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トークイベント九州と震災とアートレポート4

11/6(土)に開催したトークイベント の様子を全4回にわたってお届けしています!今回はいよいよ最終回!3人のプレゼンテーションのあとのクロストークの様子をお伝えします。第1回第2回第3回は、ゲストごとにまとめたレポートとなっています。

(以下はトークを一部抜粋・編集したものです。)

(野中さん)ず、熊本市現代美術館のお話にすごく感動しました。そもそも熊本の中心部である鶴屋の前の上通りと下通りを挟んだ場所に熊本市現代美術館ができたことは当時ものすごく大きなことだったのです。アートに関わっていなくても入館できて、子どもたちを連れて行けるし、無料でソファにくつろいで作品が見られるし、すごく開かれている。県民にとっても誇りに思える場所です。

僕の場合、地震直後にアートのことを考える余裕がなかったのですが、こうやって美術館を開けた時にすぐ人が来てくれたり、連休に問合せの連絡があったと言う話を聞くと、いかに自分が理性的であることを痛感しました(笑)。被災して、子どもが元気じゃなくなった、傷ついたとか言われていますが、子どもは本能的にはすごく元気なんですよね。大人の言葉を聞いたり、大人の地震の話を聞いたりするのがトラウマになってる気がします。

(坂本さん)子どもは元気ですね。あんなに揺れたのに、うちの子どもなんかは「あの時は避難所で、皆で遊んだり、外でご飯食べて楽しかったな〜また来んかな」などと呑気に言っていて、こちらとしては「縁起でもない、大人はもうこりごりよ!」というやりとりをしたこともありました。でも、一方で、すごくショックを受けられているお子さんもいます。大人は大人で、「子どもを守らなくちゃ」とか、「家をどうにかしないといけない」とか、「館をどうにかしないといけない」という、プレッシャーがすごくありますよね。

(宮本さん)子どもさんの企画(「かえってきた!魔法の美術館」展)から再開されたじゃないですか。あれがすごく印象に残っていて。子どもがちゃんと元気だとまたそれを見て、大人も元気になってくるっていうのは避難所でもありましたね。美術館で子どもさんが喜んでいる画像とかを見ると、すごく私も勇気付けられます。あと、館長さんの言葉が良いですね。「美術館として開けたい」っていうのが、かっこいい。

(坂本さん)やはり、館長のアートに関わる年月の長さを感じましたね。もちろん、災害の度合いによっては、美術館としてじゃなく避難所として開けたほうが良い場面もあるかもしれません。しかし、今回の熊本においては「美術館は美術館として開ける使命は果たせたよ」と、言っても良いかなと思いました。

帰ってきた!魔法の美術館

かえってきた!魔法の美術館

(野中さん)震災の時、一番困ったのは子どものことなんですよね。自分たちは何とかなるんだけど、学校とか休みになっちゃったじゃないですか。最初は三日後に開くとか、一週間後に開くとかで、それが来週までになったよとか、連休明けになったよとか、だんだん伸びていくものだから。最初から連休明けまで閉めますと言われれば、それこそ疎開しますってなるだろうけど、出てこないわけですよ、情報が。子どもってやっぱり子ども同士でいたい。特にうちなんか田舎なので、車でかなり行かないと知り合いの子がいないので、やることがなくなっちゃうんですよ。その時に地震の影響を与えずに、いかに子どもにご機嫌でいてもらえるかっていうことがやっぱりものすごく大変でしたね。

(坂本さん)確かに、南阿蘇村は、一軒一軒が遠いということもあると思います。美術館のある熊本市中央区は、やや都市部ということもあり、いろんな層の方がお住まいで、例えば、街なかなので、若い方も多いのですが、外国人のご家庭ですとか、障害を持ってらっしゃる方、お年寄りのユーザーというのも、すごく多いのです。観光客を意識した美術館というよりも、福祉や教育などを介して、地域コミュニティと触れ合う意味というものが、地震のあとに、より際立って来るような気がしています。

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(ディレクター・笠井)せっかくなので、会場からご質問、ご感想などあれば。

(お客様)この年になりますまで、身近にそういう大きい災害とか経験したことがないんですよ。それで、今回近くでこういう大きな災害が起こりまして、報道の偏りって本当だなって思いました。我々が感じる熊本の地震というのは、あの橋の崩壊した現場、あのイメージなんですよ。南阿蘇近辺全部ああだとインプットされまして。私、野中さんは数年前から存知あげておりまして。お宅にも伺ったことがあったものですから、あの報道を見たときにびっくりしました。あれだけの映像を毎日毎日流されますと、全体がああなっているんだと。こんなときにのこのこお見舞いになんか行ったらどこの能天気だと言われるんじゃないかということまで感じました。外の人間から見ると感覚が全然違いますね。こういう大きな被害、災害とか身近に経験しないとこういうことは分からないと思います。

我々被災者って言い方しますけど、家族や子どもさん亡くされた方から、そうでもなかった方までいらっしゃる中で、我が子を亡くされたような方にとっては、アートなんかってそんな馬鹿なこと言うなよって気持ちだと思います。思いますけど、いろんな層の方がいらっしゃるわけですから、我々結局それぞれのできる立場でできることを躊躇なくやるっていうことが大事なことじゃないかなと今日の話を伺ってそう思いました。本当にありがとうございました。

(野中さん)挨拶に困るんです。坂本さんもそうだと思うんですけど。最初、挨拶の時に、お宅はどうだったって話をできるかできないかっていう空気を読みあわないといけないというのがすごいリアルにありますよね。

(坂本さん)そうですね、話題の中で、探り探りのようなところもあります。

(野中さん)逆に自分のところの方が酷かったらちょっとホッとしたりとかね。相手が大変だった時など、そういうこと知る前に自分の被害状況を先に言っちゃったことを自己嫌悪したりとか。小さなことなんだけど、これが震災っていうものなのかなって思いますよね。ただそんな中でも自分自身は被災者って思ってないところがあります。自分で被災者って決めちゃうと被災者になる。じゃなくて、自分がいつも通りでいればいいわけですから。ご飯を食べていつも通り生きていくっていう気持ちです。だから坂本さんの話で一番感動したのは、日常。日常のための美術館っていうフレーズ。自分も震災直後から普通でいるかっていうことを心がけてツイートしたり、壊れた家の庭先でわざわざいつも通り珈琲ドリップしたりといろんなことやってて、非日常だけど、普通だよっていうことをやっぱり一番大事にしていた気がしますね。

(坂本さん)アーティストのひびのこづえさんが、熊本までお見舞いに来てくださり、その時に、ご自身がデザインされたレースのハンカチを差し入れて下さったことがありました。食料品なども、もちろんものすごく有難いのですが、まさかレースのハンカチをその時頂くとは思わなくって。地震の後、街はグレーがかっていて埃っぽく、電気も暗く、服もあまり構わず、着たきりだったような時に、「あっアイロンがかかったハンカチ」ってものすごく新鮮でした。綺麗な色って、人をこんなに励ますんだなと感じましたし、あの時のレースの美しさを、私は忘れないようにしようと思いました。

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(坂本さん)私は、美術館・博物館というのは、歴史化するというか、長いスパンで物事を続けていくのが、得意な施設だと思っております。今回も、地震から半年や1年という時間の経過に従って、最初はアートではできなかったことが、徐々にアートだったらできることも増えていくかもしれません。そして、私たちの館としてのミッション、DNAには地震という出来事が入っちゃったなと、すごく思ったんですね。地震の前と後では、同じようには語れない。これからも、美術館としての得意技とか良さを生かしていきたいと思います。

(野中さん)宮本さんのお話の中で、アートの相談板をSNSで作ったら、関心がだんだん薄れていったというお話あったじゃないですか。僕は被災直後、雑誌を手に取ろうとさえ思わなかった。自分が撮った本もそうでした。変な話、アートが必要だとは正直考えられなかったです。さすがに直後は余裕がなかったんだと思うんですね。さっきの話と矛盾するかもしれませんけど、震災に対して関心が下降している反面、今、アートの必要性が上がってるっていう感覚があるんですけど、その辺りはどうですか。

(宮本さん)神医療の文献でPTSDに関して読む機会がありまして。被災して半年くらい経つと心の傷っていうのは大体7〜8割の人は自分で治すらしいんです。そういう回復力は人間の中には元々あって、どんなに傷ついていてもそこから、生きる道とか自分にとっての居心地の良い場所とか、工夫していく。その文献はそこで終わっていて、だから、大概治るんだよってで終わってるんです。待って、2割残ってるじゃんって。多分そこの人たちが長引くんですよね。2割の人が治らないっていう意味じゃなくて、治ってるように見える人もその中にそういう部分があるんじゃないかと思って。

自分の回復力を信じてやるっていう時に芸術が役に立つというか、支えになるのかなというふうには思っています。それは、絵とか写真とかっていうビジュアルのものだったり、お芝居とか音楽とかっていう体験するパフォーマンス型のものかもしれないけど。誰かがそういうことを考えてつくった、あるいは全然考えてなくても、例えば、戦争とか宗教の争いで傷ついた人たちが、立ち直る時に、使われたそういったものが必要となってきてるのかな、と今半年経って思います。

(野中さん)常々思うのは、最近、地震が当たり前のことになってきているんですね。メディアとかいろんな問題はあると思うんですけど、関心が薄れる以上に、災害が普通になったことの表れだなと思っていて、毎年の台風や大雨のように災害が普通に起きている。ただその中で、今回経験して一番思ったことは、熊本も予期せぬ震災に非常に混乱したとはいえ、20年前の阪神大震災と東日本大震災での経験の蓄積があったからできたことが相当ありますよね。ボランティアとか、神戸の時までは考えたことなかったじゃないですか。そして、東日本大震災でさらにいろんな経験がつまれて。南阿蘇村でも三日我慢すれば、ものがたくさん届きましたよ。支援物資の水の重さで中学校で体育館の床が抜けましたからね。三日目に自分の寝る避難所に帰ったら、避難所がいきなりホームセンターのようになってました。歯ブラシからナプキンから、非常食からもうあっという間に物資の山です。なので、三日間分の食べるものとか備えておけばなんとかなるし、こういうことが当たり前になってきた今、今日聞いていただいたことが少しでも役に立ってもらえたらと思います。

(笠井)ありがとうございます。今日は本当にお三方の素晴らしいお話と、何より生の声を聞いたなという感覚があります。これから先も関心を寄せ続けていくことを忘れないでやっていけたら良いのかなと思っております。

4回に分けてお届けしてきたトーク「九州と震災とアート」レポート。それぞれのお立場からお話いただき、多角的にこのテーマについてお届けできたのではないかと思います。レポート全編をお読みいただくことで、今私たちにどんなことができるか考えるきっかけになれば幸いです。

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