東欧アニメーションの世界

スペシャルギャラリートークレポート

5月24日(日)に開催した関連イベント「スペシャルギャラリートーク」レポートをお届けします。
ゲストとしてクロアチアのザグレブ・フィルムからサーニャ・ボルチッチさん、モデレーターとして越村勲さん(東京造形大学教授)をお迎えし、「ザグレブ派アニメーションの過去・現在・未来」について展示作品を前にお話をしていただきました。たくさんのご参加ありがとうございました。

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(以下は「スペシャルギャラリートーク」の内容を一部抜粋・編集したものです。)
(越村さん)僕は大学時代に社会学系の学部にいて、社会主義というものをリアルに感じていた世代です。当時、ユーゴスラビアという国がありまして、ティトー大統領が始めた社会主義の社会や気配に興味を持って留学したのが1977年です。それからずっと歴史を勉強していて、東京造形大学というデザインや美術を学ぶ大学に20数年いて、その間にも他の先生と一緒に授業をしながらクロアチアやチェコのアニメーションの研究を続けています。クロアチアのアニメーションとアニメーションから見えてくるクロアチアの人たちの物の考え方や精神史などを研究しています。だいたい1990年代から20年ちかくクロアチアの勉強をしていることになります。

クロアチアのアニメーションは日本の東映動画(現・東映アニメーション)というアニメーションの会社と同じくらい、1956年にクロアチアの首都のザグレブという都市にザグレブ・フィルムというスタジオが出来ました。それから60年くらい経ちます。最初の頃はかなり勢いがあって、クロアチアの若い作家たちによって、日本のマンガのトキワ荘のような状態でザグレブのアニメーションが始まりました。その頃、カンヌ国際映画祭でクロアチアのアニメーションは注目を集めるようになりました。ある有名な映画評論家がザグレブ派(ザグレブスクール)と呼ぼうと言ったことで名前が知れ渡り、1962年『エアザッツ(代用品)』(会場内にセル画を展示)という作品で、デュシャン・ヴコティチ監督が思いがけずアカデミー賞をもらってしまいました。“思いがけず”というのは、まったくもらえると思っていなかったために、授賞式会場に来ていなかったそうです。このアカデミー賞で世界的に有名になり、50年代末から60年代にかけて、名前が一躍世界に知れ渡りました。それから10年間か20年間で成長していきますが、最初の世代の勢いが少しずつ弱まっていって、そしてご存知のように旧ユーゴスラビアの内戦で、いろんな文化、芸術活動も影響を受けました。90年代には全く映画が作られない年もありました。そしてようやく最近、若い人たちの作品も注目されて良い作品が出来はじめました。伸びて成長して少し停滞して、また盛り返しています。その盛り返している程度がどこまでなのかまだ見極めが必要と言えます。最初の50年代ほどの勢いはないのではないかという厳しい見方が当たっているかもしれません。しかし確実に言えるのは良い作家が何人かちゃんと育っています。

デュシャン・ヴコティチ監督『エアザッツ(代用品)』(1961年)セル画 【原画展示/会場内上映予定作品】

デュシャン・ヴコティチ監督『エアザッツ(代用品)』(1961年)セル画
【原画展示/会場内上映作品】

日本とザグレブのアニメーションは関係が深くて、ザグレブにも国際アニメーションフェスティバルがあります。日本にも広島国際アニメーションフェスティバルがあります。ザグレブのアニメーションフェスティバルで日本の作家としては手塚治虫と久里洋二がすごく人気があります。手塚治虫は鉄腕アトムだけではなくて実験的なアニメーションも作っていて、それをザグレブのフェスティバルで見せて何度かグランプリをとっています。ですから日本では知られていない手塚治虫のもう一つの面がザグレブでは有名にです。昔「11PM(イレブンピーエム)」という番組があって最後の方でちょっとエッチなアニメーションをやっていたのが久里洋二です。社会風刺のようなアニメーションをやっていました。ザグレブでは有名です。日本とクロアチアはアニメーションで関わりがあります。
クロアチアアニメーションは、初期は日本でいう4コママンガの延長線上でアニメーションが強くて、ちょっと皮肉で絵は可愛いんだけれど言っている内容が社会風刺を受けて怖いというのが、ザグレブのアニメーションの特徴でした。ある時期から綺麗な絵になって、内容が風刺ではなくて幻想世界の話を中心にしているような流れが強くなりました。その後、内戦などがあって低迷した時期があり、いま勢いのある流れの中でザグレブ・フィルムでテクニカルディレクターをやっているシモン・ヴォゴイェヴィチ=ナラトがいます。彼の作品で「リヴァイアサン」という作品があります。「リヴァイアサン」というのは、有名なイギリスの哲学者の著書ですが、それをクロアチアで内戦を体験した世代の作家が映像イメージを繋ぎあわせた非常に面白いアニメです。10分くらいの実験アニメーションみたいな感じですけれども、僕はこれがザグレブのアニメーションが復活しつつある象徴なのではないかと思っています。6月27日(土)特別プログラム上映会・クロアチア編で見ることができます。かつてのようなトキワ荘状態まではいかないけれど、新しい人がどこかへ引っ張っていってくれている、そんな風に見えるというのがザグレブの今の状況だと思います。

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▲越村勲さん(東京造形大学教授)

 それでは最近の動き、問題点、今後のことについてボルチッチさんに聞きたいと思います。

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▲クロアチアのザグレブ・フィルム サーニャ・ボルチッチさん

 (ボルチッチさん/通訳:越村勲さん)ザグレブ・フィルムでは現在は10作品くらい作っていて、50分以内の比較的短い作品を扱って配給しています。また、ザグレブ・フィルム外の人がプロデュースしたものやザグレブ美術アカデミーで作られた作品も含めて配給しています。年によって少し幅はありますが、一年あたりあわせて30本くらいになります。去年は33本扱って、24本が世界のフィルムフェスティバルで招待上映されました。
最近の新しい変化としては、人形のアニメーションスタジオを作りました。人形と言うとチェコの方が有名で、クロアチアは平面がずっと続いていましたが、いよいよザグレブでも人形アニメーションが作られ始めました。
制作と配給の他に、アーカイブとして古いフィルムを整理して綺麗にする作業もおこなっています。一番最近の成功例は「カルメン」というビゼーの曲を元にしたフィルムで、それが現時点では最も成功したものです。タイトルは『隠れた才能』で、カルメンのように歌いたいという猫の物語です。世界で一番大きなアニメーションフェスティバルはフランスのアヌシーフェスティバルとなりますが、そちらでもザグレブの美術アカデミーの生徒の作品がコンスタントに上映されています。現在は12〜14人程度のスタッフがいます。映画を作り始めると、作業スタッフが臨時にたくさん必要なのでそのようなときは300人くらいが働きます。昔と比べて一番違うのは、小さいプロダクションが10くらいクロアチアのあちこちにあります。社会主義から自由主義に変わり、政治的な状況が昔とはかなり違っています。

(越村勲さん<補足>)社会主義が自由主義に変わっていく中で、かつてはザグレブ・フィルムも国営というか、公的な組織でした。財政支援があったりしていました。民営化の過渡期というのは難しく、ポーランドなんかでは大きな映画会社が潰れたりしていますが、そういうことはザグレブ・フィルムにはありません。また、他の東欧の国々では民営化の混乱の中で昔のフィルムが無くなるなど失敗しているところもありますが、ザグレブ・フィルムは古い作品も管理できていて、その点で見るとクロアチアはしっかりしています。また、過渡期だと言うことでもあり、初期の優れた作家がトキワ荘状態で本当に一人一人が大作家になっていったのですが、その勢いを引き継ぐ後継者をなかなか育てられなかったといえます。
ところで、クロアチアって場所は分かります?入口に地図がありますが、クロアチアにも海があります。海の方は古代ローマの文化の影響があり、内陸の方にはオーストリア、ハンガリーの文化の影響があります。それからオスマントルコの支配を一時受けていたので、クロアチアはアジアとヨーロッパの文化の接点のようにもなっています。
あとは、アニメーションの音楽がすごくいいんですよね。どうしてかなと僕もいつも疑問に思っていて、学生にも良く聞かれます。たくさんのアニメーションの中に決まった音楽の監督が数人います。彼らがそれぞれの作品にあわせた音楽を作っているのがすごい。才能がある人が映画にあわせて優れた音楽を残しているのが、クロアチアのアニメーションの特徴のひとつだと思います。

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今回、古いものも含め原画をお借りして展示しています。展示の中からザグレブ派を特徴付けるものがあれば、ご紹介いただけますか?

おおざっぱな流れで行きますと、さっきお話ししたマンガの伝統を一番受け継いでいるのが『エアザッツ』です。アカデミー賞をとって一躍世界的に有名になったデュシャン・ヴコティチの作品です。この作家は元々ザグレブに建築を勉強しにきました。元はモンテネグロという旧ユーゴスラビアの南の方の出身です。だからクロアチア人ではありませんが、建築で有名だったクロアチアの大学に来て、ほとんどアルバイト感覚でマンガを描いていたそうですが、そちらの方が面白くなってしまったようです。割と幾何学的な斬新なデザインで描いています。同じ時期にいたあるアニメーション監督に聞いた話では、スイスの画家パウル・クレーを真似ているようだ、と。その証言によると、引出しにクレーの絵を入れて、見ながら描いていて、誰か来ると引出しを閉めていたそうで、その話はどこまで本当か分かりませんが、見る人が見たらクレーとの類似性は分かるのではないかと思います。この作品でクロアチアの作品が有名になったという代表作です。

それから、この時代にもう一人すごい作家がいます。『ドン・キホーテ』という作品を作ったヴラド・クリストルという作家で前衛アーティストでもあります。彼自身の生涯は波瀾万丈の人生で、後半だけ取り上げると、ティトー大統領をある映画でからかって、クロアチアにいられなくなりました。そしてある時期にドイツに逃げて帰ってくることができなくなりました。90年代に入ってから、彼の功績を讃えて特別な催しをしようとしたら、本人は「今頃なにを言っているんだ!」と怒ったそうです。しかし彼の作品は本当にすばらしく、『ドン・キホーテ』『あら皮』という作品を残しています。1960年前後にとても50年以上も前とは思えないような斬新なアニメーションを作っています。この辺りがまず、クロアチアのアニメーションでグラフィックの最先端を示していった作家たちです。

それから、『ワン・ワン』はそういうクロアチアのアニメーションの特徴を象徴しています。これは犬と猫どちらか分かりますか?あるいは犬と猫が混じっていますよね。単純化した形で、しかもグラフィックが単純なだけでなく、動きもなるべく少ない枚数のセルで表現されています。見ようによってはぎこちないのですが、ぎこちなさに味があるという、クロアチアのアニメーションの特徴を代表しているような作品です。だから、絵のシンプルさ、必要なものしか描かず余計なものは一切描いていません。それで猫や犬とわかります。音や動きも最低限のものしか使っていません。非常にシンプルなんだけれどもそこに味があるというのが特徴です。

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▲会場内より『ワン・ワン』

あとは、『遠くに泥と霧を見た』は、アートに近い感じですよね。トキワ荘のように3〜4人の特に仲良しのグループがいて、クロアチアの地方出身で美術アカデミーに学んだほぼ同じ年齢の人がいて(86歳トリオがいる。地方の同級生だったのが一緒にアカデミーに来た)、そのうちの一人がこのズラトコ・ボウレクで、この絵自体はシュタルテルという人が描いています。これはアート派の派閥と言いますか、クロアチアの中には斬新なグラフィックのものもあれば、具象的な絵のアニメーションもあるんですが、こちらは具象的なものの方の代表作です。ボウレクの別の作品では、これはイタリアとの合作でイソップ物語の一つを映画化したものです。この場面では分かり難いかもしれませんが、ビートルズの「イエローサブマリン」と同じ頃の作品で、ジャケットとそっくりなシーンがアニメーションに出てきます。当時の特色としてサイケデリックな絵柄というのがありました。その仲良しグループのひとり、ボリヴォイ・ドヴニコヴィチ・ボルドは僕の友人で、グラフィックの斬新さはそんなに無いけれどマンガの流れからのアニメーション作家のひとりです。日本の4コママンガに通ずるような分かりやすい絵柄と分かりやすい社会風刺が込められたマンガです。
まとめるとマンガから派生した斬新なグラフィックが特徴的な作品と、もう一つがアート的な作品。色分けてしてみればマンガ派かアート派かとなっていました。
こちらに展示してあるのが、きれいな幻想的なイラストレーションの『アルバム』『蝶々』。幻想的ですが、どこか憂いを含んだような作風で第二波として登場します。第二波のもう一人の作家として紹介したいのがヨシュコ・マルシチ。広島国際アニメーションフェスティバルの去年の大会で審査委員長を務めました。彼はたくさん作品を作った後、今ではクロアチアのアカデミーでアニメーション専攻を立ち上げて、後継者を育てています。ザグレブ・フィルムという拠点があり、ザグレブ国際フェスティバルという場があり、ザグレブ美術アカデミーがあって教育機関も含めて今まで培ってきたものが保たれているということになります。ポーランドやチェコに比べると、その点は上手くいっていると思います。
さらに現在の第三の流れとしてシモン・ヴォゴイェヴィチ=ナラト『リヴァイアサン』が来るのです。
本当はもっともっとたくさんの作家がいてたくさんの個性があるのですが、今日はおおざっぱな流れとして解説しました。

クレシミル・ズィモニチ監督『アルバム』(1983年) セル画・背景画 【原画展示/会場内上映予定作品】

クレシミル・ズィモニチ監督『アルバム』(1983年) セル画・背景画
【原画展示/会場内上映予定作品】

 

ご参加のお客さまからの質問に答えていただきました。

Q セルアニメーションと人形アニメーションの違いや難しさについて

A (ボルチッチさん/通訳:越村勲さん)セルアニメーションは過去の技術になってしまっています。ボウレクとシュタルテルが一緒になって最近も作品を作りましたが、やっぱり過去の技術だと感じます。人形アニメーションは、イギリスから先生を招いて学んでいます。まだまだこれからだと感じています。

 

Q クロアチアのアニメは、どういう人を対象に、どういう人に見て欲しくて作っているのでしょうか?

A(ボルチッチさん/通訳:越村勲さん)主には大人向けに作っています。ですが時々、最近は子ども向けのものも作っていて、反応が良くて自分たちもビックリしています。現在86歳のボルドが3年くらい前に作った最新作で、耳が聞こえない人のことを扱った作品があります。これを子どもが見て面白いと言い出しました。それはボルド自身も全く想像がつかなかったことでした。だから、大人用に作っていても内容によっては今の子どもがびっくりするほど反応することもあるということですね。彼は大体“小市民”をテーマにしていて、普通の大人に向けて、気の弱い大人を描いて大人が共感するような作品を作っていたのですが、どういうわけか最新作は子どもに受けました。彼は変わっていないので、もしかしたら、世界の方が変わったのかもしれません。

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【展覧会ページ】
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ーポーランド・チェコ・クロアチアー

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