okinawan portraits 2012-2016

アーティストトーク レポート【第三回】

【第一回】【第二回】に続く第三回目のレポートです。新刊の写真をひとつひとつ見ながら、考察を深めていきます。

《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0005698 那覇 NAHA, 2013

《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0005698 那覇 NAHA, 2013

(倉石さん)でも、ドラッグクイーンがいて、それでシャッターを切るというのはわかりますが、例えばこの人はどういう人ですか。

(石川さん)これは落語の人で、僕が舞踊家の付き人をしている時に一緒に舞台に出てもらった方です。それで撮らせてもらいました。

(倉石さん)逆にいうと、展覧会全体の中にこの人が入ってくると、やっぱりなんなんだろうって思いますよね。そういう多様性が新作はやはり増してきているようですね。

《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0011324 沖縄 OKINAWA, 2015

《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0011324 沖縄 OKINAWA, 2015

(倉石さん)この風景の写真は、どういうところですか。

(石川さん)これは奥がゴミの最終処分場の山なんです。そこから伸びてくる道に樹々がいっぱいあって、でも左側の目隠しみたいなつい立てには、樹々のプリントが施されてる。この状態がすごいカオスだなと思ったんです。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0011149 那覇 NAHA, 2015

(石川さん)これは辺野古の県民大会ですね。基地やオスプレイ反対、みたいなことをやってて、これは仕事で頼まれて行って、その中で仕事とは別で撮った写真ですね。

(倉石さん)政治集会のアプローチとしては変わっていますよね。

(石川さん)あまりそういうイメージでは撮っていない写真ですね。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0005487 宜野湾 GINOWAN, 2013

(倉石さん)ファミリーもそうですけど、石川さんの写真には、必ず子どもたちが入ってくるように思うんです。子どもの集団は、いろんなパターンがありますけど、友達同士でいると一つの社会性みたいなものも見えたりする。そういうところも面白いですね。

(石川さん)面白いですよね。右側の子が小学生の頃の自分みたいなんですよね。小学生がエアガンで遊ぶって怖いなぁって思ったんですけど、僕も小学生の頃エアガンで遊んでましたからね。

(倉石さん)子どもは武器が大好きですよね。普通って言い方も難しいことですけど、「普通」の人たち、前作よりは過剰ではない人たちを撮っているんだけど、一見普通に見える人の中にある、普通じゃないものが垣間見えるようなところがありますね。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0008046 沖縄 OKINAWA, 2014

(倉石さん)この写真は、道路の中央分離帯にいる人ですね。この人はずっとこの場所にいたんですか。

(石川さん)ずっといたんですよね。僕がバイクで通りがかったら座ってて。道渡って「おじさん、何してるの?」って聞くと何とも言えない聞き取りづらいようなことを言ってたんで、写真撮っていいですかって聞いたら「いいよ」って。

(倉石さん)今回は空き地というか、人がいない「不在」の風景が多いですね。石川さんは、何もない風景を撮影するのはなぜかということについて、撮ったあとから考えたりしますか。ただ何もないっていうことではない、何かがあるんだということですが。

(石川さん)そうですね。空き地の写真は、今回の風景の中でも特殊といえば特殊な写真です。

(倉石さん)いろんな写真家が空き地を撮ることは撮るんですけど、石川さんの不在の感覚って、どこかちょっと変わっていて、写真集全体の中で機能してくるところがある。人の写った写真が何枚かあって、次に例えば空き地とか砂浜に誰もいなかったりすると、そういう写真が出てくることによって、全体として何か伝わってくるものがある。

(石川さん)「不在」っていうよりも、そこで起こっていることの違和感の方が僕の中では強くて、道の写真なんかは、緑の茂っている感じが僕はぐっときている気がするんですね。

(倉石さん)そうすると人のいない風景は、ポートレートの場合とは違う感覚で撮られるわけですか。それとも感覚的には似ているんですか。

(石川さん)似てますね。人工物の岩の上で子どもたち遊んでいる写真なんかは、不思議な感覚です。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0005268 読谷 YOMITAN, 2013

(倉石さん)これは日常的に起こる光景だけど、よくよく改めて突きつけられると、劇的な感じがするんですよね。

(石川さん)僕、この状況は日常的だとは思えなかったんですよね。

(倉石さん)これはたぶん、真ん中の小さい子が虫を捕まえたんでしょうね。それをお母さんに差し出しているんだけど、お母さんはこの瞬間は少なくとも無視して、何か別のところを眺めているという、とても予兆的というか、残酷な写真にも見えます。

(石川さん)そう、そこもそうなんですけど、僕自身が自分の子どもを遊びに連れて行けていないっていうところもあって、その中でこの景色を目にした時に、めちゃくちゃ自分に迫って来たんですよね。

(倉石さん)これは、子どもと大人の関係や、いろんなことを教えてくれる写真で、これから先の運命とかそういうことをも連想させますね。ちょっと引いている構図であるがゆえに、そういうことを思わせてもくれる。「個人」と「風景」が両方写真集の中には入りこんでいるし、これは石川さんの新境地か、というふうに思わせる。ちなみに新しい写真集では撮影場所は沖縄本島が中心ですか。他の離島には撮影に行かれたんですか。

(石川さん)離島も入ってます。道で繋がってる離島とか、石垣島も入ってますね。

(倉石さん)だけど、本島が中心といえば中心ですか?

(石川さん)そうですね。なので、撮りに行くっていう感覚が弱いですね。写真を撮りに行くっていう感覚がないわけじゃないけど、弱くて。何か理由があってそこに行く、その延長線上に写真がある、気づいたときに写真撮る、みたいな感じですね。

(倉石さん)例えば、この土地を記録しておくために、わざわざ出かけるっていうことではないわけですね。

(石川さん)ないですね。

(倉石さん)先ほどの母親と子どもの写真は、一瞬のドラマだと思う。人間関係が示唆されている風景のようにも見えて、そういう意味では「風景」といっても様々なものが新作の写真の中には入っているようです。この写真の左側に飛んでいるのは、オスプレイですか。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0002912 宜野湾 GINOWAN, 2013

(石川さん)普通の軍事用のものですね。これは僕の家のベランダから撮ったものなので。

(倉石さん)基地のそばですか?

(石川さん)すぐそばですね。普通に見てる光景の一つでもあります。ゴルフ場があって、それが取り壊されるから、すごい高いところに人が上っていて、思わず撮影したものです。今まではそこに緑のネットがずっと貼られてたんですけど、景色が少し良くなりました。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0009763 那覇 NAHA, 2014

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0002028 北谷 CHATAN, 2013

(倉石さん)この二つの写真は、とてもアメリカ的な風景ですね。

(石川さん)アメリカ的であるし、テーマパークっていうか、つくられた感みたいな。

(倉石さん)そうですよね。子どもの遊具で、こういう形のものが室内にあるというのが、アメリカっぽい感じがします。アメリカの影というものは、どうしてもこの写真の中にも出ていますけど、意識されることはありますか。米軍住宅と思しきものもこの中にはあると思うんですけど。

(石川さん)普天間の住宅ですね。

(倉石さん)私は横浜に20年くらい住んでいたのでこういう風景は分かりますが、横浜にも福生にもありますね。そういう意味では全体を通じて、アメリカ文化が具体的な場所で、あるいはものとして、ものを通じた習慣として根付いていって、それが活用されていたり、だんだん消えていったりというさまざまなプロセスも、不思議にこの写真集から透けて見える。

(石川さん)それは、少しは意識した部分です。撮ってる時は、これをこういうふうにしようって思って撮ってるわけではないですが。ただ、写真がいろんな人の目に触れるようになったのも僕の中では大きいかなって。その中で、僕が今まで知らなかった社会の状況を意識するようになってきた。そういう意識って広がっていくじゃないですか。今までは、自分がただ写真を撮ってるっていうことの方が強かったんだけど、人目に触れるようになって、写真を撮ってる人たちとコミュニケーションが増える中で、自分の周りでもそういうことが話されるようになって、必然的にそれってどういうことなんだろうっていうことを考えるようになって。自然とそういうことに目がいくようになったっていうことはあります。撮る時はそういうのが気になって、考え出して撮ってました。沖縄についてニュースでよく言われるようなことがある中で、自分としての投げかけっていうか、希望とは、という感じでやってますね。

(倉石さん)具体的な文化研究というか、学者が自分の理論を証明するためにサンプルを持ってくるようなやり方ではない文化研究のスタイルが、この写真集の中にはあって面白いですね。子どもたちがヒップホップに影響を受けたファッションを身につけることなど、見えてくる文化の型がいくつもあります。一方で、沖縄には沖縄固有の風潮がもちろんあります。例えば、どうでもいいことかもしれませんが、沖縄の女子学生は制服を着て、運動靴を履きますよね。そういう細かいところもちゃんと写っているような気がするんですよね。そういうことでいうと、学校帰りの剣道をしている男の子の写真は、私にとってはとても魅力的です。

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《okinawan portraits 2012-2016》 OP2.0007286 宜野湾 GINOWAN, 2013

この子は、クロックスみたいな靴を履いていて、何か不思議な感じがするんですよね。全体として、服装も黒くて統一が取れているんだけど、足元はクロックス。そういう細かいところで多くのことを教えてくれているような気がして、そういう細部が見えるようになってきたのは、やっぱりフォーマットの変化も関わっているのか。たぶんそれだけではなく写真を見ていくと、まだまだ気づきがありますが、あまり話をまとめるよりも、皆さんには写真集が出たらぜひ、見てほしいと思います。

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トーク終了後は、会場の皆さんからの質疑応答となり、ひとつひとつの質問に真摯にお答えいただきました。また、サイン会も沢山の方に参加頂きました。当日、ご参加いただいた皆さま、誠にありがとうございました。

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中には写真を学ぶ学生さんのポートフォリオを見られて、話をする一コマも。まだ展示をご覧になっていない方はもちろん、一度ご覧になられた方も、新たな気づきや視点をもって、石川さんの世界観をお楽しみください。展覧会は9月25日(日)まで。※入場チケットはご本人に限り、会期中は何度でも再入場が可能です。

【展覧会ページ】
石川竜一
okinawan portraits 2012-2016

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