シンプルの正体 ディック・ブルーナのデザイン展

菊地敦己×中村至男 オープニングトーク レポート2

本展にそれぞれ別の形で関わられているお二人のデザイナー、菊地敦己さんと中村至男さんによるオープニングトークのレポート2回目をお届けします。1回目はこちらからお読みください。
(以下は、トークを一部抜粋・編集したものです。)


(司会)
次は、中村さんの展示作品についてお話を伺おうかと。

(中村)展覧会全体の紹介スライド進めてなかったけど、いいの?(笑)

(菊地)それでは、早解り解説をしましょう(笑)。

(中村)お願いします(笑)。

(菊地)まず、グラフィックデザインって一体なんだろうと。例えば絵画とどう違うか。単純な説明をすると、絵画はひとつだけのものをつくる。それに対して、グラフィックデザインは同時に同じものがたくさん存在するというのが前提となります。要するに版をつくるということです。設計図や版があると複製が可能になります。そうすると、色と形が分離して考えられます。絵の具で塗られた形は、ものとしての絵の具と形というのが一体のものとして存在していますが、グラフィックデザインの場合は、形を色の組み換えることができるんです。版画の版を考えてもらえばいいと思うんですけど、同じ版に違う色を塗って刷ることができますよね。だから、色と形が別々に計画されるんです。それが第1章の中で色や線、くり返しの話として、それぞれの特徴に分けて展示されています。
第2章はおもに絵本を紹介しています。絵本というのは平面の絵の連続性です。絵が連続していくことで、時間軸ができていきます。だから主に時間の話なんですよね。ピクトグラムなんかもここで展示されていますが、これは早いスピードで意味を認識するための形です。ブルーナはそういう端的な形を使って絵本をつくっています。瞬間的にそのものが何であるかを認識できる、記号性の高い形を連続させて、時間軸のある物語を展開させています。
そういう基本的なグラフィックデザインの方法を軸にして、ブルーナの仕事が配置されていて、デザインというものがどうやって出来ているのか、暗に伝われば良いなという展示構成です。

(司会)ブルーナさんのアプローチは、デザインの教科書のようだとおっしゃる方もいらっしゃるくらい、きちっとやるべきプロセスを経ていたり、工夫されるべき点がそれぞれにちゃんとなされています。とてもブルーナさん一人の作品とは思えない、いろんな引き出しを持って取り組まれているのが分かります。多様な表現を、千本ノックのようにいろんな実験をされているので見ていただければと思います。

(中村)僕は1章の装丁コーナーを一番楽しく拝見しました。ブルーナさんって好きに描いているようで、ちゃんとテーマを持って、苦しんでいる号もあるんだろうなと思いながら見ました。本のお題とのすり合わせをずっと行ってきた流れも読み取れて。もちろん時代も国も全然違うんですけど、何かつくる時の機微があったんだろうなと、同業者の目線で見て楽しかったです。

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1章 おしゃべりな色 ブルーナさんの装丁を大小様々な大きさで展示

 

(司会)多い時は年間に150冊くらいの装丁を手がけたそうです。デザイナーとして次々装丁の仕事がくる環境というのは、同じ職業としてどんなふうに想像されますか。

(中村)どうかな。まず時代も違うけど、家業でもあった。

(菊地)自分ちだと、いわゆる受注仕事とはまた違いますからね。装丁だけであれば、150冊はそんな多くないと思うけど(笑)

(司会)多くないですか(笑)。

(中村)「この時の号は、売れなかったじゃないか!」って怒られたりしたのかな?(笑)好き勝手やっていいわけでもないでしょうし。やっぱり売らなきゃというのも頭の中には絶対あったと思いますし、そこでも工夫されてたでしょうね。実際どの装丁が売れた売れなかったとか知りたい。「反復」などシリーズを作って繰り返して出していくというのは、シリーズを続けていく中で見つけた手法だとも思います。

(司会)シリーズごとにテーマ設定や色使いなど、ブルーナさんの中で自分の規則を作りながら取り組まれていた様子が感じられますよね。

(中村)自分でルールを作って、それにキツく縛られつつ、デザインするって楽しいですよね。

(司会)菊地さんは、ブルーナさんが、キャラクター性あるものを繰り返し使う技術が優れているとご指摘されていましたよね。

(菊地)それはミッフィー以降の仕事ではっきり表れますね。初めの頃のミッフィーシリーズは、まだ一つ一つの造形が汎用的ではなく、内容に対しての応え方をしています。後期になればなるほど、絵柄自体はかなり汎用性が高まって、個別の表情は薄くなっていく。だから「絵」が好きな人は、初期のミッフィーが好きっていう人が圧倒的に多いですよね。

(司会)特に『ちいさなうさこちゃん』『ゆきのひのうさこちゃん』など初期の4冊でしょうか。

(中村)歪んでたり、ひしゃげてたり、楽しいですよね。

(菊地)絵の魅力でいうと圧倒的に初期の方が僕も良いなと思っています。ただ、ミッフィーというシムテムと考えると後期の方が正しいですね。

 

***

 

(司会)1、2章でシンプルの魅力を味わっていただいたあと、4組の作家にブルーナさんのシンプルを受けて、作品を新たに創作していただくというコーナーです。中村さんから今回の作品についてご説明いただけますか。

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中村さんの作品「#∩∩」

(中村)このお話をいただいた時、ブルーナさんがまだご存命でした。ひょっとしたら僕のを見てくれるかも!という期待をもって考えたものなんです。これはミッフィーだから出来るコミュニケーションです。必ずミッフィーが一枚のどこかにいるのですが、どこまで見えたらミッフィーを感じるか、現代の自分のトーンで、試しました。全く描かなくても存在を感じるようなものも、もう1~2枚作ってみたいなと、本当はまだいろいろチャレンジしたかったですね。

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(菊地)ミッフィーを有名人という前提で扱ってますよね。

(司会)耳の形の一部だったとしても、ミッフィーという誰もが知ってるキャラクターだからこそ、成立する。

 (中村)本当は僕も尖ってる耳が好きなんですよね。

 (司会)初期のミッフィーですね。

 (中村)でもこの考え方だとやっぱり完成形の丸い耳が正しいだろうということで。

 (司会)中村さんがタイトルにつけてくださっていた「#∩∩」。

 (中村)これ、なんて読むんですかね?(笑)。

 (司会)「U」の形を逆さまにした文字を二つ並べることでミッフィーの耳をイメージさせるくらい、形が浸透しているからこそできる遊びですよね。

 (菊地)ちょっと聞いても良いですか?至男さん、最近妙にマットな色調というか、グレイッシュな、あまりコントラストが強くない色を使っていますよね。色に対して何かありますか。

 (中村)うーん。今言われて気がついた(笑)。なぜ段々グレーになってきてるんだろう。インスタグラムのハッシュタグで「#∩∩」で入れたらこれが出てくるという仮設定もありましたので、その時に、もしかしたら写真的な空気を感じた方が良いと考えたのかな。そういうパキッとつく感じじゃなくて、空気がある感じなのかな。

 (司会)モニター越しに見る、みたいな気分があったりしますか。

 (菊地)結構グレイッシュでしかもトーンがあるんですよね。

 (中村)どっちが良い?

 (菊地)いやいや(笑)。トーンがあるというのは要するに、淡いグレーと濃いグレーとか階調違いがある。そうすると画の中に光を持ち込むということになる。微妙な対比なんだけど、そういうものがだんだん入ってきたなと思って見てたんですよ。昔はもっと幾何学的なラインで、パースがなかったり、陰影がなかったりしたんだけど。最近は透視図法が入ってきて、しかもトーンも入ってると思って。

 (中村)まだまだ成長中です(笑)。

 (菊地)画面の構成でいうと、割とどこでも切り取れる広い情景があって、写真のように切り取ってきたみたいな、ある種の便宜性に見えるのが面白いなと思いました。一枚の絵として定着させたわけじゃなく、瞬間的にトリミングしたような感じが。

 (中村)切り取り癖は、職業柄あるのかな。つい、やっちゃいますね。

 (司会)温度が低い感じもあったり、少し距離を感じるとか、そういうのも色のトーンで感じるところはありますよね。

 

***

 

(司会)今回、『クマくんがしんだ』という絵本を展示しています。これは、ブルーナさんが2017年2月に亡くなられたあと、4月に関係者の方に配られました。(※市販はされておりません。)ブルーナさんがこれを制作したのは2011年で、ブラック・ベアシリーズのポスターに使用したイラストに、お話がついています。通常のブルーナさんの絵本だと、サイズが15.5×15.5cmですが、この絵本は22cm角です。お話自体も少し不思議な感じがあります。それをご覧になってお二人はどんな印象を受けましたか。

 (菊地)これは刊行目的でつくられたものじゃないですかね。

 (司会)つくられた2011年の段階では、今発表するとご覧になる方の受け取りも様々なので、良い時期が来たら発表しましょうと、保留されていたとお伺いしています。

 (中村)つくった時は完全に創作としてつくったということですか?

 (菊地)遺作のつもりでつくってるように見えますね。

 (司会)その想いはあったかもしれませんね。

 (菊地)僕は1ページ目は好きですよ。「クマくんが しんだ、ぼくは しんぶんで よんだんだ」っていう言葉がいいなぁ。1ページと最後のページはとても好きだった。
中身は、ブラック・ベアの既存の作品のカットアップでページがつくられていて、それに文章が添えられています。ブラック・ベアの回顧集的な意味合いが強い。やっぱり遺作として、自分のこれまでの作品をどう扱うか考えられていたように感じますね。

 (司会)絵本の形をしてるけど、単に絵本ということでもない。何か不思議な存在です。

 (菊地)ブラック・ベアがぴったりだなって思ったんでしょうね。その気持ちなんとなく分かります。

 (司会)ミッフィーではなくて。

 (菊地)たくさん作品をつくってきて、最期に何をつくろうかなとなった時に、やっぱりブラック・ベアを選んだのかって。ことも向け絵本っていうよりは大人も含めたすべての読者に向けてという気持ちもあったんじゃないかと。

 (中村)いまのお話を聞いて、これを遺作として自覚的につくるっていうのはすごいなって。引退されたというか、アトリエに通わなくなってからつくられたもの?

 (司会)2011年の何月に作られたのか具体的には分からないですが、絵本シリーズの最後の作品が2011年ですので、それと同じ年ですね。

 (菊地)生前に自分でお墓買ったり、遺影用意したりするのと近いのかな。準備万端な人だなぁと思って感心しました。ディック・ブルーナなりの仕事の終わらせ方がこういうやり方だったのかなと。なんというか、整頓された美しさがあるなと思いました。

 (司会)これまでブラック・ベアの設定は、あまり説明されてこなかった。そのような中で、『クマくんがしんだ』では、イラストに言葉を添えているので、ブラック・ベアというキャラクターがすごく生き生きして見えてきます。絵本を見ると、そういう楽しみ方もあるなぁ思います。とても素敵な言葉が付いているので、ぜひ会場でじっくりご覧いただければと思っております。

 

デザイナーならではのブルーナ作品の捉え方や展覧会を構成してくプロセスなど、興味深く貴重なお話を菊地さんと中村さんに楽しく繰り広げていただきました。今回のトーク内容をふまえ、あらためて展示をご覧いただくと、新たな発見があるのではないでしょうか。「シンプルの正体 デォック・ブルーナのデザイン」展は、7月2日(日)まで開催しております。ディック・ブルーナさんの魅力がたくさん詰まった展覧会に、ぜひ足をお運びください!

【展覧会ページ】
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