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会田誠+松蔭浩之トークレポート【その1】

5月1日に開催しました映画『駄作の中にだけ俺がいる』上映会と会田誠×松蔭浩之トークイベントでは、多くの方にお越しいただきまして誠にありがとうございます。当日、惜しくもトークに参加できなかった方や遠方のファンに向けてレポートで【その1】、【その2】【その3】と全3回に分けてご紹介いたします。まず【その1】では、映画『駄作の中にだけ俺がいる』を振り返りながら、本展で展示の大作《灰色の山》について語っていただきました。
(※本文は、本イベントのトークを一部抜粋・編集したものです。)

(ディレクター・鈴田)それではお待たせいたしました。お二人にご登場いただきます。会田誠さんと松蔭浩之さんです。

(会田さん)ありがとうございます。

(松蔭さん)ありがとうございます。こんにちは!

まず映画の話からしましょうか。この映画は2009~2011年の間にみっちりと会田誠とその家族を記録したドキュメンタリー映画です。

映画『駄作の中にだけ俺がいる』 ©Z-factory Inc.

映画『駄作の中にだけ俺がいる』 ©Z-factory Inc.

 

作品《灰色の山》の制作風景が出てきますが、この作品はその後、東京やニューヨークでも加筆を続けていますよね。それにしても、会田誠のほとんどの大作はすぐに終わらずに、例えば『滝の絵』は公開制作もしながらしばらく描き続けていましたよね。あの作品の公開制作は大阪でしたっけ?

(会田)まぁいろいろね。

(松蔭)大作は2年くらいかかっていますよね。

(会田)ずっと描き続けているわけじゃなく少し休みながら、ことあるごとに加筆していますね。《ジューサーミキサー》はお正月も返上して、東京のミヅマアートギャラリーの床にはいつくばるようにしてずっと加筆していました。この《灰色の山》も随分加筆を続けていましたね。キャリアが長いのに、いつまでたっても馬鹿なんだけど、最初頭に浮かんだ時は半年あれば仕上るなっていつも思うんだよね。

(松蔭)あ、そういう計算はあるんだ。

(会田)でも大体4倍ぐらいかかるんだよね。

(会場)

(松蔭)《灰色の山》という作品は、女性を描かずにサラリーマンを何千体と描き続けるんだと話を聞いて、当時またすごいことを始めたなと思いました。しかし、なんでサラリーマンを描いたんですか?背広への憧れがあったと映画の中で話していますが、それだけですか?

映画『駄作の中にだけ俺がいる』より

映画『駄作の中にだけ俺がいる』より

(会田)どうしても描きたいものが「背広」だったとしか答えようがないんですよね。これを描く2年程前に、山口晃くんと上野の森美術館で二人展をやったんだけど、なにか新作を作らないと、という状況で、背広の絵を描きたいと思ったのが最初だね。

(松蔭)背広の人物は、一体だけではダメだったの?

(会田)巨大な背広が一つだけ、というのもアイディア段階ではありました。背広というモチーフをどう調理できるのかと考えて、結局その展示までには間に合わなかった。それにしても「背広」というものは圧倒的に妙なものだと今でも思っていますね。

(左)会田誠 (右)松蔭浩之

(左)会田誠 (右)松蔭浩之

(松蔭)背広に対しての捉え方ですけど、オレは個人的にスーツが好きで、若い時はオープニングパーティなどにはスーツを着て行っていましたね。Tシャツや変な格好をしたアーティストが自己主張をしている中で、ネクタイ締めてスーツを着ているオレが一番変だ、みたいな感覚が好きでした。

(会田)背広が象徴するものは多分4つ、5つくらいの方向性があると思っています。西洋中心主義みたいなものも象徴するだろうし、いわゆる資本主義、キャピタリズムと同じだということもある。「背広」=会社、あるいはホワイトカラー、デスクワークという考えが当たり前になっているけど、それは当たり前じゃなくて一種の異常状態だと今でも思う。だけど、僕は経済学者じゃないから、背広の人物を絵に取り込んで描いてみた、というくらいのことなんです。

(松蔭)当時ちょっと仲の良かった経団連(経済団体連合会の略)関係のご令嬢が、どうにも会田誠の作品を好きになれないと言っていたんだよね。「あなたの友達の会田誠という人の作品は、社会を挑発するような態度でムカつく」と。新作の《灰色の山》についてオレが説明したら、「またそうやってお国を馬鹿にするようなことをやらかして」と言う。オレはそれに対して一言、「会田誠をそういう見方しないで欲しいな」と答えた。ベタな言い方だけど、《灰色の山》を見たら企業戦士とか、24時間戦えますか?のリゲインのCMとか思い出したんです。だから、この絵は会社の歯車と言われる、名もないような人たちへの「レクイエム」なんだって説明したんですよ。その女性は腑に落ちない顔をしていましたけどね。この絵について会田さんはどう考えているのかな?描かれている人物はみんな目や口などの顔が描かれていないでしょ?

(会田)この世に一番ありふれていて、当たり前すぎて意識もされなくなっているけれど、最も数多く存在しているものを対象に制作したいと思っています。フェミニストに対して言い訳がましいけど、若い頃にロリコン趣味な変態的な作品をつくったのも、日本にありふれて存在していて、でも美術において取り上げる人がいなかったから。「他の作家が注目しないなら、僕が制作の対象にしますけどね」というような感じでしたね。

(松蔭)たしかにそうですね。「背広」も普遍的でポップで、みんなが知っているものなのに視点を変えるとすごく違和感がある。

(会田)自分が制作の対象にすることによって、その対象自体が良い悪いとか、変態賛成とか、サラリーマンのビジネススーツ反対とか、あるいは賛成とか、そういうことを言いたい訳ではないですね。僕の場合は「ある形をただ提示する」ということだけで、それが美術家の仕事だと思っています。

会田 誠 《灰色の山》   Acrylic on canvas  300×700 cm  2009-11 Courtesy  of  Mizuma Art Gallery cooperation: WATANABE Atsushi photo: MIYAJIMA Kei  © AIDA Makoto

会田 誠 《灰色の山》 Acrylic on canvas 300×700 cm  2009-11
Courtesy of Mizuma Art Gallery
cooperation: WATANABE Atsushi photo: MIYAJIMA Kei  © AIDA Makoto

(松蔭)オレの師匠の森村泰昌先生いわく「美術家が言うことなんて信じるな、全部嘘だから」って言うんですね。でもオレはキレイな嘘がつけるのが芸術家だって信じています。それと森村さんは「美術家の作品というのは問いかけである」とも。だから会田誠の話を聞いても、まあ似たようなことなのかなと思いますね。オレからすれば、会田誠の作品に対してお嬢さんが嫌悪感を覚えたということはほとんど正しいと思うんですよ。オレが言ったことも正しいし、答えが一つじゃない。そういう答えが一つではないものが、オレは現代美術の作品だと思っているんですよね。

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《灰色の山》のお話から現代美術についてのお二人の考察など、大変興味深いお話でした。続くレポート【その2】では、会田誠のこれまでの作品も交えながら展開していきます。

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