Local Prospects 3

アーティストのための実践講座アーティストのサバイバル術in Fukuoka レポート〈前編〉

「Local Prospects 3 原初の感覚」会期中に、関連企画として「アーティストのための実践講座」 in Fukuokaを開催しました。当日は、定員を大幅に超える60名以上の参加がありました。ご参加の皆さま、ありがとうございました。また、非常に貴重な講座内容であるため、天野太郎学芸員の了承のもと、レポートとして公開させていただきました。アーティスト必見の注目講座を前編・後編に分けてご紹介します。後編と合わせてご覧ください。
(以下は講座を一部抜粋・編集したものです)

(アルティアム・鈴田)本日は皆さまお越しいただきまして、誠にありがとうございます。現在、8階のアルティアムで「Local Prospects 3 原初の感覚」という展覧会を開催しています。本展は2015年にスタートし、今回で三回目となる展覧会シリーズで、九州・沖縄や周辺地域を拠点に活動する作家を紹介しています。私は三回目から担当している鈴田と申します。公募枠がある展覧会という珍しい形で、公募自体は昨年から始まりました。公募ではポートフォリオによる審査をおこないましたが、そもそも九州ではアーティストにとって必要な情報や実践的なことを学ぶ機会が少なく限られているといった現状があります。そこで、本展の関連イベントではアーティストにとって必要な情報を得る機会を設けたいと思いました。そのような中、横浜市民ギャラリーあざみ野で「アーティストのための実践講座」という企画を開催されていることを知り、今回は横浜市民ギャラリーあざみ野主席学芸員の天野太郎さんに、福岡でもこの「アーティストのための実践講座」をおこなっていただけないかとご相談した次第です。本日は質疑応答も含めて2時間の講義となっております。天野さん、それではよろしくお願い致します。

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(天野太郎さん)初めまして。天野です。これは横浜で開催している講義のフライヤーです。日頃、アーティストや美術館の学芸員、フリーランスのキュレーター、コーディネーターなど、いろんな職種の方と接していて気づいたんですけど、なかなか実践的、プラクティカルな話というのは本当に不思議な話、どこも教えていないんですね。私も多摩美術大学や女子美術大学で教えているんですけども、藝大も全然ダメだし、大学にいたっては、ほとんど実践的なことは教えていないんです。アーティストにとって実践的な話がどこでも聞けないということに気がついて、それであざみ野のスタッフと講座を組まないかという相談を始めました。去年から準備をしていて、これが今年度の講座です。

チラシ

講座の一回目は私が講義をしました。二回目は著作権についてで、現在、一番、音楽、美術に関する著作権に詳しい、福井健策さんという方です。三回目は作品の設置です。作品の設置は、単に壁に絵を掛けるだけじゃなくて、インスタレーションやプロジェクターの設置、あるいはシングルチャンネルだけではなくて、例えば4〜5チャンネルという映像作品の同期をどうしたら良いかなどの設置の具体的な講座ですね。四回目は、僕も知り合いですが、宮津大輔さんという、サラリーマンをしながら個人コレクターという方が講師です。今はサラリーマンを辞めて大学の先生をされていますが、アートマーケットについての講義でした。作品の値段、作品がどういうふうに売買されるかといった話。それからこれからやろうとしている五回目が原万希子さんという、バンクーバーでキュレーターをしていた方の講義です。アーティストが海外でレジデンスをする、あるいは海外の関係者と接する、若いアーティストが否応なく英語で接することを求められる機会が、私が見ていても5年、10年間で増えていると思うんですね。または自分でウェブサイトを立ち上げる時に、日本語だけではほとんど意味がないので、英語でどういうサイトを立ち上げたら良いかなどですね。こちらは3月に予定してます。それから実はもう一つ、まだ載ってないんですけども、助成金のとり方という講義も予定しています。これはかなり実践的で、何が実践的かというと、まずはアーティストの作品の傾向を先にファイリングでチェックをして、その作品に応じて、どこの国のレジデンスが良いとか、助成金をどこから取るかということを作品の傾向に合わせて対策を組みます。多分、一日ではとても終わらないので、二日くらいかけてやろうと思っています。

実は来年は、学芸員やフリーランスのキュレーター、コーディネーターのために、仕様書のつくり方講座をやります。例えば作品を輸送する時に、輸送業者に具体的にどう依頼をするか、あるいは壁一つ立てるのに、どういう仕様書をつくって、施工業者に接するか、などの内容です。何でこういうことをやるかと言いますと、実は仕様書をまともに書ける美術館の学芸員が今ほとんどいなくなっています。業者から言わせると、実際に厚さなども含めてどういう壁をつくるか、ものすごくアバウトに「壁つくって」と言われたりするという話です。壁一つ立てるにも様々な防災上の問題があり、防炎加工をしないとならないなどのレギュレーションがあるんです。そういうことを学ぶ講座が、実はあまりなかったので組んでみようかなと思っています。あるいはアーティストのための税金対策ですね。青色申告をして、どれくらいお金が返ってくるか。ここでは全部言えないのですけど、税の申告をするだけで、いろいろな保険もリダクションができるということがあったりします。そういうことを、とにかくやろうということで連続講座を始めました。福岡と一緒で最初は定員40人くらいと思っていたんですけど、私の回も約100人くらいの人が集まりました。福井さんにいたっては、レクチャーが終わってから一時間くらい個別の相談をしたいということもありました。こういう講座は、皆さんが気づけば、九州でも講師さえ呼べばどこでもできるので広がればいいなと僕は思っています。美術を支えるインフラ、土台そのものは皆さん思っている以上に変わってしまっています。私もびっくりしていて、30年くらい学芸員をしているんですけど、おおよそ30年前とは根本的にインフラが変わってしまいました。今日はアーティストの方の参加が多いと思うんですけども、今日の話を聞いて、ゆくゆく「あ、あのことか」というふうになるのではと思います。いかに皆さんを取り囲む環境が変わってしまったか、現在の現状も含めてお話ができればと思っています。今日の講座も全部聞いたからといって、すぐに優れたアーティストにはなれません。そこのところは皆さん頑張ってください。ただ損をしないとか、知っていれば無駄なことしなくて済んだのに…などのことに、少しでも役に立てば良いかなと思います。

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誰に作品を見てもらうか?

それでは講義を始めます。まず、皆さんが作品をつくって、誰に見てもらうかということがありますよね。例えばここ福岡でしたら、福岡県立美術館、福岡市美術館、福岡アジア美術館などがありますね。その美術館の学芸員が、基本的には見てもらう対象としては身近なところであげられます。じゃあ学芸員であれば誰でも見てもらえるかというと、はっきり言うと見てくれる人と見てくれない人がいます。端折って言いますと、美術館の学芸員は二種類ありまして、これは僕が勝手に付けてるんですけど「乾きものの学芸員」と「生もの学芸員」です。乾きもの学芸員は「専門は明治、大正です」というような大体亡くなった作家を研究の対象にしてる人たちです。乾きもの学芸員は、なかなか生もの=現代美術は見てくれません。自分の作品を見てもらいたい学芸員が現代美術を専門にしているかどうか、ということくらいは調べて、展覧会を見て欲しいと頼むと良いかなというのが一つありますね。

それから、画廊。画廊は二つあります。いわゆる貸し画廊はスペースを貸して、時々企画もしますというものです。貸しながら企画をする人もいます。その場合は、画廊主とすると貸し画廊の収入で、年に一回くらい企画を頑張ってやるというタイプですね。完全に貸しのところもあります。これは借りる人がお金を出して企画するというタイプです。三つ目が、金輪際貸しはせずに企画展をする画廊ですね。東京で言うと、小山登美夫ギャラリー、タカイシイのようなところです。要するに売れる見込みのある作家を集めて、自分の画廊を使って常に企画展を自費でやります。この三つですね。だから画廊もいろんな種類があります。企画をする画廊の場合、向こうも商売でやってますから、すぐにいいよ、じゃあ個展しましょうというふうにはなかなかなりませんが、ファイルを持ち込んで作品を見てもらうということは必要かなと思いますね。

三つ目が美術大学ですね。実は日本の大学も相当危ないです。危ないというか、僕は藝大も含めて美大は全然よろしくないと思っています。もう大学では何も教えてもらえないので、自分でやるしかないと思ってください。一つだけ最大の理由を言うと、大体大学はみんなそうですけど、大学の教師に一線で活躍している人がすごく少ないんです。こんな人に聞いても世の中どうなっているか分からないので聞くのも無駄です。そういうことが一つの理由です。

それから、インディペンデントのキューレーター、批評家など、こういう人に見てもらうのもあります。批評関係では、大学で美術史を教えている批評家や、緩やかに大学の教師に将来なっていく若い批評家たちがいます。特に東大の表象文化論系には、若手の良い批評家が出ていますが、そういう人たちは自分たちで小さい展覧会を組織しています。基本的にはこういう人たちに見てもらう必要があります。

それと展覧会ですね。世の中に見せるとして学生だったら卒展があります。卒展は、昔は本当に学生が卒業するための作品を展示して、それこそ両親や親戚が来て、4年間頑張ったねという場所だったのですが、今や僕ら学芸員も画廊も当然行きますし、青田買いの場所でもあります。卒展の在り方が変わった、ということがあります。それで、ここで一番、先ほど藝大はダメだと言ったのは、卒展の展示が非常に下手なんですね。講評会に行った時にあまりに下手だったので、指導教官を呼んで聞いたら、展示の仕方を全く教えてないんですよ。例えば絵の高さをどれくらいにして展示をするとか。高さというのは意図があるので、極端に高くしたり低くしたりするのも作品に応じてやらないといけないんですけども、そういうことを一切合切教えてないことが判明して愕然としました。だから先程言ったように、展示の施工、設置の時に講師を招いた時も、皆さんから出た質問は「何cmでどういうふうに展示をしたら良いんだろう」というような具体的な相談でした。なかなかそうしたことも教育の現場で教えてもらっていないということがあります。

もう一つは公募展です。日展、院展などの大きな団体以外にも、神奈川では神奈川県展とか、そういうアマチュアもプロも混ざったようないわゆる公募展があります。最近では、それ以外にファイル審査をしながら絞る、現代美術に特化した公募展が増えています。企業がそうした公募展に乗り出していることもありますね。例えば、「日産アートアワード」、あるいは全国の美大生を対象に三菱地所が主体となって開催している「アートアワードトーキョー丸の内」ですね。大賞を獲ると賞金500万円などの賞金が出ます。企業はとても良いマーケティングになるので、財団をつくったり、企業が公募展の担い手になる傾向は増えると思います。コンプライアンスをしっかりしなければ非難を受けるリスキーさはありますが、いずれにしても企業のマーケティングとしてパブリックに寄与することが増えていくと思います。

または自分たちで個展、グループ展を美術館、ギャラリーなどの公的機関で組織するということがあります。とにかく自分たちの知り合い以外の不特定多数の人に見てもらう、あるいは専門的な人に見てもらうような仕掛けをつくっていくのは、重要なことだと思うんですね。例えば、公的な機関でも貸しスペースとして貸している場合がありますね。そういう場合も単に借りて展覧会をするのではなくて、そこの学芸員を呼び出して講評会、あるいはキュレーターのトークをして欲しいとか、その時にたくさんの人を呼んで講演会をすることで一種の社会性が生まれるということがあります。自分たちがやって、なんとなく友だちが来て終わるんじゃなくて、必ず誰かを巻き込んでいくことは必要です。

一つこういうことがありました。公募展に出して、作品を潰された作家の相談事です。出品をする時には、大抵自分で会場まで作品を持って行きますよね。その時に書類を渡されるはずです。うちの市民ギャラリーも公募をやっていて、書類にこういうことが書いてあります。「出品作品については主催者が細心の注意を持って管理しますが、万一、出品作品(額縁を含む)に損傷・損害が生じても主催者はその責任を負わないものとします」と明記しているんです。だから壊れても「ごめんね」ということです。呼んでおいて、ここは出品している間に壊されても誰も責任取ってくれないんだということを覚悟して出すわけです。ところが、神奈川県展が同じような書類を出しています。「搬入受付から搬出までの期間については、作品の取り扱いには十分注意します。また、主催者負担で作品への保険を付保することとし、同期間内の損害について、保険内金額内で保証します。額縁は保証対象外。」と書いていたんです。この神奈川県展で作品を潰された作家から相談を受けて、書類を読み込むとなんとこんなことが書いてあることに気がついたので、これを持ってまず交渉に行ってこいと言ったんですね。どういうことかというと、作品の保険を付保するというのは、自分の作品が仮に10万円くらいの価値があるとして、10万円相当の付保、10万円相当で保険額が入るわけです。事程左様なんですけど、幸か不幸か神奈川県展は今までトラブルがなかったから、ほったらかしにしてたんです。だから極端なことを言うと、「この作品は一億円です」というと、数十万円の金を払わなきゃいけないということになります。ということで、皆さんも公募展一つなんですが、こういう書類を読み込んで、自分の作品がどういう扱いをされるのか、損害の担保が取れるのかをまず読み込む必要があるんですね。そういうことだけでも全然違いますし、この「付保」なんて言葉があると、どういう意味があるのかなど自分で勉強できますよね。

作品の値段について

今度は「自分の作品は10万円です」とする時に、これはこれで実は問題なんです。「誰が10万円と言っているか」ということですね。本人以外、客観的に10万円であるということが証明できるもの、例えばすでに作品を10万円で売って領収書をとっているということは、とても大きいんですね。売ったこともないのに、なんとなく10万円と言ってもなかなか辛い、それは結構指摘されます。作品の値段はこれだけ覚えておいてほしいんですけど、使った素材、あるいはかけた時間と値段とは何の関係もありません。使った素材が高いから作品が高いというのは、極端なことを言うとありえない。例えば、10万円のダイヤモンドを一個使ったので、最低10万円はしますと言っても、その10万円のダイヤモンドは、ダイヤモンドとしての市場価値、交換価値がありますが、それを作品にくっつけて、作品として考えた時には、はっきり言って10万円の値段をつける根拠には実はならないんですよ。それは考えていただければ分かると思うのですけど、マルセル・デュシャンの便器は便器ですからね。しかもあれはオリジナルがないにも関わらず、レプリカでも数億円する。だから便器は普通ならとても安いものなんだけれども、作品に変わると全然意味が変わりますし、トニー・クラッグはゴミを集めて作品をつくりますが、ゴミですから基本的にはタダですよね。だけど、クラッグの作品は一億円以上します。そうすると、その素材が高いか安いかは関係ない。あるいは「一年かけて頑張って制作したので、普通なら月20万円くらいの給料をもらっているとして、×12で240万円かな」ということもアウトです。美術作品は一度売ったお金を下げることはできない。これも覚えておいてください。「売れないので下げます」のバーゲンはありません。どうしてかと言うと、100万円で買った人がいた場合、その100万円で買った人からすると「どうして50万円で売るんだ」となるので、これはある種の紳士協定みたいなものです。若い頃の奈良美智や村上隆の作品を買った人がサザビーズやクリスティーズに出して、第二の手を経由して市場に出た時に、億を越してしまったので、これはものすごく深刻な問題になるわけです。プライマリー、最初に新作を出して売った値段に対して、セカンダリーと言いますけど、セカンドハンドと一緒で古本屋と一緒ですね。画廊にしても作家にしても、もうセカンダリーで億になってしまうと最初のプライマリーを上げていかないといけない。それで、売れなくなっても値段を下げられないということで、非常に厳しいことになりかねないという仕掛けがあります。ですので、作品の値段をつけるのは、よほど良く考えないといけないということがあります。これは一人で決めるのではなくて、画廊や関係者と必ず相談しながらつけるべきだと思います。

美術館を取り巻く現状

次にそもそも画廊、美術館、大学も大丈夫なのかということ。これが、アートシーンが変わってきた大きな理由です。美術館は全然大丈夫じゃないんです。一つの理由は、80%の日本の公立美術館は過去10年、下手すると15年、作品を購入できていません。これは地元の福岡市美術館協議会の会議録ですけども、ここにそういうことが書いてあります。「美術品の購入予算はこの美術館ができた当初から徐々に減っているが、学芸員の努力や今までの経験の中で質の高い寄贈作品が毎年数多くある」物は言いようなのですが、つまり作品が買えていないんです。予算がこれから増えるかというと増えません。増えない理由は、公的資金の税収自体が減っているので増えるわけがないんです。税収が減るというのは、人口が減るし、高齢化が進んでいるからですね。だから福岡も北海道も全国の美術館は、過去10〜15年、ほとんど作品を買えていない。ということは作品をつくるアーティストからすると、美術館は自分たちのマーケットや買い手にならないということですよ。北海道もこの10年間に渡って、購入による作品収集はおこなえていません。5億円の基金を持ってはいるんですけども、一切使えない。一億円使うと一億円補填しないとならないんですね。だから事実上、5億円を持ってはいるんですけど何もできないという、これが美術館の現状なんです。ところが一方で、国立だけは国民が知らないだけで作品を買っています。国立の美術館は、東京の国立近代美術館、京都国立近代美術館、国立西洋美術館、国立国際美術館、博物館はもちろん九州にもありますけど、美術館はこの4つです。(※国立新美術館はここでは含みません)

国立美術館は、昨年は年間30〜40億円で現代美術も含めて良い作品を買っています。これだけだといいように見えるんですけど、オリンピックが終わるとこの予算はなくなります。それからもう一つは、そもそも若手の展覧会を積極的にやる予算がありません。僕も横浜美術館に30年ほど勤めたんですけど、実は定年間際であざみ野に手を挙げて移りました。理由は、あざみ野では年に二回、展覧会が間違いなくキュレーションできるんです。逆に言うと、美術館にいても若手の展覧会ができないんですよ。僕はあざみ野で初期の石川竜一の個展を企画したんですけども、そういうことが即座にできる良さがあります。こういう中間的な支援をする市民ギャラリー系もありますし、割と小規模な美術館なんだけれども積極的に現代美術をやってるような、例えば富山の黒部市美術館や栃木の小山市立車屋美術館という、冒険的な展覧会をする施設があります。実は私も来年そういう小規模な、でも若い作家を支えているような場所と緩やかに組んでみようかなと思っています。いずれにしても皆さんを支えるためのインフラ、一つは美術館がとても危うくなっています。将来的に新しいスキームをつくらないと日本の美術館がかなりしんどいことに追い込まれるのはもう目に見えています。

それから例えば、横浜トリエンナーレなど全国で芸術祭がありますよね。ビエンナーレ、トリエンナーレに必ず謳い文句で入っているのは、「世界の新しい美術を紹介します」と書いてあるんです。でも、実は世界で一番新しい美術を見たかったら、アートフェアに行く方が早いんですよ。例えば、香港のバーゼルのアートフェアとか、あるいはスイスのバーゼルのアートフェアとか、アーモリーショーなどですね。そういう市場がどんどん拡大しています。アートフェアの売り上げも上がっています。美術市場で一番大きいのは中国で、2016年のデータで約2,344億円くらいですね。次にアメリカ、イギリスで日本が9位で46億円くらいです。最近、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品が500億円で売れましたけど、ああいうことは時々あると言えばあります。マスターピースの作品が出てきて高く売れる。皆さん良くご存知のように、印象派やゴッホはほとんど今は収まるところに収まっているので、なかなか市場に出てこないんです。オルセー美術館、ルーヴルも持っていますし、世界中の美術館が持っているので、なかなか理由がない限りは表に出てこない。今、表に出てくる作品というのは、どんどん現代の時代に近づいてきています。世界中が血眼になって探している作品は、日本の1960〜70年代の作品です。ですので、日本の白髪一雄や白髪さんがやっていたような60〜70年代の全然、誰も買わなかったような作品が今は数億円で売れるようになっています。それから、もの派の作品ですね。当時とてもじゃないけど売れなかった、もの派の作品を世界中の美術館が血眼になって探していて、現にテートモダンやニューヨーク近代美術館に行くと、もの派のセクションがあるんですよ。そういうふうにして美術市場は日本に肥大してるんですけど、なかなか日本の美術市場は大きくならないという現状があります。大きな画廊はニューヨークに画廊を持ってますし、最近オオタファインアーツも上海に画廊を出しました。これはつまり海外に店を出さないと、日本ではなかなか生き残っていけない時代になっているという意味です。先程と同じ話なのですが、国別では中国、次にアメリカ、イギリス。ここで「売り上げの総額の72%を占める絵画はコレクターに人気のある領域です」とあるんです。こういう報告があると、みんな途端に絵を描きだすんですが、とにかく美術市場は拡大しています。

ジャンミシェル・バスキア / 1982年 /「無題」 作品は1984年に収集家夫妻が1万9000ドルで購入、2017年に1億1050万ドル(約123億円)で「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を運営するスタートトゥデイの創業者、前沢友作が落札した。

ジャンミシェル・バスキア / 1982年 /「無題」
作品は1984年に収集家夫妻が1万9000ドルで購入、2017年に1億1050万ドル(約123億円)で「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を運営するスタートトゥデイの創業者、前沢友作が落札した。

バスキアは有名ですよね。最近、ZOZOTOWNの社長が作品を買いました。このバスキアの作品は、1988年には3万5千ドルですから、4万円くらいかな。それが30年くらいで120億円くらいになってしまったことを見ても、上げ率が全然違います。そもそもバスキアが120億円も出して買う価値のある作家かどうか、という問題があると言えばあるわけです。昔は、それこそゴッホやマネ、モネの作品が高かったんですね。それがしかるべきところに入ったので、少しずつ時代が上がってきた、時代が近づいてきたということがあるんです。例えば、フランシス・ベーコンというイギリスの作家の作品も155億円です。つまり、19世紀から20世紀初頭の作品がもう買えなくなったので、市場はどこに移っているかというと、1960年代くらいのところに市場が移っているわけです。オークションの値段は、とにかく会場で誰かが100億円というと、誰かがいやいや120億円だと言ってどんどん値段が上がっていくわけですね。値段の根拠はあるようで全くないわけです。だからそれが妥当かどうかと言われても、僕らからすると「高いと思うな」ということがあります。ピカソの「アヴィニョン」のシリーズで一番良くない作品でも140億円で売れたりするので、逆に言えば、美術史的な価値が市場に追いついていないということがあります。そうこととお構い無しにどんどん値段は上がっているという現実が一方であるわけです。

事業を拡大するメガギャラリー

画廊が大丈夫なのかということですが、メガギャラリーがより事業を拡大して、中小規模ギャラリーが閉鎖し始めています。これは皆さんにとっては関係ないと思うかもしれませんが、すぐに関係してきます。例えば、ものすごく規模の大きなメガギャラリー、ニューヨークではガゴシアンギャラリー、イギリスはホワイトキューブ、スイスはハウザー&ワースといったギャラリーです。こういうところは、ものすごくリッチで資金を持っています。他にもありますけど、これらの20〜30くらいのメガギャラリーが何をしているというと、近隣の大きな工場や大きなスペースをリノベーションして、美術館と見紛うようなスペースをつくっています。皆さんがもしニューヨークに行く機会があったら、チェルシーというエリアに足を運んでみてください。昔、肉の解体所だった場所で、「ブラック・レイン」(1989年)という映画に、肉を吊るしている工場の中がシーンとして出てくるんですけど、あれが昔のチェルシーです。今や画廊街で、その一角に、ガゴシアンギャラリーが本当に美術館と見紛うような、2,000平米くらいのものすごく大きなスペースを持っています。僕も2年前に行った時に、そこで大きな展覧会を観ました。17〜20世紀のペインティングの展覧会で、しかもキュレーターが元MoMAの絵画部の部長がやっていました。それからアップタウンと言う地域なんですけど、ガゴシアンのもう一つの会場では「In the Studio」という、作家のアトリエやスタジオがテーマとなった写真の展覧会がありました。この写真展もMoMAのピーター・ガラシという写真部の部長によるキュレーションでした。チェルシーの絵画の展覧会は、どう考えても10億円くらいかけて展覧会をしているんです。オルセーやメトロポリタンなどの美術館から作品を借りてきて展覧会をしてるわけです。ところがこの展示は無料で見れるんです。カタログは高いんですけれども、展覧会は無料。実は、今こういう傾向が増えています。先程言ったように、ホワイトキューブもハウザー&ワースも、メガギャラリーがどんどん大きな展覧会を組織して無料で提供しています。変な話ですが、ニューヨークでそういう展覧会に行って、「たまたま見れてよかったね」となった後、ではいよいよMoMAグッゲンハイム美術館に行って、新しくなったホイットニー美術館に行って…と三つぐらいの美術館に行くと、75ドルぐらいなので、8,000円くらい使わないといけないわけです。メトロポリタン美術館に至っては、400億円の赤字を出しているので、いよいよ来年から25ドルの入場料になります。ひょっとしたら30ドルになるかもしれない。そうすると普通に展覧会に行くだけで、2,500〜3,000円かかるわけです。

一方で、コマーシャルギャラリーは、美術館と同じような展覧会を、しかも無料で提供しています。この「10億円の展覧会がどうしてできるんだろう」という理由は明らかです。実は出品作品の3〜4点をセカンダリーで売るとお釣りがきます。彼らは4〜5点を必ずクリスティーズで売るので、そうすると大体40〜50億円になり、10億円くらいの展覧会はいとも簡単にできることになります。それから私が学芸員になった当初にはありえなかった話ですけど、美術館の学芸員が画廊のディレクターになるケースが今、すごく多いんです。昔は、やはり最終的にはみんなMoMAのキュレーターになりたいわけなので、画廊で一生懸命頑張ってMoMAの学芸員になった人はいます。でも、その逆はありえなかったんですが、実は今はあるんです。どうしてかというと、MoMAにいてもなかなか展覧会をさせてもらえないけど、ガゴシアンだと展覧会ができるわけです。しかもちゃんと潤沢なお金もあるような時代になりました。チェルシーで27年間経営してきたアンドレア・ローゼン・ギャラリーは、ヴォルフガング・ティルマンスなんかも扱っていて、僕も結構世話になったんですけど、ここはもう新人はやめて乾きものオンリーのギャラリーになります。

アメリカの場合は、アーティストには非常に大きな問題なんですけど、ある程度の業績を上げて活動した作家が亡くなると、遺族、つまりエステートのファンデーションがすぐに立ち上がります。その場合、画廊がマネージメントをします。例えば、ティルマンスが仮に亡くなったとして、エステートのファンデーションを立ち上げる時に、画廊はもちろん、営利、商売なんですけども、ノンプロフィットのオーガナイゼーション(NPO)の手伝いをします。これをどうしてすぐに立ち上げるかというと、著作権を全てそこでコントロールするので、遺族に著作権のロイヤリティーが入ってくるんです。だから、作品やそれにまつわるコピーライトも全部管理します。我々も亡くなった作家に交渉をする時は、そのファンデーションに作品の貸し出しを依頼します。日本では、その制度が整ってないので、物故作家で作品をどうしようかということは結構深刻な問題になっています。例えば、松田豊というコンセプチュアルな作家がいるんですが、松田さんが諏訪湖の近くにアトリエを持っていて、そのアトリエに三千点くらいの作品が未だにそのままの状態で置かれているんですね。その作品を東京都現代美術館が最初に引き取りに行こうとしたんですけど、その作品は、松田豊というアーティストが何気に置いたのではなくて、いわば展示をしたように置かれていました。しかも皆さんからすると不思議に思うかもしれないけども、埃が溜まっているんですけど、それも取っていいのかどうかも分からないんですよ。そこで、都現美は諦めたわけです。そうこうしてるうちに、今度はヨーロッパやアメリカの美術館が、作品を売ってくれと来ました。実は、70点のドローイングのシリーズがあるんですが、これを全部売ると23億円くらいになっちゃうんですね。そこで、何が大変というと、仮に23億円で売ってしまうと、残り二千何点も全部、価値が定まってしまうんです。税務署は「ゴミと思っていたけど、あんなものに価値があるんだ」となって、つまり作品が課税対象になってしまうんです。そうすると、多分100億円以上の税金がかかるので、遺族は税金を払えなくなるんですね。固定資産税を納めることができないので、作品を廃棄するしかなくなる、あるいはどこかに物納するしかない。アメリカの場合は、割と建国以来やってきたことなので、そういう管理はうまくいってるんです。

いずれにしても中規模な画廊が競争に勝てなくなり、閉じている現状があります。先ほど紹介した展示の「In the Studio」は、17世紀オランダのネーデルランドの歴史的な絵画も展示していました。ヨーロッパの場合は、テートも今コレクション展示だけであれば無料です。ナショナルギャラリーも無料、フランスはちょっと払わなきゃいけないけど、ドイツも基本的には無料ですが企画展は払わなきゃいけません。大体20〜30ポンド、2,000〜3,000円払わないといけない。そういうふうにして、プロフィット、営利目的の方がパブリックな活動をむしろ自分たちのマーケティングのためにし始めてるということが増えています。

ヨーロッパ・アメリカの美術館の事例から

日本の美術館が金輪際、作品を買えないということで、美術館が危ないという話はしましたよね。実はヨーロッパでも同様の問題があります。この間、日本に「バベルの塔」の絵画作品が来ました。あの作品を持ってるのは、オランダのロッテルダムにあるボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館です。13万点くらいのコレクションを持っています。レンブラントも持っていますし、現代美術の作品も持ってます。僕はこの美術館に仕事で二年前に行ったんですけど、館長と話をした時に、「どんな作品を最近買っているんですか」と聞いたら、「天野、知らんなぁ。ヨーロッパの美術館はどこも購入予算はゼロだよ」と言われました。テートモダンもボイマンスもゼロです。ものすごく胸を張って言われるので、どういう意味かなと思ったんですけど、いずれにしても日本とある意味で同じで予算がありません。だけど実はもう手を打っています。これはボイマンスがこれから新しく建てようとしている建築現場です。

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン所蔵庫の起工式 2017年5月  http://depot.boijmans.nl/online-tour/ ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館 (Museum Boijmans Van Beuningen) はオランダのロッテルダムにある美術館。中世ヨーロッパ美術から近代美術まで126,000点を所蔵している。ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館は、コレクターのFrans Jacob Otto Boijmans (1767-1847) が1841年に自身のコレクションをロッテルダムに寄付したものが基礎となっている。その後、1958年にはダニエル・ジョージ・フォン・ベーニンゲン (1877-1955) が自身のコレクションを寄付し、それによって「ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館」という名前になった。

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン所蔵庫の起工式 2017年5月
ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館 (Museum Boijmans Van Beuningen) はオランダのロッテルダムにある美術館。中世ヨーロッパ美術から近代美術まで126,000点を所蔵している。ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館は、コレクターのFrans Jacob Otto Boijmans (1767-1847) が1841年に自身のコレクションをロッテルダムに寄付したものが基礎となっている。その後、1958年にはダニエル・ジョージ・フォン・ベーニンゲン (1877-1955) が自身のコレクションを寄付し、それによって「ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館」という名前になった。

ここに5階建ての建物をこれからつくります。360億円のお金を企業から集めたり、クラウドファンドで集めていて、二回ほど頓挫してますが、頑張ってお金を集めて着手しようとしています。これはどういう建物かというと、5層の建物なんですが、4層が収蔵庫です。収蔵庫は本来見せたらダメなんですけど、収蔵庫のコレクション、絵の掛かったラックを引きながら、自分で作品を見ることのできる施設を建てようとしています。ボイマンスが自分たちの持っているコレクションを見せたいというのが大きな目的ではなくて、世界中のコレクターと組んで、ボイマンスは今コレクションを増やしています。つまり、自分たちが買えない作品を個人コレクターに買ってもらうわけです。それを寄贈してもらうか、ローンと言って、預けてもらうかです。この預けてもらうというのは、個人コレクターと美術館にとってはウィンウィンの関係になります。コレクターはお金持ちなので作品を買うこともできますが、作品を保管する場所を確保しないといけない。これには結構なお金がかかるんです。それを美術館が無償で、収蔵庫で預かってくれる。その代わりに美術館はその作品をコレクションとして活用させてくれという話です。作品の一つとして紹介したり、海外の美術館が欲しいという時には貸し出しをしたり。美術館側は貸すという行為はメリットがあって、貸す度にキュレーターが作品と一緒に飛行機で着いて行くので、向こうのお金でいろいろ調査ができるんですよ。良いコレクションを持っていれば持っているほど、世界中から貸してくれと言われて、そのキュレーターは自分の予算を使わずに、海外に行って調査ができる。余計な話ですけど、ビジネスクラスで行けます。その代わりドアtoドアで、作品に張り付いてないといけない。トラックに乗るは、飛行機も同じものに乗ります。降りたところでトラックに乗って、美術館まで着いて行くという仕事はやらないといけないんですけど、その代わり調査活動ができるということがあります。コレクションを持っているというのは非常に強いわけです。ヨーロッパの美術館は予算がなくなったけれども、コレクションをストップせず、コレクターと組んでコレクション形成を始めています。この5層のうち、最上階はどう使うかというと、個人コレクターでも、「寄贈なんてめっそうもない、貸すのも嫌だ、だけど俺のコレクションは見せたい」という欲望を持っているコレクターは世の中に沢山いるので、そういう自分のコレクションをきちっと見せたいという気持ちにボイマンスはお応えするわけです。つまりキュレーターを立てて、その人がコレクションをキュレーションします。カタログも編集してつくります。展覧会もキュレーションするので大体、展覧会一本で6千万円とります。これを年間に4本やることで4億円くらいボイマンス美術館は儲けるわけです。それでお金を集めて、また作品を買います。そのために、この建物を建てているわけです。

2011年と2014年に横浜トリエンナーレの担当をしたんですが、テートモダンの学芸員からメールが来て、コレクターのツアーがあるので、アテンドをして欲しいと言われて二回程アテンドをしました。テートのキュレーターの後ろに15人くらいのコレクターがいて、その人たちの関心は日本の美術だけでした。テートはアジア、東南アジア、東アジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、南アフリカなど、セクションごとにコレクターのグループを組織しています。その時は、横浜トリエンナーレなので、いろんな国の作家を展示していましたが、彼らは全く関心がない。一応、「横浜トリエンナーレは2001年から始まって…」など言いますよね。そしたら、いきなり手を挙げて、「そんな話はどうでも良いからどれが買いか教えてくれ」と言われました。そこで、とにかく日本の作家のところに連れて行くわけです。八木良太の展示に連れて行って、「これは良いのか?」「良いと思うよ」「買えるか」「ここでは買えないけど」「どこで買える?」というそんな話をどんどんされるわけです。彼らはそれで作品を買って、テートに寄贈します。MoMAは年間3〜4千点コレクションを増やしていますが、ヨーロッパの美術館、特にイギリス、オランダ、ベルギーはコレクターが代わりに買ったものでコレクションを増やしてるわけです。これは何を意味しているかというと、皆さんの作品を買う相手は美術館ではなく、コレクターがファーストコンタクトになる可能性が増えていくということです。

これは実際にあった話ですが、青木千絵という漆で彫刻をつくるアーティストがいます。彼女は金沢美術工芸大学で講師をしているんですけど、三年前に金沢のアトリエに一本のメールが来ました。聞いたことも見たこともない人で、アラブの石油王とは言わないけど、そういう関連の人で、「ウェブサイトで君の作品を見た。作品が欲しいので来週会いに行ってもいいか?」という内容です。そして、個人用のジェット機で本当に飛んできたんですよ。それで「いくら?」と言ってきた。彼女は、結局は理由があって売らなかったんですけど、インターネットの時代では、本当にこういうことが起こりうるわけですね。要は、美術館がかつては作家のところに行って、画廊を通して買うというようなシステムだったのが、これから増えてくるのは個人コレクターに代わって画廊が来るか、個人コレクターと一緒に美術館が来るかということです。これは減りません、増えます。アメリカの美術館は、そもそも公的な美術館なんて一つもないんです。ワシントンのナショナルギャラリーだけが純粋な国立美術館で、MoMAもメトロポリタン美術館もファンデーションは組んでますが、そもそもはプライベートミュージアムです。ですので、アメリカの美術館は、設立当時から寄贈で形成してきました。数十億円の作品も、アメリカの資産家たちは、社会的な名誉になるので盛んに購入してきたわけです。つまりアメリカのやり方をヨーロッパの美術館も真似ようとしています。ところが日本の美術館がどうしたいのか、何にも方向性が示されないので、ただ買えない時間だけが流れています。皆さんもウェブサイトを立ち上げる時は、日本語だけじゃ結局は誰も見てくれないので、英語でステートメントもきちんと書いておくと必ず誰かに見てもらえます。見てくれる相手が日本人でない可能性が増えてるわけですね。それにどういうふうに対応するか、ということに迫られていくと僕は思います。そういう例が実際に増えています。だから皆さんを取り巻く環境の一つである、「誰が作品を買うのか」という買い手の構造が変わってきたということがありますね。

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後編へ続きます。

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