安野光雅のふしぎな絵本展

遊び×芸術×科学 トークイベントレポート1後編

九州大学芸術工学研究院連携企画

『「遊びの博物館」展(1979年)からひもとく遊びと芸術と科学』と題した、馬 定延(ま・じょんよん)さん、城一裕さんによるトークイベントのレポート後編です。前編とあわせて是非お読みください。(※本文は、本イベントのトークを一部抜粋・編集したものです。)

(馬さん)次のセクションは、「かくし絵」です。

すみれ、作家不詳(『遊びの博物館』カタログより

すみれ、作家不詳(『遊びの博物館』カタログより

一見、すみれの絵に、実はナポレオンの顔を隠してある。戦争に負けてしまって追放されたナポレオンの支持者が、公開的には発言できない政治的なメッセージを込めた絵です。次の作品は、一見、若い女性が化粧をしている絵ですが、同時に全体は骸骨にも見えますよね。美しい少女と死という、相反するイメージを交差させることは、美術の中で頻繁に登場するモチーフですが、ここではかくし絵の画法を使っています。

図9『もりのえほん』1977年 ©空想工房 画像提供:津和野町立安野光雅美術館

図9『もりのえほん』1977年
©空想工房 画像提供:津和野町立安野光雅美術館

安野さんの作品の例をみましょう。当時の展覧会では白黒の絵が出品されましたけど、アルティアムではカラーで見られる『もりのえほん』です。隠された動物を見つけながら子どもたちがとても喜んでいると笠井さんに聞きました。森の風景なかに動物を隠した安野さんの絵に対して、例えば、四季の果物と野菜で異なる性格の人の顔を巧妙に表現している、16世紀のジュセッペ・アルチンボルトと、複数の人体で一人の顔を表現した、江戸末期の一勇斎国芳もいます。そして、当時のコンピュータが処理してモザイク模様になったリンカーンの像を、 窓を眺めるの後ろ姿に隠しているサルバドール・ダリの絵も一緒に紹介されました。

(城さん)これだけ多岐にわたる、古典から当時の最新のものまでを展示していたんですね。

(馬さん)そうなんです。さらに次は、トポロジー、位相幾何学という分野のコーナーです。高橋士郎さんという作家は、いま私が在職している多摩美術大学の学長をされた方で、日本の美術大学のなかにメディアアート関連の学科を立ち上げることに寄与された方です。「遊びの博物館」に出品されたということを知る前に、この作品を、以前高橋さん本人のアトリエで撮ってきたビデオを見てみましょう。生で作品を見ると本当にすごいんですよ。こうやって、現代美術と古典美術とか、浮世絵と西洋美術、美術史の巨匠と名のない庶民の作ったおもちゃに至るまで、すべてを平等に取り扱っています。「好奇心」と「遊び」というところから見てみることから、既存の枠組みを超えた、新しい発見が出てくるものです。坂根さんと安野さんが手がけたこの展覧会を調査しながら自分でも反省したことですが、教育などによって、私たちが美術をみる目は偏っているかもしれません。
この映像は「遊びの博物館」展で上映されたもののひとつですが、初期のコンピュータで作られた画像を音楽に合わせた、ジョン・ホィットニーの抽象アニメーションです。

いまある様々なフォストを使って、たくさんのエフェクトかけて作っても、光と線と音という最小限の要素の美しさは表現できないと思います。またインターネットのない時代に、1975年に制作されたこの作品を、わずか4年後に日本の一般観客に紹介したという事実にも驚きます。
もうひとつの上映作品は、チャールズ&レイ・イームズの《パワーズ・オブ・テン》ですが、この作品は1977年のものなので展覧会のわずか2年前のものです。

(城さん)ちょっと補足すると、この作者のチャールズ&レイ・イームズはデザイナーで、代表作にはイームズチェアなどがあります。この映像はイームズがIBMというコンピュータの会社のために作ったものです。見ていただければ一目瞭然なのですが、現在では至るところで目にする手法の原点の一つになっています。

(馬さん)パワーというのはここでは“力”ではなくて“乗”。掛け算の意味で、10単位で掛けていって、宇宙で眺める地球まで引いて、最後は細胞までぐっとズームしていくんです。人類がはじめて宇宙から眺めた地球のイメージをみたのは1966年のことでした。宇宙からみると人類はなんて限りなく小さな存在ですが、それと同時に、そのなかにはとても不思議な小宇宙が秘められた存在なんですよね。
ここで、いままで話したことのもうひとつの関係性が見えてきます。例えば、「遊びの博物館」に協力して、カタログに文章を寄せたEXPLORATORIUMという科学博物館の初代館長、フランク・オッペンハイマーは、兄弟で有名な原子力の科学者でした。政府に反対して、科学者としての華やかな出世の道から離れて彼は、原子力爆弾という科学の破壊的な側面ではなく、みんなに世界を知る喜びを与えるポジティブな側面を伝える空間として、EXPLORATORIUMを構想しました。科学の知見に隠されている、新しい表現の可能性を社会に広く伝えるために、世界からアーティストを招いて、レジデンスという滞在制作をさせる制度を作ったりしました。
そして意外かもしれませんが、エッシャーの最初のファンたちには、いわゆるヒッピー、既成の価値観にしばられた社会生活に抵抗した人たちが多かったそうです。世界大戦という悲劇が終わった後でも、戦争を続けている世界は、一見問題がなさそうに見えても、実はこんなに不条理で、ゆがんでいるという社会に対する皮肉めいた考え方、あるいは逆にだからこそ秘められている発見と、新しい秩序からなるもうひとつのユートピアが、ありえるかもしれないという考え方がありました。エッシャーの錯視の作品が評価されている理由には、このような時代の背景がありました。
だからこそ、さっきのテレビ番組での残り方は悲しいことだなと思いますね。なぜこういうことに興味をもったのか、ということを考えながら見ないといけない。安野さんの絵もそういうところがあると思うんですけど、単にみて、「ああこれか」と見て笑って終わるものではありません。今日は、そういうことを安野さんの友達であり一緒に仕事をされていた坂根さんを通して一緒に考えてみたかったんです。
若い世代の方も参加されたので、最後に同時代の作品を見てみましょう。

これはドローンという現代の技術があって可能になった表現であり、新しい技術を通して得られた世界を眺める方法です。今、私たちがこの動画を見て面白がったり、驚いたりすることと似たいような感覚で、当時の人たちは《パワーズ・オブ・テン》を見ていたかもしれませんね。ここまでくると、安野さんの展示からは少し離れてきたような気もしますが…。

(アルティアム・笠井)いや、いろんなつながりが見えてきたなという気がしました。たとえば、《パワーズ・オブ・テン》の視点に関しては、展覧会で『天動説の絵本』という絵本の原画を展示してるんですけど、それと似ているというか。安野さんは地球が丸いということを子どもの頃、近所のお友達から聞いたそうなんですね。「それは大変だ、空に落ちてしまう」そういう地球が丸いなんて信じられないというときの驚きを元に作られた絵本になってます。最初は地面が平らな絵なんですね。最初は人間も比較的大きく描かれている。それが、だんだん引いていって、地面も丸くなっていくんですよね。どんどん引いていくことで丸い地球の上で人々が暮らしているという絵になっていくんです。

(城さん)馬さんも話していたように、安野さんの作品の後ろには多様な教養と知識があって、その上でこのような表現になっているということが、別な形でも確認できた機会だったなと思います。今後、このトークシリーズの中で度々出てくることになるかと思いますが、今、どうしても専門同士もしくは専門と一般との乖離があり、人と人との間がすごく離れてしまっている。今回のトークが、この問題に対してのヒントを得たり、解決策を考えたりするきっかけになりそうだなと思っています。
ぜひ会場から声を伺えたらと思うんですけど、いかがでしょうか?

(会場より質問)こういうものを作っているアーティストは、人間の知覚、脳とか視覚とか、そういうことにどれくらい興味があるのでしょうか。

(馬さん)今日、紹介した作品の多くは、単に絵がうまければ描ける絵ではありません。研究者並みの調査と努力をして、その仕組みを理解し、体得した後に、練習を重ねて生まれた作品です。私も学部で心理学を勉強したときに、授業で出てきたものは「作品」としては意識してはいなくて、人間の知覚はこういう仕組みにだまされるんだという事例だと理解していました。坂根さんは、さまざまな分野に細分化されたものを、一か所に集めて面白い創作物として見せたいという気持ちがあったので、展覧会を企画されたり、本を書いたりしたんでしょうね。

(城さん)作る立場からすると、知覚心理の研究って宝の山のように感じるんです。例えば、錯覚現象の中から100個のうちの1個だけを取り上げて、それに特化したものを作品として見せるだけでも成立する可能性がある。であれば、作家としてはその知見を使わせてもらうに限るなと。でも作家は体系的に見せることには興味がない場合もある。これは、研究の目的の一つである様々な現象の体系的な理論化は異なる。この差に気をつけないと研究者と作家の間で乖離が生まれてしまう事にもなるなと思います。

(馬さん)特にメディアアートの分野では、研究者とアーティストが議論をして新しいプロジェクトや論文や作品といった別のアウトプットで同時に生まれることがたくさんあります。私はちょうどいま科学研究施設にレジデンスをしている友たちのアーティストがいますが、科学者たちと過ごした時間から生まれる彼の新しい作品をとても楽しみにしています。

(城さん)1960-70年代には、アーティストとサイエンティストが一緒に何かするというスタイルがそれなりにありました。でも僕は、必ずしもその協業が上手くいっていたとは思えない。やはりアーティストをサイエンティストがお手伝いする、という形になる場合がある。それに対して今は、複数の専門性をあわせもつ人たちの協業というスタイルが少なからず出てきているように思います。教える立場としては、せっかく先ほどもお話した「技術の人間化」という理念を掲げてもいますし、複数の専門性をあわせ持つ人を増やしていきたいなと思っています。ポテンシャルは高いと思いますし。この専門性って点から街としての福岡を見ると、細分化するほどのコミュニティが東京と比べた時にはない。これは考えようによっては強みだとも思うんです。もしこのイベントを東京でやると、多分、特定の大学の特定の学生たちを中心とした20代の方が殆どになる。でも今日は、お子さん連れのご夫婦や、僕よりも年輩の方もいらっしゃってる。専門もバラバラだと思います。それってすごく貴重なことだと思うんですね。これを街中でできている。そういう状況を前向きにとらえていきたいと思っています。アルティアムもそういうところがありますよね。このあとは岡崎京子展があり、一方で若手作家の展示も控えているという懐の深さというものが、東京ではなかなか難しいかなと思います。

(笠井)そうですね。いろんな表現をアルティアムで紹介しています。坂根さんのようにフラットな目で見ると、何か通じるものがいろんな表現には共通してあると思っています。坂根さんのお仕事はとても「そうだよな!」と共感する気持ちで見ています。

トークイベント中の会場の様子

トークイベント中の会場の様子

遊び×芸術×科学 トークイベントシリーズは第2回、第3回と続きます。ご期待ください!

【展覧会ページ】
安野光雅のふしぎな絵本展

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