鈴木康広展近所の地球|宇宙の黒板

オープニングレセプション レポート2

レセプションではご挨拶に続いて、会場のお客さまからの質問に答えていただきました。創作の秘密に迫るお話が聞けましたので、ご紹介します。

黒板の絵は描き直しなしで一回きりで描いているのですか?

(鈴木さん)そうなんです。失敗できないんです。何も描いてないときの方が展示空間はかっこよかったです。すごくクールでした。そこを段々汚していく感じが不安になってきてしまって…。でも描く展示って決めてしまったので描きました。はじめの一筆が描けなくてすごく難しかったです。一番始めに描いたのはこれ(地球をひらく)です。

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描いているうちに段々慣れてきました。一番難しかったのは、「遊具の透視法」や入り口あたりです。
最近、僕は消しゴムを一切使いません。消しゴムは便利だし、消しゴムを作っている会社の人もいるかもしれないから、あまり変なことも言えないのですが、消しゴムってなくなったほうがいいんじゃないかなって思っています。書き直せるっていうのはすごく不思議なことで、ペンで書くと書く瞬間1回1回が大事になります。でも消しゴムがあると書き直していいと思うから、すごく優しいんですけど、僕らに優しいように見えて、実はなんと言うか…甘い部活の先生みたいな感じです。良い部活の先生というのは1回1回を大事にしてくれると思いませんか?武蔵野美術大学で教員をしていて、学生に「最近、ものと話したことがありますか?」と質問しました。ない人もいますがほとんどの人が話したことがあるといい、話した相手を聞くと消しゴムと答える人が結構いました。消しゴムというのは話し相手として重要なようです。先ほどは消しゴムの存在を否定しましたが、消しゴムは話し相手なんですね。自分が書いた失敗を消せるわけですからね。消しゴムは消すための道具ではなくて話し相手なんです。だから“話し相手ゴム”みたいな・・・そういう風にして消しゴムを販売してもいいのかな。と思いました。

今回の黒板には、まだ未熟で過去に描いたことのある絵を描いたのですが、中にはここで初めて描いた絵もあります。思わず隣になった作品の絵など、意外なことが生まれていますので、書籍とはまた違った楽しみ方をしていただければ幸いです。

 

《りんごの天体観測》について、固定概念もあってりんごは赤いので宇宙というイメージが持てないのですが、万有引力などがあって宇宙に結びついたのかもしれないのですが、あのりんごから宇宙に繋がるきっかけは?

(鈴木さん)自分でもアイデアが思いつく本当の理由というのは分からないのですが、スケッチを描いていると、白い紙に黒いペンだから、自ずとモノクロになりますよね。線というのはすごく不思議で丸を描くと球体にも見えるし穴にも見えます。そういう風に見てもいいよというルールを拡げるとどっちにも見えるわけです。平面なんだけど立体にも見えるわけです。意外なものをつなげるための共通点を生み出すための抽象化、単純化みたいなことをやっています。スケッチやデッサンもその一つではあります。デッサンというのは現実にあるものをまったく違うものに置き換えているわけですよね。そこでは複雑なことをやらなければいけないわけです。現実を自分なりにまったく別のものに置き換えながらも、現実以上のものに再現するのが作家の技能かもしれませんね。

 

《ファスナーの船》を博多港でもやってほしい。

(鈴木さん)みんなに《ファスナーの船》、大好きって言ってもらえたらいいかもしれません。
そういうふうに希望を言ってもらえると嬉しいです。だれも必要としていないのではないかと弱気になることもあるんですよ。ありがとうございます。

《ファスナーの船》 ©Yasuhiro Suzuki

《ファスナーの船》
©Yasuhiro Suzuki

▲会場では映像などを展示しています。

 

発想を思いつく瞬間は?

(鈴木さん)甘いコーヒーを飲んでシャワーを浴びると2、3つ思いつきます。血行がよくなるからでしょうか。なので僕にとってシャワーは体を洗うというよりアイデアを思いつくために体をあたためるというところがあります。特に冬のほうがいいですね。あとは電車も大事ですね。移動する感覚ということは人の頭に特別な影響がありそうです。あとは歩いているときや何かしながらみたいなときです。
僕の場合、10年くらい前は思いつこうと努力していました。でも最近は自然に思いつきます。自然というと何もしていないように思われますが、ノートに断片をいっぱい描いていて常に今必要なアイデアではないけどちょっと面白いなというものを描いておくのです。状況なしの良いアイデアはありません。タイムリーに思いつき、何かに対してぴったりはまるような感じです。アイデアは出番がくるまではずっと眠っているものです。ふと任命されて“鈴木君お願いします”というタイミングがきます。いつでも来いという体制を整えるためにノートにいっぱい描いて、めくっています。簡単なことだとは思いませんが、めくるだけで思いつきます。10年やってれば誰でも自然にできるのではないでしょうか。

 

近所の近所は近所だと思うのですが、どこまでが近所ですか?

(鈴木さん)近所ってすごく閉じているものかもしれません。みんな自分の近所があって、人と人とをつなげる「近所」ではないかもしれません。地球という空間が情報化されたことで、もともとあった村とか町とか都市のあり方が混同しすぎな気がします。そういう不自然さについて2001年にすごく考えていました。インターネットがすごい勢いで身近になっていった頃です。僕はその頃、インターネットの仲間として「蛇口」を見ていました。水は蛇口からどこからでも出てくるので、インターネットと似ていると思っていました。“近所の地球”というテーマは入り口としては2001年までの間に用意されていたものかなと思います。僕にとってはというよりみんなにとってのテーマだったという気がします。それから15年間自主的にこういうことを続けてこられたのは珍しいことだったのかもしれません。
《まばたきの葉》(現在、イムズプラザで展示)が今年で樹齢12年になります。僕が一番見ていると思いますが、まだ飽きません。作品というのは過去に作ったから意味が含まれるものもあるし、《まばたきの葉》というのは花火みたいな毎年どこかで咲かせるものというか…。でも常設はしたくないと思っています。たまに出てきて、どこかでまばたいてるようなそういう作品になったことが嬉しいです。

本日はご来場いただきありがとうございました。
ぜひこんな展示があるよっていうことをまわりの方に伝えてもらえたらと思います。

 

 

【展覧会ページ】
鈴木康広展「近所の地球|宇宙の黒板」

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