岡崎京子展

今日マチ子が語る岡崎京子マンガの魅力 レポート2

マンガ家の今日マチ子さんと、本展を企画した世田谷文学館学芸員の庭山貴裕さんのトークレポート第二回目です。第一回目はこちらからお読みください。

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(庭山貴裕さん/以下略)年代順にお話を進めていくと、岡崎京子さんは1985年に『バージン』という単行本を出されて、その後、『セカンドバージン』や『ボーイフレンドisベター』、『退屈が大好き』などの短編集や長編を発表されます。そして一つ転機になったと思われるのが『pink』という作品ですね。これまでにない強いストーリーラインを持った長編を描かれて、お話としてはユミコという女性が昼間は会社員、夜はホテトル嬢として働いて、自分の部屋ではワニを飼っているという設定の作品です。この『pink』について今日さんの印象はいかがですか。

(今日マチ子さん/以下略)オチを言っちゃっても良いか分からないんですけど、ワニの使い方が非常に秀逸で、そこに全てが入ってると言っても過言ではないと思うんですよね。

(庭山)ワニの使い方というと?

(今日)物語の中で「ペット、生き物」と「物」の間を反転する時があるじゃないですか。それがすごく岡崎京子さんの新しい表現というか、時代的に変わったと思わせるものだと思うんです。それまでの80〜90年代の明るい作品から、何か変わったなと思わせるような作品だったと思いますね。

(庭山)『pink』は、89年の作品で、歴史的にはいろんなことが起きた年ですよね。『pink』を読むと、私は今日さんの作品にもつながるものを感じたりします。『cocoon』も『アノネ、』も、言葉にすると言い尽くせないですが、何か主人公が自分にとって大事なものを守っているとか、周囲から守られているという状況が浮かんできます。『cocoon』の主人公のサンが、他の登場人物やいろいろなものに庇護されているということや、『アノネ、』で花子が自分の日記を大切に守っているということ。いっぽう『pink』のユミちゃんが昼も夜も働いて餌をあげているワニは、ひとつには消費社会を象徴しているのだと思いますが、それを彼女が大切に守っているという側面もあります。『リバーズ・エッジ』でも、死体を山田くんや吉川こずえちゃんがある種懸命に守ろうとしている。今日さんは、そういう主題についてはいかがですか。

(今日)岡崎さんの作品は、普段明るい女の子だけれども、ちゃんとその女の子の「弱さ」を描いているところが、みんなの共感を得るところなのかなと思うんですよね。ワニについての弱みとか。結構、岡崎京子作品の女の子って普段は悩みがないような明るい感じで描かれてるんですけど、あるところで急にガクッと深みに落ちるシーンが多いなと思うんです。「この子は実はものすごい何かを抱えてるのではないか」ということを描くのがすごく上手というか。最初から「この子は悩みがあります」みたいな感じで始まるんじゃなくて「何もないよ」みたいなふうに物語が進んでいるのに、あるところでハッと転換するっていうのが、すごく鮮やかだなというふうに思うんです。

(庭山)『pink』でも突然ユミコが発作に襲われるようにしてぺたんと座り込んでしまう、そこで闇の部分というか、この子は何かを抱えてるんだなということが伝わってきます。何かを大切に守るということでいうと、今日さんの場合は『cocoon』であれば「繭」みたいなもの。『アノネ、』でいえば日記や角砂糖のイメージみたいなものがありますが、一方で岡崎作品では、意味がわからない不気味なもの、社会にとってノイズのようなものを登場人物が守っているみたいな独特の味があって、その辺りがまた違うところだなと思いますが。

(今日)モチーフの違いというか。でも共通するのは、「弱さ」と「守らなくてはと思い続けている女の子」というのは似てるのかなと思うんです。

(庭山)今日さんはどんなふうに「少女性」を捉えて作品を描いていらっしゃいますか。

(今日)少女にこだわっているというよりは、あるひとりの主人公の物語ですね。誰でも自分の人生を邪魔されたくないじゃないですか。私はやりたいようにやりたい、それを戦争や他人からダメにされたくないという、そういうわがままな思いを「少女」なり「女性」なりが自分なりに続けようとしているというのをずっと描いているつもりです。

(庭山)岡崎さんと今日さんの描く女性像との違いを、ご自身ではどんなふうに感じますか。

(今日)私は本当にただのファンなので、自分と比べてどうこうというわけでは全然ないんですけどね。ただ、やっぱり岡崎さんのマンガは、どこか完璧な女の子じゃない、ある意味すごく愚かな女の子しか出てこないですよね。それが自分の作品でもそうなのかなと。やっぱり主人公とか女の子って本当に愚かしいし、でもその中で自分の世界を守ろうと足掻いているというところは似ているのかなと思います。

(庭山)岡崎作品には、とても魅力的なキャラクターがたくさんいます。東京の会場の出口に岡崎さんにメッセージを書くコーナーを設けたのですが、その中ですごく多かったのが、岡崎作品の登場人物を自分の人生のモデルにしていますというコメントでした。例えば、『東京ガールズブラボー』の主人公サカエちゃんに影響されて地方から出てきましたとか、『pink』を理解できないような男とは付き合えないとか、『ヘルタースケルター』のりりこがとても好きで、娘にりりこと名前を付けましたとあって、その隣にりりこちゃんが絵を描いていたりとか(笑)。男性ファンからすると、岡崎作品はキャラクターの魅力とは別のところですごいのだと思っていたのですが、岡崎さんの生み出したキャラクターって本当に女性の読者の中に息づいているんだなというのは驚きでした。今日さんは、岡崎作品の中で好きなキャラクターはいらっしゃいますか。

『リバーズ・エッジ』/宝島社 © 岡崎京子

『リバーズ・エッジ』/宝島社
© 岡崎京子

(今日)私はやっぱり『リバーズ・エッジ』のハルナちゃんが好きですね。ハルナちゃんは、やっぱり一番普通で、キャラクターとして薄い感じなんですよね。高校の頃も私があの世界にいたら、ああいう立ち位置しか取れないだろうなと重ね合わせて読んでいました。

(庭山)最終的にハルナちゃんが生き延びますよね。

(今日)そうですね。一番普通だし、特に何もないけれども、生き延びていくっていうところに当時共感したというか。岡崎作品ってすごく可愛い子とかモデルの子とか出てくるんですけど、そうでもない普通の女子高生という役どころがすごく良かったんですよね。

(庭山)透明な存在ですよね。

(今日)俯瞰的にいつも引いたところから状況を見ているっていうような。

(庭山)『リバーズ・エッジ』で後半にカタストロフというか、人が亡くなるような出来事が起こりますよね。観音崎くんが女性を絞め殺しかけたり、田島カンナがハルナの家に火をつけて自分が焼け死んだり、同級生のお姉さんが家に引きこもっていて、妹を切りつけたりとか。何かに執着している人間は破局を迎えるんだけれども、ハルナは透明な存在でいろんな人の存在を受け流しつつ、最後まで生き延びていく…そういう感じですよね。

(今日)他のキャラクターはキャラクターとしては好きなんですけど、岡崎作品の中で共感できるのは、やっぱりハルナちゃんですね。

(庭山)『cocoon』にも通じるものを感じますが。

(今日)そうですね。

(庭山)今日さんは作品を作る上で、登場人物を造形することと、ひとつの大きなストーリーラインを作ることは、どんな関係や比重があるんですか。

(今日)それは作品によりけりで、すごく奇妙な主人公の話となると、キャラクターを強くしなきゃいけないですし、ただ異常な状況下にあるというふうに舞台設定が決められているならば、その中に異常な主人公を置くよりは普通の人が翻弄される方が私は描きやすかったりしますね。

(庭山)ミドリさん』とかとても魅力的なキャラクターが配置されている作品もありますよね。

(今日)基本、普通の人が多いような気がするんですけど。

(庭山)岡崎さんのような強烈なキャラクターを作りたいとかは?

(今日)本当は作りたいんですけど、自分が薄い人間だからかだんだん薄くなってしまうというか、これからはもっと気合を入れてキャラクターを作ろうと思います(笑)。

 

『リバーズ・エッジ』/宝島社 © 岡崎京子

『リバーズ・エッジ』/宝島社
© 岡崎京子

(庭山)先ほど一番好きな作品は『リバーズ・エッジ』とおっしゃっていましたが、改めてお好きなシーンや理由はどんなところでしょうか。

(今日)当時読んでいたのが『リバーズ・エッジ』で、読んだときに主人公の彼らと同じような年齢だったっていうことが大きいですね。あとは「河」が好きだったので、河原が舞台っていうところにものすごく刺さりました。

(庭山)今日さんのいろいろな作品にも河が出てきますよね。

(今日)私の作品ではただ水辺のモチーフなんですけど、『リバーズ・エッジ』では、河はすごく不思議な場所で、誰のものでもない対象として描かれている。誰かの管理はあるんですけど、一種自由な場所で、でもそれは町の一部でもあるし、外側でもある。非常に不思議ないわゆる38度線的な場所だと私は思ってるんです。そこで展開される少年少女の話っていうのが、都市型のファンタジーみたいで、すごく好きだったんですよね。

(庭山)『リバーズ・エッジ』の「エッジ」は淵であり、「境界」ですね。

(今日)結局高校生って、自由と言われてるけど、自由じゃない。大人の管理している塾だったり、学校だったり、進路だったり、その中で動いてるだけで、別に大して自由じゃないなと思ってたところに、緩衝地帯みたいな河がパンっと入ってきたので、それがすごく当時の自分にとっては気持ち良かったというか、「そうか自由な場所もあるんだ」というふうに思ったんですよ。管理されているんだけど、でも普段よりは自由に動き回れる場所が与えられている場所ですね。

(庭山)避難所、逃げ場所みたいな。

(今日)避難所でもありつつ、暗部を展開できる場所と言えるかもしれませんね。

(庭山)『リバーズ・エッジ』以外に、岡崎作品で魅力的なキャラクターで、吉川こずえがいますよね。吉川こずえについてはどう思いますか?

(今日)そうですね。非常に岡崎作品的なキャラクターだし、当時私のクラスに本当に吉川こずえに似てる、読者モデルをやってる子がいたんですよ。現実の人が描かれているような、マンガと現実の境がよく分からなくなるような、そんな感じでしたね。読んだときに。

(庭山)吉川こずえは、『ヘルタースケルター』にも出てくるわけですけど、岡崎作品が今読んでもかっこいいと思える重要な部分って吉川こずえの造形にあるんじゃんないかと思うことがあります。

(今日)ショートカットで、すごいかっこいいなぁって思っていましたね。

(庭山)主人公と対比される存在で、そこがすごく面白いなと思うんですよね。『リバーズ・エッジ』では、河原で穴を掘りながら、世の中きれいぶってるけどざけんじゃねぇよってすごいセリフを吐いたりして、クラスメイトたちを相対化する虚無的な存在。『ヘルタースケルター』だと、りりこと対比される存在ですよね。りりこが語る「忘れられるのって死んでるのと同じよね。本当に死ぬことも怖いけど、忘れられることも恐ろしい」という印象的なセリフがありますけど、りりこの存在を象徴しているそのセリフに対比されるのが吉川こずえで「私は今ちやほやされるけれども、早く忘れられてほしい。その方が私は楽しみだ」と語る。「忘れられているもの」や「忘れられてしまう」ことの怖さということは、今日さんの作品でも感じることなのですが、何か『ヘルタースケルター』を読んで感じることはありますか。

(今日)りりこの焦りみたいなものって、今のSNSで必死で「いいね」とか「お気に入り」とかフォロワーが欲しいみたいな、そういうふうに焦ってしまう人の感情とすごく通じるなと読み返すたびに思うんですよね。そこにしか自分の生きてる場所はないように思い込んで、必死にすがりつくっていうような状況ですね。だから今もそういう意味で、普遍的に読み継がれているんじゃないかなとも思ったりしますね。

(庭山)忘れられることとしての死、ということを岡崎さんはいろんなところで描いていらっしゃって、雑誌の「ユリイカ」に寄せた文章でも萩尾望都の『トーマの心臓』を引きながら、「死には二種類ある。肉体としての死と、忘れさられることとしての死、と」ということを書いています。岡崎さんにとって、とても持続的なテーマだったのかなと思います。

(今日)やっぱりマンガ家っていう職業自体が人気商売というか、そういう部分があるので、ある程度、例えば80〜90年代を体現した存在であるほど、2010年代になるとその時代の人みたいに思われて、どんどん時代の奥に押しやられていくっていうことはあるのかもしれないですね。もしかしたら、岡崎さんはそういうことをうっすら自身が感じ取っていた部分があるんじゃないかなとは思ったりはします。

(庭山)それは職業マンガ家として、今日さんも感じられるところでもありますか。

(今日)業界でよく言われるのは、ものすごいビッグヒットを出してしまうと、長続きしづらくなるっていうのは若干言われることであって、別に誰かのことを言っているとか、自分がそうであるとかそういう意味ではないんですけども、やっぱりインパクトが強くなればなる分だけ、なかなかその時代から抜けられなくなるっていうふうには言われますけどね。

(庭山)そういうところでも『ヘルタースケルター』は、とても普遍的なことを描いているのではないかと思いますね。

最後に庭山さんより東京会場で寄せられた感想もご紹介頂きました。皆さんの思いが詰まったもので、なんと全部で2,000もの感想が集まったそうです。

(庭山)世田谷の会期終了後に来場者からのメッセージを岡崎京子さんにお届けしましたが、大変喜んでおられたようです。これは時代の回顧展ではないので、岡崎さんが来場者に宛てた現在のメッセージを受けて、皆さんも手紙を書くということが大事な展覧会の一部だと思っています。福岡会場での感想も楽しみにしていらっしゃると思うので、ぜひメッセージをお寄せいただきたいなと思います。展覧会では、なかなか岡崎作品の全てを網羅して紹介するなどということはできないですし、これによってなにかかりそめの全体像を与えてしまうかもしれないということは怖いことでもありました。岡崎作品の魅力はこれに尽きるものではないので、ぜひ展覧会をご覧になった後、また、自分なりの感じ方で改めて作品に出会って、その魅力を他の方達にも伝えて欲しいなと思います。こんな感じでしたが、今日さんいかがでしたか。

(今日)岡崎京子さんってやっぱりファンの方の思い入れが非常に強いというか、そういう独特な作家さんだと思います。ここまでマンガ家さん本人に思い入れがあるって、なかなかないと思うんですよね。作家っていうだけではなくて、その時代を体現した人だったんだなと思います。

岡崎さんと今日さんの作品の魅力を知ることのできる、大変充実のトークでした。トーク終了後は今日さんの九州で初となるサイン会も開催し、こちらもとても盛況でした。ご参加頂いた皆さま、誠にありがとうございました!展覧会は1月22日(日)まで開催しております。この機会にぜひご覧ください。

【展覧会ページ】
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