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アーティストトーク〈三輪恭子〉レポート

11/12に開催した三輪恭子さんのアーティストトークのレポートをお届けします。これまでの制作、展示作品について、担当ディレクターとの対話形式でお話しいただきました。本展では、パステルで描かれたドローイングによるインスタレーション《すばらしい光の群れが来て》を展示しています。会場の様子とあわせてご覧ください。
(以下はアーティストトークを一部抜粋・編集したものです。)

(三輪恭子さん)今日は皆さんお越し頂きまして、ありがとうございます。まず、これまでの私の作品について簡単にお話していきたいと思います。私は大学時代から制作を始めてかれこれ16年くらい経っているんですけど、主にインスタレーションを制作してきました。外光を使ったり、その場所に即したインスタレーションを今まで展開してきています。その場所の風景を取り入れながら、歴史、人の記憶、そういうものに思いをはせるような作品をつくってきました。

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そして数年前から、今回展示しているようなドローイングの制作を始めました。きっかけは、ある時、NHKで与論島のドキュメンタリー番組をしていて、それは家族に関するものでした。その島で、家族の骨を洗う儀式が今も残っているという特集を見て、大変衝撃を受けて一回取材してみたいと思ったのが、今回のように取材してドローイングを描くということの始まりです。これがその与論島の旅の過程をドローイングにしたものです。

※複数のドローイングから成るシリーズ《無題(与論島)》 より「目の前で笑うあなた。」 2015年 紙にパステル、ペン ©MIWA Kyoko

※複数のドローイングから成るシリーズ《無題(与論島)》より「目の前で笑うあなた。」 2015年 紙にパステル、ペン ©MIWA Kyoko

 こうやって、与論島や沖縄などに行く機会も増えて、その土地に住む人や家族との繋がり、宗教、どういったものを信じてきたのかということをリサーチしていました。また、沖縄からハワイに移民として移り住んだ人々を通じて、自分の信じる先祖や宗教がどういうふうに変遷していったのかを調べる旅もしてきました。これはハワイの移民のドローイングです。

《パーソナル・ハッピーマーク》2016年 33.3×24.3cm 紙にパステル、ペン、テキスト ©MIWA Kyoko

《パーソナル・ハッピーマーク》2016年 33.3×24.3cm 紙にパステル、ペン、テキスト ©MIWA Kyoko

こういうふうにいろいろ描いてきたんですけど、沖縄から移民を辿ってハワイを訪れた時に、かなり世界の果てまで来たなという気持ちになりました。でも調べるうちに、こんなに遠くに来ても日本人はお墓を作るなどして日本を懐かしむ風景をハワイに生み出していましたし、家族を思う気持ちは強く普遍的なものと気づきました。そして、自分もハワイの風景に家族や故郷を重ねて見ていることに気づいたんです。ハワイの風景ってすごく(出身地である)宮崎とそっくりだったんですよね。こんなに遠くに来ても、自分は結局のところ親族を見ているという思いが強まって、もう遠くに行くよりも、一回自分の足元を掘り下げる必要があるんじゃないかと思って、今回の宮崎をリサーチしたドローイング制作に繋がっていきました。そこで今回、家族と向き合ってみようと3週間くらい宮崎に戻って、疎遠だった祖母を訪ねました。前まで話ができてたのに認知症が進んでたりして、親族の歴史というものが知らない間に進んでるんですよね。

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(鈴田)おいくつくらいなんですか。

(三輪さん)92〜93歳とか。じいちゃんたちは死んじゃってて、祖母は健在で、でももう何も喋れない。話しかけるけど私のこととか絶対忘れてるんですよね。目とかついじっと見ちゃって、その目がどこを見てるか分からないような不思議な感じがして、わーって引き込まれていくような感じがしましたね。 これは、親族3代に渡る親子の手なんですけど、ばあちゃんと私といとこで形がそっくりなんですよね。だから遺伝としてやっぱり伝わってきているんだなって感じました。それからお墓まいりしたり。

(鈴田)三輪家はずっと宮崎ですか?

(三輪さん)ずっとです。それでリサーチした中での一番の事件をお話ししておきたいんですけど、いろいろ調べようとして、母方のばあちゃんの住んでるところに何か写真とかないのって頼んだら、何もないって言われたんですよ。全部親戚のおじさんが焚き火で家具とか写真とか家系図とかも燃やしたから無いよって言われて。

(鈴田)故意に燃やしたということですか。

(三輪さん)それが誰も理由がわからなくて。なので、全然とっかかりがないまま、聞いて回るしかない。例えば、地元の資料館に行ったとして、一般的な歴史は分かるんだろうけど、自分の親族、個々の話っていうのは分からない。

(鈴田)自分の親族や歴史について曖昧に理解していることがある。そうした部分にも踏み込んだり、家系図を調べ直したというわけですね。

(三輪さん)家系図については、全部それも聞き取って紙におこしました。でもうちの母も「ひいじいちゃんの名前なんやったけね」とか言っているような状態で、戸籍とか取ればいいんでしょうけど、こうやって消えていくんだなぁと思いながら、おしゃべりしながら聞き出すみたいな取材を続けました。

(鈴田)どう説明して聞いて回ったんですか。作品のためのリサーチと言ってですか?

(三輪さん)それはひた隠しにして、録音機とか勝手に仕掛けて誰も気づかないようにして、5〜6時間録って後でこっそり聞いて、それで妄想しながら描くという卑怯な手を使いました(笑)。だから家族にも今回の展示は全く知らせてないですね。こういうのって自分の中で暴力的と思う節があって、親がドローイングになっていることも申し訳ないなと思う。

(鈴田)この風景はドローイングとして会場にも展示されていますね。写真に撮ってドローイングにおこしているんですか。

会場展示風景《すばらしい光の群れが来て》

会場展示風景《すばらしい光の群れが来て》

(三輪さん)全部そうです。写真から抽出して、さらに抽象化しています。道具として写真を使っているというか。 ドローイングにありますが、うちの氏神様です。実家の端っこの方に置いてあるんですけど、これを見た時、ばあちゃんの目との繋がりを感じたというか、いろいろ思うところがありました。

(鈴田)リサーチをして、ドローイングを描いているわけなんですけど、三輪さんにとって他者や見知らぬ土地に対するリサーチと、身近な「家族」へのリサーチはかなり違う印象や受け止め方だったりしたんですか?

(三輪さん)まずいろいろ調べた過程で自分の勝手に思い込んでいた家族への考え方とか、平たく言うといろんな誤解も解けていったりして、すごく家族や親族への気持ちがフラットになったっていうのがありますね。同時に、例えば親族の集まりで話を聞いてると何故か疎外感を感じたりもしました。

(鈴田)それはしばらく離れていたから、とかそういうことですか。

(三輪さん)完全に一つの集落で、集まる人もみんな同じ地域から来てるんですよね。だから楽しそうなんだけど、自分は結構ずっと離れていたから完全に他人だなぁとか思ったりして、居づらくなったりとかもして。不思議なものだなと思いました。

(鈴田)会場のドローイングに2点すごく大きい作品がありますね。1点は炎を描いた作品。あの作品は、先ほど全部親族の一人が燃やしてしまったという炎なんですか。

(三輪さん)そうですね。それが元にはなっていますが、自分の中では抽象的な何かを描いたつもりです。サイズを大きくしたのは、ここに真理があるという気持ちがあったからです。燃やすという行為が、破壊しているのか、逆に作っているのか、良いことなのか、悪いことなのか曖昧であって、また綺麗だなと思ってしまうところとか。この炎のドローイングを描くために、ある祭りを見に行ったんです。大分のケベス祭りというすごい火祭なんですけど、火を見れる場所って全然なくって、わざわざ調べていったんです。燃え盛っていて、どんどん燃えていくのをずっと見ていました。

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(鈴田)もう一点の大きな作品は最初、鯨の口みたいに見えたんですけど、そういうわけじゃないですよね。あの作品は何を描いているのか教えてもらえますか。

(三輪さん)もう一点は、父の顎部分の合成ですね。フォトショップで荒い処理を施していて、ある程度顔とは分からないようにしています。

(鈴田)大きい作品すごく良いなぁと思ったんですけど、今回なぜあの大きさにしたんですか。

(三輪さん)あの大きさじゃないといけないと思ったからです。イメージしたのがあの大きさだったから。大きいドローイングを描いてみたかったんです。洞窟の絵を描きたいというのはずっと前からイメージしていて、このくらいの大きさじゃないとダメだって思ってたからですね。

(鈴田)もともとインスタレーションで大掛かりな作品の制作をされていたので、体を動かして大きな作品に向き合うことは続いていますね。しかし顎を加工した作品は、他の作品は割と風景として描いているのに、この作品だけ合成しているところが異質ですね。そういう新しいことも実験的にやってみたという感じなんですか?

(三輪さん)いいとこ取りというか、描きたいものの集大成として出来上がったという感じですね。

(鈴田)この家族のシリーズは続けるんですか。

(三輪さん)これはきりがないので、もう一旦終わりと思ってますが、まだ先のことは決めていません。だけどドローイングはインスタレーションと並行しながらやっていこうと思っています。

会場から質問

(お客様A)これまで何回か三輪さんのドローイングは見せていただいたんですけど、今回の作品を拝見して、ふと木下晋さんの鉛筆画を思い出しました。木下さんは鉛筆なんですが、三輪さんはなぜ木炭なのかという質問が一つと、今回自分の家族にフォーカスを当てた話を聞いていると家族との良好な関係になりたいという願いを感じたんです。だから、家族に対する思いや願い、何か自分の中で変化があれば、よかったら教えてください。

(三輪さん)木炭で描くかという質問ですけど、私は木炭じゃなくて、パステルなんですね。黒パステルで、木炭はあまり黒が濃くならないのでパステルで描いてます。他にも、なぜ白黒なのかって聞かれるんですけど、光を描きたいからです。光と影を描きたいからで、自分の中の写真で現像していくようなイメージでいつも描いているんですよね。黒い影を描いていって、そこから光をちょっとずつ洗い出していくような感じで描いているから、それにはパステルが一番適した素材だったっていうのはありますね。
家族との関係は良好です(笑)。とても幸せな人生を歩ませてもらっているっていうのがベースにあるからこういうことができるんじゃないかなって逆に思います。私は幸せをベースにフィクション、妄想で全部描いている感じがあるので、逆にこういうふうに申し訳ない感じにもできるんじゃないかなって最近思います。感謝してます。

(お客様B)今回三輪さんは、公募枠で入られているんですけど、テーマに「原初の感覚」と設定されていて、その中でプランを練って応募されたと思います。その時の自分のプランの立て方やそれについての考えであるとか、制作する中の変化、現在それが直結してなくても全然良いと思うんですけど、それに対する自分のスタンスについて教えていただけたらと思います。

(三輪さん)難しいテーマだなと思っていたんですが、テーマを見た時に、今美術作品をいろいろ見ていたら、社会的なテーマを扱った作品がすごく顕著で、問題提起みたいな作品がすごく多いんですが、もうちょっと私はそういったものよりも個人的な経験に即したものを自分の思い込みや衝動で作ってしまった方が人に伝わるんじゃないかと思ってて。そういった個人的な衝動を「原初の感覚」とつなげていきたいと思ったのが一つと、あとドローイングって結構運動なんですよね。でも自分の身体の動きとかが痕跡として残っていくツールだとも思っているから、そういった意味でも「原初の感覚」と言えるのではないかなと。それが個人的なものを他の人とどう共有するかっていうのが難しい、分からないところではあります。作品を観る人に、ある程度何かしら伝わることを願っています。

与論島や沖縄、ハワイでのリサーチワークを続けてきた三輪さん。本展では、家族への取材を元に描かれたパステル画によって構成された展示空間となっています。会場でぜひご覧ください。特に渾身の大作は必見です。会期は残り2週間を切りました。お見逃しなく!

 

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