伊藤隆介のフィルム・スタディーズ

ゴールデン洋画トークレポート【その4】

トークレポートは今回でついに最終回です。【その1】【その2】【その3】もぜひ、お読みください。

(工藤さん)では、最後の部屋に入っていきましょう。

(伊藤さん)この《タワーリング・ムービー》という作品は、「タワーリング・インフェルノ」という、アーウィン・アレンがプロデュースした一連のパニック映画の中で、大ヒットした映画をモチーフにしているというか、インスピレーションを得たものです。

(澤さん)実はイムズには、映画にそっくりのエレベーターがあり、さらに上の階に、映画にでてくるパーティー会場そのまんまの飲食店街がある。このイムズの建物自体セットなんじゃないか、という状況下に「イムズ内イムズ」みたいタワーが、ここにあるわけですよね(笑)。

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(伊藤さん)本当にイムズが、「タワーリング・インフェルノ」の舞台になった建物に似てるんです。これは嬉しい偶然でした。映画では、ビルを建てるのはポール・ニューマンで、東海岸からヨーロッパで修行したと思しき建築家なんですよね。世界最高のタワーを作るんだけど、火事が起きる。手抜き工事とか予算管理みたいなものが原因で、現場で事故が起きちゃうんですけど。そこに乗り込んでくるのが、スティーブ・マックイーン演じる消防署長で、こちらは肉体派なんです。知識層に対して「あいつらは現場がわからんのですよ」って言う(笑)。そういうタイプのアメリカ映画って多いですよね。

当時のパニック映画が見せていた恐怖って、今僕らが現実に向かい合ってる不安とか恐怖に比べると、牧歌的なんですよね。すごくスペクタクルな大変なことが起きて、脱出できなくなったり、世界戦争が起きたりしますけど、問題が近代的に統一されてるっていうか。ところが、僕らが現実に面している世界では、テロや原発や、個別の恐怖全てが僕らの生活に結びついていている。巨悪がいてどうこうという問題じゃなくなってますよね。片棒担いでるのは我々じゃないの?ってなる。そういうところが、ずいぶん違うんだなと感じてるんです。

(澤さん)牧歌的なパニック映画の話では、僕もそう言われればって思い出したことがあって。そもそもトークの名前が「ゴールデン洋画トーク」じゃないですか。昔は、いわゆる「ゴールデン洋画劇場」とか「金曜ロードショー」とか、毎日のように、テレビで映画が放映されてましたよね。僕らはそういう時代に生まれて、子どもの頃に恐怖を刷り込まれてしまったわけで。ただ、子どもだったから、パニックが解決するまで起きてられなかったんですよね。パニックになったまま、僕は眠りについてたんですよ(笑)。何も救われないまま朝を迎えてた。

なので、世の中終わっちゃったらどうしようとか、伊藤さんが子どもの頃に考えていたことっていうのは、僕も同じように思ってました。自分対世界みたいな、相手が宇宙とか世界っていう極端な存在になっちゃってたんですよね。今だと現実的な、例えば「借入金どうしようかな」とか(笑)。そういうのは、大人の恐怖のスケール感なわけですよ。子どもの頃、パニック映画がなぜしっくりくるかというと、リアリティーのある恐怖を知らないから。とにかく、この世の中終わっちゃったらどうしようみたいなところまでいっちゃう。

(伊藤さん)確かに。最後まで起きてなかったから、次の日洋画劇場見てた親に「あのあとどうなったの?」って聞いたら、「助かったよ」って、それだけ(笑)。親は当然逃げれることしか考えてないですからね。

(工藤さん)子供の頃、深夜にテレビで映画を見ていると、この世の中が全て虚構のように思えてきて、逆にリアリティーを感じなかったような記憶があります。むしろパニックやホラー映画でカタルシスが得られるようなところもあって、「恐ろしい」、「怖い」って感情より、今世界が全て消えてなくなるとしてもそれはそれで楽しいかも、なんて考えていたような・・・。一方で、クレイジーキャッツやドリフなどがこうした映画のパロディをやって、恐怖を笑いに変えてしまう。さっきのベッドがくるくるって上がっていく作品(《ドメスティック・アクシデント1》)を見て、不謹慎にも笑ってしまったんですけど、パニック、ホラーとコメディって実は表裏一体なんじゃないかと思ったりもします。当時のテレビ番組はそういう意味でバランスが取れていた。当時の子供達はそれで精神の安定を保っていたんじゃないかと(笑)。

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(伊藤さん)この部屋では2008年に作った《スクリーン・プロセス》って作品も《タワーリング・ムービー》と並べて展示しています。同じタワーでも時代によってあり方、感じ方が違うんで、一つの部屋で対比させるというか、見てもらおうとしています。

タイトルの《スクリーン・プロセス》は、映画では初期からある特撮の技術です。スターの人が車を運転しているシーンで、自動車の窓の後ろにスクリーンを立てて移動する道路の映像を投影したりとか、スターの人が本当に崖から落ちるわけにはいかないんで、崖を写したの映像の前で演技をして、合成したりする。あれが「スクリーン・プロセス」です。英語の方のタイトルは《The Seven Year Itch》としています。マリリン・モンローの「7年目の浮気」って映画があって、7年経つとそろそろ浮気の虫がウズウズしてくるよってことだと思うんですけど。「Itch」は「痒くなる」って意味ですから。2008年に作った作品です。2001年に9.11があって、最初のうちはいろんなこと考えてたんですけど、あれほどのショックだったのに、7年経って忘れてきてた時期なんです。9.11の際、最初にニュースの映像見たときに、具体的にはそんな映画見たことはないんですけど、映画みたいだなという既視感がありましたよね。それが、だんだん周りも忘れてる状況になってた。その時にこの作品を作ったんですね。後ろに流れてる音楽は、マリリン・モンローの当時の楽曲で「Do it again」、もう一度やり直そうって意味のタイトルがついてます。

作品では、ニューヨークのワールドトレードセンターの絵ハガキが貼ってあって、反対側では、「スター・ウォーズ」「ランボー」そういった80~90年代のパニック映画、SF映画の爆発、火事のシーンを編集したものをリピートして流して合成しています。一つ一つのイメージは関係ないんですけど、この絵ハガキとそういうシーンを一緒に見ると、現代を生きてる我々は記憶や連想、考察に結びついちゃうところがあって。ワールドトレードセンターは、預金残高や担保がどうだとか大人になってからの日常の象徴ですよね。ウォール街とかも。
あと、なぜ人間は買ってまで恐怖を買い占めたいのかっていうことも考えてます。9.11や3.11といった悲惨な体験を経て、通常はパニック映画なんてもう見なくていいでしょうってなりそうなんですけど、今、アベンジャーズとかスーパーヒーローが崩壊した世界でさらに戦うみたいな、最終戦争みたい映画をやってますよね。僕らの時代はパニック映画だったんですけど、今もテーマパークでお金を払って、長蛇の列に並んで、恐竜に追いかけられたり、インディ・ジョーンズライド(アトラクション)に乗って悲鳴をあげる理由がよくわかんなくて。それが面白いなって思いますね。それが70~80年代でいうと、映画だったんだなっていうことで。

 (工藤さん) 今回、伊藤さんの作品っていうのは、明確にこうですよああですよっていう答えがなくて、見る人がいろんな物語、そこからいろいろなことを考えるきっかけを与えてくれる作品なんですよね。伊藤さんがいろんな要素をごった煮に入れてるので、見る人によって、見る人の知識とか解釈の度合いによって、いろんなリンクを引っ張り出してこれるっていうことで、映画を知っていれば知っているほど、より楽しめるし、知らなくても、知らないなりの楽しみ方ができる、そこが伊藤さんの作品の一番面白いとこなんじゃないかなって思ったりもしました。

(澤さん)実際に経験したことじゃなくても、映画的な記憶の方がより圧倒的に恐ろしいとか悲しいとか嬉しいとか感じてるのかも。それが確かに自分の記憶だなとというのがあって。思ってる以上に、ヴァーチャルなものにリアルにイメージを受けていて、それを元に日々生活をしているというところも実はあったりする。そう言ったリアルなものを使っていながら、もう一度別の現実にしてみようっていうのが、この部屋のコンプレックスなんだと思いますね。

トークはこれで終わりなんですが、天神のTSUTAYAに元ネタの特集コーナーがありますので、是非是非見て欲しいですね。

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全4回にわたりお届けしてきたレポートもこちらで最後となります。展示や映画が見たくなった方は是非足をお運びくださいませ!

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天神洋画劇場
伊藤隆介の「フィルム・スタディーズ」

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