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アーティストのための実践講座アーティストのサバイバル術in Fukuoka レポート〈後編〉

続きまして「アーティストのための実践講座」in Fukuokaの後半です。後半では、海外の美術館の事例やアーカイブの紹介などについて展開していきました。前編と合わせてご覧ください。
(以下は講座を一部抜粋・編集したものです)

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作品に何が求められているか

僕は去年から、東京藝大の保存科学の人たちと助成金をもらって、現代美術作品の保存環境についての調査をやっています。今、シンンガポールにナショナルギャラリーという大きな美術館ができていますし、SAMと呼ばれるシンガポールアートミュージアムがあります。その他に、十数カ所の美術館や博物館があります。さらに、それらのコレクションを一手に引き受けるナショナルヘリテージセンターというところがあります。ものすごく大きな5階建てのビルで、全部そこが国の作品を仕切っています。昨年、そこで作品をどういうふうにして購入するかという調査をしました。作品の主なデータは「作品名」「作家名」「サイズ」「材質形状」というもので、そういうことを記載するわけです。これまでその作品がどういうところに出品されたか、あるいはなぜ購入するのかという美術史的な理由です。仮に「九州派の流れを組む重要な作家で…」とか、それを提出して購入手続きが始まるわけです。ところがそこでは、こんな項目は全体の20%に過ぎない。その他の80%は、全く見たことも聞いたこともないような項目で成り立っていて、世界中の美術館でこういう傾向が増えています。例えば「作品の状態、特にメディアの検証」「購入後の展示に要する経費」などです。どうしてかというと、例えば、油絵なら、キャンバス、油彩、フレームこの三つの素材で済みますね。ところが、ミクストメディアという言い方をしますが、先ほどお話したトニー・クラッグは、プラスチックのゴミのチップを集めて作品にしています。ということは、素材はプラスチックですね。それからアクリル。アクリルは写真に圧着して平滑に平らにするという方法が写真をやったことある人はやっていたかもしれません。杉本博司ですら、アクリルに圧着した時代がありました。ところが、アクリルも劣化が始まって、今はアクリルは使わないことにしています。杉本博司のアクリルを使った作品は、市場でも止まっています。それから糊ですね。何かをつける時に、糊を使いますよね。それはボンドなのか、ヤマト糊なのか。グルーというんですけど、「グルーの素材」についての項目。プラスチックも何年に集めたゴミなのか、1986年なのか、最近集めたのか。こうしたところを徹底的に調べ上げます。

もう一つ、インスタレーションの作品は、購入して展示する時にもう一回組み立てなきゃいけないですよね。その時に何人のスタッフが必要で、そのスタッフは美術館のスタッフで可能なのか、あるいはアーティストのスタジオから必ず毎回5人のスタッフを呼ばなきゃならないのか。例えば、ソル・ルウィットというアメリカの作家の壁画作品があるんですね。その作品を買う時は、ペーパーで買います。つまり、インストラクションを買うことになります。これを買って、自分の美術館ないし、個人が再現したい時は、ソル・ルウィットのスタジオからスタッフが必ず4人来ます。それ以外のスタッフで組み立てることは許されません。一人当たりの日当が4万円かかります。そうすると、一日16万円です。大体一週間かかるので、それだけでも、16万円×7日で100万円を超えますね。そういうところを美術館が調べます。そして「そんなにかかるならやめます」あるいは「素材が明らかにならないものはやめます」という時代になっています。項目の多さに、僕も驚きました。二割は学芸員でもできる、それどころか美術史の大学生でも分かるわけです。ところが、素材の話、劣化の問題は、正直に言うと学芸員は何にも分かりません。つまりコンサバターが全部チェックします。先ほど言った、ナショナルヘリテージはコンサバターが80人います。古代から現代まで専門家を揃えています。そういう人たちが購入前の作品について調べて、分かりやすく言うと、「この人は二年後に癌になったりしないよね?」という健康か健康でないかを調べるわけです。アメリカ、イギリス、シンガポール、オーストラリの美術館などに対して、作品購入に関するシートを取り寄せたんですけども、全部そういう方向にシフトしていました。日本の、特に国立の美術館だけがいろんな作品を買っているわけです。今はそこが全くスルーされてますが、これはもはやスルーされなくなります。理由は簡単で、作品を購入する時に、購入してからも継続的な経費がかかるということへの関心が高まっているからです。さらに言えば、作品が100年持つか持たないかという持続性の問題も問われています。

アメリカのロサンゼルスに、J・ポール・ゲティ美術館があります。ここは展覧会も企画展も全部タダなんですよ。ここがゲティコンサベーションセンターという修復のセンターを持っていて、取り組んでいるのが、プラスチックやアクリルなどの新しいメディウムですね。例えばポロックは、いわゆるドリッピングで描いているわけですが、実はポロックは最初お金がなかったので、普通の日曜大工用の塗料を使っていたんですね。この劣化が始まったので、5年前にゲティが大修復をしました。もちろん、かつて使った安物の塗料を剥がすわけにはいかないので、どうやって劣化を防ぐかということを研究して、これ以上劣化が進まない状態に完成させたわけです。それはポロックの作品とセットで、世界中で展覧会に回ってます。本当は日本に持ってきたいところです。

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あるいは、アンゼルム・キーファーもやりたい放題、いろんなところに紐がついているし、ガラス、プラスチックはつけているし、ゴミもあります。

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こちらはエンリカ・ボルギという作家ですが、この作家はペットボトルを素材に使っています。ペットボトルはものすごく劣化が早くて、あっという間に劣化します。作家のポール・テックも同じですね。ラバー、ラテックスを作品に使っていたので、劣化の問題があります。また、皆さんよくご存知のダミアン・ハーストのシャークは、メトロポリタン美術館が寄贈でコレクションにしました。その時、名和晃平の作品も同時にコレクションしていて、名和君とダミアン・ハーストの作品を合わせてメトロポリタンで展示したんです。その時に、保存担当の人がチェックしたところ、ダミアン・ハーストの作品からアセトアルデヒドのガスが出ていることが分かりました。何日かかけて、室内のガスの分析をしたら、ガスが出てきたということで、展示が取りやめになりました。取りやめになったニュースが流れて、ダミアン・ハーストの作品が市場で売れなくなったということがあります。どうしてかというと、この中のホルムアルデヒド、ホルマリン漬けの中身を入れ替えるとしても全部ホルマリンを流さないといけないですよね。そうすると、この作品を一体どこで固定しながら水分を抜くのかという問題があります。水中眼鏡でもかけて中に入って、このサメを持って、「はい、じゃあ抜いてください」としても、ホルマリンが抜けてしまうと当然形態が崩れますよね。酸素に触れるわけですから、そうなると入れ替えようがないわけです。

今、保存修復の担当はどう分かれてるかというと、紙や油絵など修復をする人たち、修復家のコンサバターとしての保存と、作品から有害なガスが出てるか出てないかなどを調べる「環境」という専門家がいます。ほとんど科学者、ケミストリーの世界です。美術館の関心が単に作品そのものが劣化して、作品が壊れるからどうしように加え、作品が人間に及ぼす、有害な気体を出しているかということも関心の対象になっているということが示されています。

作品の修復、アーカイブの観点から

これは有名な話ですが、ナム・ジュン・パイクはテレビのブラウン管を使って作品をつくっています。このブラウン管のテレビがあった時代はいいのですが、今はブラウン管をつくっているところがないので、もはや壊れると部品がありません。

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仮に大手の電機メーカーに頼むとものすごいお金がかかるので、事実上無理なんですね。ナウム・ガボという作家の1927年の作品は、粉々に壊れちゃったんです。今どうしてるかというと、粉々に壊れたオリジナルを展示して「レプリカで実際はこういうふうに展示するんです」という展示を美術館がしています。とにかく正直にこうなりました、ということですよね。

もう一つは作家のダン・フレヴィンです。ついこの間まで、東京のエスパス ルイ・ヴィトンで展示をしていました。蛍光管を使ったインスタレーションですが、ダン・フレヴィンをコレクションしている美術館は今、何をしているかというと、世界中から蛍光管を買い占めています。これは収蔵庫ですが、色違いの蛍光管を買っては集め、切れてはそれに替えてということをしています。ダン・フレヴィンは物故作家なので、遺書に蛍光管がLEDになったら替えてよろしいというのは書いていないんですよ、知らないので。だから、今LEDに替えるにはどうしたらいいかという話をエステートと交渉しています。いずれ蛍光灯はなくなりますから、大変ですよね。

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アーティストは当然そんな先のことは考えないで、自分のコンセプトに従って素材を集めるわけですよね。それはコンセプトに関わるので、僕も「こういうのやめた方が良いよ」とは言い難いです。一方でこういった新しいマテリアルの劣化に対して、買い手側の関心が高まっているというのは間違いない話ではあります。もう一つ、これはマシュー・バーニーなんですけど、誰と話しているかと言うと修復家と話しています。

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今、少しずつポピュラーになっているのは、かつてアーティストが作品をつくるパートナーの一人は学芸員で、一緒に組んで、「こういう傾向の作品をつくるんだけどどうだい」という相談相手でした。今やアーティストのパートナーは、修復家なんですよ。自分が新しくつくる作品の素材について、学芸員に相談しても分からないわけです。「この素材はどのくらい持つ?」と聞かれても、どれくらいの劣化が進むかということについて全く対応ができない。だから、保存や修復の専門家とパートナーシップを組んで、素材の選択、接着の種類から相談するようなことに少しずつなっています。もちろん、修復家に対するフィーを支払わないといけないのでお金が要ります。マシュー・バーニーくらいならできるとは思いますけれども。修復を生業にする人たちは、そういうことが新しい仕事として増えてくる傾向は明らかにあると思います。実際にアーティストが素材のチョイスについて非常に神経質になっています。それを誰が答えてくれるかという時に、修復の専門家たちがパートナーとして組もうとしている、ということがあります。こうなってくると学芸員は何をするんだろうという、学芸員は何か取り柄があるかなという感じがしますね。いずれにしても、アーティストがものをつくっていく一つのスキームとして新しく登場しました。

また、デジタルのデータですが、非常に脆弱で5〜6年で劣化します。外付けのハードディスクもそうです。そもそもOSがアップデートするので、それと同じようにやっていかないとならない。これは作家か、あるいはそれを買った美術館側かで少し条件が変わってきます。美術館が映像作品をデジタルで買うとします。外付けのハードディスクの状態で買います。大体7年くらいで次のアップデートをするためにコピーをしなければならない。勝手にコピーはできないので、著作権者に必ず連絡を取って、場合によってはコピーライトのロイヤリティーを払った上でコピーを取る必要があります。購入側は著作権までは買っていません。それはあくまでも作家に帰属します。一方、作家は自分でアップデートするわけですけども、これは今いくつかの考え方があります。そもそもデジタルが脆弱なので、フィルムにした方が持つという話もあるわけです。一回アナログのフィルムにすれば、フィルムは劣化してもデジタルでなんとかなるんですよ。NHKで関東大震災や広島の原爆を落とされた時の古い写真が見事に再生されていますよね。あれはフィルム、もしくはプリントですが、デジタル再生できるんですよ。むしろアナログにした方が長く持つということがあります。もう一つは、これはまだ僕は専門じゃないので、うかつなことは言えないんですけど、DNAが保存のメディウムとして使われようとしています。テキストとしてはDNAが保存できるということが証明されたそうです。細かく説明しろと言われても分からないんですけど、実際に記録媒体としてのDNAが対象になっているということがあります。定期的なバックアップが必要で、必ず著作権についての問題をクリアしながらやっていかなきゃならないということがあります。そう簡単にやっちゃいけないということがあるわけです。アーカイブの整理をするアーキビストは、中国は国家試験が要りますし、韓国、台湾もアーキビストを揃えています。そして実は、日本が一番遅れています。正式なアーキビストは今、日本に100人もいません。このアーカイブをどういうふうに扱ったり、整理するかというのはアナログもデジタルもとても大きな問題で、アーキビストをどう育てるかが課題になっています。直接、皆さんに関係するかは別ですが、膨大なデータをどう処理するか、そうした専門家が日本は不足しています。国が本腰をあげないと立ち遅れているんですよ。

ダミアン・ハーストの作品は、僕らからすると、作品そのものが劣化することに関心があったけれども、まったく違うベクトルの話ですよね。作品も劣化するけど、人間もひょっとしたらガスの影響で劣化してしまう。そして、レディメイドのものを使うにしても、一体どこで生産されて、どういう素材を使ったのかを調べておく必要があるかもしれないんです。個別の材料の研究を進めるとともに、作品にどんな変化が起こるか継続的に観察する必要がある。これからは、新しく素材をつくっているメーカー、例えば住友ベークライトとか、そうした会社と組む可能性はあります。アーティストとして、「あなたの会社の素材を使いたいけど、劣化は大丈夫?」というね。メーカーの会社は、建築素材として使っているということもあるんですが、保存について非常に関心があります。自分たちが思いもよらなかったような提案について、結構関心を持ってくれます。逆に言うと、組んで新しい素材をつくることで素材が提供される可能性があったりもします。実際に、住友ベークライトと一緒に、アクリルの新しい素材を使うにあたって取り組んでいる作家がいます。素材を提供してもらえるので、そういうこともアーティストとして考えていいかなというふうに僕は思います。

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これは、菅木志雄作品のインストラクションです。菅さんご存知のように、もの派の作家の一人ですね。もの派の特徴は「場所性」です。どういう場所でやるのか、それがすごく大事なわけで、極端に言うと、場によって素材や組み合わせを変えたりするわけです。ある意味では、非常に即興的な作品です。そういう菅木志雄の作品がどう売買されているかということを紹介します。ロサンゼルスに、メガ画廊の一つとも言えるブラム&ポーという大きな画廊があります。ブラム&ポーは、もの派の作品をどういうふうにしたら売ることができるかを考えます。もの派の作品は、作家がいて、その場所に行って、この場所ならここからここに紐を通す、というようなことで成立しています。もの派の作家は、今、高齢化が進んでいますね。やがて亡くなってしまうので、そうすると所蔵側は「誰がこれを指示するのか」となる。一方で、作家は正確にはインストラクションは書けません。そこでブラム&ポーは、作家の代わりに正確なインストラクションをつくることにしました。ワイヤーを這わせて、その上に木片を乗せていくインスタレーションです。かつては、これはその都度、場所に応じてやってきました。もういよいよネジから部品から、どの部品を使え、ネジから何cm離して次のネジを打てとか、事細かなインストラクションが出来上がります。これに従って、作品を組み立てていきます。最初に作品を組み立てる時に、スチールの写真とビデオを用意します。ビデオはカメラを4〜5台用意しておいて、このプロセスを克明に記録します。この記録した写真と映像ファイル、どのネジ、ワイヤー、木片を使うという事細かなインストラクションのファイルがあります。それをセットにして作品を売っています。買った人は、7〜8冊のファイルを買うわけですね。組み立てる時は、そのファイルを見ながら、ブラム&ポーが派遣したテクニシャンが組み立ててくれます。もちろん飛行機代も日当もかかります。その作品はマルチプルではありません。一点物でエディションなしです。だから、A美術館が買って、B美術館が借りたい時は、そのファイルを借りる上に、ブラム&ポーからのテクニシャンがもれなく付いてきて、展覧会のために再制作をそこでするということになります。当然、展覧会が終わればそれは破棄しないとならない。インストラクションを持っていたら作品を持っていることになります。菅木志雄の他の作品についても、こういう克明なインストラクションが仕上がっています。それをもとにテートモダンもMoMAも作品を買うことができるようになるわけです。市場が先行しているので、市場が新しい買い手にとって、どんな形式がふさわしいかということを、実は市場の方か決めてるというのが現状としては大きいんじゃないかなというふうに思います。

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この後は、参加者より天野学芸員に質問や聞きたいことなど、積極的に意見を頂きました。国内外の美術館や画廊の現状、インストラクション、アーカイブ、作品の素材、安全性への意識の高まりなど、盛り沢山の内容であっという間に2時間が過ぎました。横浜市民ギャラリーあざみ野では、引き続き様々な講座が開催されるとのことなので、ご興味のある方は是非チェックしてみてください。アルティアムでも引き続き、地域の文化・芸術貢献につながる展覧会や企画をおこなって参ります。ご参加の皆さま、誠にありがとうございました。

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