藤森照信建築 と鸛庵

トークイベントレポート3

引き続き、4月26日に開催した『藤森照信×ローランド・ハーゲンバーグ トークイベント』レポート(3)です。レポート(1)レポート(2)とあわせてご覧ください。

(以下は藤森照信のトークの内容を一部抜粋・編集したものです。)

ねむの木こども美術館
(スライドで明治36年に撮影された写真を見せながら)明治後半の30年代の箱根の関所には茅葺きの上に草が乗っていて百合が咲いています。我々は忘れてしまっていますが、茅葺きというのは上に草を植えるのが当たり前だったのです。昔の本を見ると例外なく植わっています。「芝棟」と言って現在でも東北地方中心に残っていますが数は少ないです。「芝棟」は現在ではフランスのノルマンディー地方と日本の一部にしか伝わっていません。変な分布になっていて、おそらく新石器時代、日本では縄文時代にユーラシア大陸の北の寒い地方の屋根には土がかけられていて(縄文住居のような壁がなくて屋根だけのもの)屋根の傾斜が薄くて上に土を乗せて草を生やして土が流れないようにしていたと推測されています。実際発掘するとそういうものが出てきますので間違いないと思います。だんだん屋根が上がるようになるとシンボリックに残ったと考えられます。それを真似て作りました。

一本松ハウス
福岡に作った建物です。作った時にちょっと心配になりました。怒られるかもしれないと…。一応絵では描いてはいましたが、図面から実体を想像するのが難しいようで描いてありますと言っても見えてなかったと言われたり、出来てみてぎょっとされたりしたことがあったからです。怒られたら切ろうと思っていましたが、げらげらげらげら笑って許してもらえました。
その後、売りに出されて条件はとにかくそのまま使ってくれるということでした。なかなかそんな人がいなくて3年間買い手がつきませんでしたが、ついに現れて買ってくださいました。先ほど見に行ってみましたが、屋根の松の木が以前に枯れてしまってそのままになっていましたので、またいつか戻してもらえればと思っています。

ipponmatsuhouse
▲真ん中上「一本松ハウス」、真ん中下「高過庵」

ニラハウス
これは一番頑張って作ったものです。赤瀬川原平さんの住宅兼アトリエです。上にニラを植えることにしました。建てるのはうまくいきましいたが、メンテナンスが大変で、からすが抜いてしまうのです。からす問題はともかく、ニラ自体も根詰まりが起こって、枯れないのですが花が咲きません。とはいえ、個人の家ですがてっぺんに緑化をするのは良いですね。

nirahouse▲「ニラハウス」の模型

高過庵
他人のための茶室を作っているうちに自分も茶室を作らないといけないと思いました。幼なじみに手伝ってもらって、山からクリの木を切ります。切る人がいないくてぼうぼうに生えていますので、村の人は誰が入って切ってもいいのです。やっている最中、高さがよく分かりませんでした。職人さんたちが足場を撤収した後、夕方現場にひとり残されて、倒れてしまいそうだと思い、慌てて家にカメラを取りにいって記録だけは残しておこうと写真を撮りました。登って一歩踏み込んだら、向こう側にぐーっと傾いて止まりました。感覚では30センチくらい傾いたと思ったのですが、外から見ると10センチくらいだったようです。大人の女性5人位は入ります。皆が入りきるまでずっと揺れていますが、全員が座ってじっとすると止まります。お茶を点てると揺れてきます。
自分のために作りましたから発表する気はなかったのですが、できてみると面白いので発表すると、私の仕事の中でよく知られるものとなり、いろんな情報に載って走りまわっています。こういう情報が海外にも知られて最新作の「鸛庵」を作る仕事に繋がっています。

いよいよ次回は「鸛庵」についてのお話しです。お楽しみに!

【展覧会ページ】
藤森照信建築 と「鸛庵」
Storkhouse: The Architecture of Terunobu Fujimori

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