鈴木康広展近所の地球|宇宙の黒板

オープニングレセプション レポート1

4月25日に開催したオープニングレセプションのレポートをお届けします!

suzuki_reception

CIMG0214 - コピー

(以下は鈴木康広さんのご挨拶を一部抜粋・編集したものです。)
鈴木康広です。今日はお集まりいただきありがとうございます。
10年前にここアルティアムで鈴木康広展「水平線の消息」という展覧会で新作の展示をしました。下の階のイムズプラザは「イムズ芸術祭2005鈴木康広まばたきの葉」というタイトルでした。今回、10年経った印象はありませんでしたが、その間、ずっと活動に忙しくしていたことを振り返る機会になりました。
活動し始めた2001年から15年くらい経っていますが、当時、就職をしなかったので、社会の中に分かりやすい場所がありませんでした。アーティストって日本では職業なのかも曖昧で、自分でアーティストと名のったりすると少し恥ずかしかったりします。なぜ自分をアーティストと言う必要があったのかは謎で、僕は人前に立って発表するということをやれる性格ではありませんでした。高校の先生からは「実は目立ちたがり屋だけど、恥ずかしがり屋」という例え方をしてもらったことがあって、どこか言い当てられたような感じがしました。自分なりに人に伝えたいことはあるけど、生徒会長とかリーダー的な感じで人に何かを伝えるというのはすごく苦手でした。でも、僕なりに作品をつくって人に何かを伝えたい、伝えなければいけないと思う不思議な感情があるのです。
アーティストというと絵画とか彫刻などを新しい技術や技法によって生み出したり、その人ならではの作品を発表することが前面に見えがちなんですが、実はそれをするもっと前に自分でもわからない理由というものがあって、じつは何か必要性があってやっていることです。今思うのは、大学を卒業した2001年の曖昧で自分がどうやって生きていくのかわからなかった頃のほうが、世の中に対してすごく敏感でした。そのときに考えていたのが“近所の地球”という言葉でした。“近所の地球”という言葉は、日本語ではちょっと変ですね。ちょっと変だけど、なんとなく分かりますよね。近所のような、地球のような・・・分かるけれどちょっと変ということを自分なりに一生懸命探している感じがします。それはある意味、仕返しだったりお返しだったりします。自分が今の社会に(社会という言葉は苦手なんですけれども。世間もちょっと…)状況があって、自分が変だなとかちょっと違うなと思ったことのお返しだったんです、“近所の地球”という言葉が。

suzukiyasuhiro_note

“近所の地球”という考えを当時ノートに書いていまして、それがいまここに展示されています。展示だとひとつの見開きしか見せられないので困りますね。本当はめくってもらいたいのですが、ぼろぼろになってしまうので・・・。2001年に書いたノートを去年活動を始めて14年経ったときに水戸芸術館で個展をする機会をいただきました。そういう機会に自分のノートを久しぶりに本格的にめくってみました。300冊くらいあるのですが、一番はじめのノートに“近所の地球”って書いてあって、これだ!と思いました。正直、当時は自信がなかったのですが、14年経った自分の視点で見て、負けたというか、これ以上のコンセプトはないなって思ってしまって、水戸の展覧会のタイトルにしました。それで今年同じタイトルの書籍も出版し、節目といいますか、新しいスタートとして大事な作業になったのではないかと思っています。

今回の展覧会では、“近所の地球”という大元のコンセプトに“宇宙の黒板”を追加しました。“宇宙の黒板”というのは黒板を宇宙の暗闇に見立てたのですが、もともと黒板は「宇宙」なのではないかと思いました。
「まばたきとはばたき」という本を作ったときに、グラフィックデザイナーの原研哉さんに自分の作品と作品をつくることで考えたことを伝えるために全力でスケッチを描いたんです。そのとき、原さんが“数学者が黒板に書く数式のようだ”って「まばたきとはばたき」の帯に書いてくれています。

suzukiyasuhiro_book
“縷々と書き付ける…”と書いてくれています。

子供の頃から僕は国語が苦手でした。国語は要するに日本語で、学ぶためのすべてのベースです。それがなぜかどうしても思うようにいきませんでした。あと、じつは数学がさらに苦手で、結果的に美大に行ったという事実があります。数式というのは極めてブレのない言葉らしくて、数式が使える人同士だと完全にコミュニケーションできるらしいです。まったくぶれがなく理解し合えるというのは羨ましいですね。数式でラブレターを書いたら正確に伝わるのかもしれませんね。言葉が苦手で伝えたいのに伝わらないもどかしさがあって、その伝えたい気持ちをなんとか自分でかなえるために作品をつくってきたわけですが、作品集を制作するときに、作品をすべては観ていない原研哉さんに完ぺきに伝えなきゃという本気の気持ちがあって必死に描いたスケッチだったのです。結果的にそのスケッチに対してご本人から「数学者が書く数式に似ている」と言われたのは驚きました。
僕は数学者ではありませんが、10年くらいずっと自分なりの伝え方で絵と言葉と作品をつくってきたので、それなりに技術は高まってきているのかなと思っています。数学というのは宇宙というか、人間が作ったものではないものを記述しているという時点ですばらしいものだと思うのですが、数学者にとって黒板は自分で考える場でありつつ、同時に自分以外の人に伝える場でもあったように思います。同じように僕も身近な「宇宙」について考えてたくて、ふと黒板が「黒い」ということにはきっと意味があるのではないかと思いました。暗闇の中にチョークで光を置いていくというか、星座を描くというイメージで今回描きました。結構大変な作業で、普段水平なものに描いている感覚で垂直面に描くのは難しかったです。
宇宙の黒板というのは今回初めての試みです。さらに今回はB2階のイムズプラザと8階のアルティアムまで全部連動していまして、スタンプラリーまでやらせていただいています。

 

この後、レセプションにご参加の皆さまからの質問にお答えいただきました。その様子はレポート2へ続きます。

【展覧会ページ】
鈴木康広展「近所の地球|宇宙の黒板」

ニュース&レポート アーカイブ