Local Prospects

アーティストトーク〈山内光枝〉レポート&会場内のご紹介3

11/28(土)に山内光枝さんのアーティストトークを開催しました。2面の向かい合う壁面にそれぞれ映像とドローイングが設置され空間全体で一つの作品となっている今回のインスタレーションについて、撮影場所やその場所へどうやって導かれたのかなど詳しくお話を伺いました。会場内の様子とあわせて是非ご覧ください。

(以下はアーティストトークを一部抜粋・編集したものです。)

今回の映像は、玄界灘周辺の福岡県宗像市鐘崎と、海峡の真ん中にある対馬、韓国の釜山・影島(ヨンド)、そして朝鮮半島の南に浮かんでいるチェジュ島の三か所、さらに今年のはじめに訪れた、フィリピンの東端ラヌーザ湾に浮かぶアヨケ島、そしてダバオ湾にある海洋民族・バジャオ族の居留地で撮影してきた素材が基になっています。これらは全て、酸素ボンベを使わず、素潜り漁をしている人たちが暮しているところです。今日は、どうしてそういう場所を訪れるに至ったかをお話ししたいと思います。

 

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そもそもキッカケとなったのは、およそ7年程前に見かけた、この1枚の古い写真です。女性が二人、真っ裸で海辺に佇んでいる様子を捉えているのですが、裸でいることがこんなにも限りなく自然で、本当に凛とした佇まいで存在している。彼女たちのこの存在感は、周囲の自然に抗っているのでも、飲み込まれているわけでもなく、生活の中で自然と培われたであろう、本能や生活の知恵が基盤にある。威厳さえも感じるこの人間の風景にすごく引き込まれ、このような世界の現場がこの日本に存在したのだという事実に衝撃を受け、以来私は「海女」というキーワードを入り口に、まずは過去の膨大な書籍や民俗資料を読み漁り、その後、千葉県の房総半島や三重県など訪れてみたりしていました。そんなリサーチの過程で、森崎和江さん著作の『海路残照』という本に出会いました。その本の中で、自分の出身地である福岡県内にある鐘崎という場所が、日本海側の海女の原郷の一つと云われていることを知りました。それまで、関東など遠くの方角を見ていた自分の視点が、一気に足元に引き戻されるような感覚を覚え、とても運命的な出会いを感じました。

 

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それから鐘崎という浦を通して、海女漁の歴史などを紐解いていき、3つの海女浦に出会って行きました。まずは、朝鮮半島の南に浮かぶ済州島です。現在でも現役で4000人くらいの海女さんがいて、鐘崎とは、古くからの往来の歴史や伝承があるところです。それから、釜山の本島から突き出ているこちらの影島(ヨンド)というところです。ここにも現在海女村と呼ばれる砦のような場所を拠点に、近海で素潜り漁をしている海女さんがいて、そのほとんどが、済州島から移住してきた方々です。そして、この海峡の真ん中にある対馬ですね。対馬の中に曲地区というところがあります。ここは伝承によると航海術に優れていた鐘崎の海人たちが、お偉い方を乗せて玄界灘を渡り、その褒美として対馬のぐるりの海で漁業権をもらい、後にこの場所に土地をもらって定住したとされる場所です集落の真ん中には、鐘崎から渡ってきたとされる海人先祖の墓石があります。海を基点として生活している人々の世界観を想起させ、伝え得るような表現を模索して、作品を制作・発表してきました。

2013年にチェジュ島の北西部で、地元の海女のおばあちゃんの家にホームステイをしながら、4カ月間の海女学校に通いました。滞在中、貰った資料の中で、フィリピン大学の海洋人類学者の方が書いた論文に出会います。その論文では、海女漁の伝統と、現在フィリピンのビサヤ諸島、そして海の民バジャオ族によって営まれている伝統的な小規模漁に類似点、共通点を見い出し、海女の先祖にあたる日本の古い海人たちと、フィリピンの海の民のルーツは、もしかしたら同じ源流から来ているのではないか、という、スケールの大きな想像力に富んだ内容でした。済州島で、目前に広がる東シナ海を前にその論文を読み進めながら、それまで自分が探求していた玄界灘や海峡周辺の海の世界が、実際はもっと広大な海洋アジアの歴史や文化の流れの一端なのではないかと思いはじめました。それから約2年後の今年のはじめに、フィリピン行きが実現し、先ほどの2か所の村に1ヶ月半滞在しました。

人類はアフリカ大陸に誕生してからずっと東に移動して、最終的には南米の最南端までたどり着いたと言われていますが、海に囲まれた日本列島に暮らす私たちは、大きな視点で捉えると、みな広大な海原を航海し、やがてこの列島に辿り着いた海人の末裔で、海に生きる人々の生活文化は、私たちの文化や世界観の源流なのではないかと。様々な浦で出逢ってきた彼らは、そんな先人たちの文化や息吹を、生きて現在に引き継ぎ、その風景を体現し、今に伝えている。彼らの姿を追いながら、その体験を通して、厳しい自然界、世界の中で、人間が生きるということはどういうことなのか、人はどんな生き物なのかを問い続けながら探求しています。

 

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これらのイメージは、海坂(うなさか)と呼ばれる、陸と海の境界、神様の世界と俗世界の境界を、人間が身一つで行き来し、漂う姿を捉えています。ここには、遠い昔の伝承や資料の中の人間の風景ではなく、今現在生きて呼吸している人間の、瞬間瞬間に無常に移りゆく今と、太古から変わらない人の営みの根源にある風景があるのだと思っています。

 

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「分け入っても分け入っても…今生の海」というこの言葉は、荒波の中を泳ぎながら海女の師匠を必死に追いかけている時に自然と頭に浮かび、心のなかで唱えていた言葉です。元々は種田山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」という句からきています。五、七、五ではなく、自身の言葉のリズムで句を詠む山頭火が、恐らく無駄を削ぎ落して削ぎ落して、生きることの厳しさやもどかしさを、この3行の洗練された句に込めたのだと想像しますが、海が人生だとすると、とめどなく押し寄せてくる荒波の只中で、海水を飲んだり、頭から波を被ったりしながら、様々なことに翻弄される生と死の只中では、あの様に綺麗に収まり洗練されたような句は詠めようがないという想いになり、このような言葉が出てきまた。今という絶対的なものが瞬間瞬間にただ存在していて、その中を小さな点のような人間が、かろうじてもがいている。それを思い知らされる海の中での体験を、言葉に、そしてその言霊に姿形を与えるという試みです。

海の中に入り込んだような感覚を体全体で感じられる作品になっています。その営みに触れながら、作家の生み出したものを是非会場で体感してみてくださいね。

【展覧会ページ】
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―海をめぐるあいだ

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