山田)近藤さんの手書きの文字が好きという方、すごく多いと思うんですけど、文字に対する思い入れはありますか。

(近藤さん)多分何かあると思うんですけど、あまり具体的には自分でもわからないですね。

(山田)現在連載中のマンガ『A子さんの恋人』では明朝体の文字ですが、近藤さんが手で書いてらっしゃる部分は、それ以上に何か見る人に強い印象を与えるようにと思います。

(近藤さん)そうですね。このマンガで初めて活字を使っています。作中作として5巻に主人公が描いたマンガがでてきますが、そこは手書きの字にしています。
今回展示しているのは、生原稿です。なるべく修正を出さないように描いています。

(山田)それは理由がありますか。

(近藤さん)それが一番きれいに描けるというか、一息に線を引いて決める方が気持ちが良いです。私はマンガ以外のドローイングなども描くので、そちらに修正を入れないように、マンガ原稿にもなるべく入れないようにしています。

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(近藤さん)次に作るアニメーションの構想段階のドローイング6点も展示しています。なんとなくこんな感じのものを作ろうかなと思っています。

(山田)今回の展覧会で初めて公開された作品ですね。女の人が小さな子どもを抱いている《アニメーションのためのドローイング01、母》というタイトルのこの作品は?

(近藤さん)まだニューヨークに住み始める前に、子どもを生んで名前をつけるという夢を見ました。今回の展示のタイトルに繋がるのですが、その夢をヒントにまだ呼ばれたことがない名前のものだけど、存在している何か、みたいなものをテーマにしようかなとちょっと考えています。この《アニメーションのためのドローイング02、貝》という作品も同じです。これも夢を見たことを元に描いた気がするんですけど、ちょっと忘れてきちゃったな。やっぱり具体的に作品にしていないことは忘れがちですね。

(山田)おかっぱの女の子ではないですね。

(近藤さん)もうおかっぱの女の子は出てこない気がしています。この《アニメーションのためのドローイング02、貝》という作品は、貝が空に浮かんでいるようなイメージがありました。『A子さんの恋人』の中でちょっと触れている、大江健三郎の『空の怪物アグイー』という小説の影響を受けている気がします。 これは《アニメーションのためのドローイング06、しみ》というタイトルが付いていて、その頃フルーツのしみで絵を描くのはどうかなと思ったりしていました。

(山田)エッセイを読んで、果物があまりお好きじゃないのかと思っていました。

(近藤さん)そうですね。食べるのはあまり好きじゃないんですけど、やはり「植物と人との交わり」というイメージから、興味があるものではあります。

(山田)これらのドローイングが描かれた2014年は…。

(近藤さん)多分『A子さんの恋人』の連載が始まっています。

(山田)『A子さんの恋人』と新しいアニメーションの構想を、同時進行で考えていらっしゃったんですね。

(近藤さん)そうなんですけど、『A子さんの恋人』で手一杯で、アニメーションの方は全く進まないままになっています。

(山田)《KiyaKiya》の時もスケッチをたくさん描きためて、そこから絵コンテを作るということだったので、今覚えていないとおっしゃっているけれども、これからこういったドローイングをたくさん描いていく段階なのですね。

(近藤さん)いつも作り終わったあとに、「作っていた時はこういうことが気になっていたのかな」と分かったりもするので、作った後にもうちょっとうまく話せるのかなという気がします。

 

(山田)夢の中で子どもを生むというのはすごく不思議な体験ですね。

(近藤さん)夢占いによると縁起が良いことのようです(笑)。夢の中で、私が突然子どもを生んで、それが女の子なんですよ。そして、私が架空の夫に向かって「この子には『窓乃』(まどの)という名前を付ける」と宣言するんです。「『外に向かって開かれた人になるように』という願いを込めて『窓』、『聡乃』から『乃』をとって『窓乃』、「マドノ」は「『ノマド』のアナグラムでもある」と夢の中で滔々と説明するんですよ(笑)。まだ結婚もしておらず、出産についても考えたことがなかったので、びっくりしましたね。アメリカに移住する前に見た夢です。

(山田)以前そのお話をしてくださった時、近藤さんは「名前しかない子どもだ」という言い方をされたんですよ。それが「からだのない子どもたち」という2001-2002年のアニメーション作品《電車かもしれない》のたまの歌詞と合致して驚きました。同じモチーフが間隔をあけて再浮上してくる近藤作品の流れを垣間見た瞬間でした。

(近藤さん)そうですね。ずっと何か気になっている何かなんでしょうね。

 

(山田)近藤さんの20年以上におよぶ制作を俯瞰すると、高校生の頃から現在に至るまで一貫したものを感じます。ノンジャンルで包括的な展覧会をしましょうとなった時に、近藤さんは「展覧会全体を大きな物語として捉えたい」とおっしゃったんです。そこで、展覧会の構成は、物語の章立てなんだなと思いました。ただし、当初から「年代順でなくていい」ということもおっしゃっていて。つまり、順序の入れ替え可能な物語であり、その都度様々に読み替え可能な物語を、作家活動全体を通して実践していらっしゃるのかなと思いました。制作のときに、その点を意識されていますか?

(近藤さん)いや、意識はしていないんですけど、卒業制作の《てんとう虫のおとむらい》が頓挫した経験から、間違えると進まなくなることはわかっているので、「慎重に勘で選ぶ」ようにしています。

(山田)それから、近藤さんの作品のほとんどに日付がきっちり入っていますよね。あの膨大な数の《KiyaKiya》のスケッチにも一枚一枚に、ほぼ日付が入っていました。『A子さんの恋人』1巻で、A子さんとA君が出会うシーンの背景に、河原温さんの《Today》シリーズが描かれていますが、日付は意識されているのでしょうか。

(近藤さん)意識はしてないのですが、自分にとって重要なことなのかもしれません。河原温さんの《Today》シリーズは、本では知っていたのですが、実際に観てハッとした経験があります。それ以来大好きな作品です。

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最後に設けた質疑応答のコーナーでは、興味深い質問がたくさんあがりました。以下にいくつか紹介いたします。

Q. おかっぱの女の子は、今後はもう出てこないのでしょうか。

(近藤さん)おかっぱの女の子は、今描いているエッセイマンガ『ニューヨークで考え中』で自画像として出てきます。多分それに置き換わってしまって、『ニューヨークで考え中』だけにずっと出てくるのかなという感じもしています。

(山田)『ニューヨークで考え中』はある意味、ドキュメンタリーではないんですね。近藤さんの髪型は、おかっぱじゃないですし。

(近藤さん)そうですよね。自画像でエッセイなので、そのまま、「あのキャラクターが私自身で、私の生活全て」みたいにも読めるんですけど、実際は描きたいことを選んで描いている訳で、作中の自画像は「私がこういうふうに見られたいという姿」だとも思うんですよね。そのせいかあのマンガを読んでくださった方から、すごく良い人だと思われていると感じることが多いです(会場笑)。『ニューヨークで考え中』ではずっとおかっぱの女の子を描くと言いましたが、キャラクターが私の年齢に見えないという問題に直面しています。今私は38でもうすぐ39になるので、キャラクターにもちょっとずつ年をとらせたいのですが、なかなか難しい。最近はアップの時とかに顔をたるませたりして工夫してるんです(笑)。

(山田)『ニューヨークで考え中』の連載は、ずっと続けていくのでしょうか。

(近藤さん)担当の編集さんと、お互いどちらかが死ぬまで頑張りましょうと言い合っているので、多分死んだら代表作になると思います(笑)。

(山田)『ニューヨークで考え中』を続けていく一方で、今『A子さんの恋人』に集中している時期だと思うんですけど。マンガが終われば、次はアニメーションを作って、絵画も描いてという流れを一つとすると、さらにその次のアニメーションはまだまだ先になりそうですね。

(近藤さん)そうですね。だから死ぬまでにあと何本アニメーション作れるんだろうと考えてしまいます。案外2本くらいなんじゃないかと思っています。思いがけずマンガの連載に6年近くかかっていて、それも全く予想外だったので。また何か予想外のことに取り組んだりもしそうですし。

 

Q. 『A子さんの恋人』を描いた理由は?

(近藤さん)「主人公の女の子が恋人に物を貸されてしまったせいで縁が切れない」というアイデアは随分前からあり、ラフを描いて、ずっと編集さんに預けていました。ただ、「今はまだ描けないような気がする」ということで、まず『うさぎのヨシオ』を描いたんです。『うさぎのヨシオ』の連載が終わって、編集さんが「では、そろそろこれはどうですか」ということになって、『A子さんの恋人』を描き始めました。

(山田)『A子さんの恋人』を読んだ時、この人も英子なんだと驚きました。おかっぱじゃないし、年齢も29歳。どんな理由があるんでしょうか。

(近藤さん)私はぎりぎり28の時に渡米して、行ってすぐに29になったんですけど。昔読んだ本で、人の人生は29で転機があるって。人生には一度しか転機がなくて、それが29で、29で良い転機を迎えられた人はその後の人生がうまくいくとその方はおっしゃっていました。「29でうまくいかなかった人はどうなるんですか」という質問に対しては、「来世まで待つしかない」と(笑)。それで主人公は29だなと思ったんですよ。

 

Q. 『A子さんの恋人』5巻で主人公以外のキャラクターの作家性や方向性も描かれていますが、なぜそうした要素を盛り込んだのでしょうか。美大出身で作家でもある近藤さん自身の経験を反映していますか。

(近藤さん)自分が作家になりたいと思って、実際に作家になって、作家の知り合いとかもできてみると、結構驚いたことは「あ、みんな全然私と似ていないんだな」ということでした。どこかで「私みたいな人が作家になる」と思い込んでいたので、それは割とショックだったんですよ。「あ、全然気が合わない人もいる!」と思って(笑)。作家と言ってもみんな違うような人が違うように作家になるんだなと気づきました。A子さんたちは美大出身ですが、それぞれ向き不向きがあって、それぞれの生き方を探しています。向いていることを見つけて仕事にできたら良いかもしれないけど、そうでなくても生活は続くし、別に美大を出たからってそれを仕事にしなくたっていいと思うんですよね。まだ描いていないのでなかなかうまく言えないですが、最後の巻にはそのあたりのことも描けたら良いです。

 

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本展会期は11月10日(日)まで。レポートを読んで展覧会をご覧いただくと、さらなる深い体験が味わえると思います。まだ展覧会を見ていない方はお早めに。併設ショップにも映像作品を展示しています。グッズと合わせてお見逃しなく!ご来場お待ちしています。

【展覧会ページ】
近藤聡乃展 呼ばれたことのない名前
Kondoh Akino Exhibition: Never Before Named

2019/10/12 − 11/10

近藤聡乃展 呼ばれたことのない名前

近藤聡乃トークイベント2019年も考え中レポート前編

10月13日(日)におこないましたトークの内容を抜粋編集し、2回に分けてお届けします!
※印の作品は展示しておりません。

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(アルティアム・山田)
最初に近藤さんにアルティアムで個展をお願いしたいというお話をした時に、アニメーション、マンガ、絵画などのジャンルに限定せず、網羅的な展覧会はどうでしょうかと提案しました。

(近藤聡乃さん)そうですね。初めの頃は開催時期について相談していて、今雑誌で『A子さんの恋人』というマンガを連載しているので、その連載との兼ね合いで時期を決めましたが、予定はずれにずれ、まだ連載は終わっていないです(笑)。

(山田)すごくお忙しい中やっていただいて、ありがとうございます。近藤さんにとって過去最大規模の個展ということで、回顧展にしましょうという話になり、作品の選定や構成を近藤さんご自身に考えていただきました。展覧会は①初期作品、②てんとう虫のおとむらい、③《KiyaKiya》以前の作品、④KiyaKiya、⑤現在進行形の作品という5つの構成になっています。今日はこの5部構成の流れに沿って、近藤さんにお話していただきます。

①初期作品

《女子校生活のしおり》コピー用紙にインク 1998 撮影:古賀亜矢子

《女子校生活のしおり》コピー用紙にインク 1998 撮影:古賀亜矢子 《女子校生活のしおり》コピー用紙にインク 1998
撮影:古賀亜矢子

(近藤さん)会場入ってすぐのところに展示してある、マンガ「女子校生活のしおり」は、高校3年生の時に当時通っていた美術予備校のコンペに出品するために描いたマンガです。展示作品のほとんどにおかっぱの女の子が描かれていて、多くの作品では主役として登場していますが、その女の子が初めて登場したのがこのマンガです。「英子」という名前で、はじめは主役ではなくで、主人公の女の子が憧れる女の子という設定で登場しました。主人公の女の子が英子に惹かれるきっかけになるのが英子の書いた作文なのですが、この作文は私が実際に体験したことをもとに書きました。エッセイ集(『近藤聡乃エッセイ集 不思議というには地味な話』ナナロク社、2012年)にもその話を書いていますが、実家の近くで見かけたカエルを毎日見ていたらどんどん石になっていったという体験です。本当かどうかは分からないですけど、人から聞いた話では、カエルは死ぬと石化して石になることがあるらしいです。私が見たのも本当にカエルだったのかもしれません。

(山田)三つ編みの女の子が主人公の陽子ちゃんですね。

(近藤さん)そうです。特に迷わずに、陽子ちゃんと英子ちゃんにしたのですけど、理由はあまり覚えていないです。「英子」という名前はこの後もずっと出てきて、連載中のマンガ『A子さんの恋人』の主役もこの名前です。

 

《3年5組》イラストボードにアクリル絵具 2000

《3年5組》イラストボードにアクリル絵具 2000

(近藤さん)大学2年生の課題で描いた作品で、大学で初めてとても褒められた作品です。確か「シュルレアリスム」という課題だったと思います。この頃からどんな作品を作りたいかお方向性がなんとなく決まってきた気がします。

(山田)学科はグラフィックデザイン科でしたよね。

(近藤さん)あまりデザインが向いてなくて、大学3、4年生は表現系と呼ばれる、イラストレーションやアニメーションなど自由に作って良い授業ばかり選択していました。デザインが全くさっぱり分からなかったというか、ぴんとこなかったですね。

 

《密着アルバム》手術用ゴム手袋にビーズ、スパンコール、刺繍糸 2002 《密着アルバム》漫画原稿用紙に鉛筆、インク 2005 撮影:古賀亜矢子

《密着アルバム》手術用ゴム手袋にビーズ、スパンコール、刺繍糸 2002
《密着アルバム》漫画原稿用紙に鉛筆、インク 2005
撮影:古賀亜矢子

(近藤さん)大学4年生の時、表現系の授業の課題で作った作品です。手術用のゴム手袋に刺繍をしています。触覚的な思い出を立体化するというテーマで作りました。同じタイトルのマンガ作品と対になっています。マンガで描かれている、てんとう虫の思い出が、後の《てんとう虫のおとむらい》というアニメーション作品に繋がっていきます。

(山田)アニメーション作品以外にも、近藤さんの作品にはてんとう虫というモチーフが繰り返し出てきますよね。

(近藤さん)てんとう虫に関する印象的な思い出がいくつかあるんです。私は小さい頃の体験や記憶をもとに作品を作ったりするのですが、一つの体験から複数の作品を作ることもあります。

 

《電車かもしれない》シングルチャンネル・アニメーションビデオ 3分56秒 2001-2002 音楽:知久寿焼 music copyright ©︎ CHIKU Toshiaki

《電車かもしれない》シングルチャンネル・アニメーションビデオ 3分56秒 2001-2002 音楽:知久寿焼
music copyright ©︎ CHIKU Toshiaki

(近藤さん)《電車かもしれない》は、初めて作ったアニメーション作品です。自分の好きな音楽にアニメーションをつけるという大学3年の課題で作り始めました。

(山田)この作品でNHK「デジタルスタジアム」や文化庁メディア芸術祭アニメーション部門などで賞を獲られています。課題で作った立体作品と対になるマンガ《密着アルバム》も青林工藝舎から出版されるなど、学校の課題でありながら、作家として発表し評価された作品が多いですね。

(近藤さん)グラフィックデザイン学科はとても課題が多くて忙しかったんですよ。なので、うまく課題を使わないと自分の作品を作れなくて。作品だけど、課題としても出せるようなものを作っていました。

 

《月の花 vol.4 背後の気配》※ 紙に鉛筆、アクリル絵具 2003

《月の花 vol.4 背後の気配》※ 紙に鉛筆、アクリル絵具 2003

(近藤さん)大学を卒業した後は、就職はせずに作家になろうと思っていました。そんな時に、ギャラリーエスというところで個展をさせていただけることになったので、そのために描いた作品です。

(山田)本展ではこの作品は展示していませんが、《月の花》シリーズの別の作品を2点展示しています。一つのテーマをもとに、複数の作品を描くというシリーズ展開を、この後も結構されていると思うんですが、それは理由がありますか。

(近藤さん)自分の好きなことをテーマに絵に描くと何度も同じような絵を描きたくなるんですよね。そういう意味でも、同じような作業を毎日繰り返すアニメーション制作は自分に向いているのかなと思います。

 

②てんとう虫のおとむらい

卒業制作版《てんとう虫のおとむらい》※ シングルチャンネル・アニメーションビデオ 2002

卒業制作版《てんとう虫のおとむらい》※ シングルチャンネル・アニメーションビデオ 2002 卒業制作版《てんとう虫のおとむらい》※ シングルチャンネル・アニメーションビデオ 2002

 

《てんとう虫のおとむらい》2003(『はこにわ虫』所収 青林工藝舎 2004)

《てんとう虫のおとむらい》2003(『はこにわ虫』所収 青林工藝舎 2004) 《てんとう虫のおとむらい》2003(『はこにわ虫』所収 青林工藝舎 2004)

(近藤さん)これは大学の卒業制作で作ったアニメーション作品で、卒業制作版《てんとう虫のおとむらい》と呼んでいます。今回展示しているアニメーション《てんとう虫のおとむらい》とは違う作品です。卒業制作版は、先に描いた同じタイトルのマンガをもとにアニメーションを作り始めたのですが、頓挫しました。仕上がらなかったけれど、卒業はしまして(笑)。割と忠実にマンガから抜き出してアニメーションにしています。ただそのやり方に無理があって、失敗したのかなという気がします。アニメーションは完成するまでにとても時間がかかるので、最後までその作品に興味を持っていないと、なかなか作り切るのが難しいのですが、途中で気力が失せてしまいました。大学を卒業したのは2003年ですが、それからずっと気になっていたので、2005年に作り直しました。完成版《てんとう虫のおとむらい》は、絵コンテから描き直して作り、卒業制作版とは全く違う内容になりました。

(山田)絵コンテの前にされることはあるんですか。

(近藤さん)スケッチブックみたいなものにイメージをたくさん描いて構想を固めたりします。それで作り切るまで気持ちが持つところまでもっていって、絵コンテをおこして、それに沿って1、2年かけて制作する、というプロセスになります。

(山田)いったん抽象的なところまで立ち戻って、改めて組み立て直したという感じでしょうか。

(近藤さん)そうですね。

 

《夜の鼓動 vol.2》パネルに鉛筆、アクリル絵具、ジェッソ 2005

《夜の鼓動 vol.2》パネルに鉛筆、アクリル絵具、ジェッソ 2005

(近藤さん)これは2004年から2005年にかけてドローイングを集中して描いていた時期の作品です。アニメーション《てんとう虫のおとむらい》の構想段階に描いた作品です。てんとう虫が出てくるわけではないけど、なんとなく似たイメージですね。

(山田)このシリーズは、円形の作品が多いですね。

(近藤さん)四角い形の絵もあるんですけど、よく見ると四隅のところを切り落としても大丈夫な構成になっていることが多くて。丸が一番自分に向いている形なのかなという気はします。

(山田)小さい人も、よく描かれていますね。

(近藤さん)小さい人が最初に出たのは、高校3年の時に描いた《女子校生活のしおり》ですね。教室の中を飛び回る卵子の絵があって、多分その延長上の何かだと思います。

 

《てんとう虫のおとむらい2-10-02》※パネルに鉛筆、アクリル絵具、ジェッソ 2006

《てんとう虫のおとむらい2-10-02》※パネルに鉛筆、アクリル絵具、ジェッソ 2006

(近藤さん)このドローイングは、アニメーションが完成したあとに描いたもので、アニメーションで描ききれなかった部分を描くという意味もあったと思います。

(山田)最初にマンガを描いて、スケッチやドローイングを描いて、アニメーションを作って、描ききれなかったものを絵画にして「てんとう虫のおとむらい」という一つのテーマを、何年もかけて複数のメディアを巡って終了したんですね。

(近藤さん)この《てんとう虫のおとむらい》のシリーズが終わった後に作った《KiyaKiya》のシリーズも、何年か掛けて取り組んでいます。

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レポートは後編に続きます。

【展覧会ページ】
近藤聡乃展 呼ばれたことのない名前
Kondoh Akino Exhibition: Never Before Named

2019/10/12 − 11/10

ひびのこづえ展みる・きる・つくる

関連イベント レポート

7/20(土),21(日)に開催した二つのイベントを紹介します。両日たくさんの方に参加いただき、ありがとうございました。

ダンスパフォーマンス「WONDER WATER」
ひびのこづえ×ホワイトアスパラガス×川瀬浩介

ひびのこづえ(構成・衣装)、ホワイトアスパラガス(ダンス)、川瀬浩介(音楽)によるダンスパフォーマンス「WONDER WATER」を本展初日に開催しました。イムズの吹き抜け空間からたくさんの方が見守る中、ひびのさんが手がけたコスチュームを纏ったパフォーマーの谷口界さん、ハチロウさん、作曲家の川瀬さんがイムズプラザの空間を大いに盛り上げてくださいました。ユニークな音や身体の動き、あっと驚くジャグリングやアクロバットの数々で、子どもから大人までご覧の皆さまを魅了したパフォーマンスとなりました。
ホワイトアスパラガスのお二人は9月にも福岡で公演されるそうです☞http://www.ffac.or.jp/sh/

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夏のちいさな生きもののブローチを作ろう

7/20,21にひびのこづえさんのワークショップ「夏のちいさな生きもののブローチを作ろう」を行いました。アイデアスケッチを描き、カラフルな端切れの中から布を選び、それらを切ったり縫い付けたりしながら、約2時間で思い思いの生き物たちのブローチが完成!お子さまも大人も夢中になって、完成後はうれしそうに服やカバンに付けていました。ひびのさんのアドバイスや講評を受けながら、贅沢なひと時となりました。
今回ご参加が叶わなかった方も定期的にひびのさんはワークショップを行われています☞http://haction.co.jp/chiisanaikimono/index.html

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最後に、会期中会場内で、ブローチ作りのミニワークショップと、ひびのさんが手がけたバルーンドレス&ヘッドピースの試着が体験できます♪ご予約不要です。ご希望の方はお近くのスタッフまでお声掛けください。ブローチはそのままお持ち帰りいただけます!「みる」だけでなく、「きる」「つくる」を体験してお楽しみください♪

ミニワークショップ&コスチューム試着
〈注意事項〉
・ミニWSは、好評につき、1日の参加者数に限りがあります。ご了承ください。
・コスチューム試着はスタッフ誘導の上、下記の時間帯に行います。
平日 10:30-13:00、13:45-18:30
土日祝 10:00-19:30

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【展覧会ページ】
ひびのこづえ展
「みる・きる・つくる」

2019/7/20 − 8/25

チャペック兄弟の絵本・ブックデザイン・舞台

オープニングイベント 講演チャペック兄弟の創作とその時代 レポート後編

初日に阿部賢一先生をお迎えし開催した講演「チャペック兄弟の創作とその時代」レポート後編です。前編と合わせてご覧ください。

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新聞記者/『郵便屋さんの話』『ダーシェンカ』

チャペック兄弟は、新しくクオリティーの高い、子どもも楽しめる文化を作ろうとしていました。今回展示されている『長い長いお医者さんの話』もそうですが、実はこれは依頼原稿です。この時代の新聞記者はいろんなものを書いて紙面を埋めていかなきゃいけない。一人何役もこなすわけです。カレルとヨゼフは、「日曜版」に子ども用の読み物も書いています。
チャペックの児童文学の特徴は、王様などが出て来ることもあるんですが、郵便屋さんなどの毎日見かける身近な人を素材にしている点があります。チャペックはお話というのは、身近なことや、生活から生まれてきているんだと言っています。
その中のひとつである『郵便屋さんの話』は、郵便配達員のコルババさんがうつらうつらしていると、夜中に小人たちが現れて、手紙でトランプをしている。一枚だけ温かい手紙があって、これは心がこもっている手紙だと。でもその手紙には、宛名も差出人も書いてないんです。コルババさんはどうしてもその手紙を届けたいと、1年かけて手紙を届けるというお話です。実は教育的な側面があると思いますが、コルババさんが配達先を探しているところで、チェコのいろんな名所が出てきて、チェコの風土巡りのようにもなっているんですね。絵を描いたのは、お兄さんのヨゼフ・チャペックです。ペンで描いた非常にシンプルなものですが、それは新聞用だからなんです。新聞には縮小して掲載されるので、大きな輪郭が強調されています。

『ダーシェンカ』 出典: http://www.digitalniknihovna.cz/mzk/view/uuid:c121cd00-2d8e-11e2-89c9-005056827e51?page=uuid:fd5c89454792a3d3fdc165df8edcd95b

『ダーシェンカ』
出典:
http://www.digitalniknihovna.cz/mzk/view/uuid:c121cd00-2d8e-11e2-89c9-005056827e51?page=uuid:fd5c89454792a3d3fdc165df8edcd95b

『ダーシェンカ』の表紙を見てください。
文章を書き、
絵を描き、
写真を撮影し、
挑戦したのは
カレル・チャペック
と書いてあります。カレルは決して児童文学の専門家ではない。『ダーシェンカ』も依頼原稿ですが、ニーズがあるならトライしてみたという感覚でしょうね。それはやっぱり、この時代のチェコの雰囲気だと思います。この時代のチェコスロヴァキアはありとあらゆるものを急いで作らないといけない時代で、まだそんなに専門家がいなかった。優秀な人にはいろんなジャンルの仕事が多く舞い込んだということです。だからこそ、固定観念がなく、新しいものができたと言えます。実は装丁家のカレル・タイゲはこの作品で、テキストとイラストに加えて、写真も使っています。児童文学でフォトモンタージュを使ったのは、この1933年の『ダーシェンカ』が初めての例だと言われております。そして、カレルが描いたイラストも一筆書きですね。ヨゼフの影響を受けていると思いますが、素人とはいえ、非常に卓越した観察眼と表現力を持った人物だと思います。

画家ヨゼフ・チャペック

チャペック兄弟は二人とも、フランスの文化、芸術に傾倒しています。フランス的な芸術潮流がチェコに生まれますが、その先駆的な存在がヨゼフ・チャペックでした。カレルはフランスの詩を翻訳して、近代的なチェコの詩の石杖を築きました。ヨゼフはキュビスムの影響を受けていて、ピカソの作品と通底しているような、いろんな視点から描いた絵画作品を残しています。

キュビスムの多視点的手法は、カレルの小説にも表れており、ヨゼフがカレルに影響を与えていると言えると思います。カレルの小説『流れ星』は、ある嵐の夜に飛行機が墜落します。男の人が意識不明で身元を証明するものがなく、ある病院に運ばれます。でも、識別できるものがなくて、その人は患者Xと呼ばれます。そこにたまたま居合わせた何人かの人が、じゃあこの人はどういう人なのか、ということでいろいろと推理を働かせていくという物語です。尼僧看護婦、千里眼の超能力者、詩人という人たちが、それぞれの立場から推理をする。これはキュビスムと同じで、いろんな視点から書いていくけれども、答えは言わない。どれかが正解というわけではありません。カレルはこうした相対主義のやり方、検討に検討を重ねるという形で、小説やエッセイを書いています。そういった意味では、カレルのキュビスム的な小説、ヨゼフのキュビスム的絵画というのはどこかで通じるものがあったというわけです。

カレルはおとぎ話をつくる時には生活から出る身近なものを書きましたが、ヨゼフも絵画作品においてそうしたものを描いています。ヨゼフは1910年代にキュビスムの前衛的な作品に出会ったんですけども、1920年代は子どもを主題にしたものが増えていきます。その理由の一つには、娘アレンカの誕生があります。ヨゼフが書いた童話作品では、最初に彼女に読み聞かせて反応を見て、加筆修正していくという形で書かれていたと言われています。
また、ヨゼフはいわゆるアフリカの芸術や彫刻にオマージュを捧げていると同時に、日曜画家の絵が大変素晴らしいという内容の著作『原始民族の芸術』を出版しており、ヨゼフは絵画表現においてアマチュアであり続けようとしたと言えると思います。

ヨゼフの装丁/カレルの著作

チャペック兄弟二人がともに力を入れてきたのが本づくりでした。ヨゼフの装丁には、幾何学的なキュビスムの感覚が見られます。ただし、シンプルな一色刷りが多く、複雑な多色刷りや凝ったグラフィック加工はやらない。シンプルで幾何学的なんだけれども、図案の配置を計算し尽くして立体的で躍動的なブックデザインになっている。パッと目を引く、そういった効果を出すために非常に細かいことをやっています。展覧会場でぜひ実際に見てお楽しみください。

チェコは中世の宗教戦争で負けたことで、貴族階級があまり存在しないんです。国ができた当時ほぼ均一な社会階層になっていた。芸術家たちはそうした市民に楽しんでもらえる芸術ということで、本作りに力を入れていました。本は買おうと思えば買えるんです。そして書棚に置くだけでちょっとしたアートになる。そういった一番身近な芸術が本でした。

ロボット

最後に「ロボット」についてお話しします。1920年に発表された戯曲『R.U.R.』から派生した言葉です。『R.U.R.』というタイトルは、「ロッサム社のユニバーサルロボット」という意味です。展覧会会場には、ベドジフ・フォイエルシュタインという人が描いた舞台案が展示されています。大変貴重なものですので、ぜひご覧いただきたいです。非常に色彩豊かで近未来的な、1920年代としては先端的な表現です。フォイエルシュタインは日本と所縁がある作家、美術デザイナー、建築家で、東京の築地の聖路加国際病院を手がけています。チェコ系の建築家が日本にも数多く来ていたんです。
「ロボット」と言う言葉の由来はちゃんとわかっています。しばしばいろんなクイズとかで「ロボットを発明したのは誰ですか」「カレル・チャペック」というのがありますが、これは間違いです。実はヨゼフ・チャペックなんです。カレルが「人工の労働者をどう呼んだらいいのか分からないんだ」とヨゼフに相談したところ、「ロボットにしたら」と。ロボットとは、チェコ語で「ロボタ」、つまり「賦役」を意味します。
もう一つ間違っていはいけないのは、カレルが描いたロボット像です。みなさん「ロボット」と聞いてどういうものを思い浮かべますか。

出典: https://www.denofgeek.com/us/culture/279175/the-legacy-of-rossums-universal-robots

出典:
https://www.denofgeek.com/us/culture/279175/the-legacy-of-rossums-universal-robots

これは1938年にBBCテレビが作ったロボットですが、どうですか。金属っぽくて、動作がカクカクしていそうな。これは、カレルの戯曲を読んでいない証拠です。戯曲にはロボットとはどういうものか、ちゃんと書いてあります。「金髪の女性には典型的なうぶ毛まであります。目は小さめですけれど」と。実は人間の造形そっくりなものとして考えられていたんです。今で言うアンドロイド寄りです。ロボットの作り方も書いていて、粉末を混ぜて作るというシーンがあります。日本語だとよく分からないんですが、チェコ語で「チェスト」、つまり「練り物」を指します。プラハに昔からあるゴーレム伝説というユダヤのお話があります。土くれから作った人造人間がいて、あるお守りの言葉を入れると自分のいうことを聞いて、自分の二倍の仕事をしてくれる召使いとして作ったという内容です。つまり、チャペックがいきなりゼロから人造人間を作り出したのではなくて、ゴーレム伝説が下敷きになっている。ゴーレム伝説では、ある時お守りの言葉を入れ忘れて、夜になって召使いが暴れ反乱を起こしますが、この内容もチャペックの『R.U.R.』と重なっていますね。

おわりに

チャペック兄弟は生活に根ざした考えを持ち、日常生活を大事にしていました。カレルは徐々に電車も満員電車になって、人間らしさが失われてきている、仕事をするために仕事をしていると危惧していました。カレルもヨゼフも、人間らしさ、生活感を大事にし、どこか超えてはならない一線という意識を持っていて、それを超えるものとして生まれたのがロボットという造形だったかもしれません。

チャペック兄弟は、皆さんにいろんな入り口を作ってくれています。純粋にかわいいもの、SF的なもの、思索へと誘うもの。チェコスロヴァキアという新しい国ができて、新しい芸術、娯楽、哲学、思想、美術、本を作り上げていった二人です。いろいろな入口から入って、チャペック兄弟の世界、そしてチェコ、さらには中央ヨーロッパへと興味を広げ深めていっていただければと思います。今日はありがとうございました。

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本展会期は7月15日(月・祝)まで。阿部賢一先生の講演レポートを読んで展覧会をご覧いただくと、違った発見があるかもしれません。ぜひ、足をお運びください。

【展覧会ページ】
「ロボット」誕生100年記念
チャペック兄弟の絵本・ブックデザイン・舞台

2019/6/8 − 7/15

チャペック兄弟の絵本・ブックデザイン・舞台

オープニングイベント 講演チャペック兄弟の創作とその時代 レポート前編

展覧会オープニングイベントとして、中東欧美術および文学を専門に、多数翻訳を手掛け、東京大学で准教授として教鞭をとっている阿部賢一先生をお招きし、チャペック兄弟が生きた時代とその創作についてお話いただきました。非常にわかりやすく面白いと大好評でしたので、その内容を抜粋・編集したものを2回に分けてお届けします!

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(阿部賢一) 今日はこういった機会に福岡でお話しできて大変嬉しく思います。

カレル・チャペックが「ロボット」という言葉を世に出したのは1920年、ちょうど100年前のことです。私たちが知っている人造人間の雛形を作ったのが、このカレル・チャペックという人物です。今日は、なぜこの時代にチェコスロヴァキアで「ロボット」という言葉が生まれたのか、なぜチャペックという作家が誕生したのか、ということをお話していきたいと思います。

チェコスロヴァキア共和国

出典:„Atlas Světa“ Praha: Vojenský zeměpisný ústav v Praze, 1931. (https://cs.wikipedia.org/wiki/Soubor:R%C4%8Cs._Pom%C4%9Bry_n%C3%A1rodnostn%C3%AD.jpg)

出典:„Atlas Světa“ Praha: Vojenský zeměpisný ústav v Praze, 1931.
(https://cs.wikipedia.org/wiki/Soubor:R%C4%8Cs._Pom%C4%9Bry_n%C3%A1rodnostn%C3%AD.jpg)

チャペック兄弟は、チェコスロヴァキアができた時代の立役者です。1918年、第一次世界大戦でオーストリア=ハンガリー帝国がなくなり、チェコスロヴァキアという国が誕生しました。こちらが当時の地図です。非常に横長い。左側が今のチェコです。国境が、ドイツ、オーストリア、ポーランドに接している。このオレンジのところは、今日のウクライナになります。かつてのチェコスロヴァキアはとても大きかったんですね。住んでいる民族で色分けしています。最も多いピンクがチェコスロヴァキア人です。左側の水色がドイツ人。ドイツ系の人々が当時から多かったということがお分かりいただけると思います。緑がハンガリー系。オレンジはポーランド系、あとはロシア、ウクライナなど。チェコスロヴァキアは多民族、多文化の国でした。
国ができあがった時に中心となったのが、マサリク大統領です。私たちにとっては、国ができるという感覚は分かりづらいかと思うんですが、国ができるということは、すべてを一から作るということです。紙幣をつくる、切手をつくる。ありとあらゆる役所、省庁、かつては領事館しかなかったところが大使館になる。一夜にしてとは言いませんが、短期間の間に、すべてをプラハで担うようになります。その時に活躍したのは官僚や政治家だけでなく、あらゆる文化人も動員されました。例えば、チェコスロヴァキア建国後作られた10コルナ紙幣。国の依頼で、皆さんご存じのアルフォンス・ミュシャ(チェコ語の発音ではムハ)が手がけました。国から依頼され、芸術家たちが短期間でそれまでなかったものを作った時代でした。今日お話しするカレル・チャペック、ヨゼフ・チャペックの芸術家兄弟も、ミュシャのように、チェコスロヴァキア建国時に大きな役割を担ったのです。

チャペック兄弟

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Karel_a_Josef_%C4%8Capkov%C3%A9_1927.jpg

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Karel_a_Josef_%C4%8Capkov%C3%A9_1927.jpg

カレル・チャペックは、小説やおとぎ話の作家、劇曲家として知られていますし、ヨゼフ・チャペックは画家として知られています。日本ではあまり訳されていませんけど、ヨゼフは詩人でもありました。共通するのは、二人とも生涯記者であったということです。彼らは、チェコスロヴァキアができてから、第二次世界大戦が始まる前の1939年3月にチェコスロヴァキアがドイツ保護領となり、国がなくなるまでの約20年間に8〜9割の作品を作りました。

カレルはその前年1938年のクリスマスに48歳という若さで、肺炎が原因で亡くなっています。ナチスの侵攻が続いている状況で、プラハ城の聖ヴィート大聖堂で夜通しクリスマスに祈り、寒くて体も冷えて、肺炎にかかったのではないかと言われています。
ヨゼフも当時非常に影響力のある人物だったため、すぐ捕まりました。初めはいろんな収容所で絵を描く仕事をしていましたが、最終的には強制収容所で亡くなったと言われています。ヨゼフがいつどこで死んだのかは、遺体が見つかっておらず分かっていません。

じゃあ、新しい国ができてわずか20年で無くなってしまうという状況の中で、二人は何をしたのか。画家であるミュシャが切手や紙幣のデザインをした時に、作家であるカレル・チャペックは言論空間、つまり社会情勢の基礎となる言葉を作っていきました。新聞にいろんなエッセイや政治的な記事、チェコスロヴァキア人の文化生活について書きました。また、カレルは毎週金曜日に自宅に文化人を招いていたのですが、この「金曜日会」にマサリク大統領もお忍びでやってきて、いろんな議論をしたと言われています。

出典:https://cs.m.wikipedia.org/wiki/Soubor:T._G._Masaryk_a_K._%C4%8Capek.gif

出典:https://cs.m.wikipedia.org/wiki/Soubor:T._G._Masaryk_a_K._%C4%8Capek.gif

カレル・チャペックの作品を紹介しますと、みなさんご存じの『長い長いお医者さんの話』、『ダーシェンカ』といった児童文学。それから『ロボット(R.U.R.)』のような近代SF。『絶対製造工場』や『クラカチット』といった放射能を想起させるような作品。不死の女性が登場する不滅をテーマにした戯曲『マクロプロス事件』。短編推理小説『ひとつのポケットから出た話』。哲学小説も書いています。いろんなジャンルを書いているんです。これはチェコスロヴァキアという国が新しくできたということと密接に関係しています。こういったことは、この人はこの分野といった住み分け、つまり専門化が進んでいるフランスやドイツでは起きない現象です。もちろんチェコ文学というのは以前からありましたが、国の人口も増えて、共通して読める国民文学となるのはこの時が初めてだったんです。そこで、カレル・チャペックは、子どもから大人まで、さらには哲学、SFもの、息抜きができるようなエッセイまでと、縦横無尽にありとあらゆる層を対象に書き、文学の土台を作ったのです。

さらに特徴的なのは、それらの作品の多くが新聞小説だったことです。彼はジャーナリストだったので、都度どんどん書いていった。かつて夏目漱石がそうだったように、チャペックの主要な作品は新聞小説で読まれてきました。単に今のように、特定の小説家が特定の小説を書いて、文学好きな人が読むというのとはちょっと違います。日本だと明治時代あたりを想像していただければと思いますが、特段文学好きというわけではない層も、この時代は新聞小説を読んでいた。先ほど言った言論・文化空間というのはまさにそういうことで、今まで以上に日常の出来事も含めた問題が作品で書かれていました。あとは『園芸家12ヶ月』というマニアックなエッセイや旅行記もありますし、いろんなジャンルの作品を多数書いていったのです。

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レポートは後編へ続きます。

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「ロボット」誕生100年記念
チャペック兄弟の絵本・ブックデザイン・舞台

2019/6/8 − 7/15

日常のとなり anno lab

オープニングレセプション レポート

初日にanno labの皆さまをお迎えし、オープニングレセプションを行いました。活動拠点の福岡で初個展ということもあり、たくさんの方にご来場いただきました。当日の様子をお届けします。
(以下はオープニングレセプションでのトークを一部抜粋・編集したものです。)

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(アルティアム・安田)本日は「日常のとなり anno lab」オープニングレセプションにお集まりいただき、ありがとうございます。本日は、anno labのメンバーの皆さんに来ていただいています。

今回、「九州発信プロジェクト」という九州の魅力的な取り組みや表現活動を紹介するプロジェクトの一環として、anno labにお声掛けさせていただきました。 anno labは地元・福岡を拠点に、福岡市科学館、福岡市動植物園、福岡タワーなど、地元に根付いて活動をされているところ、「世界一楽しい街を創る」をモットーに活動されているところに興味を持ちまして、anno labだったらどんな展覧会をつくるのだろうと思ったのが、本展のはじまりです。

「日常のとなり」というテーマで、ここにリビングの部屋が出現し、実はこの中に、約20点の作品が潜んでいます。このあと、どこに作品があるのか発見し体験を楽しんでほしいと思います。

それでは、anno labの代表である藤岡定さんから、今回「日常のとなり」をテーマに設定した思い、どういったところを楽しんでほしいかをお話しいただければと思います。

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(anno lab代表・藤岡定さん)今日はお集まりいただき、本当にありがとうございます。この展覧会で、「日常のとなり」をテーマに設定したきっかけですが、元々ぼくたちがものをつくる発想の中で、日常に落とし込んだ作品をつくりたいという思いがあります。

ものをつくる時のアプローチとして、非日常をつくりだして、日常を忘れて楽しい気分になってもらう方法もあると思います。一方で、ぼくたちはどちらかというと、日常自体をどんどん楽しくすることで、人生がどんどん豊かにになっていくのではないか、という思いがあり、日々ものづくりをしています。

この空間コンセプトは、まず実家に帰ってきた感覚になってもらおうと考えました。会場の入り口である押入れの中から服をかき分けて入っていくと、「なんじゃこりゃ!家やん!」という驚きとともにスタートしてもらいます。

こういった日常の空間をつくりだし、13人のメンバーが、それぞれの視点で、日常を切り出して、日常のとなりにどんなものがあれば、自分はわくわくするだろう、どういうものに知的好奇心を持って、ここまで生きてきたのだろうと考え、約20点の作品として形にしてもらいました。それぞれに味のある作品ができたのではと思います。

このリビング部屋の空間には、何の説明やキャプションもなくて、どこに作品が存在するのか、全く分からない状態ですが、実は、奥の空間では、リビング部屋の空間と同じ間取り図になっていて、ソファーやテーブルなどそれぞれの位置にどういった作品が仕掛けられているのか説明しています。

リビングの部屋で運良くいろんな作品を見つけられた方は、もちろん楽しんでいただけますが、もし見つけられなかった方も、奥の空間に入って、こういう作品があったんだ、じゃあもう少し遊んでみようと、楽しんでいただける仕組みになっています。

皆さまには、会場内の様々な作品を体験して、自分の日常を振り返り、日常でどういうことをすれば、もっとわくわく暮らすことができるだろうという発想に至るきっかけになればと思っています。

この作品をつくるにあたって、いろいろな方にご助言、ご鞭撻をいただきました。アルティアムにも本当に感謝しています。そして、メンバーの方々、来ていただいた皆さん、本当にありがとうございます。それでは、皆さん楽しんでください。

(安田)ありがとうございました。
会期中は、二つのイベントを予定しております。一つは、5/12(日)に、anno labと建築事務所Drawing Heads Fukuokaさんが共同開発した建築知育玩具KUMICAを組み立てて遊ぶワークショップを行います。イムズB2Fで11〜16時の間、予約不要で随時参加できます。ぜひ遊びにいらしてください。
もうひとつ、5/18(土)にギャラリーツアーを行います。会場内でanno labの皆さんが作品について解説いたします。この作品にこういった意図があったんだという発見のあるギャラリーツアーになるかと思います。こちらも予約不要です。ぜひご参加いただければと思います。

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2012年に九州大学芸術工学府出身の4名で設立されたanno lab。現在のメンバー13名による作品を日常空間の中で見つけながらお楽しみください。
会期は6/2(日)までです。※休館日5/21(火)。ぜひ、会場に足をお運びください!

【展覧会ページ】
日常のとなり
anno lab

2019/4/27 − 6/2

田根 剛|未来の記憶

田根 剛 トークイベント レポート3

田根 剛 トークイベント「Archaeology of the Futureー未来の記憶 Image & Imagination」』レポート最終回です。第一回目二回目と合わせてご覧ください!

ホーム

(池田美奈子さん)今パリに事務所を持っていらっしゃるということですが、田根さんにとって、ホームはどんな所でも良いのでしょうか。現在たまたまパリということなのか、どこに行っても外部者という立場を好むのか。拠点やホームについてはどのようにお考えでしょうか。

(田根剛さん)あまり考えてなかったかもしれないです。現場がホームという感じです。今回も福岡に良い展覧会をつくろうという思いで来ているし、次の現場があればそこで一生懸命働くし、パリに戻ったらその中で日々の仕事をする。今は、現場で一生懸命やることがホームという感じですね。

(池田さん)なるほど。

(田根さん)その時にチームワークが重要で、関わる人たちとの信頼づくり、良い意識を持ってその場その場で活動するようにしています。

 

基本に戻る

(池田さん)バックグラウンドも価値観も国籍も違うであろう30数名の方々とチームワークをつくるときに、何を大事にされていますか。

(田根さん)今年初めにスタッフに伝えたのは、もう一度自分たちの基本に戻ろうということ。大きな展覧会も含めて、去年はかなり大変な一年でした。その一年を終えて、彼らにも自分にも言い聞かせたのは「back to the basic」。最も基本的なところに戻る。
日々働いていると、今日ここに何をしに来たのか考えなくなってくる。毎朝何がしたくてこの場所にいて、何をしようとしているのかという意識や思いが、ちゃんと自分自身に問いかけられているか。
ここで仕事をしたい、こういう建築をつくりたいという思いが、毎日の仕事のベースにあってほしいと。それを問いかけながら、この一年仕事をやろうと彼らに話したし、僕自身もこれから先に向けて、その基礎が固まらないともっと先にいけないなと思いました。

(池田さん)何か転機があったのですか。

(田根さん)去年本当に大変だったということ、そして全て出し切ったからですかね。10年以上の仕事を、展覧会と「Archaeology of the Future」というマニフェストも含め、多方面に紹介してくださって、自分たちの手を離れて何かが伝わった印象がありました。
そこから更に次のステージにいきたいと思ったときに、原点に戻って基礎を固めないといけないと思った。このままやっていけば良いと安心したくなかった。ここからまた次に行くために、今何をしたら良いのかをもう一度、自分に問わないといけないということです。

(池田さん)厳しいですね。そのまま進むこともできそうですが、それは見直して、常にとどまらずにチャレンジされている。

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考えなくていいことは考えない

(池田さん)例えばエストニアのコンペは当時26歳で若くして挑戦されていますよね。エストニアは当時、安定したかしないかくらいの、政治的にも転機だったと思います。
非常に思い切ったことにチャレンジされているなと思います。そういうところにあえて飛び込んでいこうと思われた理由をお話いただけますか。

(田根さん)そうですね。チャレンジ精神は大事だと僕は思っているので、自分自身が本当にやりたいのか、ということ以外はあまり考えない。
20歳から海外に住み始めたことも含めて、大変だったけど一生懸命だったし、いろんな人の力もあってそれなりに楽しくできた。あまりやる前から大変そうだとか、頭で分かったかのような気になるより、とりあえず行ってみて、大変でも頑張ってみれば良いんじゃないかと思っています。

エストニア国立博物館も完成まで10年かかって大変でしたね、と言われます。大変だったかもしれないけど、やることもいっぱいあったし、どれだけやっても足りないほどの大きなプロジェクトだったので頑張るしかなかった、ということですよね。

(池田さん)規模もそうですし、転換期を迎えた国だった。エストニアにとっての最初の博物館ですか。

(田根さん)エストニアがソ連から独立をしたとき、国の約束として、国立博物館、美術館、オペラ座の三つをつくると宣言しました。実は過去に国立博物館という民族の精神を語る場を絶対につくりたいと、2、3回コンペも実施されましたが、頓挫したという経緯もありながら、いよいよ開かれたのが2005年の国際コンペで、初めて参加しました。

(池田さん)ある意味、エストニアという国のアイデンティティー、希望を背負った感じですよね。

(田根さん)もちろんそういった背景を建築が背負うことも大事ですが、一方で、何か創造していくというのは、規模が小さかろうと大きかろうと、考えすぎて、背負い込むのも良くないと思っています。

(池田さん)自由にできなくなる感じがしますね。

(田根さん)そうですね。様々な制約から解き放たれて、自由にものを創造できるのが建築の魅力なので。建物をつくる為の法律や予算のしばりはあっても、「建築を考える」ことは、本当に自由にやっていたいなと思います。考えなくていいことは考えない、考えたいことを一生懸命考えるというスタンスでやっています。

(池田さん)考えなくてもいいことは考えない。大事ですね。

 

三つの部屋

(池田さん)展覧会の見方があれば教えていただけますか。

(田根さん)展覧会場は、三つの部屋に分かれています。「Image & Imagination」というサブタイトルに基づいて、Room1は僕らのプロセスの原点ともいえる膨大なイメージの空間があります。Room2では、ものしかない空間に変わり、建築のプロセスでいうと、つくっていく作業が垣間見える部屋だと思います。今回は、いわゆる建築展にある図面も写真も、スケールという大きさを測るものもありません。模型を置いて、見る人が考古学的に、何がどれに繋がっているのか発掘するように見てもらう展示になっています。Room3は、リサーチや模型を経てできあがったプロジェクトのプロジェクション映像です。建物を展示会場に持ってくることはできなくても、映像技術を通して、空間体験ができればと思い、映像担当の方と制作しました。

(池田さん)3面の非常に大きな映像ですね。

(田根さん)限られたスペースの中で、全く異なる体験ができたらと思っています。

(池田さん)情報がぎゅっとつまっていて、本当に見応えがありました。

 

手を動かしながらイメージをつくりだす

(池田さん)Room2を拝見して面白かったのが、棚の上の模型です。つくっているライブ感が伝わる模型の原型、粘土や発泡スチロールでつくったもの、カラーのチップ等が置いてあります。
イメージを形にするより、手を動かしながらイメージ、アイデアをつくり出しているのかなと感じました。

(田根さん)仰ってくださったように、イメージしたものを形にするのはあまり面白くないんですね。最近は、つくっていくうちに思いつき、最終的に「こんなものができてしまった」、というプロセスのつくり方をし始めました。

(池田さん)もうひとつ面白いなと思ったのが、プロジェクトごとに分かれた棚に一文入っていますよね。非常に印象深い、ああそうかと膝を打つような言葉が随所に書かれています。これも結構見逃せないなと思いました。

(田根さん)会場内には、唯一その一文しかプロジェクトの解説といえるものはないので、言葉の力を借りて伝えられること、考えていることをテキストにしました。

(池田さん)あの一文は、建築を考えるときに、膨大な言葉が出てくる中で、選び抜かれた一文ということになりますか。

(田根さん)大概は、そのときに本当に思ったこと、書いているときに思ったことを率直に言葉にしていることが多いですかね。

(池田さん)ぜひ注目していただければと思います。

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Room 2 展示風景 撮影:古賀亜矢子

 

展覧会に足を運ぶ

(池田さん)これから展覧会をご覧になる方に、何かメッセージはありますか。

(田根さん)展覧会は、今見ないと終わってしまうもので、見ないと分からない。見たことで、何か自分のためになるかもしれないし、時代を感じるかもしれないし、怒りをおぼえるかもしれない。
また展覧会は、今起きていることをダイレクトに感じる場だと思います。見たものを自分の中にとどめず、人と話したり、それにより見方の違いを理解したり、そういった意味で展覧会は非常に大事なものだと思っています。

もうひとつは、芸術鑑賞は知的な好奇心を学ぶ場だと思います。そこにある意味を問い、何の関係があるのか、知的に読み解くことによって、よりたくさんのものを知ることができます。文化や芸術の意味を考える場として、ぜひ展覧会を通して、ただ見た、感じたというだけではなく、そこから次に繋がるものを考える、という体験をしていただけたらと思います。展覧会を見て、いろんな方と話していただけたら嬉しいなと思っています。

(池田さん)ありがとうございました。展覧会を介してアイデアを交換したり広げたりするような機会になればと思います。

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田根さんのお話をお読みいただいたうえで、もう一度展覧会をご覧いただくと、見る人それぞれに違った発見があるのではないでしょうか。本展会期は3/10(日)まで!ぜひ、足をお運びください。

【展覧会ページ】
田根 剛|未来の記憶
Archaeology of the FutureーImage & Imagination

2019/1/19 − 3/10

田根 剛|未来の記憶

田根 剛 トークイベント レポート2

建築家・田根剛さんと、聞き手に池田美奈子さんをお迎えし、開催した『田根 剛 トークイベント「Archaeology of the Futureー未来の記憶 Image & Imagination」』レポート二回目です。第一回目と合わせてご覧ください!

記憶とは何か

(池田美奈子さん)今回サブタイトルを「Image & Imagination」とし、東京二会場と変えていて面白いなと思いました。そしてマニフェスト、「記憶は未来をつくる」という部分に非常に共感しました。
記憶というと、正しいとは限らないですよね。人は絶えず変わっていってしまう。記録は残るかもしれないけど、記憶は人の中にあって、ときに都合の良いように、または年代によって変わるかもしれない。「記憶」についてもう少し具体的にお話いただけますか。

(田根剛さん)ひとつ記憶が良いのは、記憶に正しいも間違いもない。一番大切なことは、正しさではなく、その記憶に何の意味があるのかを問いかけられることです。その問いが、記憶の力になるのではないかと思うと、僕らがものをつくる原動力もそこに集中していきやすい。
また記憶というと、人の記憶と思われがちですが、ここで語っているのは、場所の記憶です。人の記憶は変わって忘れられても、場所の記憶は絶対に忘れない。古代でも現代でもその場所で起きたことを僕らは掘り返し、その場所が持っている最も大切な記憶はなんだろうかと考えます。それを建築として残し伝えることで、もしかしたらそこから未来をつくることができるかもしれないと考えています。

(池田さん)なるほど。それが根本的な考え方なのですね。

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リサーチとクリエーション

(池田さん)アルティアムの展覧会は、膨大なリサーチ資料の部屋から始まります。建築の展覧会ということで、模型や図面、あるいはドローイングがあるのかなと思ったら、いきなり圧倒的な量のリサーチがある。

(田根さん)そうですね。

(池田さん)学問としてのアーキオロジー、考古学は、事実を求めていきますよね。でも、田根さんの場合、事実ではなく、何か別のものを掘り返している気がします。というのは、膨大なリサーチのイメージに添えられたキーワードが、どこかポエティックで恣意的なものかもしれない。それらのキーワードが、どうクリエーションに変わっていくのでしょうか。

(田根さん)その土地を掘り返して、様々な地層や土から見つかったものによって、歴史的な発見もできるかもしれないというモチベーションがある。
過去を掘り返すことで、歴史的な発見をしたいというのが考古学者であれば、僕らも同じように未来を創造したいという気持ちで、一見時間軸では未来とは真逆な過去を掘り返していく。このモチベーションが、日々の仕事に、密接に繋がっているような気がしています。

今回の展示は、最初の部屋に「記憶とは何か」をリサーチした約1,500枚以上の膨大なイメージがあり、ここに記憶の力が蓄積されているのではと考えています。イメージの中に、6つのキーワードがあり、例えば、「SYMBOL」の周りには、象徴的な画像や図像があります。古代人はシンボリックなものを見てそれを記憶してきた。または、シンボリックなものによって何かを崇拝、信仰する、祈る力があった。僕なりに、「象徴は記憶の原点ではないか」と考えています。他には、「IMPACT」の周りには、突然起こる出来事、予期せぬ衝撃を受けることで、「衝撃が最も強い記憶ではないか」。また「NARRATIVE」では、我々にとっての「記憶とは物語や伝承によって繋がる」ことができるのではないか、などの考えを展示しています。

イメージから様々な想像力を働かせ、建築を考え始める。これが基礎的な思考のプロセスだと思うと、この部屋なしで「Image & Imagination」というサブタイトルを語れないと思い、今回の展示構成に加えました。

(池田さん)展示を見られる方は、最初の部屋を読み解くと本当に面白いと思います。

(田根さん)読み解こう思えば、1時間でも2時間でも楽しめると思います。

 

リサーチの面白さ

(池田さん)プロジェクトごとに、このようなリサーチをされるのですか。

(田根さん)そうですね。どんなに小さなことでもやります。例えば、お酒のボトルをデザインしたことがあるのですが、たった一本のボトルデザインでも、お酒、ワインの容器の歴史的変遷やお酒を発酵させるプロセスを調べたりします。そうすると、大概はメソポタミアに辿り着くことが多いです。またこの文明に辿り着いたのかというくらい、大概のことはメソポタミア文明がやってしまっている。
メソポタミアで様々なものが発明されて、それを強い信仰で意味をつくり出したのがエジプトであったり、思想や哲学をつくったのがギリシャだったりします。ただ、大体はメソポタミアで発明されているというのが、僕の今のところの感想です。

(池田さん)そうすると、メソポタミアで生まれたものを、時間と空間を超えて我々は根源に持っていると。

(田根さん)コップにしても、持ちやすくするための取っ手は、メソポタミアが発明しています。ふたをすることもです。そういう意味でもなかなかすごい人々ですね。今日はそういう対談ではないですけど(笑)。

(池田さん)リサーチをやることでそういった発見がある、という面白さですよね。

(田根さん)僕らはまず言葉と本から学ぶことが多く、本を読みながら、書かれている言葉や気になっていることを見つけつつ、短時間で膨大な情報量を集めることができるインターネットを活用して作業をします。その作業がないとこのような様々な時代やスケールのものを扱えなかったのではと思うと、面白いですね。

 

ラベルを剥がす

(池田さん)あのリサーチの部屋自体がひとつの宇宙のように見えます。何かのプロジェクトがあれば、そこにだんだんフォーカスしていくと思いますが、全体の中であるものをどう位置付けていくのでしょうか。例えば「日本である」ということを、全体の中でどう位置付けますか。

(田根さん)例えば、「ここは日本である」といった抽象的な既成概念はどんどん外してしまう。そのとき、信じられるのは具体的な「場所」で、地名は信じていいと思っています。既成概念を外したときに何が見えるか、残っているか。または全く違うものを照らし合わせ、比較することで、何が見えてくるか。
日本という一応の概要はあっても、日本はどこかというと特定の場所はない。建築はその場所に建つので、場所の記憶の部分を探ってリサーチを行います。

(池田さん)なるほど。ラベルを剥がしていくということですかね。

(田根さん)そうですね。既成概念や一般化されたものは気にしないで、次々見ていくということですかね。

(池田さん)多くの人がラベルによって物事を認識して生きている中で、田根さんたちは、ラベルはないものとする、あるいは膨大な作業をするうちにどんどんラベルが剥がされていく。

(田根さん)そうかもしれないですね。一般的な見方をすると、どんどんものごとがつまらなく見えてきてしまう。でも、ものの意味を深く探っていくと、非常にたくさんの記憶が蓄積されている。
そう思うと、知っていく想像力が面白い。何も知らないことを前提に、知ろうとする好奇心が、物事をより深く広く繋げていく作業が面白いなと。

(池田さん)そういったベースがあると、まったく見たこともない新しいものがつくれる。

(田根さん)つくれるかもしれない。僕らがつくるものは基本的には建築なので、リサーチしたことがダイレクトに形や色に反映されるという訳ではありません。あくまで知らないことを知ることにより、自分たちの中になかったものが次々と思考の中に入ってきて、そこから何かつくりたいという衝動に変わっていく。内側からこみ上げる衝動をより強くする仕事としてやっています。

(池田さん)体づくりのような感じですかね。

(田根さん)基本は体育会系なので、筋トレとしてやっているような部分はあるかもしれないですね(笑)。

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Room 1 展示風景 撮影:古賀亜矢子

 

リサーチを始めたきっかけ

(池田さん)体育会系というのが気になってしまったのですが、どういうことでしょうか。

(田根さん)実は、元々スポーツをずっとやっていました。
2011年に長野・松本で、サイトウ・キネン・オーケストラという小澤征爾さんの舞台で、オペラの舞台空間をつくる仕事がありました。その時に舞台裏でオーケストラの方々がリハーサル前に個人でウォームアップをしていました。日々のトレーニング、ウォームアップで自分と向き合っている時間やその音色がとても美しくて、それを見たときに非常にショックを受けました。

基礎トレーニングとして、音楽家であれば本番に向けてリハーサルや練習をする。スポーツであれば、試合に向けてトレーニングを行う。それに対して、設計をやっている僕らが、いきなりプロジェクトを始めてしまうのは、何の準備もしてないのではないかと。
そこから、僕たちであればリサーチを基礎トレーニングとして繰り返すことによって、本当にオリジナリティのある仕事ができるのではないか、と気づき、必要を感じて、基礎の作業としてリサーチを始めました。それが、今仕事に大きく役立つようになったという経緯があります。

(池田さん)非常に納得感がありました。

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レポートは第三回に続きます!

【展覧会ページ】
田根 剛|未来の記憶
Archaeology of the FutureーImage & Imagination

2019/1/19 − 3/10

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