鈴木マサルのテキスタイル展

ワークショップ オリジナル缶バッチをつくろう! レポート

12/17(日)に鈴木マサルさんを講師にお迎えし、缶バッチづくりのワークショップを開催しました。当日は多くの方にご参加いただき、ありがとうございました。ワークショップの様子を画像を交えてご紹介します。

まず、たくさんの種類の中からテキスタイルを選びます。今回使用したテキスタイルは、すべて鈴木さんデザインのもので、会場に展示している、初お披露目の「サルスベリ」や「ケーキ」の柄もご用意していただきました。鮮やかなたくさんの色柄を前に、どのテキスタイルのどの部分にするか、缶バッチになるイメージを広げながら、皆さん真剣です。

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テキスタイルが決まったら、型紙になる透明のシートを当てて、直径8cmほどに丸く切り抜きます。

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切ったあとは、缶バッチ製造機にはめて、レバーを押します。向きを変えてもう一度くり返し、再度レバーを上げると、オリジナル缶バッチが完成です!
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学生さんの参加も多く、混み合う中、参加者の方々へアドバイスをしてくれる鈴木さん。お子さまも夢中でつくっていました。
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完成した缶バッチは、同じテキスタイルを使用しても、それぞれその人らしい仕上がりになっていました。

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一日限りのワークショップで終わってしまうのがもったいないくらい、完成度の高い缶バッチができあがりました♪テキスタイルや色柄を身につける楽しさを実感できるワークショップとなったのではないでしょうか。

ワークショップは終了しましたが、最終日1/14(日)に再度鈴木さんが来場し、ギャラリーツアーを開催します!会場内のテキスタイルやプロダクトについて鈴木さんの解説を聞くことのできる貴重な機会に、ぜひご来場くださいね。

【展覧会ページ】
鈴木マサルのテキスタイル展
目に見えるもの、すべて色柄

2017/12/9 − 2018/1/14

鈴木マサルのテキスタイル展

会場レポート

好評開催中の本展も会期の折り返しを過ぎようとしています。今回のレポートではアルティアムとサテライトの展示風景をご紹介します。
アルティアムでは、鈴木さんご自身が好きな色の一つであるという赤いエントランスがお出迎えしています。

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会場は、主にラグ、傘、ファブリックバネル、テキスタイルが展示された壁面で囲まれたワンフロアの展示構成となっています。

ユニークな動物がデザインされた「ラグ」
2014年にインテリアメーカーのスミノエより発売されたシリーズです。肌触りの良いウール、もしくはナイロン素材でできています。トナカイの角が木になっていたり、鳥の羽が植物になっていたりと、よくみると、少し不思議な動物たちに出会えます。

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雨の日が待ち遠しくなる「傘」
2011年以降のコレクションからすべての柄が展示されています。配色はさらにバリエーションがあるそうで、ファッションアイテムを取り扱うムーンバット社でつくられたものです。壁一面に展示された傘は、40種類以上!こんなカラフルな傘があれば、憂鬱な雨の日も楽しい1日になりそうです。ぜひ会場でお気に入りの色柄を見つけてみてくださいね。

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大胆にトリミングされた「ファブリックパネル」
本展のために、これまでにデザインしてきたものをパネルにして展示しています。フクロウ(tree keeper)やゾウ(elephant woods)などのモチーフは、ハンカチやトートバッグなどに展開されており、会場に併設のポップアップショップで購入できます。鈴木さんデザインの特徴のひとつとも言える、ダイナミックで大きなプリントテキスタイルも必見です!

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天井から吊るされた色鮮やかな「テキスタイル」
鈴木さんによるブランド「OTTAIPNU(オッタイピイヌ)」の生地を天井から吊るしています。ケーキとサルスベリのモチーフは新作で、福岡で初お披露目となります。初めて色が思い通りに出せたと12月16日に実施したトークイベントでおっしゃっていた新作2作にご注目ください♪これらのテキスタイルは、会場内をすべて色と柄で埋め尽くすべく、生地の両端部分や裏面の白地を、特別に加工しています。どの角度から見ても色と柄!空間全体にランダムに吊るされたテキスタイルの中をくぐり抜けながら、配色やユニークな柄など細部までお楽しみください。

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また、会場内に設置された椅子は、アルテック社のスツール60を鈴木さんのデザイン仕様に塗装したものです。椅子の座面、側面、脚すべてが色柄です。この椅子の上には、鈴木さんによる「色」にまつわる6つのストーリーが置かれています。鈴木さんの色への想いや体験などが綴られており、展示を見ながら文章を読みすすめると、色を使う楽しみが増しそうです。

会場内では本展のために作られた音楽が常時流れています。床一面に敷き詰められたカーペットには、傘の形を模した柄が職人さんの手によりプリントされています。来場された際は、椅子に座り、鮮やかなテキスタイルに包まれながら展示空間をお楽しみくださいね。

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会場内はすべて撮影可能です。色と柄にあふれる会場内で、お気に入りの撮影スポットを見つけてみてくださいね♪

連動企画として、イムズ12階のカフェ&スペインバル「テラッサ」では、鈴木さんのテキスタイルを使ったサテライト展示開催中!
会期中、テラッサご利用のレシートをアルテックの受付でご提示いただくと、2名様まで100円引きでご入場いただけます。ぜひご利用くださいね。

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(レポート内の写真はすべて photo Akihide Mishima)

 

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2017/12/9 − 2018/1/14

鈴木マサルのテキスタイル展

オープニングレセプション レポート

12/9(土)に開催したオープニングレセプションの様子をレポートいたします。当日はたくさんの方にご来場いただき、ありがとうございました。鮮やかなテキスタイルあふれる展示風景と合わせてご覧ください♪
(以下はオープニングレセプションでのトークを一部抜粋・編集したものです。)

(アルティアム・安田)本日は、「鈴木マサルのテキスタイル展」のオープニングレセプションにお越しくださり、誠にありがとうございます。鈴木マサルさんは、これまで東京を中心に数多く、大きな規模で展覧会を開催されています。そのような中で、ぜひ福岡・アルティアムでも鈴木さんの展覧会を開催できればと思い、オファーさせていただき、今回実現することができました。鈴木さん、本当にありがとうございます。今回の展示構成はすべて鈴木さんに手掛けていただきまして、「目に見えるもの、すべて色柄」というテーマ通りの素晴らしい空間が広がっております。ぜひ皆さまに隅々までご覧いただき、楽しんでいただきたいと思っております。それでは、鈴木さんにご挨拶いただきます。

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(鈴木マサルさん)今日はどうもありがとうございます。福岡は全く縁がなかったので、お声がかかった時に、本当に人が来るのだろうかと思ってましたが、こんなにたくさん来ていただいて、本当に感激しております。皆さん本当にありがとうございます。

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紹介していただいた通り、毎年結構大きな展覧会を開催していますが、これまではいわゆる新作商品の発表の場として展覧会をやってきました。今回のような自分の仕事、世界観を総括して見ていただく展覧会は実は初めてなんです。
なので、かなり思いきったことをやりたいという想いがありました。構想的には、見えるところ全て色と柄にしたいと思い、なんとか形にできて、とても納得のいく展覧会になったなと。それがまた福岡で実現できたというのが感慨深いものがあります。
きれいな色を見たら、本当に人の気持ちっていうのは明るくなるし、楽しくなるし、色というのは魔法のようなものだと思っています。それがテキスタイルにのっかって、人の目に入る。テキスタイルに限らず、色柄が人の生活に届いて、そこでまた新しい感情、楽しい感情が生まれていくっていうことが起こったら良いなぁと思い、日々仕事をしています。今日は本当にありがとうございました。ゆっくり見ていってください。

(安田)ありがとうございました。12月16日にはデザインジャーナリストの高橋美礼さんをお招きしてトークイベントがございます。ぜひ鈴木さんのトークをお楽しみいただければと思います。17日には鈴木さんのテキスタイルを使った缶バッジのワークショップがありまして、すごく素敵な缶バッジです。

(鈴木さん)そうですね。会場で吊り下げているような生地を持ってきますので、そこで自由にレイアウトをとってもらって、 オリジナルの缶バッジが作れますので、ぜひご参加ください。よろしくお願いします。

(安田)ワークショップは予約不要となっております。ぜひ皆さんお越しください。また、アルティアム併設ショップには、鈴木さんデザインの商品を取り扱っておりますので、そちらも合わせてお楽しみいただければと思います。本日はありがとうございました。

当日は、美術やデザインを学ぶ学生さんも多く、鈴木さんとお話したいという方の列ができました。会期中、12/16~17と、イベントで福岡にお越しの予定です。ぜひチェックしてみてくださいね。
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アルティアムにご入場時、受付にてSNSの該当画面ご提示でオリジナルキャンディがもらえるXmasプレゼントキャンペーンを12/25まで開催中!傘が当たるキャンペーンも☂ぜひご参加ください♪

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目に見えるもの、すべて色柄

2017/12/9 − 2018/1/14

Local Prospects 3

アーティストトーク〈平川渚〉レポート

12/3に開催した平川渚さんのアーティストトークのレポートをお届けします。平川さんは本展で、一般の方から手編みの編みものの寄贈を募り、集まった編みものを使用して、作品《終わりのない物語》を展示されました。今回のトークは、これまでの制作と展示作品の過程についてお話いただきました。是非、ご覧ください。
(以下はアーティストトークを一部抜粋・編集したものです。)

(アルティアム・鈴田)今日は、「Local Prospects 3 原初の感覚」最終日で、作家の平川渚さんにお越しいただいています。平川さんは、今回の展示では会場の一番奥に展示いただきました。 本日は、過去作品を振り返りつつ、今回の作品について、それから事前におこなったワークショップも踏まえてお話していきたいと思います。平川さん、それではよろしくお願いします。

(平川渚さん)よろしくお願いします。最初に、今までつくってきた作品をご紹介します。私は糸を使って、それをかぎ針で編んでいく手法で作品をつくってきました。これまでは、場所に対して自分が関わる手段として、糸を編んでいく、空間に対してつくるという作品が多いです。
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これは2009年に、大分県別府市で開催された「混浴温泉世界」という芸術祭で制作したものです。戦後すぐに建てられた古いアパートの一部分で、こういう構造の建物と建物の間に、赤い毛糸を何ヶ月かに渡って少しずつ編み、増やしていったという作品です。

《境界》(2009) 清島アパート/大分

《境界》(2009)清島アパート/大分

これは2010年に湯布院の小さな神社、御霊社でつくった作品で、これも毛糸でこの場所で編んでいったものですね。

《糸の輪》(2010) 御霊社/大分

《糸の輪》(2010) 御霊社/大分

これも2011年に福岡市にあるWALD ART STUDIOで3週間くらい公開制作をしながらつくっていった作品です。徐々に編んでいって、見るたびに様相が変化していくような作品でした。お客さんも中に入ってみていただけるようになっていました。

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《カリソメの糸》(2011)WALD ART STUDIO/福岡

《カリソメの糸》(2011)WALD ART STUDIO/福岡

これは2013年に山口市のスタジオイマイチというところで、やっぱりこれも3週間くらい滞在して糸を毎日そこで編んでいく、それをお客さんが見ていくというような作品です。

《地面を編む》(2013)スタジオイマイチ/山口

《地面を編む》(2013)スタジオイマイチ/山口

(鈴田)作品の仕事量としてかなりの量と思うんですが、どのくらいのペースで作品ができていくものですか。

(平川さん)公開制作をしていたのが11〜18時くらいで、それ以外の時間、夜とかもずっと編んでいて、ご飯を食べて夜になったら寝てという感じでしたね。結構、こういうパターンの作品は2〜3週間ひたすらその場所で編んでいくようなスタイルでやっていましたね。

《ウミのシロ》(2015)大法寺 書院/静岡

《ウミのシロ》(2015)大法寺 書院/静岡

これは2013年に、静岡県の由比町というところの古い禅寺で制作させてもらう機会があって、駿河湾という海が見える雰囲気の良い、寺の書院の一室で展示したインスタレーションです。白いのは塩で、塩と糸を使った作品です。

《ぬけ道、とおり道》(2016)糸島芸農/福岡

《ぬけ道、とおり道》(2016)糸島芸農/福岡

これが去年、福岡の糸島であった「糸島芸農」という芸術祭の作品で、稲荷山という山の中腹辺りにある、古い社の中につくった、《ぬけ道、とおり道》という作品です。無人の社なんですけど、開けたら中に動物の足跡がいっぱいあって、持ち主の方に聞いたら、敢えて奥の方に穴が開けてあって、神様の通り道をふさがないようにしているということでした。その穴を通って、動物たちも行き来しているということで、そういう通路みたいなイメージでつくりました。
これも去年、長野県の木崎湖という湖で毎年開催している「原始感覚美術祭」での作品で、湖畔にある木と木の間に、糸を20日間くらいかけて編んで出来たものです。

《ミナワ》(2016)原始感覚美術祭/長野

《ミナワ》(2016)原始感覚美術祭/長野

きれいな湖のふもとで、「ミナワ」というタイトルです。この年のテーマが「地は語る、水のかたりべ」で、水の話で「水話」と、「水縄」、「縄」というのは蛇が近くにいて、蛇は水の化身でそのイメージもあります。それから「水輪」、「水」と「輪っか」、そういうイメージでつくった作品です。

(鈴田)この「原始感覚美術祭」には、何回か参加されてますよね。

(平川さん)この時と、その前の年なので、2回参加していました。 今まで見ていただいたのは、場所に対して自分が対峙してつくる、場所性を取り込みながら、つくっていく作品だったんですけれども。一方で、使う糸自体からインスピレーションを得て、つくっていく作品もいくつかあります。

《カセツ世界》(2012)レトロフトMuseo/鹿児島

《カセツ世界》(2012)レトロフトMuseo/鹿児島

これは、2012年に鹿児島市のギャラリー「レトロフトMuseo」がオープンする記念展を滞在制作でやることになって、そこのオーナーさんが織物の作家さんで、やっぱり糸を扱う方だったんですけど、その方から染色する前の生成りの糸をたくさんいただいて、その糸で編んでいったものです。下にあるのがいただいた糸で、その糸を少しずつ編み進めてつくっています。
こちらの作品は、鹿児島にある、この地方の護国神社でつくったものです。

《吹上町護国神社を編む》(2013)吹上町護国神社/鹿児島

《吹上町護国神社を編む》(2013)吹上町護国神社/鹿児島

その土地の戦没者の方が祀られてある神社で、お名前が上の方にあるんですけど、その土地に住む人たちのおじいさんやお父さんの名前が載っています。そこの住民の方々から白い布、生活の中にあるカーテンとかシーツとかそういったものの寄贈を募りまして、細かく切って、紐状にして、それを編んでいった作品ですね。手前にあるのは貝殻で、吹上浜という長い砂浜なんですけど、この浜に方言で「ヲトッケ」という、よみがえりの貝と言われている貝がたくさん落ちていて、それを並べています。
次にこれが、2013年に静岡県のオルタナティブスペースでつくった作品です。このスペースの一階がリサイクルブティック、古着屋さんで、捨てるしかなくなってしまった商品をいただきまして、それを細かく切ってつくった作品です。紐状にハサミを全部入れて、それを空間に編んでいったものです。

《スノードールの”洋服をめぐる物語”》(2013)オルタナティブスペース・スノドカフェ/静岡

《スノードールの”洋服をめぐる物語”》(2013)オルタナティブスペース・スノドカフェ/静岡

役目を終えた洋服がまた次の持ち主のところを巡っていくっていう、《洋服をめぐる物語》というのが、このブティックのコンセプトで。それがまた、さらに形を変えて、商品としてはもう使えなくなったけれども、こういった形で新たな物語を繋げていくという感じで、全部繋がって編み込んでいる作品ですね。

《通過するもの》(2014)原藤家/静岡

《通過するもの》(2014)原藤家/静岡

これは、静岡県の由比町という漁師町でつくった作品です。由比町は、しらすと桜えび漁が盛んな町で、漁に使う糸を漁協で買ってきまして、地元の漁師さんたちに漁網の編み方を教わって、同じ編み方で編んでいったものですね。いろんな漁師さんが入れ替わり立ち替わり教えに来てくれて、一緒に編んでいって、袋状につくりました。網の目の大きさはとらないものの大きさであるというお話を聞いて、大きな編み目は大きい魚が、下の小さい網目は小さい魚が逃げられるように編んであるらしくて、「編み目を通過していくものの」ということに初めて意識がいって、《通過するもの》というタイトルにしました。旧東海道の道沿いに立っている土地で、人々も通過していく、往き交っていくような場所ということもあります。

《今日の話、明日みる夢》(2016)MEIJIKAN/福岡

《今日の話、明日みる夢》(2016)MEIJIKAN/福岡

これが、去年福岡の筑後市にある「MEIJIKAN」という創業100年になる古いホテルが改修されるにあたって、アーティストルームをつくるということでつくった作品です。

4人のアーティストがそれぞれ土地をリサーチして、お部屋をつくることになりました。筑後でいろいろ見させてもらって、久留米絣が盛んな土地なので、その絣にすごく惹かれまして、工房の見学に行って、織ってるところ、染めているところを見させてもらいました。染めた糸をいただいて、一部屋つくらせていただきました。藍染めした糸と染める前の白い糸で編んでいったものです。実際に、今も宿泊をしていただけるお部屋です。

《イトナム》(2016)galerie 6c/兵庫

《イトナム》(2016)galerie 6c/兵庫

この作品は、「地層を編む」というテーマで、これは第1層目のカラフルなところを編んでいるところです。これも自分のこれまで使ってきた糸とか、いただいたり、母親が使っていたり、ご縁があって集まってきた糸を使っています。この作品は、いろんな場所に移動させて、2層目、3層目を編み足していこうと思って始めました。2層目は、筑後で作ったのですが、紺色の部分が久留米絣の糸を使っています。また次、そこにゆかりのある糸で、どんどん積層されていけたらなと思っているところですね。
今回、アルティアムに出させてもらっている作品も、空間、場所に対して自分がつくるというよりも、ギャラリーの空間なので、糸から何か形を立ち上げていけたらなと最初に思いました。それで手編みの編みものを皆さんから募集しまして、それらを解いて、最初にセーターならセーターで、誰かが編んだ、使っていたセーターという物語が一つあって、それをまた一本の糸に戻して、履歴が残った糸を使って編んでいくということができたらなと、一つの試みとしてやってみました。
そして、7/22に編みものをほどくワークショップをおこないました。自分で持ってきた編みものを解いてくださった方もいたり、すでに集まった編みものを解くのを一緒にやってくれた方もいたり。ほどく作業ってなかなかないと思うんですね。(当日のレポートはこちら

(鈴田)私もこのワークショップは参加しましたが、とても新鮮な体験でした。意外とほどくのって難しいというか、つくっていく逆なので編んでいる時間を追体験するような感覚でした。

編みもの/物語をほどくワークショップの様子(2017年7月22日開催)

編みもの/物語をほどくワークショップの様子(2017年7月22日開催)

(平川さん)不思議な感覚ですよね。編むのとほどくのでは逆だけど、編むのに似た感覚が得られるというか。そういう作業でしたね。

(鈴田)皆さん、編みものにまつわる思い出、例えば「これは入院していた時に時間があって編んでいたストール」とか。ご自分の記憶を辿っていたのが印象的でした。

(平川さん)そうですね。寄贈の際に、編みものにまつわるエピソードも合わせて書いていただきました。自分で持ってこられた方は、見させていただきながら、その場でほどきました。やっぱり私一人じゃなく、みんなでほどいて、寄贈してくれた人とほどいてくれた人、いろんな人の手が入るってことは今回の作品に必要なことかなと思って。

(鈴田)このエピソードの一部は、会場内で映像として流れています。本当にそれぞれが思い出深いエピソードで、読んでいるとハッとさせるようなものが多かったですよね。

(平川さん)既製品にはないエピソードが手編みにはあるんだなと思って興味深かったですね。ほどく作業もアルティアムの皆さんも仕事中にやってくれて。

(鈴田)はい(笑)。みんな仕事の合間にほどいていましたね。寄贈していただいたものは大作のものも多かったですから。

(平川さん)そうですね。こたつカバーとか、毛糸をたくさん使用したものがありました。一つのセーターを編むのにも結構な毛糸を使っていますね。ほどいていって毛糸玉に戻したものを、今度は私が編み直したものがアルティアムに展示してあるんですけれども。

《終わりのない物語》展示風景

《終わりのない物語》展示風景

ほどく前の状態の編みものの写真も合わせて展示しています。一つ一つエピソードが興味深くて、編み直しながら、これはもともと何だったのかを見ながら、編んでいました。すごく暖かい毛糸とか肌触りが良い毛糸を選んで使っていらっしゃる方が多くて、エピソードを読んでいると「冷え性のお孫さんのためにおばあちゃんが編んでくれた」とか、「受験を応援するためにお母さんが編んでくれたもの」とか、糸の手触りを通して、編み直す時は編んだ方の気持ちが伝わってくるような作業でしたね。

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昔はいろんな方が編みものをされてて、それをあげたりもらったりしてたんだなぁと。作者の手はどうしても入るから、同じものを違う人が編んだらやっぱり違うものになると思うんですけど、そういう編んだ人の面影が見える感じがやっぱり手編みって面白いなと思いながら。小学校4年生の女の子が自分で編まれたものや、編みかけのものがあったり、パーツがあったり。

(鈴田)この編みものは、形が見えないですけども、どういうストーリーがあるのでしょうか。

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(平川さん)ベビー用の編みものの本と一緒にあった、靴下か何かつくろうとしたパーツで、8年前にお母様が亡くなって、遺品の整理をしていた時に娘さんが見つけられた、というものでしたね。あとは、猿の編みものもありましたね。これは、実は募集を締め切った後に持ってきてくださったというものです。

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(鈴田)そうですね。どうしても寄贈したいものがあるということでお電話があって、学芸会の時に先生がつくってくれたものということでした。

(平川さん)幼稚園で、さるかに合戦をやる時に、寄贈してくださった方がじゃんけんで負けて、さる役に決まって、嫌がって泣いていた時に、担任の先生が一生懸命編んでくれたっていうエピソードです。

(鈴田)それをずっとお持ちだったということですもんね。手編みってなかなか手放せないというか。

(平川さん)こたつカバーも35年くらい前に、自分のご主人が進学で上京するにあたって、お母さんが持たせてくれたコタツカバーということで眠っていたものだそうです。

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(平川さん)ご飯粒がこびりついていたりしました。これなんかも、糸を3本くらい自分で配色して1本にして編んでいたりとか、すごい工夫されていて、より暖かく、糸を集めて編んでたり、お母さんの気持ちが伝わってくるような感じでしたね。 編み図があって、つくっているのかもしれないけど、既製品にはないオリジナリティー、唯一無二な感じがしますね。普通のお母さんの創作力みたいなものが発揮されているなと思って、皆さん主婦の方とか、お店をしながら終わった後に編んだ座布団カバーとか、仕事が忙しくてなかなか一緒にいれない娘さんのために編んだものだったり。専門家じゃなくて、普通の生活をしながら、セーターやベストを編まれていて、普通の暮らしの中の創作っていうものがすごくあるなと思いました。

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(鈴田)平川さんの作品は、通常はインスタレーションで展開されているわけですけど、今回の展示では映像と写真という要素が入ってきていて、ある種珍しいことですよね。それはやっぱりこのエピソードに惹かれて、というところがありますか。

(平川さん)そうですね。ほどいてしまう前に、肖像写真みたいな感じでどうしても残しておきたいなと思って。なおかつ、それぞれ編んだ方の作品として展示したいということもありましたね。一つ一つストーリーがあって、どれも本当に興味深くて、エピソードをどう見せるかは悩みました。でも例えば、「20年前に母から譲り受けたボレロ」、「祖母が昔、自分のために編んだカーディガン」というタイトル部分だけでも十分想像が掻き立てられるので、その部分のみを今回はスライドで流しています。このエピソードは本当に、それぞれ何でもないものじゃなくて、人がつくったものなので、ともに思い出も生きているような、そういうものでしたね。

(鈴田)なるほど。それから平川さんは、ちょうど出産時期に今回の作品をつくられていました。妊娠・出産というのは、人生の稀有な出来事だと思うんですけど、そうした出来事が作品に何らかの影響を与えたということはありましたか。

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(平川さん)形状は産後にほとんどつくったんですけど、赤ん坊を見ながらだと、今までつくってきたような、空間全体を自分で編んでいくようなインスタレーションというのはなかなかできなくて。赤ちゃんを小脇に抱えて、自分の手元だけで完結する範囲での制作にならざるを得なかったというのもあって、できる形を編んでいって、それがこういう丸い形になりました。これを会場で同じ糸同士を繋げていきました。 そういう手作業をしている時に、おそらく寄贈してくれた方たちも子育てや家事をしながら編んで、同じような状況でつくられていて、その様子を自分も追体験しているような感覚を得ましたね。糸の手触りとかエピソードから、こんな気持ちで編んでたのかなというのを追いながら制作するっていう感覚があって、この感覚は初めでしたね。なんで多くの女性たちが編むのか、つくるのかっていうこと。編みものをする女性の感覚を初めて共感できたところがありました。私は手芸が好きで、こういう作品をつくっているわけではないので。

(鈴田)その点は本当にそうですね。平川さんは手芸的な意味合いではなく、作品として、素材として「編む」という行為を使っているという意識が強い。だから今回の作品は、本当にオーソドックスな編みものという素材なので、「編む」という行為について逆に新鮮に感じられたのかなと思いました。

(平川さん)技術としては単純な方法をひたすらやっているだけで。でも編んでいて、生活の中でも細切れで時間をつくれる、飛び飛びでも繋げていけるというか、そんな感じがして、忙しい女性たちが生活の中でできる創造として、編むということが一つあるのかなとは思いましたね。途中で置いて、しばらく経って、そのまま続きが編んでいける。時間がそこにどんどん足されていく、そういうやり方なのかなと思いました。今回の作品が《終わりのない物語》で、糸という素材は、何かの形をしていたとしても、ほどいて一本の糸に戻したら、また違う形に編み直せて、またそれをほどいたら違う形になって、終わりのない、どこかで完成とか切れてしまうんではなくて、可能性がずっと残っているものなのかなと思いました。昔はセーターなんかも、サイズが小さくなったら、ほどいてまた編み直したり、ちりちりになった糸をまっすぐにする湯のし器みたいなものもあったりして。そういう無限性みたいなところに惹かれています。ほどいたら無くなるからこそ、いろいろな形がつくれる。そういうところもあって、糸を使って形をつくり続けている節があります。

(鈴田)継続されている地層の作品にも繋がっていくような、徐々に、緩やかに繋がっていくという素材の可能性ですね。今後も平川さんの作品を楽しみにしています。

会期中は、編みものの寄贈者の方やワークショップ参加者の方にも多く来場いただきました。自分の思い出の品であった編みものたちが、平川さんにより、また新たな物語を紡いでいった様子を感慨深くご覧いただいていたように感じました。展覧会は終了しましたが、本展に出展いただいた作家4名の活動を、今後も楽しみにしていただければと思います。

【展覧会ページ】
Local Prospects 3
原初の感覚

2017/11/11 − 12/3

Local Prospects 3

アーティストのための実践講座アーティストのサバイバル術in Fukuoka レポート〈後編〉

続きまして「アーティストのための実践講座」in Fukuokaの後半です。後半では、海外の美術館の事例やアーカイブの紹介などについて展開していきました。前編と合わせてご覧ください。
(以下は講座を一部抜粋・編集したものです)

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作品に何が求められているか

僕は去年から、東京藝大の保存科学の人たちと助成金をもらって、現代美術作品の保存環境についての調査をやっています。今、シンンガポールにナショナルギャラリーという大きな美術館ができていますし、SAMと呼ばれるシンガポールアートミュージアムがあります。その他に、十数カ所の美術館や博物館があります。さらに、それらのコレクションを一手に引き受けるナショナルヘリテージセンターというところがあります。ものすごく大きな5階建てのビルで、全部そこが国の作品を仕切っています。昨年、そこで作品をどういうふうにして購入するかという調査をしました。作品の主なデータは「作品名」「作家名」「サイズ」「材質形状」というもので、そういうことを記載するわけです。これまでその作品がどういうところに出品されたか、あるいはなぜ購入するのかという美術史的な理由です。仮に「九州派の流れを組む重要な作家で…」とか、それを提出して購入手続きが始まるわけです。ところがそこでは、こんな項目は全体の20%に過ぎない。その他の80%は、全く見たことも聞いたこともないような項目で成り立っていて、世界中の美術館でこういう傾向が増えています。例えば「作品の状態、特にメディアの検証」「購入後の展示に要する経費」などです。どうしてかというと、例えば、油絵なら、キャンバス、油彩、フレームこの三つの素材で済みますね。ところが、ミクストメディアという言い方をしますが、先ほどお話したトニー・クラッグは、プラスチックのゴミのチップを集めて作品にしています。ということは、素材はプラスチックですね。それからアクリル。アクリルは写真に圧着して平滑に平らにするという方法が写真をやったことある人はやっていたかもしれません。杉本博司ですら、アクリルに圧着した時代がありました。ところが、アクリルも劣化が始まって、今はアクリルは使わないことにしています。杉本博司のアクリルを使った作品は、市場でも止まっています。それから糊ですね。何かをつける時に、糊を使いますよね。それはボンドなのか、ヤマト糊なのか。グルーというんですけど、「グルーの素材」についての項目。プラスチックも何年に集めたゴミなのか、1986年なのか、最近集めたのか。こうしたところを徹底的に調べ上げます。

もう一つ、インスタレーションの作品は、購入して展示する時にもう一回組み立てなきゃいけないですよね。その時に何人のスタッフが必要で、そのスタッフは美術館のスタッフで可能なのか、あるいはアーティストのスタジオから必ず毎回5人のスタッフを呼ばなきゃならないのか。例えば、ソル・ルウィットというアメリカの作家の壁画作品があるんですね。その作品を買う時は、ペーパーで買います。つまり、インストラクションを買うことになります。これを買って、自分の美術館ないし、個人が再現したい時は、ソル・ルウィットのスタジオからスタッフが必ず4人来ます。それ以外のスタッフで組み立てることは許されません。一人当たりの日当が4万円かかります。そうすると、一日16万円です。大体一週間かかるので、それだけでも、16万円×7日で100万円を超えますね。そういうところを美術館が調べます。そして「そんなにかかるならやめます」あるいは「素材が明らかにならないものはやめます」という時代になっています。項目の多さに、僕も驚きました。二割は学芸員でもできる、それどころか美術史の大学生でも分かるわけです。ところが、素材の話、劣化の問題は、正直に言うと学芸員は何にも分かりません。つまりコンサバターが全部チェックします。先ほど言った、ナショナルヘリテージはコンサバターが80人います。古代から現代まで専門家を揃えています。そういう人たちが購入前の作品について調べて、分かりやすく言うと、「この人は二年後に癌になったりしないよね?」という健康か健康でないかを調べるわけです。アメリカ、イギリス、シンガポール、オーストラリの美術館などに対して、作品購入に関するシートを取り寄せたんですけども、全部そういう方向にシフトしていました。日本の、特に国立の美術館だけがいろんな作品を買っているわけです。今はそこが全くスルーされてますが、これはもはやスルーされなくなります。理由は簡単で、作品を購入する時に、購入してからも継続的な経費がかかるということへの関心が高まっているからです。さらに言えば、作品が100年持つか持たないかという持続性の問題も問われています。

アメリカのロサンゼルスに、J・ポール・ゲティ美術館があります。ここは展覧会も企画展も全部タダなんですよ。ここがゲティコンサベーションセンターという修復のセンターを持っていて、取り組んでいるのが、プラスチックやアクリルなどの新しいメディウムですね。例えばポロックは、いわゆるドリッピングで描いているわけですが、実はポロックは最初お金がなかったので、普通の日曜大工用の塗料を使っていたんですね。この劣化が始まったので、5年前にゲティが大修復をしました。もちろん、かつて使った安物の塗料を剥がすわけにはいかないので、どうやって劣化を防ぐかということを研究して、これ以上劣化が進まない状態に完成させたわけです。それはポロックの作品とセットで、世界中で展覧会に回ってます。本当は日本に持ってきたいところです。

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あるいは、アンゼルム・キーファーもやりたい放題、いろんなところに紐がついているし、ガラス、プラスチックはつけているし、ゴミもあります。

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こちらはエンリカ・ボルギという作家ですが、この作家はペットボトルを素材に使っています。ペットボトルはものすごく劣化が早くて、あっという間に劣化します。作家のポール・テックも同じですね。ラバー、ラテックスを作品に使っていたので、劣化の問題があります。また、皆さんよくご存知のダミアン・ハーストのシャークは、メトロポリタン美術館が寄贈でコレクションにしました。その時、名和晃平の作品も同時にコレクションしていて、名和君とダミアン・ハーストの作品を合わせてメトロポリタンで展示したんです。その時に、保存担当の人がチェックしたところ、ダミアン・ハーストの作品からアセトアルデヒドのガスが出ていることが分かりました。何日かかけて、室内のガスの分析をしたら、ガスが出てきたということで、展示が取りやめになりました。取りやめになったニュースが流れて、ダミアン・ハーストの作品が市場で売れなくなったということがあります。どうしてかというと、この中のホルムアルデヒド、ホルマリン漬けの中身を入れ替えるとしても全部ホルマリンを流さないといけないですよね。そうすると、この作品を一体どこで固定しながら水分を抜くのかという問題があります。水中眼鏡でもかけて中に入って、このサメを持って、「はい、じゃあ抜いてください」としても、ホルマリンが抜けてしまうと当然形態が崩れますよね。酸素に触れるわけですから、そうなると入れ替えようがないわけです。

今、保存修復の担当はどう分かれてるかというと、紙や油絵など修復をする人たち、修復家のコンサバターとしての保存と、作品から有害なガスが出てるか出てないかなどを調べる「環境」という専門家がいます。ほとんど科学者、ケミストリーの世界です。美術館の関心が単に作品そのものが劣化して、作品が壊れるからどうしように加え、作品が人間に及ぼす、有害な気体を出しているかということも関心の対象になっているということが示されています。

作品の修復、アーカイブの観点から

これは有名な話ですが、ナム・ジュン・パイクはテレビのブラウン管を使って作品をつくっています。このブラウン管のテレビがあった時代はいいのですが、今はブラウン管をつくっているところがないので、もはや壊れると部品がありません。

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仮に大手の電機メーカーに頼むとものすごいお金がかかるので、事実上無理なんですね。ナウム・ガボという作家の1927年の作品は、粉々に壊れちゃったんです。今どうしてるかというと、粉々に壊れたオリジナルを展示して「レプリカで実際はこういうふうに展示するんです」という展示を美術館がしています。とにかく正直にこうなりました、ということですよね。

もう一つは作家のダン・フレヴィンです。ついこの間まで、東京のエスパス ルイ・ヴィトンで展示をしていました。蛍光管を使ったインスタレーションですが、ダン・フレヴィンをコレクションしている美術館は今、何をしているかというと、世界中から蛍光管を買い占めています。これは収蔵庫ですが、色違いの蛍光管を買っては集め、切れてはそれに替えてということをしています。ダン・フレヴィンは物故作家なので、遺書に蛍光管がLEDになったら替えてよろしいというのは書いていないんですよ、知らないので。だから、今LEDに替えるにはどうしたらいいかという話をエステートと交渉しています。いずれ蛍光灯はなくなりますから、大変ですよね。

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アーティストは当然そんな先のことは考えないで、自分のコンセプトに従って素材を集めるわけですよね。それはコンセプトに関わるので、僕も「こういうのやめた方が良いよ」とは言い難いです。一方でこういった新しいマテリアルの劣化に対して、買い手側の関心が高まっているというのは間違いない話ではあります。もう一つ、これはマシュー・バーニーなんですけど、誰と話しているかと言うと修復家と話しています。

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今、少しずつポピュラーになっているのは、かつてアーティストが作品をつくるパートナーの一人は学芸員で、一緒に組んで、「こういう傾向の作品をつくるんだけどどうだい」という相談相手でした。今やアーティストのパートナーは、修復家なんですよ。自分が新しくつくる作品の素材について、学芸員に相談しても分からないわけです。「この素材はどのくらい持つ?」と聞かれても、どれくらいの劣化が進むかということについて全く対応ができない。だから、保存や修復の専門家とパートナーシップを組んで、素材の選択、接着の種類から相談するようなことに少しずつなっています。もちろん、修復家に対するフィーを支払わないといけないのでお金が要ります。マシュー・バーニーくらいならできるとは思いますけれども。修復を生業にする人たちは、そういうことが新しい仕事として増えてくる傾向は明らかにあると思います。実際にアーティストが素材のチョイスについて非常に神経質になっています。それを誰が答えてくれるかという時に、修復の専門家たちがパートナーとして組もうとしている、ということがあります。こうなってくると学芸員は何をするんだろうという、学芸員は何か取り柄があるかなという感じがしますね。いずれにしても、アーティストがものをつくっていく一つのスキームとして新しく登場しました。

また、デジタルのデータですが、非常に脆弱で5〜6年で劣化します。外付けのハードディスクもそうです。そもそもOSがアップデートするので、それと同じようにやっていかないとならない。これは作家か、あるいはそれを買った美術館側かで少し条件が変わってきます。美術館が映像作品をデジタルで買うとします。外付けのハードディスクの状態で買います。大体7年くらいで次のアップデートをするためにコピーをしなければならない。勝手にコピーはできないので、著作権者に必ず連絡を取って、場合によってはコピーライトのロイヤリティーを払った上でコピーを取る必要があります。購入側は著作権までは買っていません。それはあくまでも作家に帰属します。一方、作家は自分でアップデートするわけですけども、これは今いくつかの考え方があります。そもそもデジタルが脆弱なので、フィルムにした方が持つという話もあるわけです。一回アナログのフィルムにすれば、フィルムは劣化してもデジタルでなんとかなるんですよ。NHKで関東大震災や広島の原爆を落とされた時の古い写真が見事に再生されていますよね。あれはフィルム、もしくはプリントですが、デジタル再生できるんですよ。むしろアナログにした方が長く持つということがあります。もう一つは、これはまだ僕は専門じゃないので、うかつなことは言えないんですけど、DNAが保存のメディウムとして使われようとしています。テキストとしてはDNAが保存できるということが証明されたそうです。細かく説明しろと言われても分からないんですけど、実際に記録媒体としてのDNAが対象になっているということがあります。定期的なバックアップが必要で、必ず著作権についての問題をクリアしながらやっていかなきゃならないということがあります。そう簡単にやっちゃいけないということがあるわけです。アーカイブの整理をするアーキビストは、中国は国家試験が要りますし、韓国、台湾もアーキビストを揃えています。そして実は、日本が一番遅れています。正式なアーキビストは今、日本に100人もいません。このアーカイブをどういうふうに扱ったり、整理するかというのはアナログもデジタルもとても大きな問題で、アーキビストをどう育てるかが課題になっています。直接、皆さんに関係するかは別ですが、膨大なデータをどう処理するか、そうした専門家が日本は不足しています。国が本腰をあげないと立ち遅れているんですよ。

ダミアン・ハーストの作品は、僕らからすると、作品そのものが劣化することに関心があったけれども、まったく違うベクトルの話ですよね。作品も劣化するけど、人間もひょっとしたらガスの影響で劣化してしまう。そして、レディメイドのものを使うにしても、一体どこで生産されて、どういう素材を使ったのかを調べておく必要があるかもしれないんです。個別の材料の研究を進めるとともに、作品にどんな変化が起こるか継続的に観察する必要がある。これからは、新しく素材をつくっているメーカー、例えば住友ベークライトとか、そうした会社と組む可能性はあります。アーティストとして、「あなたの会社の素材を使いたいけど、劣化は大丈夫?」というね。メーカーの会社は、建築素材として使っているということもあるんですが、保存について非常に関心があります。自分たちが思いもよらなかったような提案について、結構関心を持ってくれます。逆に言うと、組んで新しい素材をつくることで素材が提供される可能性があったりもします。実際に、住友ベークライトと一緒に、アクリルの新しい素材を使うにあたって取り組んでいる作家がいます。素材を提供してもらえるので、そういうこともアーティストとして考えていいかなというふうに僕は思います。

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これは、菅木志雄作品のインストラクションです。菅さんご存知のように、もの派の作家の一人ですね。もの派の特徴は「場所性」です。どういう場所でやるのか、それがすごく大事なわけで、極端に言うと、場によって素材や組み合わせを変えたりするわけです。ある意味では、非常に即興的な作品です。そういう菅木志雄の作品がどう売買されているかということを紹介します。ロサンゼルスに、メガ画廊の一つとも言えるブラム&ポーという大きな画廊があります。ブラム&ポーは、もの派の作品をどういうふうにしたら売ることができるかを考えます。もの派の作品は、作家がいて、その場所に行って、この場所ならここからここに紐を通す、というようなことで成立しています。もの派の作家は、今、高齢化が進んでいますね。やがて亡くなってしまうので、そうすると所蔵側は「誰がこれを指示するのか」となる。一方で、作家は正確にはインストラクションは書けません。そこでブラム&ポーは、作家の代わりに正確なインストラクションをつくることにしました。ワイヤーを這わせて、その上に木片を乗せていくインスタレーションです。かつては、これはその都度、場所に応じてやってきました。もういよいよネジから部品から、どの部品を使え、ネジから何cm離して次のネジを打てとか、事細かなインストラクションが出来上がります。これに従って、作品を組み立てていきます。最初に作品を組み立てる時に、スチールの写真とビデオを用意します。ビデオはカメラを4〜5台用意しておいて、このプロセスを克明に記録します。この記録した写真と映像ファイル、どのネジ、ワイヤー、木片を使うという事細かなインストラクションのファイルがあります。それをセットにして作品を売っています。買った人は、7〜8冊のファイルを買うわけですね。組み立てる時は、そのファイルを見ながら、ブラム&ポーが派遣したテクニシャンが組み立ててくれます。もちろん飛行機代も日当もかかります。その作品はマルチプルではありません。一点物でエディションなしです。だから、A美術館が買って、B美術館が借りたい時は、そのファイルを借りる上に、ブラム&ポーからのテクニシャンがもれなく付いてきて、展覧会のために再制作をそこでするということになります。当然、展覧会が終わればそれは破棄しないとならない。インストラクションを持っていたら作品を持っていることになります。菅木志雄の他の作品についても、こういう克明なインストラクションが仕上がっています。それをもとにテートモダンもMoMAも作品を買うことができるようになるわけです。市場が先行しているので、市場が新しい買い手にとって、どんな形式がふさわしいかということを、実は市場の方か決めてるというのが現状としては大きいんじゃないかなというふうに思います。

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この後は、参加者より天野学芸員に質問や聞きたいことなど、積極的に意見を頂きました。国内外の美術館や画廊の現状、インストラクション、アーカイブ、作品の素材、安全性への意識の高まりなど、盛り沢山の内容であっという間に2時間が過ぎました。横浜市民ギャラリーあざみ野では、引き続き様々な講座が開催されるとのことなので、ご興味のある方は是非チェックしてみてください。アルティアムでも引き続き、地域の文化・芸術貢献につながる展覧会や企画をおこなって参ります。ご参加の皆さま、誠にありがとうございました。

【展覧会ページ】
Local Prospects 3
原初の感覚

2017/11/11 − 12/3

Local Prospects 3

アーティストのための実践講座アーティストのサバイバル術in Fukuoka レポート〈前編〉

「Local Prospects 3 原初の感覚」会期中に、関連企画として「アーティストのための実践講座」 in Fukuokaを開催しました。当日は、定員を大幅に超える60名以上の参加がありました。ご参加の皆さま、ありがとうございました。また、非常に貴重な講座内容であるため、天野太郎学芸員の了承のもと、レポートとして公開させていただきました。アーティスト必見の注目講座を前編・後編に分けてご紹介します。後編と合わせてご覧ください。
(以下は講座を一部抜粋・編集したものです)

(アルティアム・鈴田)本日は皆さまお越しいただきまして、誠にありがとうございます。現在、8階のアルティアムで「Local Prospects 3 原初の感覚」という展覧会を開催しています。本展は2015年にスタートし、今回で三回目となる展覧会シリーズで、九州・沖縄や周辺地域を拠点に活動する作家を紹介しています。私は三回目から担当している鈴田と申します。公募枠がある展覧会という珍しい形で、公募自体は昨年から始まりました。公募ではポートフォリオによる審査をおこないましたが、そもそも九州ではアーティストにとって必要な情報や実践的なことを学ぶ機会が少なく限られているといった現状があります。そこで、本展の関連イベントではアーティストにとって必要な情報を得る機会を設けたいと思いました。そのような中、横浜市民ギャラリーあざみ野で「アーティストのための実践講座」という企画を開催されていることを知り、今回は横浜市民ギャラリーあざみ野主席学芸員の天野太郎さんに、福岡でもこの「アーティストのための実践講座」をおこなっていただけないかとご相談した次第です。本日は質疑応答も含めて2時間の講義となっております。天野さん、それではよろしくお願い致します。

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(天野太郎さん)初めまして。天野です。これは横浜で開催している講義のフライヤーです。日頃、アーティストや美術館の学芸員、フリーランスのキュレーター、コーディネーターなど、いろんな職種の方と接していて気づいたんですけど、なかなか実践的、プラクティカルな話というのは本当に不思議な話、どこも教えていないんですね。私も多摩美術大学や女子美術大学で教えているんですけども、藝大も全然ダメだし、大学にいたっては、ほとんど実践的なことは教えていないんです。アーティストにとって実践的な話がどこでも聞けないということに気がついて、それであざみ野のスタッフと講座を組まないかという相談を始めました。去年から準備をしていて、これが今年度の講座です。

チラシ

講座の一回目は私が講義をしました。二回目は著作権についてで、現在、一番、音楽、美術に関する著作権に詳しい、福井健策さんという方です。三回目は作品の設置です。作品の設置は、単に壁に絵を掛けるだけじゃなくて、インスタレーションやプロジェクターの設置、あるいはシングルチャンネルだけではなくて、例えば4〜5チャンネルという映像作品の同期をどうしたら良いかなどの設置の具体的な講座ですね。四回目は、僕も知り合いですが、宮津大輔さんという、サラリーマンをしながら個人コレクターという方が講師です。今はサラリーマンを辞めて大学の先生をされていますが、アートマーケットについての講義でした。作品の値段、作品がどういうふうに売買されるかといった話。それからこれからやろうとしている五回目が原万希子さんという、バンクーバーでキュレーターをしていた方の講義です。アーティストが海外でレジデンスをする、あるいは海外の関係者と接する、若いアーティストが否応なく英語で接することを求められる機会が、私が見ていても5年、10年間で増えていると思うんですね。または自分でウェブサイトを立ち上げる時に、日本語だけではほとんど意味がないので、英語でどういうサイトを立ち上げたら良いかなどですね。こちらは3月に予定してます。それから実はもう一つ、まだ載ってないんですけども、助成金のとり方という講義も予定しています。これはかなり実践的で、何が実践的かというと、まずはアーティストの作品の傾向を先にファイリングでチェックをして、その作品に応じて、どこの国のレジデンスが良いとか、助成金をどこから取るかということを作品の傾向に合わせて対策を組みます。多分、一日ではとても終わらないので、二日くらいかけてやろうと思っています。

実は来年は、学芸員やフリーランスのキュレーター、コーディネーターのために、仕様書のつくり方講座をやります。例えば作品を輸送する時に、輸送業者に具体的にどう依頼をするか、あるいは壁一つ立てるのに、どういう仕様書をつくって、施工業者に接するか、などの内容です。何でこういうことをやるかと言いますと、実は仕様書をまともに書ける美術館の学芸員が今ほとんどいなくなっています。業者から言わせると、実際に厚さなども含めてどういう壁をつくるか、ものすごくアバウトに「壁つくって」と言われたりするという話です。壁一つ立てるにも様々な防災上の問題があり、防炎加工をしないとならないなどのレギュレーションがあるんです。そういうことを学ぶ講座が、実はあまりなかったので組んでみようかなと思っています。あるいはアーティストのための税金対策ですね。青色申告をして、どれくらいお金が返ってくるか。ここでは全部言えないのですけど、税の申告をするだけで、いろいろな保険もリダクションができるということがあったりします。そういうことを、とにかくやろうということで連続講座を始めました。福岡と一緒で最初は定員40人くらいと思っていたんですけど、私の回も約100人くらいの人が集まりました。福井さんにいたっては、レクチャーが終わってから一時間くらい個別の相談をしたいということもありました。こういう講座は、皆さんが気づけば、九州でも講師さえ呼べばどこでもできるので広がればいいなと僕は思っています。美術を支えるインフラ、土台そのものは皆さん思っている以上に変わってしまっています。私もびっくりしていて、30年くらい学芸員をしているんですけど、おおよそ30年前とは根本的にインフラが変わってしまいました。今日はアーティストの方の参加が多いと思うんですけども、今日の話を聞いて、ゆくゆく「あ、あのことか」というふうになるのではと思います。いかに皆さんを取り囲む環境が変わってしまったか、現在の現状も含めてお話ができればと思っています。今日の講座も全部聞いたからといって、すぐに優れたアーティストにはなれません。そこのところは皆さん頑張ってください。ただ損をしないとか、知っていれば無駄なことしなくて済んだのに…などのことに、少しでも役に立てば良いかなと思います。

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誰に作品を見てもらうか?

それでは講義を始めます。まず、皆さんが作品をつくって、誰に見てもらうかということがありますよね。例えばここ福岡でしたら、福岡県立美術館、福岡市美術館、福岡アジア美術館などがありますね。その美術館の学芸員が、基本的には見てもらう対象としては身近なところであげられます。じゃあ学芸員であれば誰でも見てもらえるかというと、はっきり言うと見てくれる人と見てくれない人がいます。端折って言いますと、美術館の学芸員は二種類ありまして、これは僕が勝手に付けてるんですけど「乾きものの学芸員」と「生もの学芸員」です。乾きもの学芸員は「専門は明治、大正です」というような大体亡くなった作家を研究の対象にしてる人たちです。乾きもの学芸員は、なかなか生もの=現代美術は見てくれません。自分の作品を見てもらいたい学芸員が現代美術を専門にしているかどうか、ということくらいは調べて、展覧会を見て欲しいと頼むと良いかなというのが一つありますね。

それから、画廊。画廊は二つあります。いわゆる貸し画廊はスペースを貸して、時々企画もしますというものです。貸しながら企画をする人もいます。その場合は、画廊主とすると貸し画廊の収入で、年に一回くらい企画を頑張ってやるというタイプですね。完全に貸しのところもあります。これは借りる人がお金を出して企画するというタイプです。三つ目が、金輪際貸しはせずに企画展をする画廊ですね。東京で言うと、小山登美夫ギャラリー、タカイシイのようなところです。要するに売れる見込みのある作家を集めて、自分の画廊を使って常に企画展を自費でやります。この三つですね。だから画廊もいろんな種類があります。企画をする画廊の場合、向こうも商売でやってますから、すぐにいいよ、じゃあ個展しましょうというふうにはなかなかなりませんが、ファイルを持ち込んで作品を見てもらうということは必要かなと思いますね。

三つ目が美術大学ですね。実は日本の大学も相当危ないです。危ないというか、僕は藝大も含めて美大は全然よろしくないと思っています。もう大学では何も教えてもらえないので、自分でやるしかないと思ってください。一つだけ最大の理由を言うと、大体大学はみんなそうですけど、大学の教師に一線で活躍している人がすごく少ないんです。こんな人に聞いても世の中どうなっているか分からないので聞くのも無駄です。そういうことが一つの理由です。

それから、インディペンデントのキューレーター、批評家など、こういう人に見てもらうのもあります。批評関係では、大学で美術史を教えている批評家や、緩やかに大学の教師に将来なっていく若い批評家たちがいます。特に東大の表象文化論系には、若手の良い批評家が出ていますが、そういう人たちは自分たちで小さい展覧会を組織しています。基本的にはこういう人たちに見てもらう必要があります。

それと展覧会ですね。世の中に見せるとして学生だったら卒展があります。卒展は、昔は本当に学生が卒業するための作品を展示して、それこそ両親や親戚が来て、4年間頑張ったねという場所だったのですが、今や僕ら学芸員も画廊も当然行きますし、青田買いの場所でもあります。卒展の在り方が変わった、ということがあります。それで、ここで一番、先ほど藝大はダメだと言ったのは、卒展の展示が非常に下手なんですね。講評会に行った時にあまりに下手だったので、指導教官を呼んで聞いたら、展示の仕方を全く教えてないんですよ。例えば絵の高さをどれくらいにして展示をするとか。高さというのは意図があるので、極端に高くしたり低くしたりするのも作品に応じてやらないといけないんですけども、そういうことを一切合切教えてないことが判明して愕然としました。だから先程言ったように、展示の施工、設置の時に講師を招いた時も、皆さんから出た質問は「何cmでどういうふうに展示をしたら良いんだろう」というような具体的な相談でした。なかなかそうしたことも教育の現場で教えてもらっていないということがあります。

もう一つは公募展です。日展、院展などの大きな団体以外にも、神奈川では神奈川県展とか、そういうアマチュアもプロも混ざったようないわゆる公募展があります。最近では、それ以外にファイル審査をしながら絞る、現代美術に特化した公募展が増えています。企業がそうした公募展に乗り出していることもありますね。例えば、「日産アートアワード」、あるいは全国の美大生を対象に三菱地所が主体となって開催している「アートアワードトーキョー丸の内」ですね。大賞を獲ると賞金500万円などの賞金が出ます。企業はとても良いマーケティングになるので、財団をつくったり、企業が公募展の担い手になる傾向は増えると思います。コンプライアンスをしっかりしなければ非難を受けるリスキーさはありますが、いずれにしても企業のマーケティングとしてパブリックに寄与することが増えていくと思います。

または自分たちで個展、グループ展を美術館、ギャラリーなどの公的機関で組織するということがあります。とにかく自分たちの知り合い以外の不特定多数の人に見てもらう、あるいは専門的な人に見てもらうような仕掛けをつくっていくのは、重要なことだと思うんですね。例えば、公的な機関でも貸しスペースとして貸している場合がありますね。そういう場合も単に借りて展覧会をするのではなくて、そこの学芸員を呼び出して講評会、あるいはキュレーターのトークをして欲しいとか、その時にたくさんの人を呼んで講演会をすることで一種の社会性が生まれるということがあります。自分たちがやって、なんとなく友だちが来て終わるんじゃなくて、必ず誰かを巻き込んでいくことは必要です。

一つこういうことがありました。公募展に出して、作品を潰された作家の相談事です。出品をする時には、大抵自分で会場まで作品を持って行きますよね。その時に書類を渡されるはずです。うちの市民ギャラリーも公募をやっていて、書類にこういうことが書いてあります。「出品作品については主催者が細心の注意を持って管理しますが、万一、出品作品(額縁を含む)に損傷・損害が生じても主催者はその責任を負わないものとします」と明記しているんです。だから壊れても「ごめんね」ということです。呼んでおいて、ここは出品している間に壊されても誰も責任取ってくれないんだということを覚悟して出すわけです。ところが、神奈川県展が同じような書類を出しています。「搬入受付から搬出までの期間については、作品の取り扱いには十分注意します。また、主催者負担で作品への保険を付保することとし、同期間内の損害について、保険内金額内で保証します。額縁は保証対象外。」と書いていたんです。この神奈川県展で作品を潰された作家から相談を受けて、書類を読み込むとなんとこんなことが書いてあることに気がついたので、これを持ってまず交渉に行ってこいと言ったんですね。どういうことかというと、作品の保険を付保するというのは、自分の作品が仮に10万円くらいの価値があるとして、10万円相当の付保、10万円相当で保険額が入るわけです。事程左様なんですけど、幸か不幸か神奈川県展は今までトラブルがなかったから、ほったらかしにしてたんです。だから極端なことを言うと、「この作品は一億円です」というと、数十万円の金を払わなきゃいけないということになります。ということで、皆さんも公募展一つなんですが、こういう書類を読み込んで、自分の作品がどういう扱いをされるのか、損害の担保が取れるのかをまず読み込む必要があるんですね。そういうことだけでも全然違いますし、この「付保」なんて言葉があると、どういう意味があるのかなど自分で勉強できますよね。

作品の値段について

今度は「自分の作品は10万円です」とする時に、これはこれで実は問題なんです。「誰が10万円と言っているか」ということですね。本人以外、客観的に10万円であるということが証明できるもの、例えばすでに作品を10万円で売って領収書をとっているということは、とても大きいんですね。売ったこともないのに、なんとなく10万円と言ってもなかなか辛い、それは結構指摘されます。作品の値段はこれだけ覚えておいてほしいんですけど、使った素材、あるいはかけた時間と値段とは何の関係もありません。使った素材が高いから作品が高いというのは、極端なことを言うとありえない。例えば、10万円のダイヤモンドを一個使ったので、最低10万円はしますと言っても、その10万円のダイヤモンドは、ダイヤモンドとしての市場価値、交換価値がありますが、それを作品にくっつけて、作品として考えた時には、はっきり言って10万円の値段をつける根拠には実はならないんですよ。それは考えていただければ分かると思うのですけど、マルセル・デュシャンの便器は便器ですからね。しかもあれはオリジナルがないにも関わらず、レプリカでも数億円する。だから便器は普通ならとても安いものなんだけれども、作品に変わると全然意味が変わりますし、トニー・クラッグはゴミを集めて作品をつくりますが、ゴミですから基本的にはタダですよね。だけど、クラッグの作品は一億円以上します。そうすると、その素材が高いか安いかは関係ない。あるいは「一年かけて頑張って制作したので、普通なら月20万円くらいの給料をもらっているとして、×12で240万円かな」ということもアウトです。美術作品は一度売ったお金を下げることはできない。これも覚えておいてください。「売れないので下げます」のバーゲンはありません。どうしてかと言うと、100万円で買った人がいた場合、その100万円で買った人からすると「どうして50万円で売るんだ」となるので、これはある種の紳士協定みたいなものです。若い頃の奈良美智や村上隆の作品を買った人がサザビーズやクリスティーズに出して、第二の手を経由して市場に出た時に、億を越してしまったので、これはものすごく深刻な問題になるわけです。プライマリー、最初に新作を出して売った値段に対して、セカンダリーと言いますけど、セカンドハンドと一緒で古本屋と一緒ですね。画廊にしても作家にしても、もうセカンダリーで億になってしまうと最初のプライマリーを上げていかないといけない。それで、売れなくなっても値段を下げられないということで、非常に厳しいことになりかねないという仕掛けがあります。ですので、作品の値段をつけるのは、よほど良く考えないといけないということがあります。これは一人で決めるのではなくて、画廊や関係者と必ず相談しながらつけるべきだと思います。

美術館を取り巻く現状

次にそもそも画廊、美術館、大学も大丈夫なのかということ。これが、アートシーンが変わってきた大きな理由です。美術館は全然大丈夫じゃないんです。一つの理由は、80%の日本の公立美術館は過去10年、下手すると15年、作品を購入できていません。これは地元の福岡市美術館協議会の会議録ですけども、ここにそういうことが書いてあります。「美術品の購入予算はこの美術館ができた当初から徐々に減っているが、学芸員の努力や今までの経験の中で質の高い寄贈作品が毎年数多くある」物は言いようなのですが、つまり作品が買えていないんです。予算がこれから増えるかというと増えません。増えない理由は、公的資金の税収自体が減っているので増えるわけがないんです。税収が減るというのは、人口が減るし、高齢化が進んでいるからですね。だから福岡も北海道も全国の美術館は、過去10〜15年、ほとんど作品を買えていない。ということは作品をつくるアーティストからすると、美術館は自分たちのマーケットや買い手にならないということですよ。北海道もこの10年間に渡って、購入による作品収集はおこなえていません。5億円の基金を持ってはいるんですけども、一切使えない。一億円使うと一億円補填しないとならないんですね。だから事実上、5億円を持ってはいるんですけど何もできないという、これが美術館の現状なんです。ところが一方で、国立だけは国民が知らないだけで作品を買っています。国立の美術館は、東京の国立近代美術館、京都国立近代美術館、国立西洋美術館、国立国際美術館、博物館はもちろん九州にもありますけど、美術館はこの4つです。(※国立新美術館はここでは含みません)

国立美術館は、昨年は年間30〜40億円で現代美術も含めて良い作品を買っています。これだけだといいように見えるんですけど、オリンピックが終わるとこの予算はなくなります。それからもう一つは、そもそも若手の展覧会を積極的にやる予算がありません。僕も横浜美術館に30年ほど勤めたんですけど、実は定年間際であざみ野に手を挙げて移りました。理由は、あざみ野では年に二回、展覧会が間違いなくキュレーションできるんです。逆に言うと、美術館にいても若手の展覧会ができないんですよ。僕はあざみ野で初期の石川竜一の個展を企画したんですけども、そういうことが即座にできる良さがあります。こういう中間的な支援をする市民ギャラリー系もありますし、割と小規模な美術館なんだけれども積極的に現代美術をやってるような、例えば富山の黒部市美術館や栃木の小山市立車屋美術館という、冒険的な展覧会をする施設があります。実は私も来年そういう小規模な、でも若い作家を支えているような場所と緩やかに組んでみようかなと思っています。いずれにしても皆さんを支えるためのインフラ、一つは美術館がとても危うくなっています。将来的に新しいスキームをつくらないと日本の美術館がかなりしんどいことに追い込まれるのはもう目に見えています。

それから例えば、横浜トリエンナーレなど全国で芸術祭がありますよね。ビエンナーレ、トリエンナーレに必ず謳い文句で入っているのは、「世界の新しい美術を紹介します」と書いてあるんです。でも、実は世界で一番新しい美術を見たかったら、アートフェアに行く方が早いんですよ。例えば、香港のバーゼルのアートフェアとか、あるいはスイスのバーゼルのアートフェアとか、アーモリーショーなどですね。そういう市場がどんどん拡大しています。アートフェアの売り上げも上がっています。美術市場で一番大きいのは中国で、2016年のデータで約2,344億円くらいですね。次にアメリカ、イギリスで日本が9位で46億円くらいです。最近、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品が500億円で売れましたけど、ああいうことは時々あると言えばあります。マスターピースの作品が出てきて高く売れる。皆さん良くご存知のように、印象派やゴッホはほとんど今は収まるところに収まっているので、なかなか市場に出てこないんです。オルセー美術館、ルーヴルも持っていますし、世界中の美術館が持っているので、なかなか理由がない限りは表に出てこない。今、表に出てくる作品というのは、どんどん現代の時代に近づいてきています。世界中が血眼になって探している作品は、日本の1960〜70年代の作品です。ですので、日本の白髪一雄や白髪さんがやっていたような60〜70年代の全然、誰も買わなかったような作品が今は数億円で売れるようになっています。それから、もの派の作品ですね。当時とてもじゃないけど売れなかった、もの派の作品を世界中の美術館が血眼になって探していて、現にテートモダンやニューヨーク近代美術館に行くと、もの派のセクションがあるんですよ。そういうふうにして美術市場は日本に肥大してるんですけど、なかなか日本の美術市場は大きくならないという現状があります。大きな画廊はニューヨークに画廊を持ってますし、最近オオタファインアーツも上海に画廊を出しました。これはつまり海外に店を出さないと、日本ではなかなか生き残っていけない時代になっているという意味です。先程と同じ話なのですが、国別では中国、次にアメリカ、イギリス。ここで「売り上げの総額の72%を占める絵画はコレクターに人気のある領域です」とあるんです。こういう報告があると、みんな途端に絵を描きだすんですが、とにかく美術市場は拡大しています。

ジャンミシェル・バスキア / 1982年 /「無題」 作品は1984年に収集家夫妻が1万9000ドルで購入、2017年に1億1050万ドル(約123億円)で「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を運営するスタートトゥデイの創業者、前沢友作が落札した。

ジャンミシェル・バスキア / 1982年 /「無題」
作品は1984年に収集家夫妻が1万9000ドルで購入、2017年に1億1050万ドル(約123億円)で「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を運営するスタートトゥデイの創業者、前沢友作が落札した。

バスキアは有名ですよね。最近、ZOZOTOWNの社長が作品を買いました。このバスキアの作品は、1988年には3万5千ドルですから、4万円くらいかな。それが30年くらいで120億円くらいになってしまったことを見ても、上げ率が全然違います。そもそもバスキアが120億円も出して買う価値のある作家かどうか、という問題があると言えばあるわけです。昔は、それこそゴッホやマネ、モネの作品が高かったんですね。それがしかるべきところに入ったので、少しずつ時代が上がってきた、時代が近づいてきたということがあるんです。例えば、フランシス・ベーコンというイギリスの作家の作品も155億円です。つまり、19世紀から20世紀初頭の作品がもう買えなくなったので、市場はどこに移っているかというと、1960年代くらいのところに市場が移っているわけです。オークションの値段は、とにかく会場で誰かが100億円というと、誰かがいやいや120億円だと言ってどんどん値段が上がっていくわけですね。値段の根拠はあるようで全くないわけです。だからそれが妥当かどうかと言われても、僕らからすると「高いと思うな」ということがあります。ピカソの「アヴィニョン」のシリーズで一番良くない作品でも140億円で売れたりするので、逆に言えば、美術史的な価値が市場に追いついていないということがあります。そうこととお構い無しにどんどん値段は上がっているという現実が一方であるわけです。

事業を拡大するメガギャラリー

画廊が大丈夫なのかということですが、メガギャラリーがより事業を拡大して、中小規模ギャラリーが閉鎖し始めています。これは皆さんにとっては関係ないと思うかもしれませんが、すぐに関係してきます。例えば、ものすごく規模の大きなメガギャラリー、ニューヨークではガゴシアンギャラリー、イギリスはホワイトキューブ、スイスはハウザー&ワースといったギャラリーです。こういうところは、ものすごくリッチで資金を持っています。他にもありますけど、これらの20〜30くらいのメガギャラリーが何をしているというと、近隣の大きな工場や大きなスペースをリノベーションして、美術館と見紛うようなスペースをつくっています。皆さんがもしニューヨークに行く機会があったら、チェルシーというエリアに足を運んでみてください。昔、肉の解体所だった場所で、「ブラック・レイン」(1989年)という映画に、肉を吊るしている工場の中がシーンとして出てくるんですけど、あれが昔のチェルシーです。今や画廊街で、その一角に、ガゴシアンギャラリーが本当に美術館と見紛うような、2,000平米くらいのものすごく大きなスペースを持っています。僕も2年前に行った時に、そこで大きな展覧会を観ました。17〜20世紀のペインティングの展覧会で、しかもキュレーターが元MoMAの絵画部の部長がやっていました。それからアップタウンと言う地域なんですけど、ガゴシアンのもう一つの会場では「In the Studio」という、作家のアトリエやスタジオがテーマとなった写真の展覧会がありました。この写真展もMoMAのピーター・ガラシという写真部の部長によるキュレーションでした。チェルシーの絵画の展覧会は、どう考えても10億円くらいかけて展覧会をしているんです。オルセーやメトロポリタンなどの美術館から作品を借りてきて展覧会をしてるわけです。ところがこの展示は無料で見れるんです。カタログは高いんですけれども、展覧会は無料。実は、今こういう傾向が増えています。先程言ったように、ホワイトキューブもハウザー&ワースも、メガギャラリーがどんどん大きな展覧会を組織して無料で提供しています。変な話ですが、ニューヨークでそういう展覧会に行って、「たまたま見れてよかったね」となった後、ではいよいよMoMAグッゲンハイム美術館に行って、新しくなったホイットニー美術館に行って…と三つぐらいの美術館に行くと、75ドルぐらいなので、8,000円くらい使わないといけないわけです。メトロポリタン美術館に至っては、400億円の赤字を出しているので、いよいよ来年から25ドルの入場料になります。ひょっとしたら30ドルになるかもしれない。そうすると普通に展覧会に行くだけで、2,500〜3,000円かかるわけです。

一方で、コマーシャルギャラリーは、美術館と同じような展覧会を、しかも無料で提供しています。この「10億円の展覧会がどうしてできるんだろう」という理由は明らかです。実は出品作品の3〜4点をセカンダリーで売るとお釣りがきます。彼らは4〜5点を必ずクリスティーズで売るので、そうすると大体40〜50億円になり、10億円くらいの展覧会はいとも簡単にできることになります。それから私が学芸員になった当初にはありえなかった話ですけど、美術館の学芸員が画廊のディレクターになるケースが今、すごく多いんです。昔は、やはり最終的にはみんなMoMAのキュレーターになりたいわけなので、画廊で一生懸命頑張ってMoMAの学芸員になった人はいます。でも、その逆はありえなかったんですが、実は今はあるんです。どうしてかというと、MoMAにいてもなかなか展覧会をさせてもらえないけど、ガゴシアンだと展覧会ができるわけです。しかもちゃんと潤沢なお金もあるような時代になりました。チェルシーで27年間経営してきたアンドレア・ローゼン・ギャラリーは、ヴォルフガング・ティルマンスなんかも扱っていて、僕も結構世話になったんですけど、ここはもう新人はやめて乾きものオンリーのギャラリーになります。

アメリカの場合は、アーティストには非常に大きな問題なんですけど、ある程度の業績を上げて活動した作家が亡くなると、遺族、つまりエステートのファンデーションがすぐに立ち上がります。その場合、画廊がマネージメントをします。例えば、ティルマンスが仮に亡くなったとして、エステートのファンデーションを立ち上げる時に、画廊はもちろん、営利、商売なんですけども、ノンプロフィットのオーガナイゼーション(NPO)の手伝いをします。これをどうしてすぐに立ち上げるかというと、著作権を全てそこでコントロールするので、遺族に著作権のロイヤリティーが入ってくるんです。だから、作品やそれにまつわるコピーライトも全部管理します。我々も亡くなった作家に交渉をする時は、そのファンデーションに作品の貸し出しを依頼します。日本では、その制度が整ってないので、物故作家で作品をどうしようかということは結構深刻な問題になっています。例えば、松田豊というコンセプチュアルな作家がいるんですが、松田さんが諏訪湖の近くにアトリエを持っていて、そのアトリエに三千点くらいの作品が未だにそのままの状態で置かれているんですね。その作品を東京都現代美術館が最初に引き取りに行こうとしたんですけど、その作品は、松田豊というアーティストが何気に置いたのではなくて、いわば展示をしたように置かれていました。しかも皆さんからすると不思議に思うかもしれないけども、埃が溜まっているんですけど、それも取っていいのかどうかも分からないんですよ。そこで、都現美は諦めたわけです。そうこうしてるうちに、今度はヨーロッパやアメリカの美術館が、作品を売ってくれと来ました。実は、70点のドローイングのシリーズがあるんですが、これを全部売ると23億円くらいになっちゃうんですね。そこで、何が大変というと、仮に23億円で売ってしまうと、残り二千何点も全部、価値が定まってしまうんです。税務署は「ゴミと思っていたけど、あんなものに価値があるんだ」となって、つまり作品が課税対象になってしまうんです。そうすると、多分100億円以上の税金がかかるので、遺族は税金を払えなくなるんですね。固定資産税を納めることができないので、作品を廃棄するしかなくなる、あるいはどこかに物納するしかない。アメリカの場合は、割と建国以来やってきたことなので、そういう管理はうまくいってるんです。

いずれにしても中規模な画廊が競争に勝てなくなり、閉じている現状があります。先ほど紹介した展示の「In the Studio」は、17世紀オランダのネーデルランドの歴史的な絵画も展示していました。ヨーロッパの場合は、テートも今コレクション展示だけであれば無料です。ナショナルギャラリーも無料、フランスはちょっと払わなきゃいけないけど、ドイツも基本的には無料ですが企画展は払わなきゃいけません。大体20〜30ポンド、2,000〜3,000円払わないといけない。そういうふうにして、プロフィット、営利目的の方がパブリックな活動をむしろ自分たちのマーケティングのためにし始めてるということが増えています。

ヨーロッパ・アメリカの美術館の事例から

日本の美術館が金輪際、作品を買えないということで、美術館が危ないという話はしましたよね。実はヨーロッパでも同様の問題があります。この間、日本に「バベルの塔」の絵画作品が来ました。あの作品を持ってるのは、オランダのロッテルダムにあるボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館です。13万点くらいのコレクションを持っています。レンブラントも持っていますし、現代美術の作品も持ってます。僕はこの美術館に仕事で二年前に行ったんですけど、館長と話をした時に、「どんな作品を最近買っているんですか」と聞いたら、「天野、知らんなぁ。ヨーロッパの美術館はどこも購入予算はゼロだよ」と言われました。テートモダンもボイマンスもゼロです。ものすごく胸を張って言われるので、どういう意味かなと思ったんですけど、いずれにしても日本とある意味で同じで予算がありません。だけど実はもう手を打っています。これはボイマンスがこれから新しく建てようとしている建築現場です。

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン所蔵庫の起工式 2017年5月  http://depot.boijmans.nl/online-tour/ ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館 (Museum Boijmans Van Beuningen) はオランダのロッテルダムにある美術館。中世ヨーロッパ美術から近代美術まで126,000点を所蔵している。ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館は、コレクターのFrans Jacob Otto Boijmans (1767-1847) が1841年に自身のコレクションをロッテルダムに寄付したものが基礎となっている。その後、1958年にはダニエル・ジョージ・フォン・ベーニンゲン (1877-1955) が自身のコレクションを寄付し、それによって「ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館」という名前になった。

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン所蔵庫の起工式 2017年5月
ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館 (Museum Boijmans Van Beuningen) はオランダのロッテルダムにある美術館。中世ヨーロッパ美術から近代美術まで126,000点を所蔵している。ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館は、コレクターのFrans Jacob Otto Boijmans (1767-1847) が1841年に自身のコレクションをロッテルダムに寄付したものが基礎となっている。その後、1958年にはダニエル・ジョージ・フォン・ベーニンゲン (1877-1955) が自身のコレクションを寄付し、それによって「ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館」という名前になった。

ここに5階建ての建物をこれからつくります。360億円のお金を企業から集めたり、クラウドファンドで集めていて、二回ほど頓挫してますが、頑張ってお金を集めて着手しようとしています。これはどういう建物かというと、5層の建物なんですが、4層が収蔵庫です。収蔵庫は本来見せたらダメなんですけど、収蔵庫のコレクション、絵の掛かったラックを引きながら、自分で作品を見ることのできる施設を建てようとしています。ボイマンスが自分たちの持っているコレクションを見せたいというのが大きな目的ではなくて、世界中のコレクターと組んで、ボイマンスは今コレクションを増やしています。つまり、自分たちが買えない作品を個人コレクターに買ってもらうわけです。それを寄贈してもらうか、ローンと言って、預けてもらうかです。この預けてもらうというのは、個人コレクターと美術館にとってはウィンウィンの関係になります。コレクターはお金持ちなので作品を買うこともできますが、作品を保管する場所を確保しないといけない。これには結構なお金がかかるんです。それを美術館が無償で、収蔵庫で預かってくれる。その代わりに美術館はその作品をコレクションとして活用させてくれという話です。作品の一つとして紹介したり、海外の美術館が欲しいという時には貸し出しをしたり。美術館側は貸すという行為はメリットがあって、貸す度にキュレーターが作品と一緒に飛行機で着いて行くので、向こうのお金でいろいろ調査ができるんですよ。良いコレクションを持っていれば持っているほど、世界中から貸してくれと言われて、そのキュレーターは自分の予算を使わずに、海外に行って調査ができる。余計な話ですけど、ビジネスクラスで行けます。その代わりドアtoドアで、作品に張り付いてないといけない。トラックに乗るは、飛行機も同じものに乗ります。降りたところでトラックに乗って、美術館まで着いて行くという仕事はやらないといけないんですけど、その代わり調査活動ができるということがあります。コレクションを持っているというのは非常に強いわけです。ヨーロッパの美術館は予算がなくなったけれども、コレクションをストップせず、コレクターと組んでコレクション形成を始めています。この5層のうち、最上階はどう使うかというと、個人コレクターでも、「寄贈なんてめっそうもない、貸すのも嫌だ、だけど俺のコレクションは見せたい」という欲望を持っているコレクターは世の中に沢山いるので、そういう自分のコレクションをきちっと見せたいという気持ちにボイマンスはお応えするわけです。つまりキュレーターを立てて、その人がコレクションをキュレーションします。カタログも編集してつくります。展覧会もキュレーションするので大体、展覧会一本で6千万円とります。これを年間に4本やることで4億円くらいボイマンス美術館は儲けるわけです。それでお金を集めて、また作品を買います。そのために、この建物を建てているわけです。

2011年と2014年に横浜トリエンナーレの担当をしたんですが、テートモダンの学芸員からメールが来て、コレクターのツアーがあるので、アテンドをして欲しいと言われて二回程アテンドをしました。テートのキュレーターの後ろに15人くらいのコレクターがいて、その人たちの関心は日本の美術だけでした。テートはアジア、東南アジア、東アジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、南アフリカなど、セクションごとにコレクターのグループを組織しています。その時は、横浜トリエンナーレなので、いろんな国の作家を展示していましたが、彼らは全く関心がない。一応、「横浜トリエンナーレは2001年から始まって…」など言いますよね。そしたら、いきなり手を挙げて、「そんな話はどうでも良いからどれが買いか教えてくれ」と言われました。そこで、とにかく日本の作家のところに連れて行くわけです。八木良太の展示に連れて行って、「これは良いのか?」「良いと思うよ」「買えるか」「ここでは買えないけど」「どこで買える?」というそんな話をどんどんされるわけです。彼らはそれで作品を買って、テートに寄贈します。MoMAは年間3〜4千点コレクションを増やしていますが、ヨーロッパの美術館、特にイギリス、オランダ、ベルギーはコレクターが代わりに買ったものでコレクションを増やしてるわけです。これは何を意味しているかというと、皆さんの作品を買う相手は美術館ではなく、コレクターがファーストコンタクトになる可能性が増えていくということです。

これは実際にあった話ですが、青木千絵という漆で彫刻をつくるアーティストがいます。彼女は金沢美術工芸大学で講師をしているんですけど、三年前に金沢のアトリエに一本のメールが来ました。聞いたことも見たこともない人で、アラブの石油王とは言わないけど、そういう関連の人で、「ウェブサイトで君の作品を見た。作品が欲しいので来週会いに行ってもいいか?」という内容です。そして、個人用のジェット機で本当に飛んできたんですよ。それで「いくら?」と言ってきた。彼女は、結局は理由があって売らなかったんですけど、インターネットの時代では、本当にこういうことが起こりうるわけですね。要は、美術館がかつては作家のところに行って、画廊を通して買うというようなシステムだったのが、これから増えてくるのは個人コレクターに代わって画廊が来るか、個人コレクターと一緒に美術館が来るかということです。これは減りません、増えます。アメリカの美術館は、そもそも公的な美術館なんて一つもないんです。ワシントンのナショナルギャラリーだけが純粋な国立美術館で、MoMAもメトロポリタン美術館もファンデーションは組んでますが、そもそもはプライベートミュージアムです。ですので、アメリカの美術館は、設立当時から寄贈で形成してきました。数十億円の作品も、アメリカの資産家たちは、社会的な名誉になるので盛んに購入してきたわけです。つまりアメリカのやり方をヨーロッパの美術館も真似ようとしています。ところが日本の美術館がどうしたいのか、何にも方向性が示されないので、ただ買えない時間だけが流れています。皆さんもウェブサイトを立ち上げる時は、日本語だけじゃ結局は誰も見てくれないので、英語でステートメントもきちんと書いておくと必ず誰かに見てもらえます。見てくれる相手が日本人でない可能性が増えてるわけですね。それにどういうふうに対応するか、ということに迫られていくと僕は思います。そういう例が実際に増えています。だから皆さんを取り巻く環境の一つである、「誰が作品を買うのか」という買い手の構造が変わってきたということがありますね。

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後編へ続きます。

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2017/11/11 − 12/3

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アーティストトーク〈山下耕平〉レポート

11/12に開催した山下耕平さんのアーティストトークのレポートをお届けします。山下さんは本展で、2014年以降の絵画作品9点を展示しています。今回のトークでは、山下さんの制作の過程や過去作品を画像を交えながら、先日紹介した三輪さんと同様、担当ディレクターとの対話形式でお話しいただきました。会場内の様子とあわせて是非ご覧ください。
(以下はアーティストトークを一部抜粋・編集したものです。)

(アルティアム・鈴田)山下さんのトークは、今回の展示作品を中心に、その制作過程をご紹介します。過去作の画像もたくさんお持ちいただいてますので、まずは展示作品についてお話をして、時間があればこれまでの過去作品もご紹介できればと思います。

《知らない道、迷走、時間がない》2014年 66×55cm アクリル、カラーインク、パネル ©YAMASHITA Kohei

《知らない道、迷走、時間がない》2014年 66×55cm アクリル、カラーインク、パネル ©YAMASHITA Kohei

まず、展覧会の構成は《知らない道、迷走、時間がない》という作品が起点になりました。山下さんの作品は、人物像が画面に1人で描かれている構図が多く、人物の顔の表情や荒々しい筆の運びが印象的です。今回は特に近年の作品を展示するということで、作品の特徴がよく表れたこちらの作品を展示することになりました。

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そしてこちらは山下さんのアトリエの風景ですね。

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(山下耕平さん)この中でいうと、《知らない道、迷走、時間がない》の作品は、右下の横長の作品です。こういう感じで描き始めて、割と下書きなどを考えて始めるというよりは、描く前に気持ちだけを決めて描き始めて、描きながら、消して描いて繰り返しながら、その気持ちの絵になるように探りながら、つくっています。

(鈴田)過程を見ると、この作品は相当な移り変わりがあるのですね。まず縦長の作品なのに、横長のサイズから始まっている。この状態では完成した姿が全く伺えないですね。

(山下さん)いろいろと画面を切ってしまったり加工をします。

(鈴田)なるほど、では横画面を切ってしまって、縦構図に途中から変えたというわけですね。分割することは、結構よくすることなんですか。

(山下さん)割とよくしますね。

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(鈴田)どんどん上から潰して描いているんですね。

(山下さん)はい。そして段々と近づいてきて、出来上がりました。

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(鈴田)アトリエには作品が沢山並んでいますが、いつも同時進行で描いているんですか?

(山下さん)そうですね。いつも平行して進めています。

(鈴田)筆を置くタイミングはどういう感じで決めているのですか。この方法で言えば、結構何回も描けてしまうわけですよね。描き終わってからやっぱりもう一回変えようかなという気持ちはあったりしますか。

(山下さん)自分が落ち着くところで終わるっていう。だからもう一度、描き直すということはないです。

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(鈴田)山下さんの作品はタイトルもすごく素敵だなと思うんです。《あげくにはてな》とか《シーユーレイター》とか、情景が浮かびますね。このタイトルは絵が完成した後に考えています?それとも描きながら考えているんですか。

(山下さん)いろいろなんですけどね。《知らない道、迷走、時間がない》はもともとタイトルありきで考えていて、こういう絵になるかなと構想しながら、描いています。

(鈴田)じゃあタイトルありきでそこに向かっているというような感じなんですね。全部の作品がそういう感じですか?

(山下さん)半々くらいです。タイトルは、今自分が置かれている、その時うまくいかなかったりというような、いろんな感情を言葉にして、そういうタイトルがあるなら、どういう絵になるんだろうっていうようなところからきている感じですね。大学の時には、音楽からそのままタイトルを持ってきたりという描き方をしていたんですけど、途中からは曲は自分のものじゃないしということで止めました。

(鈴田)こちらはアルティアムの展示の最初に展示している小作品ですけど、こちらは額も作品の一部というものですね。

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(山下さん)はい。額から作っています。その枠に絵をはめるという作品ですね。自分はあまり一発で描いたりというのができないので、下書きをまず鉛筆で描いて、その下書きをパーツごとに切って、写して、そこに色を乗せていきました。

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(鈴田)ポストから手紙が出ているイメージで、これは新作にも繋がる作品です。手紙=コミュニケーションの象徴ということで、山下さんの作品にはよく「手紙」がモチーフとして登場します。こちらは《帰り》という作品です。

展示風景 左:《徒歩40分気分》、右《帰り》

展示風景 左:《徒歩40分気分》、右《帰り》

(山下さん)さっきの作品と同じように、下書きで描いたものを上に当てて、シルエットだけをとってます。

(鈴田)画面を見ると、少し段差がついているので会場で確かめてみてください。パズルみたいにくり抜かれていて、最後に裏からパーツをはめるという仕掛けです。

(山下さん)一つの板に描いた絵を後ろからはめ込んでいます。

(鈴田)山下さんは大工的な仕事がすごく上手ですよね。設営でも絵の接合を着々とされていましたけど、元から得意なんですか。

(山下さん)嫌いじゃないですね。

(鈴田)いろいろと技法も試されているのですごいなと思って見ていました。この作品(《徒歩40分気分》)はさきほどの作品と対になっているものです。

(山下さん)これは《帰り》という作品が外から見た状態だと考えて、こちらは、内面が外から見えてしまっているような状態です。

(鈴田)人物によりクローズアップして描いているわけですね。

(山下さん)はい。さっきのシルエットを拡大してそれを板に写して、それをくり抜いて、それをまた別の板に貼り直してという感じで作ってます。

(鈴田)表と裏、人物の外と内というような構造が描かれています。さて、どんどんいきます。次は《どうかしてた》という作品で、会場の右の方に展示してる作品ですけども。

(山下さん)これは細い一ミリ角くらいのヒノキの棒があるんですけど、それを曲げたり切ったりしながら、線を描いて顔を描いています。ノートにもともと描いていた下絵があって、それを拡大して作品にしました。ボンドで留めて。そしてその上から絵の具を塗っています。同じシリーズで4点あります。

《どうかしてた(midnight)》(部分)

《どうかしてた(midnight)》(部分)

(鈴田)毎回展覧会ごとにいろんな技法を試されているので、こちらもその一つという作品です。そしてこちらは《頼りない返事》という作品で、今年描かれた作品です。

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(山下さん)絵の具を細く出せる先が細いチューブ状のものがあって、それに絵の具を入れて、それで線を描いています。

(鈴田)今日も来場された方が、これはどうやって描かれているんだろうとかなりじっくり見られていました。大体、絵を一枚描くスピードってどのくらいなんですか。

(山下さん)割と最近の作品は1日とか、何時間かですね。早く仕上げるようにしてます。

(鈴田)次に《あげくにはてな》という作品ですが、この作品もノートのスケッチがベースになってるんですね。

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(山下さん)はい。普段こういうふうにノートに、その時の気持ちでいろんな顔を描いてるんですけど、それが一番自分に近い表現だと思っています。それを作品にする時に、同じくらいの気持ちのこもり方で表現したいなとは常に考えていて、そうするにはどういう道具を使ったら描けるのかということを考えているんです。

(鈴田)様々な技法を意欲的に試していって、その集大成として今回の新作《シーユーレイター》に繋げているわけですね。2×4mの大作ですが、よく見ると作品が分割されていてパーツを会場でつなぎ合わせています。これは最初の構想からこういうふうにしようと思っていたのですか。

《シーユーレイター》

《シーユーレイター》

(山下さん)そうですね。これも同じように下書きを紙にして、それを画面に置いて描いています。ぼんやり完成形を頭に浮かべて、なるべく一発勝負で描くようにしてます。

(鈴田)気づかれた方はいらっしゃるかなと思うんですけど、実は隠れた人物が画面の見えないところに隠れているんですよね。是非、会場で探していただけたらと思います。
またせっかくなので、過去作品もお見せできたらなと。これは2003年の作品です。

《A SILENT STREET, LITTLE CHILDREN》 92×117cm 油彩、油性マジック、画布 ©YAMASHITA Kohei

《A SILENT STREET, LITTLE CHILDREN》2003年 92×117cm 油彩、油性マジック、画布 ©YAMASHITA Kohei

(山下さん)これは大学に入って1年生の時に初めて作品としてちゃんと絵を描いた作品で、油絵で描きました。

(鈴田)かなり今とは違う作風と思いますけど、この時はどういう影響を受けていたとか、どういう背景で描かれてますか。

(山下さん)この時はもう本当に何も考えてなくて、好きな絵を大きい画面で描く、描けるっていう楽しさだけですね。

《ファンレター》2009年 88×53cm アクリル、カラーインク、木製パネル ©YAMASHITA Kohei

《ファンレター》2009年 88×53cm アクリル、カラーインク、木製パネル ©YAMASHITA Kohei

(鈴田)この時代の作品に惹かれるという方も多くいらっしゃるかと思うんですが、山下さんはどんどん作品が変換していくという作風です。ただ、こちらは2009年の作品ですが、やはり手紙を出してるという構図は変わらない。過去の作品を今見るといかがでしょうか。

(山下さん)その時しか描けない、今描きたいことをずっと残していきたいと思っていて、なので、その時にその気持ちで描いたものが残っていくというのが自分にとって一番意味があります。過去に描いたものについては手を加えたりはしたくないなと思っています。

会場から質問

(お客様A)1日で描いてしまうことが多いということだったんですが、それはどうしてですか。

(山下さん)昔は何ヶ月も何年もという時間のかけ方で描いていたんですけど、そしたら最初に描き始めようと思った気持ちがどういう感じだったのか分からなくなってきたんです。そこで、できるだけその時の気持ちを込めたいと思っていて短時間で描くようにしています。

(お客様B)今回2014年以降の作品を展示されていたんですが、なぜその期間の作品を展示したのでしょうか。

(山下さん)はっきりとしたこうだという理由は特にないんですけど、気持ちの面で、自分の中で微妙な線引きがあります。「ここから」、「これは違う」という感じなんですけど、そういうものがあったので、そこで2014年以降の作品にまとめて展示しようと決めました。

(鈴田)今回の展覧会にあたって、今、大きな作品を描いてみたいと思っている、ということを山下さんから聞いてとても嬉しかったです。しかし、大きな作品にトライしようと思ったきっかけは何かあったんですか。

(山下さん)そうですね。作品を作る時は、その時自分がそういう感情で、どういう気持ちなのかということが一番描く上で大事だと思っていて、そこからこういう絵にしようというのを考えてやってきてるんですけど。例えば、今回出品している作品でいうと、棒を使ってみたり、板をくり抜いてみたり、この気持ちを表現するためにどういう表現方法があるんだろうって思いながらずっとやってきて、そういったことをやりきった、じゃないですけど、だんだん作品化する時に自分でハードルが高くなってきて、出口が狭くなってきていたところで、今回のお話をいただきました。テーマが「原初の感覚」ということで、ちょうど自分の心境と重なる部分があって、深く考えずにその時描きたい絵を素直な気持ちで描けたのかなと思っています。

(鈴田)今回の展覧会で原点回帰というか、描きたい衝動を取り戻したり、気持ちを高めたりすることができたなら、とても嬉しいです。

描きたいと最初に思った、その時の自分の気持ちをどのように表現するか、ひとつひとつを選びながら話されていた言葉からは、作品制作への真摯さ、誠実さが伝わってきました。凹凸があったり厚みがあったり人物が隠れていたり、近くで見ると新たな気づきがある作品も多いです。ぜひ、実際に会場でご覧ください。

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アーティストトーク〈三輪恭子〉レポート

11/12に開催した三輪恭子さんのアーティストトークのレポートをお届けします。これまでの制作、展示作品について、担当ディレクターとの対話形式でお話しいただきました。本展では、パステルで描かれたドローイングによるインスタレーション《すばらしい光の群れが来て》を展示しています。会場の様子とあわせてご覧ください。
(以下はアーティストトークを一部抜粋・編集したものです。)

(三輪恭子さん)今日は皆さんお越し頂きまして、ありがとうございます。まず、これまでの私の作品について簡単にお話していきたいと思います。私は大学時代から制作を始めてかれこれ16年くらい経っているんですけど、主にインスタレーションを制作してきました。外光を使ったり、その場所に即したインスタレーションを今まで展開してきています。その場所の風景を取り入れながら、歴史、人の記憶、そういうものに思いをはせるような作品をつくってきました。

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そして数年前から、今回展示しているようなドローイングの制作を始めました。きっかけは、ある時、NHKで与論島のドキュメンタリー番組をしていて、それは家族に関するものでした。その島で、家族の骨を洗う儀式が今も残っているという特集を見て、大変衝撃を受けて一回取材してみたいと思ったのが、今回のように取材してドローイングを描くということの始まりです。これがその与論島の旅の過程をドローイングにしたものです。

※複数のドローイングから成るシリーズ《無題(与論島)》 より「目の前で笑うあなた。」 2015年 紙にパステル、ペン ©MIWA Kyoko

※複数のドローイングから成るシリーズ《無題(与論島)》より「目の前で笑うあなた。」 2015年 紙にパステル、ペン ©MIWA Kyoko

 こうやって、与論島や沖縄などに行く機会も増えて、その土地に住む人や家族との繋がり、宗教、どういったものを信じてきたのかということをリサーチしていました。また、沖縄からハワイに移民として移り住んだ人々を通じて、自分の信じる先祖や宗教がどういうふうに変遷していったのかを調べる旅もしてきました。これはハワイの移民のドローイングです。

《パーソナル・ハッピーマーク》2016年 33.3×24.3cm 紙にパステル、ペン、テキスト ©MIWA Kyoko

《パーソナル・ハッピーマーク》2016年 33.3×24.3cm 紙にパステル、ペン、テキスト ©MIWA Kyoko

こういうふうにいろいろ描いてきたんですけど、沖縄から移民を辿ってハワイを訪れた時に、かなり世界の果てまで来たなという気持ちになりました。でも調べるうちに、こんなに遠くに来ても日本人はお墓を作るなどして日本を懐かしむ風景をハワイに生み出していましたし、家族を思う気持ちは強く普遍的なものと気づきました。そして、自分もハワイの風景に家族や故郷を重ねて見ていることに気づいたんです。ハワイの風景ってすごく(出身地である)宮崎とそっくりだったんですよね。こんなに遠くに来ても、自分は結局のところ親族を見ているという思いが強まって、もう遠くに行くよりも、一回自分の足元を掘り下げる必要があるんじゃないかと思って、今回の宮崎をリサーチしたドローイング制作に繋がっていきました。そこで今回、家族と向き合ってみようと3週間くらい宮崎に戻って、疎遠だった祖母を訪ねました。前まで話ができてたのに認知症が進んでたりして、親族の歴史というものが知らない間に進んでるんですよね。

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(鈴田)おいくつくらいなんですか。

(三輪さん)92〜93歳とか。じいちゃんたちは死んじゃってて、祖母は健在で、でももう何も喋れない。話しかけるけど私のこととか絶対忘れてるんですよね。目とかついじっと見ちゃって、その目がどこを見てるか分からないような不思議な感じがして、わーって引き込まれていくような感じがしましたね。 これは、親族3代に渡る親子の手なんですけど、ばあちゃんと私といとこで形がそっくりなんですよね。だから遺伝としてやっぱり伝わってきているんだなって感じました。それからお墓まいりしたり。

(鈴田)三輪家はずっと宮崎ですか?

(三輪さん)ずっとです。それでリサーチした中での一番の事件をお話ししておきたいんですけど、いろいろ調べようとして、母方のばあちゃんの住んでるところに何か写真とかないのって頼んだら、何もないって言われたんですよ。全部親戚のおじさんが焚き火で家具とか写真とか家系図とかも燃やしたから無いよって言われて。

(鈴田)故意に燃やしたということですか。

(三輪さん)それが誰も理由がわからなくて。なので、全然とっかかりがないまま、聞いて回るしかない。例えば、地元の資料館に行ったとして、一般的な歴史は分かるんだろうけど、自分の親族、個々の話っていうのは分からない。

(鈴田)自分の親族や歴史について曖昧に理解していることがある。そうした部分にも踏み込んだり、家系図を調べ直したというわけですね。

(三輪さん)家系図については、全部それも聞き取って紙におこしました。でもうちの母も「ひいじいちゃんの名前なんやったけね」とか言っているような状態で、戸籍とか取ればいいんでしょうけど、こうやって消えていくんだなぁと思いながら、おしゃべりしながら聞き出すみたいな取材を続けました。

(鈴田)どう説明して聞いて回ったんですか。作品のためのリサーチと言ってですか?

(三輪さん)それはひた隠しにして、録音機とか勝手に仕掛けて誰も気づかないようにして、5〜6時間録って後でこっそり聞いて、それで妄想しながら描くという卑怯な手を使いました(笑)。だから家族にも今回の展示は全く知らせてないですね。こういうのって自分の中で暴力的と思う節があって、親がドローイングになっていることも申し訳ないなと思う。

(鈴田)この風景はドローイングとして会場にも展示されていますね。写真に撮ってドローイングにおこしているんですか。

会場展示風景《すばらしい光の群れが来て》

会場展示風景《すばらしい光の群れが来て》

(三輪さん)全部そうです。写真から抽出して、さらに抽象化しています。道具として写真を使っているというか。 ドローイングにありますが、うちの氏神様です。実家の端っこの方に置いてあるんですけど、これを見た時、ばあちゃんの目との繋がりを感じたというか、いろいろ思うところがありました。

(鈴田)リサーチをして、ドローイングを描いているわけなんですけど、三輪さんにとって他者や見知らぬ土地に対するリサーチと、身近な「家族」へのリサーチはかなり違う印象や受け止め方だったりしたんですか?

(三輪さん)まずいろいろ調べた過程で自分の勝手に思い込んでいた家族への考え方とか、平たく言うといろんな誤解も解けていったりして、すごく家族や親族への気持ちがフラットになったっていうのがありますね。同時に、例えば親族の集まりで話を聞いてると何故か疎外感を感じたりもしました。

(鈴田)それはしばらく離れていたから、とかそういうことですか。

(三輪さん)完全に一つの集落で、集まる人もみんな同じ地域から来てるんですよね。だから楽しそうなんだけど、自分は結構ずっと離れていたから完全に他人だなぁとか思ったりして、居づらくなったりとかもして。不思議なものだなと思いました。

(鈴田)会場のドローイングに2点すごく大きい作品がありますね。1点は炎を描いた作品。あの作品は、先ほど全部親族の一人が燃やしてしまったという炎なんですか。

(三輪さん)そうですね。それが元にはなっていますが、自分の中では抽象的な何かを描いたつもりです。サイズを大きくしたのは、ここに真理があるという気持ちがあったからです。燃やすという行為が、破壊しているのか、逆に作っているのか、良いことなのか、悪いことなのか曖昧であって、また綺麗だなと思ってしまうところとか。この炎のドローイングを描くために、ある祭りを見に行ったんです。大分のケベス祭りというすごい火祭なんですけど、火を見れる場所って全然なくって、わざわざ調べていったんです。燃え盛っていて、どんどん燃えていくのをずっと見ていました。

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(鈴田)もう一点の大きな作品は最初、鯨の口みたいに見えたんですけど、そういうわけじゃないですよね。あの作品は何を描いているのか教えてもらえますか。

(三輪さん)もう一点は、父の顎部分の合成ですね。フォトショップで荒い処理を施していて、ある程度顔とは分からないようにしています。

(鈴田)大きい作品すごく良いなぁと思ったんですけど、今回なぜあの大きさにしたんですか。

(三輪さん)あの大きさじゃないといけないと思ったからです。イメージしたのがあの大きさだったから。大きいドローイングを描いてみたかったんです。洞窟の絵を描きたいというのはずっと前からイメージしていて、このくらいの大きさじゃないとダメだって思ってたからですね。

(鈴田)もともとインスタレーションで大掛かりな作品の制作をされていたので、体を動かして大きな作品に向き合うことは続いていますね。しかし顎を加工した作品は、他の作品は割と風景として描いているのに、この作品だけ合成しているところが異質ですね。そういう新しいことも実験的にやってみたという感じなんですか?

(三輪さん)いいとこ取りというか、描きたいものの集大成として出来上がったという感じですね。

(鈴田)この家族のシリーズは続けるんですか。

(三輪さん)これはきりがないので、もう一旦終わりと思ってますが、まだ先のことは決めていません。だけどドローイングはインスタレーションと並行しながらやっていこうと思っています。

会場から質問

(お客様A)これまで何回か三輪さんのドローイングは見せていただいたんですけど、今回の作品を拝見して、ふと木下晋さんの鉛筆画を思い出しました。木下さんは鉛筆なんですが、三輪さんはなぜ木炭なのかという質問が一つと、今回自分の家族にフォーカスを当てた話を聞いていると家族との良好な関係になりたいという願いを感じたんです。だから、家族に対する思いや願い、何か自分の中で変化があれば、よかったら教えてください。

(三輪さん)木炭で描くかという質問ですけど、私は木炭じゃなくて、パステルなんですね。黒パステルで、木炭はあまり黒が濃くならないのでパステルで描いてます。他にも、なぜ白黒なのかって聞かれるんですけど、光を描きたいからです。光と影を描きたいからで、自分の中の写真で現像していくようなイメージでいつも描いているんですよね。黒い影を描いていって、そこから光をちょっとずつ洗い出していくような感じで描いているから、それにはパステルが一番適した素材だったっていうのはありますね。
家族との関係は良好です(笑)。とても幸せな人生を歩ませてもらっているっていうのがベースにあるからこういうことができるんじゃないかなって逆に思います。私は幸せをベースにフィクション、妄想で全部描いている感じがあるので、逆にこういうふうに申し訳ない感じにもできるんじゃないかなって最近思います。感謝してます。

(お客様B)今回三輪さんは、公募枠で入られているんですけど、テーマに「原初の感覚」と設定されていて、その中でプランを練って応募されたと思います。その時の自分のプランの立て方やそれについての考えであるとか、制作する中の変化、現在それが直結してなくても全然良いと思うんですけど、それに対する自分のスタンスについて教えていただけたらと思います。

(三輪さん)難しいテーマだなと思っていたんですが、テーマを見た時に、今美術作品をいろいろ見ていたら、社会的なテーマを扱った作品がすごく顕著で、問題提起みたいな作品がすごく多いんですが、もうちょっと私はそういったものよりも個人的な経験に即したものを自分の思い込みや衝動で作ってしまった方が人に伝わるんじゃないかと思ってて。そういった個人的な衝動を「原初の感覚」とつなげていきたいと思ったのが一つと、あとドローイングって結構運動なんですよね。でも自分の身体の動きとかが痕跡として残っていくツールだとも思っているから、そういった意味でも「原初の感覚」と言えるのではないかなと。それが個人的なものを他の人とどう共有するかっていうのが難しい、分からないところではあります。作品を観る人に、ある程度何かしら伝わることを願っています。

与論島や沖縄、ハワイでのリサーチワークを続けてきた三輪さん。本展では、家族への取材を元に描かれたパステル画によって構成された展示空間となっています。会場でぜひご覧ください。特に渾身の大作は必見です。会期は残り2週間を切りました。お見逃しなく!

 

【展覧会ページ】
Local Prospects 3
原初の感覚

2017/11/11 − 12/3

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