諏訪敦 2011年以降/未完

諏訪 敦×野村 佐紀子 クロストーク レポート〈前編〉

展覧会は盛況の内に先日終了しましたが、10月8日におこなった「諏訪敦×野村佐紀子 クロストーク」のレポートを前半・後半にわけてお届けします。当日は多くの方にご参加頂き、瞬く間に定員に達しました。残念ながらご参加できなかった方は、こちらを是非お読みくださいませ。当日の雰囲気などお分かり頂けると思います。

 (アルティアム・鈴田)本日は「諏訪敦×野村佐紀子 クロストーク」にお集まり頂きまして、ありがとうございます。本日は作家、諏訪敦さんと野村佐紀子さんにお越し頂きました。昨日から諏訪敦さんの西日本初となる個展が8階アルティアムで始まりました。また、野村佐紀子さんも現在、九州産業大学美術館で個展を開催しておられます。お二方とも福岡で個展を開催中というめったにない機会で、諏訪さんと野村さんは同じギャラリーに所属されているというご縁もあり、本日はいろいろなお話が伺えたらなと思っています。

DSC02860

(諏訪敦さん)実は同じギャラリーのアーティストと言っても、そんなにつるんでいるわけではないのです。プライマリー・ギャラリーに複数のアーティストが所属して、それぞれがミッションを遂行しているような感じでね。しかし、僕も一昨日、九州産業大学で行われている野村さんの展覧会に行ってきました。よくできた展覧会で、俯瞰的に作家の全体像を見せてくれていました。野村さんと言えば、男性ヌードの作品が代表的なものと思うのですが、そもそも何故男性だったんでしょうか。

(野村佐紀子さん)きっかけはそんなにたいしたことではなくて、学生時代に人から言われて撮り始めたんです。

(諏訪さん)課題ということですか。

(野村さん)確か先輩に言われたんです。当時はまだ写真学科に女子が少なかったので、からかわれたということですね。

(諏訪さん)「男性ヌードでも撮ってきたら?」ということですか。

(野村さん)ええ。当時、男性のヌード写真というものは相当少なかったんです。

(諏訪さん)美術手帖のメールヌード特集でも一緒に掲載されましたよね。今も少ないのかもしれない。野村さんの展覧会カタログの中で「ヌードについて」というインタビューが掲載されていて、すごく印象的な言葉がありました。ちょっと読み上げてみます。

 “写真家ってヌードを撮るものだと思っていました。学生の時から。写真家として最初に受けたインタビューでインタビュアーの方が私の男性ヌードの作品を〈立ち上がりましたね〉とおっしゃって。それまで男性が女性のヌードを撮るという流れで来ていたところを、女性が男性のヌードを撮ることがようやく立ち上がりましたねというようなことを言われた時、何を言っているのだろうというのがありましたね。複雑な話ですね。当たり前のことをしていると思っていたから。男子と女子がいて、それなら私は男子を撮りますよっていうだけのことだから。いつもそうですけれども、いろんなものから選んで撮っていくわけじゃなくて、その時その時でいつもそばにあるものを撮っている。ヌードしかないからヌードを撮っているんです。”

DSC02875

この言葉はものすごく印象的でした。野村さんの場合、モデルさんの扱いは、普段どういうふうにされてるんですか?例えば人選についてなど。僕の場合はすごく受動的で、自分から描かせてくださいということはないんですよ。画廊側の意向で特別な人を描く以外は、基本的に描いて欲しいという人を対象にしていて、タイミングが合致すれば描くという感じなので、募集をかけたりは全然していないんです。

(野村さん)それは、学生の頃からですか?

(諏訪さん)昔は、恋人や家族を描いてましたね。

(野村さん)あぁ、そうですよね。

(諏訪さん)学生時代のときは、やっぱり自分の身近な人を描いていたんですけども、いまは本当に出会いにまかせているというか、受動的に人を選んでいます。野村さんはどうですか。

(野村さん)まあ、同じような感じです。ずっと男性ヌードを撮ってますから、いろんな方が紹介してくださるというか、そういうケースが一番多いですかね。

(諏訪さん)そうか。骨を多く描く知遇のある画家は、骨を描いている作品が増えて「骨!骨!」言っていると、いろんなところから骨が集まってくるらしいのですが、それと同じように男性のヌードの方から押し寄せてくるんですね(笑)。

(野村さん)そうですね、何十年もそうやってヌードの制作をしているので紹介が多いですね。

(諏訪さん)モデルとの関係性を詰めるということはどうですか?

(野村さん)若い頃はモデルと通じ合えれば何かが見えるかもしれない、と思っていた時期もありました。

(諏訪さん)通じるとは、どういったことでしょう?

(野村さん)モデルと同じものが見えるというか。時々、同じ感覚になる瞬間がやっぱりあるんです。

(諏訪さん)ずっとカメラを構えて、レンズを通して見ている状態で通じ合う、ということですよね。

(野村さん)そう。だけど、今はどちらでもよくて。それなり、ですね。

(諏訪さん)なるほど。「それなり」って、すべてを包括しているような言葉で詩的ですね…。

デビューの頃の話をきかせてください。荒木経惟さんの下にいらっしゃったことはよく知られていますが、そもそもどういう出会いだったのでしょう?
僕も荒木経惟さんの影響は受けていて、僕がデビューした1992年頃、ファイン系の人物画といえば、大体が「舞踏会やピアノの発表会みたいな衣装を着たお嬢さんが、高級家具に座って窓辺にいる」みたいなつまらないイメージばかりでした。僕は実際に身の周りに居る女の子たちのような、泣きもするし、切ったら血が出るような人物を描きたいと思っていたので、画家よりむしろ同時代の写真家たちの方がずっとリアリティを掴んでいるように思えたのです。

(野村さん)荒木は、25年くらい前に弟子にしてくれって、私が普通に門を叩いたっていうだけなんですけどね。

(諏訪さん)いろんな写真家がいる中で、何故ですか。よりによってというか。

(野村さん)なんか全然ちがうんですよ。こう、感じる場所が。荒木の写真を見た時に、ちょっとザワザワしたり、嫌な気がしたり、嬉しくなったりする。いろんな気持ちの、いろんな種類のものがあって、それが一斉に心の中のいろんな場所にぐいぐいと届くというか。そういう感覚は他の人にはなかったし、当時はまだ写真家は弟子入りするというシステムがあったんです。

(諏訪さん)そういうものなんですか。

(野村さん)今はもう私の世代が最後なのかもしれない。当時はまだみんないろんな先生についていたんです。なので、弟子入りするならば荒木経惟がいい、という感じでした。

(諏訪さん)弟子入りは押し問答でしたか、それともすんなり明日からという感じでしたか。

(野村さん)いえいえ、全然でした。まず荒木の展覧会に出向いて、そこで弟子にして欲しいと自分の写真を持っていったんです。だから当然、失礼な奴だっていう感じでした(笑)。でも、何度かやりとりしていたら、じゃあ明日から来ますか?という話になった。

(諏訪さん)荒木さんの場合はいろんなものを撮ってらっしゃるけど、やっぱり人物というイメージが強いですよね。

(野村さん)えぇ、そうでしょうね。

(諏訪さん)女性男性、いろんな階層の人を撮影されていて、守備範囲が広い。それでいて、写真を見るとなぜか荒木さんの写真だなと分かる。本当に不思議な感じがします。荒木さんからの影響、直接的に何か自分の写真が変わっていくというようなことがありましたか?

DSC02936
(野村さん)まだ分からないですよね。多分、すごく長い間一緒にいて、つまり写真をどう撮るとかを習っているわけじゃなくて、お昼は何を食べるのかとか、人とどんな話をするか、ということを間近で見ている訳です。もちろん、全てにものすごく影響を受けているとは思います。だけど、直接的な影響というとまだ分からないんですね。

 (諏訪さん)ところで僕は「月読(つくよみ)」という野村さんの作品シリーズがすごく好きなんです。初めて見た時、男女の違いはあるけど、僕の《Sleepers》というシリーズと共通点を感じました。《Sleepers》は、精神がオフになっている人、いわゆる覚醒していない人という広い意味で描いているんですが、生死の狭間を描いているようだと捉える方もいます。

でも、最初はそんなこと全く考えてなくて、僕は素人モデルばかりを描いていたので、ポーズを固定するのは難しいことです。静止していてもらわないといけない時間がある。国内の美術モデルの標準は20分描いて、5分ないしは10分休憩なんですね。それを繰り返していくんですが、最初から素人に立ち姿で動くなというのは、かなり無茶な注文なんです。そうすると、素人の人を使う場合はどうしたら良いのかと考えて、寝ていたら動かないなと思ったんですよ。眠らせてしまえばいいんだと(笑)。

(野村さん)《Sleepers》もモデルから描いて欲しいという感じでしたか?

(諏訪さん)そうですね。自薦者の中からお願いしています。いろいろなアーティストのモデルを経験された方も面接に来たりしますね。そういう場合は僕の仕事に関心があるのではなく、むしろ自己実現に思いがあるのかもしれません。

(野村さん)それは、まず連絡が来てお会いするんですか。

(諏訪さん)面接をしますね。何故面接が必要かというと、例えば綺麗だな、姿は非の打ち所がないな、と思うことはままあって、だからといって即、お願いするわけではないのです。そこは写真と違うところで、絵画を描くにはその後何ヶ月も空間を共にするわけです。そうなると、もはや協力関係ですので、相手を配慮して動けるか、常識的な感覚を持っているかということが大事になってきますよね。

(野村さん)相性みたいなことじゃなくて?

(諏訪さん)違いますね。僕は第一印象だけでそういった洞察ができません。

(野村さん)なるほど。

(諏訪さん)相性云々は、ずっと話していくうちに変わるものじゃないですか。人間を描く面白さというのは、相手に対する自分の感想が変わってくることだと思います。今、野村さんとお話ししているだけでも、僕の受ける印象は変わっています。相手の顔を最初は相対的に綺麗だとか、相対的に太っているとかでしか分からないのが、どんどん相手の見方が刷新されていく感じです。だから、変わるのは相手じゃなくて、自分の見え方が変わっていくという感じ。会話もそうで、僕自身の意見が変えられたり無意識が引き出されていくところが面白いですね。

(野村さん)アルティアムの会場で流れているドキュメンタリー映像の彼女に関しては、どうだったんですか。

(諏訪さん)あの作品に関しては、全然違うルールづけでした。彼女の場合は、まず腎臓に疾患があることは分かっていたけど、緊急性のある話ではないと、お互いに考えていたんです。でも、腎臓の治療は容姿を変えてしまう可能性もあって、薬によって反応が出てしまう人は、ムーンフェイスといって、顔がまん丸く倍くらいに変わることもあるのだそうです。まず女性としてそこに危機感を感じていたのだと思います。

フライヤーにはその制作風景の写真を掲載していますが、何が気になるのかある方に、「写り込んでいる絵とモデルを比べると、乳房を実際より大きく描いているのでは?」と言われたんですけど、実はこの絵は間違っていないのです。誇張もありません。

実は最初に彼女のデッサンをし、プロポーションを決めた後、腎臓に関係する数値が悪くなって急速に痩せていき、腎移植をするしかない状況になりました。そしてその頃にドキュメンタリー映画のカメラが入り始めて、その時の映像記録から始まっているように見えます。ですからこの胸の大きさは、最初の取材時のもので、写真は手術後でさらに厳しく体重が落ちた状態であるということです。断っておきますが、幸いにも彼女の移植手術は成功して、恐れていたような現象もなく、現在は健康に生活を送っています。ですが手術は彼女の身体に過酷な痕跡を残しました。ボクサーのように筋肉の筋が浮き出て、体の線が角張っていて、大きく片側の下腹部を切り開いたせいか、左右のバランスが壊れてるような印象でした。ゆくゆくは生活の中で元に戻っていくんでしょうけど、そういうギャップがありました。

(野村さん)ドキュメンタリー映像は見ていて怖かったです。

(諏訪さん)僕の中で迷った部分があって、最初の美しいプロポーションの状態をきちんと描くべきなのか、それとも術後の痩せてしまった状態を描くのか。当初の依頼は、あくまでも手術前の女性らしい身体の印象を大切に扱って描き残して欲しいというものでした。ただ、私は手術後の厳しい経験を積んだ身体の変容を直に見てしまったので、完全にはその印象を排斥できず、皮膚の上にはそういったイメージが混在したものになりました。どこの時間でもないというか、両方の時間が包括されているイメージです。最初はふくよかなイメージで描いていて、何ヶ月かの過酷な経験を「傷」という形では残しませんでしたけど、少しずつ混ざり合っているような感じ。ひとつの時期に収斂し切れない感じがあって、これは僕の制作の特徴だと思うんですね。最良の時期を正確に描くということではないんです。

(野村さん)実際には、モデルとどのくらいの時間を過ごしているんですか。

(諏訪さん)描いてもらいたいと言われて、描き終えるまで2年くらいかな。だけど、保留の時間がかなりあります。

(野村さん)裸で目の前に立っている時間というのは全部でどのくらいなんですか。

(諏訪さん)この人に関しては入院期間があって、術後に長時間のヌードのポーズもはばかられましたので、短いです。全部、実見をもとにして描いているわけではなくて、こういう場合は映像機器による資料に助けてもらっています。ただ写真や映像は、一回の時間しか記録できないので、資料と全く別物になっていることは分かると思います。《静脈の声をきいた》というタイトルで、映画のあるシーンで、ざーっという静脈の音が入っていることに気がついた人はいますか?僕も医療関係はよく分からないんですけど、血液透析を行うには、「シャント」を作る必要があるのだそうです。それは静脈を動脈に縫い合わせてつなぐことにより、動脈血を直接静脈に流す経路を作っておくのだそうです。だから、血管にアクセスしやすい状態になるわけで、彼女自身がそこに流れる血液の音を聴いてほしいと言ってきました。僕や映画の制作スタッフも全員、腕に耳をつけて聴いたんですが、そしたら本当に聞こえるんですよ。貝殻に耳をつけたような、遠くの、別の世界から届いたようなノイズが。聴覚の情報なので直接描くことはできませんが、全員にとって大きな経験でした。

お互いの制作について、モデルとの関係など充実のトークは後編に続きます。

【展覧会ページ】
諏訪 敦
2011年以降/未完

ニュース&レポート アーカイブ