Re-actions 志水児王・堀尾寛太

Re-actionsトークセッション レポート

「Re-actions 志水児王・堀尾寛太」会期中に、ゲストに志水児王、堀尾寛太、畠中実、司会に城一裕を迎え、トークセッションをおこないました。そのトークの様子を公開します。 (以下はトークを一部抜粋・編集したものです。)
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(アルティアム・鈴田)本日は、「Re-actions 志水児王・堀尾寛太」トークセッションにお越しいただきまして誠にありがとうございます。展覧会担当の鈴田と申します。本日のトークは、アルティアムと九州大学芸術工学研究院との連携企画で開催の運びとなりました。そして司会に、九州大学芸術工学研究院准教授の城一裕さんにお越しいただきました。城さんは、音響学とインタラクションデザインを背景に、作品制作を主体とした実践に基づく研究に取り組まれています。メディアテクノロジーに批評的に向き合い、技術の人間化の一例として新しい技術のデモに留まらない表現のあり方を追究することをテーマに活動をされています。また、ゲストに本展の参加作家の志水児王さん、堀尾寛太さん、特別ゲストに、 NTT インターコミュニケーションセンター[ICC]主任学芸員の畠中実さんにお越しいただきました。本日はみなさま、お忙しい中ありがとうございます。まず、簡単に自己紹介をお一人ずつお願いします。

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(城一裕さん)こんにちは、城です。僕は九州大学の大橋にある芸術工学研究院に音響設計学科という学科があるんですが、去年の春からそちらに勤めています。元々、九州大学芸術工学研究院は、かつて九州芸術工科大学という独立した大学でした。僕はこちらの卒業生で、ここにいる堀尾さんも同じ研究室でした。当時、僕が一歳年上だったので堀尾くんは一学年下でした。1990年代後半が学生時代だったのですが、そこから2000年代にかけて、ちょうどコンピューターで、様々な音や映像を扱うことが可能になってきて、その頃は福岡でもイベントをしていました。当時は、畠中さんの勤務先の ICCは、福岡にいる僕らからすると、夢の殿堂みたいなところに見えていて、志水さんの作品が展示されたりしていました。そのうちICCで展示できたらいいねということを僕が言ったら「何バカなことを言っているんだ」みたいに、当時、堀尾くんから言われていました(笑)。数年後には、僕ら二人ともICCで展示できていたわけですが…そんな懐かしい思い出があります。なので、僕と堀尾くんにとって、福岡は馴染みのある場所で、アルティアムでもいろんな展示を見ていたので、育てていただいたところもあるような感じです。今やっていることは、先ほど鈴田さんからご紹介があったような、メディアテクノロジーに実践を通して批評的に向き合うということを大きなテーマとしてやっています。

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(畠中実さん)畠中です。どうもはじめまして。東京のNTTインターコミュニケーションセンター[ICC]というところから来ました。ICCは、NTT東日本という会社が運営しているメディアアートセンターとしての文化施設です。私は1996年の開館前からICCで働いていますので、2017年は21年目になるんですけども、そちらで学芸員をやっています。ここにいらっしゃる方々はよく存じ上げています。特に、志水さんは2000年に私が企画した「サウンド・アート—音というメディア」という展覧会に出品していただいたりして、ずっとご縁がある感じですね。その後も何度か展覧会に出品いただいてます。堀尾さんと城さんも、2004年に開催した「n_ext(ネクスト):メディア・アートの新世代」という展覧会に出品いただいた方々です。また、2010年に私が企画した「みえないちから」という展覧会がありまして、そちらでは志水さんと堀尾さんに出品作家として展示いただいていました。今回、その展覧会の7年後に、こうして二人展が開催されるということで、今回のトークに参加させていただいて大変嬉しく思っています。二人をどういうふうにマッチングするのかというのは、すごく関心があって、さっきアルティアムの展示を興味深く拝見したところです。今日はいろいろお話させていただければと思っています。

(鈴田)ありがとうございます。畠中さんの企画された「みえないちから」の展覧会については、また詳しくお話を伺いできたらと思います。では堀尾さん、お願いします。

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(堀尾寛太さん)堀尾寛太と申します。先ほど城さん、畠中さんからご説明いただいた通りなのですが、学生時代は当時の九州芸工大にいまして、2000年に畠中さんの企画された「サウンド・アート」という展覧会を東京まで見に行った思い出があります。僕は、元々音に興味があったんですけども、そのなかでも「音をつくる仕組みをつくる」というようなことに興味があって作品を制作しています。

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(志水児王さん)はじめまして、志水です。僕は、堀尾さんや城さんみたいに、科学や工学の知識があるような人間ではなくて、元々は油彩画の出身で、10代は絵を描いていました。それで、徐々に興味が移行していったような感じです。たまたま学校の近くに秋葉原があったので、そこに帰りがけに行ってみると、今と違ってジャンク屋がいっぱいあったので、安いテープレコーダーとか、1000円、500円で動くかどうかみたいなものを買って、分解したりして遊んでいました。

 (堀尾さん)志水さんは元々、油絵の専攻だったんですね。

(志水さん)油絵だったんですよね。それで少しずつ興味が移行して、今でもあまり科学的な知識があるわけではないのですが、自分のできる範囲で制作しているという感じです。

(城さん)二人の展示は皆さんご覧になられているという前提で、今日の話は進んでいくと思うんですが、まずアルティアムの鈴田さんが、何故この展覧会を企画されたかという話を伺っていいですか。

(鈴田)そうですね。私も元々メディアアートの専門的なことを学んでいたわけではなくて、アルティアムに入ってから徐々に興味が出て来たような感じです。アルティアムに入って、はじめて自分が企画したのがパラモデルの展覧会(「パラモデルのトミカワールド展(2011年)」)だったのですが、そこで彼らの作品の特徴である玩具パーツが連結して一つの空間をつくり上げていく建築的な制作スタイルやワーク・イン・プログレスの実験的な魅力を感じました。その後、2013年に「エキソニモの猿へ」という個展を担当したことを機に、それまで高度な先端技術を用いた芸術という印象が強かったメディアアートが身近なものに思えて興味を持つようになりました。だから私は最近のことなのですが、そこからリサーチをして、2015年に「みえないものとの対話」というグループ展を企画しました。

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「みえないものとの対話:Dialogue with Something Invisible」三菱地所アルティアム 2015年

この展覧会では、ネットアートのラファエル・ローゼンダール、谷口暁彦さん、渡邉朋也さん、久門剛史さんの4名の作家に参加いただきました。ラファエルの体験型の作品、谷口さんのディスプレイの中と外について考察した作品、渡邉さんの3Dプリンタを批評的に捉えた作品、久門さんの時間や記憶を鑑賞者が追体験するようなインスタレーションを紹介しました。

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谷口暁彦《思い過ごすものたち》三菱地所アルティアム 2015年

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ラファエル・ローゼンダール《looking at something.com》三菱地所アルティアム 2015年

その時の展覧会が面白かったので、また続きをやりたいというところから今回に繋がっています。ICCで畠中さんが企画された「みえないちから」展は、影響を大きく受けていると思います。「みえないものとの対話」展では、思考や感情、インターネット、音、光というふうに表現としての幅が広かったのですが、今度はもう少し焦点を絞って展覧会を組めないかと思いました。堀尾さんと志水さんの作品は、電磁波、音、光、目に見えないものの可視化が作品の特徴として挙げられるのと、動作反応が大きな魅力であることから、今回の「Re-actions」の展覧会を企画しました。

(城さん)「Re-actions」という展覧会名は、どう決めたんですか?

(鈴田)二人の作家が決まってからタイトルを考えたんですけど、動作反応による作品の面白さを伝えたいというところが大きいのですが、こういう実験的な展覧会がアルティアムで開催できるのであれば、観客の側にも何か反応してもらえたらといいなと。展覧会を見て、体感したり、展示から感じるものを持ち帰って、その後、鑑賞者が考えて自発的に動いていく…といったプロセスも含めて「Re-actions」というタイトルにしようと思いました。

(城さん)なるほど。志水さんの「光」がテーマになったTwitterの作品なんかは、まさに「Re-actions」のテーマをあらわしているなと思います。今、インターネットの話が出たんですけど、入ってすぐのtwitterの作品は鈴田さんのオファーだったりするんですか?

(鈴田)私も実は、志水さんとの展示の打ち合わせではじめてTwitterの作品について知ったので、アルティアムに下見にいらした時に、志水さんから提案いただいたアイディアだったと思います。

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志水児王《window》三菱地所アルティアム 2017年

(志水さん)下見に来た時に、会場の空間以外にどこか、例えば公共空間に作品を設置できないかという思いがあって、それがビルとして可能であるということを鈴田さんに確認してもらって、そこからあの作品を出そうかなというふうに経緯としては出てきましたね。

(城さん)そんなにすごく志水さんの作品を存じ上げてるわけじゃないので、もしかしたら失礼なことになってしまうかもしれないんですけど、今回展示されている他の作品と比べた時に、twitterというある種、身近なものを表現の要素として取り入れられているのは何か思うことがあってのことなんでしょうか。例えば、電子顕微鏡やレーザーの作品と比べると、ある意味の分かりやすさみたいなものがあるので面白いなと思って、その辺りは何かあったんでしょうか。

(志水さん)twitterの作品は「窓」というタイトルが付いているのですが、元々、「窓」には存在として興味がありました。窓は内部から外部を見るとか、外部から光を取り入れる役割がありますが、16、17世紀では、絵画は「窓」としてのメタファーだったりもするので、ずっと興味があったんですよね。それで、今回のTwitterの作品をつくったのは、そういう「窓」をテーマに、インターネットをもう少し抽象化した形で世界を見ていくということをやりたかった。ログを読めば何が呟かれているのかが読めるんですけど、何が呟かれているかというよりは、人がランダムにネットにアクセスしていく状態というのを、単なる光の点滅、点滅の数やタイミングで、全世界的なある種の動きみたいなものを抽象化した形で表現できないかなというところでつくったという感じですかね。

(城さん)展示から感じたことで、堀尾さんと志水さんにお伺いしたいことがあって、その一つは、特に90年代以降、僕らが慣れ親しんでいるところでいうと、普通は映像や視覚表現をする時に「プロジェクター」を使うことが非常に多い気がするんです。今回の志水さんのtwitterやレーザーの作品も、ある種見せる表現としては、プロジェクターで見せる人もいるような気がします。でも例えば、あのガラスとレーザーの作品は、確実にドット、ピクセルがないので、緩やかに動いていく時に工学的にすごくきれいに像が変わっていくし、光の回折でバランスがずれていくみたいな効果が起きています。その点が、プロジェクターではない視覚表現だからできることであるように僕には見えました。それと、堀尾さんの作品を考えると、堀尾さんはさっき「音をつくる機械をつくる」という言い方をされていましたけど、プロジェクターと同等なものを音の世界で考えると「スピーカー」がある気がします。でも、堀尾さんの作品は、今回の展示で唯一使っているとすれば、スピーカーとマイクが一体化したような不思議な装置ぐらいです。音が出る作品にも関わらず、いわゆる音を出す装置としてのスピーカーはほとんど使われていない。例えば、小さいガラスの瓶の中でガチャガチャ何かが動いている音、磁石がカタンカタンと動いていて、引き出しのガタンガタンというような音の面白さが際立っています。でも、例えばコンピューター以前のアナログなものとして、そういう「音を愛でる」という感覚とも全然違う。結構、無自覚に、音を使う人だったらスピーカーを疑うなんて多分あまりしないと思いますし、映像の場合はプロジェクターを疑うなんてこともないような気がするんです。そこを、クリティカルに疑っているようにすら見えるというのが、僕としては二人の作品を見て面白いなあと思ったところだったりします。それを踏まえて、お二人がどう思われているのかということと、おそらく別の角度からお二人の作品ずっと見られている畠中さんがその辺りをどう思うのかというのをお伺いしたいなと思います。

(畠中さん)そうですね。アルティアムの入り口に展示されていた志水さんのTwitterによる作品は、新しい作品ですか?

(志水さん)そうですね、去年です。

(畠中さん)去年ですか。だけど、1990年代の後半くらいに、志水さんが「WrK」というグループでやられていた頃の作品を思い出すような感じがちょっとありました。

(志水さん)そうですか?

(畠中さん)
やっぱり作家って、活動歴が長くなると自覚的なのか無自覚なのか分からないんですけども、新しい作品にこれまでのいろんな要素が表れてくるようなところがある気がします。見る側からすると面白かったのが、「WrK」でやられていた頃の作品の作り方に似てるなと思ったことと、あと液晶のパネルの素材がありますよね。あれってやたら大きいじゃないですか。

(志水さん)はい。

(畠中さん)あの液晶パネルはつまり、ディスプレイの形に切られて、実際に製品の中に組み込まれるものの元みたいなものですよね。

(志水さん)「導光板」というものらしいんですけど。

(畠中さん)それも昔の作品で、磁気テープのカットしていない一枚を作品に使っていたりしましたよね。

(志水さん)よく覚えてますね(笑)。

(畠中さん)カセットテープとかテープレコーダーの磁気テープって、製品になる時にはもう規格の幅にカットされて巻かれているわけでしょう。

(堀尾さん)じゃあ、磁気テープに切られる前のものがあるってことですか?

(城さん)それを切って繋ぐわけですか?

(畠中さん)志水さんが、そういう素材を昔、作品に使っていたんですよね?

(志水さん)幅1M長さ2M程度の裁断する前のマクセルの磁気テープですね。1990年の頃ですね。

(畠中さん)随分昔の話ですね(笑)。そういうものが僕の記憶の中にあったので、Twitter作品には、志水さんのこれまでのいろんな作品を思い出させるようなところがあるなと興味深く見ていたんです。「WrK」というのは、90年代に志水さんと何人かのアーティストで組んでいたユニット名ですね。時々、その中の何人かでグループワークをしたりもするけれども、基本的には一人一人のアーティストが集まった集合体みたいなものでした。このRe-actions展のチラシに「振動などの物理現象を取り込みながら制作する」って書いてありますけど、そういった現象みたいなものをつくる側と観客がどういうふうに認識するか、そういったテーマで活動されていたわけです。だから、ささいな日常において見落としてしまうような現象を取り上げて、それをさらに、作品としても非常にミニマムな形で提示するというようなことをやられていたわけです。その後、レーザーの作品などに移っていくわけですけど、その前の期間というのもあるわけなので、今回の展示では結構そうした点が気になりました。今回、フラスコの作品とTwitterの作品が二つ並んでいることによって、僕の中でなんですけど、作家の個展にも似た、ある種の作家のパースペクティブみたいなものが見られて面白かったです。もちろん、知らない人にとっては、そこまで想像できないですから、難しいとは思うんですけど。僕が20年近く志水さんとお付き合いさせていただいてる中で見ると、その二つの作品が活動の幅みたいなものを表しているなと思えたのがすごくよかったですね。堀尾さんも然りで、最初にお会いした頃は、パフォーマンスをやっていましたよね。

(堀尾さん)はい。

(畠中さん)それは磁力を使ったもので、磁石をコンピューターで操作して、クリップみたいな、ささやかなものがパタパタ動いているみたいな、そういう不思議なパフォーマンスをされていたんですけども。僕の展覧会「みえないちから」は、実はオスカー・フィッシンガーというアニメーション作家にインスパイアされた展覧会なんです。オスカー・フィッシンガーという人が、「この世界にあるものすべてにスピリットが宿っていて、それを取り出すには振動させればいい」というようなことを言っていて、その言葉からインスパイアされています。まさに堀尾さんの2004年の最初に僕が見たクリップがパタパタする作品は、その命を吹き込むという、アニメーションという意味での「ものをアニメイトする」感覚をすごく感じたものです。

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堀尾寛太《particle》2003年

実際、その後の作品も、スケールが大きくなったりしながらも、アーティストとして追究しているところは、人がつくっているにも関わらず、それが人の手が介在してないように、そのものに命を吹き込むことなんじゃないかと思うようなところがあります。堀尾さんも一貫してそうした活動をされていて、札幌国際芸術祭での作品は、ビル全体を作品化したものでした。最初はクリップだったものが、今はビル全体に拡大しているみたいなところ、そういうスケールの拡大はあるにせよ、何かしら作者がつくっているにもかかわらず、その作者がどっかに飛んでいっちゃうみたいな。見てる側、観客にとっては、作者という存在が何かどうでもよくなっちゃうようなところがある。今回の展示でも、非常にそういった部分がうまく表されていたなと思いました。作品点数は、結構たくさんあって、幾つかの作品を辿れるようになっていたと思うんですけど、志水さんの展示はtwitterとレーザーの作品ですごく活動の幅みたいなものを感じさせられたとすれば、堀尾さんの展示はまた、ちゃんと作家の姿勢みたいなものを表せる良い展示だなと改めて思いましたね。

(堀尾さん)さっきの城さんのスピーカーとスクリーンの例にも繋がるんですけど、どちらも何でも自由に出来過ぎるから、何もやることがないというのが、僕の一番正直な感じなんです。プロジェクタとスクリーンを使ってどんな映像でも出していいですと言う状態だと、何もとっかかりがないような感じ。

(畠中さん)メディアアートの特徴で挙げられるのが、メディアをつくるのであってコンテンツをつくるのではない、という見方だったりすしますよね。コンテンツをつくるというのは、ディスプレイで映される中身をつくるとか、スピーカーで再生される音源をつくるみたいなことだと思うんです。そういったコンテンツとしての表現は、それこそ映画や音楽であるわけで、フォーマットに基づいて制作されるわけです。映画というのは、例えば、あるフォーマットを上映できる映画館があればどこでも上映できる。そういったものはある種、複製可能なんですけど、ここにいる皆さんの作品はコンテンツとしての作品ではないから、どこにででも上映できるわけじゃないですよね。だから、その作品丸ごとがどこかに行かなきゃいけない。そういうことが、アーティストが独自のフォーマットをつくっている、ということなのかなと思っていて、いわゆるメディアアートと言われるものの一つの特徴とされています。もちろん、メディアアートだって上映したり、フォーマットに基づいているものも沢山あります。それでも「メディアアートって何だ?」という問いは、フォーマット自体をいちからつくっているものが一つのメディアアートの性質だというふうに言われていますね。だから、彼らの作品は、やっぱりコンテンツとしての作品ではなく、コンテンツとハードウェアみたいなものを自分で両方いっぺんにつくってしまうところがあるという気がしています。

(城さん)畠中さんからコンテンツからつくるか、フォーマットに基づいて作品をつくるかという言い方ができるのではということですが、志水さんは今の話を受けていかがでしょうか。

(志水さん)僕から見ると、堀尾さんはプログラミングとかしっかりした技術を持っていて、それでいて、いろんな構造がある種剥き出しの状態になっているものをつくっていく、または何かの法則に委ねているようなことをやっているように見えるので、本当に羨ましいような感じです。でも、今の話を聞いていたら、何でもできるがゆえに、そういったものには目が向かないというのは、改めてすごく面白いなと思いました。そういう部分では、僕もパソコンをいじっていく中で作品ができるというよりは、頭の中で構成していくようなところがあります。僕の場合は、技術的な部分でそうせざるをえない部分もあるんですけど。

(堀尾さん)志水さんと使っている技術の違いみたいなものは、僕はあまり感じないんです。僕は、作品で専門的な知識が要るようなハイテクなことはやっていないと思うんですよね。日曜大工の延長みたいな気持ちです。個人的には。

(城さん)僕が志水さんのレーザーの作品を最初に拝見したのは、2014年の京都造形芸術大学での展示でした。あの作品のアイディアは、どこから芽生えてきたんですか。

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志水児王《claisen flask light house》京都造形芸術大学 ギャルリ・オーブ 2014年

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志水児王《diminsion》京都造形芸術大学 ギャルリ・オーブ 2014年

(志水さん)元々、レーザー自体は随分前から持ってはいたんです。最初に何をやっていたかというと、誰も住んでいない空き家が数百メートル先にあって、ちょうど僕の家が対面していたんですね。それで夜中に、その空き家にレーザーを当てて、返ってくる光をピックアップすると、窓の振動が採れるんじゃないかと思って色々とやっていましたね。盗聴みたいな感じですよね(笑)。

(堀尾さん)そういうスパイ道具ありましたよね。

(城さん)実際ありますよね。レーザーで録るやつ。

(志水さん)それで返ってくる光を見てたんですよね。見てたというか聞いていたというか。

(堀尾さん)光の変化を音に変えて聞いていたってことですよね。

(志水さん)それと同時に、点の光源がどうしても安いものだと広がっていくんですよね。それで跳ね返ってきた光が直径で1メートルくらいの大きな光の束として戻ってきたんですね。

(堀尾さん)当てている光の先はガラスなんですか?

(城さん)ガラスの歪みみたいなものということなんですかね。

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(志水さん)ええ。それで跳ね返ってきた光が地図の等高線みたいな、木の年輪みたいな模様で、これは何でこうなっているのかなというのが最初のきっかけだったんですよね。ガラスというのは、表面と裏面の二面があるので、ガラスの厚み分のちょっとしたムラが、等高線みたいになって返ってきているっていう気づきがあって。しばらくそれがすごく気になっていたんですよね。ガラスの触って全く分からないような歪みが、レーザー光を使うことによって、たった数ミクロンの差が拡大されて等高線のように出てきていた。

(堀尾さん)干渉縞ってことですよね。シャボン玉の表面の色が変わるような。

(志水さん)ですね。ニュートンリングっていうんですよね。

(堀尾さん)光が二回跳ね返って波を強め合う、弱め合うとできて、明るいところと暗いところになるっていうことですよね。

(志水さん)ええ。そのレーザーという光を使って、オプティカルフラットな面がどれだけの精度でつくられてるかっていうのを検証することができるんですよね。

(城さん)なるほど。確かに。

(堀尾さん)歪みの縞が出てきて、ガラスとガラスをピタッと合わせる機械のことですね。

(志水さん)そういう検出器みたいなものとして使われています。

(城さん)極力、干渉縞を減らす方向に使うためのもの。

(志水さん)532ナノメートルっていう純粋なグリーンの光を増幅することで、他の周波数が混ざるとそれが潰れていっちゃうってことなんですけど、それを発見できたっていうところが大きいですかね。

(城さん)隣の家がある程度、離れていたからこそ余計に大きく反射が返ってきてくれたっていうのもあるんでしょうね。堀尾さんは作品をつくる時、例えば棒が水銀のスイッチで傾きを検出する物体なんかは、何が最初の気づきなんですか。

(堀尾さん)あれは要するに、始まりのない動きのようなものです。今回の作品は、《自分で自分を動かす》っていうタイトルでしたっけ?

(鈴田)
そうです(笑)。

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(堀尾さん)この棒の作品に《自分で自分を動かす》っていうイメージがすごくあります。ガラスの筒の中に水銀の粒が入っていて、ある方向に傾けると電気が通るという水銀スイッチという小さい部品を棒に取り付けています。まず棒の電源を入れると、ファンが回って棒の頭が持ち上がるようになっています。棒が持ち上がって傾くと、水銀スイッチが切れて止まって、そうすると自分の重みで倒れて、またスイッチが入るっていう無限ループをしてるんです。実は、畠中さんの「みえないちから」の時に原型のようなものをつくって、それの変形版みたいなものです。元々、何かタイミングを指定されて動くものじゃなくて、たまたまその時の、前回の動きの続きで動く向きやタイミングが決まるような、自律的なものをつくろうっていうアイディアでした。

(城さん)じゃあ、そういうアイディアが先にあったんですね。棒が先というよりも、自律的に動くものをどうやったらつくれるだろうっていうところから始まったわけですか。

(堀尾さん)そうですね。本当は全然違う仕組みも考えたんですけど、やろうとしたら全然ダメで。どうやったら実現できるかなって色々やった結果ああなったという感じです。これは、2010年にICCで展示させてもらった作品です。

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堀尾寛太《スピードスイッチング》NTTインターコミュニケーションセンター [ICC] 2011年

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堀尾寛太《スピードスイッチング》NTTインターコミュニケーションセンター [ICC] 2011年


棒を起点にして、棒がオンになったらこっちが動いて、そうするとこれが動き、それでこれが動き…そうなるとこっちが動く…という全部の動きの大元になっています。今回も実は同じ構造で、棒の動きで照明が切り替わって、やかんが動いて、やかんと漏斗が当たると次の部屋でカメラのファンが回り、映像が変わるということになっています。始まりをつくる機械みたいなものです。

(城さん)あの棒は、人が触ってもいいんですか?

(堀尾さん)できるだけよけていただくもの、みたいなイメージですかね(笑)。

(城さん)さっきのスピーカーの話に戻りますが、ファンとかスイッチが動く時に音が出ますよね。

(堀尾さん)リレーの音ですね。

(城さん)その辺は、どのくらい音を出すかとか、ファンの音なんかはどのくらい気にしてるの?

(堀尾さん)全く気にしてないです(笑)。

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(城さん)例えば、無音のリレーとか、音がしないファンでも良いのか、良くないのかとか。

(堀尾さん)鳴っている音自体を意識することは、そんなに追求してないかもしれないですね。音をデザインするというよりは、結果的に鳴ってしまった音をそのまま使ったほうが良いんじゃないかって感じです。

(城さん)先ほどのプロジェクションの話に戻しますが、ともすると志水さんの作品は、ある種、映像作品のようにも見れるような部分があるんですが、志水さんはそういう意図はしてない感じですか?

(志水さん)そうですね。プロジェクターっていうのは、大まかに言うとフィラメントがあって、レンズがあって、映し出すコンテンツがあるとして、そのコンテンツではなく、フィラメントとレンズの関係性というか光そのものの構造を見せたいという考えはあります。

(城さん)作品の中で、曲線が変化していくように見えるシーンが、コンピューターのプログラミングですごく頑張って映像をつくって、パーティクルって呼ばれる小さな断片を3Dで動かす人たちがやりたがってるような極致と似て見えるっていうことがあります。前に、岐阜のIAMASで教えていた時に、そういうCGがつくりたいですという学生に、志水さんの作品を見せたら参りましたとなったんです。その作品のご本人としては、どういうふうに思われるかなと単純にお伺いしたかった。

(志水さん)身の回りにあるものは、もの自体にある種の空間作用があるような気がするんですよね。

(城さん)そうですよね。毎回、志水さんの作品に使われているものもガラスのフラスコだったり瓶だったりと、ガラスのオブジェクトは違うものになっていますよね。

(志水さん)そうですね。今回も違いますね。

(城さん)それによって同じ空間に設置しても違う風景が見えるであろうし、空間も違えば尚更という辺りは面白いなと思います。

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(畠中さん)フラスコの反射も、やろうと思えば究極的にはシュミレーション可能だと思うんです。ガラスの器やフラスコに、レーザーを当ててどういう反射があるのか、とか。ただ、水滴を落下させながら、それによってできる水面にレーザーを当てる場合もありましたよね。それは、ある意味ではコントロールしているようでできない部分ですよね。レーザーの動かし方によって、水面がどう反射するか。今回だったら、器を回転させることによってどう変化するか。光源と当てる対象との関係を変化させることで景色が生み出される。だから、あくまでも、ものと光源の関係自体は、すごくレディ・メイドだと言えます。でも、そのものと光源の関係をそのまま見せているのがポイントかなと思うんです。レーザーを当てて起こることも自分のコントロール外のことです。だけど、その関係性をどうアレンジすればどんな空間が生み出されるか、ということをやられているのが面白いなと思っています。あと、シャンパングラスの作品もありましたが、あれはグラスが動くんでしたっけ。

(志水さん)ええ。ガラスとレーザー両方とも動くんです。

(畠中さん)そういうふうに関係性を変化させてあげることで現象を生み出す。そこにアーティストの作品があるっていう感じですよね。こちらは、2014年にICCでつくってもらった作品ですけど、よく考えたらオシロスコープをつくってるんですよね。音の波形を見る装置をつくっちゃったわけです。音の波形を視覚化する機材ですね。それを回転して斜めにスライスした円筒にレーザーを当てることで音を可視化する。そうするとこういう形になる。

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志水児王《diminsion》2014年 NTT インターコミュニケーションセンター[ICC]

 

(堀尾さん)不思議でしたよね。超高速に回転していて。

(畠中さん)円筒が斜めにスパッと切られていて、レーザーを上から当ててる。

(堀尾さん)写真で見ると平面に見えちゃいますけど、実際に見ていると奥行きがあるんですよね。

(畠中さん)ホログラフみたいにね。

(堀尾さん)回転しているので面が遠くなったり近くなったりして、立体物みたいに見える。

(城さん)この時は、レーザーを動かす音源はサイン波ですか。

(志水さん)そうですね。

(城さん)じゃあまさに、オシロスコープと同じような原理のものができたわけですね。

(畠中さん)何パターンかあって、すごい低周波もある。そうすると円筒の縁をレーザーがゆっくり回っているみたいな。音は低周波で聞こえないんだけど、視覚的には見える。
レーザーを音源で変化させる装置をつくっていて、まさにありものの装置によらないで、結果としてオシロスコープをつくったことになったんですけど、そういう作品もつくられている。近年の作品はレーザーというものと出会ったことによって、それを自分の作家としてのアイデンティティとして随分寄せているなという印象があるんですけど、レーザーの作家という感じに。そんなことないですか。

(城さん)最新作はレーザーの作品でもまた違うわけですよね。

(畠中さん)そう。さらにそれとも違う作品になりますけど、長細いシーソーみたいに動く水槽に水が張ってあって、そこにレーザーを当てると、波の反射が投影されるという作品がありましたね。今風な言葉で言えば、ビジュアライゼーションみたいな。フラスコの作品もビジュアライゼーションと言えばそうですけど、ちょっと関わり方が違うかなとも思ったりするんです。そこら辺は、作品ごとにレーザーとの関わり方が変わっているなと思っていて、さっきのプロジェクターとスピーカーの話で思い出しました。

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(城さん)もう一つ、お二人に伺いたかったことがあって、堀尾さんにスピーカー、志水さんにプロジェクターの話を伺ったんですけど、今の「音」の話がまさにそうでした。志水さんの今回展示されている電子顕微鏡の作品は、音が付いてますよね。あの作品がどういう意図なのかということと、堀尾さんの作品もRGBのLEDが入っている引き出しの作品は顕著ですけど、あれは色の選び方はしてるような気はするんですよね。志水さんにとっての「音」、堀尾さんにとっての「色」というか「光」はどういうものなのかを伺っていいですか。

(志水さん)顕微鏡の作品は、モニターが置かれた場所を拡大しているようなイメージがあります。電子顕微鏡は、試料を真空状態にして強い電子線を当てる構造があって、それで視覚を超えた領域を知ることができる。今の時代は、テレビも液晶だから違うんですけど、昔はブラウン管だったので、電子銃が中に入っていました。音は画像の映像信号をそのまま使っているんですけど、それを逆流させるような形で超音波スピーカーで画面にぶつけて、モニターが置かれた場所を拡大しているようなイメージです。物体に電子を当てて、その場所を観察する構造を模倣してるっていうか。

(城さん)作品から出ている音自体は、映像信号を音にしているんですか。

(志水さん)そうですね。モニターに写っている映像の信号です。

(城さん)じゃあ映像と音という二つの見せ方で、電子の部分を見せている。

(志水さん)そうですね。画面から電磁波が漏れてきているようなイメージです。

(城さん)なるほど。今度は、堀尾さんの「色」について。光と音との関係とは、また全然違うんですか。

(堀尾さん)引き出しの作品は、光の三原色だからRGB(赤緑青)ということですね。色の好みということももちろんあるんですけど、引き出しの開き具合で色が混ざったりするからあの色なんです。

(城さん)RGBは分かりやすいですけど、どういう基準で光を選ぶんですか。

(堀尾さん)色というよりかは電球とか蛍光灯、LEDの違いを考えますが、でも端的に言えば何でも良くて、そこにあったからとか、手に入ったからだと思います。たまたま、この条件にはまる形のものがこの色だったとか。

(畠中さん)ICCでつくっている時も、最初は何ができるか全く分からなかったもんね。何がどうなるんだろう、何ができあがるんだろうって。

(堀尾さん)展示プランを出してくださいって言われながらなかなか出さず…(笑)。

(畠中さん)テーブルを二つ用意してください、そうすれば始まりますみたいな感じで。そしたら、いろいろ作業し始めるんですけど、こういう状態だから何がどうなるのか結果全く分からず。結果もこうだったみたいな(笑)。頭の中にイメージはあるんでしょうけど、割とやりながらつくっていくみたいなところがありますよね。

(堀尾さん)うーん。そうですね。大体最初の計画からずれるんですよ。やってみたらダメだったみたいなプランも多いので、結局変わっちゃいますね。ICCの時も、前の展示の残骸だった展示台を使ったりしました。

(畠中さん)藤枝守さんの作品の台が残されていて。

(堀尾さん)そのあとは捨てるかも、というので使わせてもらいました。

(城さん)今回の展示では、鈴田さんどうでしたか。

(鈴田)うーん。でも、今回は割とタイトな設営期間だったんですよ。

(堀尾さん)そうですね。ICCの時はもう存分に一週間くらい徹夜で作ったんですけど、アルティアムは、前後の展覧会との兼ね合いで3日間で完成っていう感じだったので。

(鈴田)そうなんですよね。アルティアムは準備期間がすごく短いので、あらかじめ堀尾さんには色々と準備していただきました。それで打ち合わせをして、アルティアムの壁は動かせるので、この可動式の壁を使って、表と裏みたいな構造にしたいという話から、回遊性の展示構成になりましたね。

(堀尾さん)アルティアムの壁って動くんですよね。自由に部屋の形を変えられるとなると意外と困って、要するにスタートポイントが定まらないというか、決まらなくて。ICCの壁も可動壁でしたよね。最初に畠中さんから壁をどうしたいかって聞かれて、適当に通路みたいなところって答えた記憶があります。壁の裏側は、小金沢健人さんの大きいプロジェクションだったので、そのために大きい壁ができて、ちょうどL字になってるからその辺りということになった。結構壁をどうしたいかって聞かれると手がかりが減って困るんですよね。プレーンなスクリーンを与えられたような気持ちです。

(畠中さん)ICCでの作品もそうですけど、間接的に作品を映像で見せることもやったりするでしょ。あれはどういうことなんですか。僕が聞くのも変なんですけど、改めて話してもらうのも面白いかなと思って。例えば、インスタレーションでものを見れば良いじゃないですか。だけど間接的に映像でものを見せたりするじゃないですか。そこが面白いなと思って。直接見せるんじゃなく、わざわざ映像で、しかもカメラの画角で切り取って見せたりする。

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(堀尾さん)やっぱり基本的には、自分は映像に興味があるんだと思いますね。映像をつくる装置、音をつくる装置をつくるみたいな感じで、映像がつくられる仕組みをつくっているような感じです。こういう方法だったら自分も映像をつくれるかもしれないとか。そういう探求みたいなことだと思うんですけど。

(畠中さん)インスタレーションって焦点みたいなものがなくて、絵画で言えば、オールオーバーな感じというか。どこが中心というものがあまりない。だから見るべきところがたくさんあったりするわけです。そうすると、お客さんはここ見たり、あそこ見たり、細部を見たり、全体を見たりっていう見方ができるわけなんだけど、作品の中にカメラを使うと写したものをわざわざ見てくれちゃうようなところがある。僕らがインスタレーションを見る時に、視線は細部だったり全体だったりいろんなところを見るわけだけど、そういうことをカメラは勝手にやってくれちゃうっていうところが面白いなと思って。作品の見方を、カメラが勝手にやってるわけですよね。

(堀尾さん)見方を強制している感じですよね。

(畠中さん)だけども、強制ともちょっと言い切れなくて、カメラがたわしと一緒にぶら下がってたりするわけ。そうすると、その見方自体も意図的にやられてるわけじゃなくて、作品の一部に見るべき装置も含まれてる、見るための仕掛けも内在してるのって面白いなと。しかも普通にインスタレーションを見てる時って、細部も見たかったりする。記録写真なんかでも、すごく寄ったディテールが面白かったりするじゃないですか。それを見せてくれるのが面白いというか。そういう作品に見る装置も含まれてるインスタレーションってなかったよね。

(城さん)装置の見せ方は作為的なものではなくて、それ自体も作品の一部になっているっていう二重、三重くらいの見方が示されているっていうのは面白いですね。

(畠中さん)展覧会のまとめ方って、作品の中の要素をどう抽出するかがすごく大きいと思うんですよね。僕が彼らを展覧会で取り上げさせていただいた時に、「みえないちから」というテーマにしました。それは、さっきも話したフィッシンガーがアニメイトとか、あるいはものを叩けばスピリットが表れるというところからきています。ものにレーザーを当てたら、外側からじゃ見ることができないスピリットが出てくる、それはレーザーで拡散されるということですが。それで言うと、今のカメラが作品の中に内在していることにも繋がってくる。今回の「Re-actions」もよく考えられてるなと思って。つまりインスタレーションって、空間的に作品を見せる手法ですよね。特にこれらのアーティストの作品は「アクション」、動きを伴っているものが多くて、その動きによって紡ぎ出される空間の中に観客が入る。そうすることによって、観客は空間の中でどういうふうに考えたり振る舞ったりするかっていうことを考える、つまり「リアクション」を求められるわけですよね。作品の中にある「アクション」と「リアクション」という関係もあれば、こういう空間的な作品の中で観客がどういうふうに作品からそれらを引き出すかっていうのも、ある種の「リアクション」だと。インスタレーションは、何でもそうだと言えばそうなんですけど、特にカメラが作品の中に内在しているのが面白いなと思ったのは、アクションを見る装置がそこにある。それがもう一人の観客として、空間自体を見るような仕組みになっている。これはまさに「アクション」と「リアクション」が内在しているというものです。志水さんのTwitterの作品《windows》なんかもそうかもしれませんね。

(鈴田)そうですね。作品を見る側も参加することができるようになっています。カメラと通じて他者の反応を見ることもできるし、反応することも含めて作品の一部となっているということですね。

(畠中さん)僕が企画した「みえないちから」展とは別の角度から切り出してもうひとつの展覧会としてまとめる。キュレーションっていうのはそういうことで、一人のアーティストはすごく多角的にいろんなものを持ってるから、僕さっき志水さんをレーザーの作家とか言っちゃったんだけど、レーザーを使っていても作品の傾向としては幾つもある。分類できますよね。違うパターンの作品も色々あるし、レーザーという素材を発見したら、それに対していろんな発見がまた出てきます。アーティストというのはそういうもので、キュレーションっていうのも、そういう何をピックアップするかがすごく大きいと思っています。そういう意味では、今回の「Re-actions」展は非常に面白く拝見しました。

(鈴田)ありがとうございます。畠中さんが来場されると聞いて緊張していましたが、そうおっしゃっていただけて光栄です。展覧会の会場にいると、お客さんの反応を見たり、感想を聞けるんですが、「すごく面白かった」と楽しまれていたり、「どうやって見るのが正しいのか」というふうに観察されていたりと様々な反応があります。カメラに映るように動いている方や、Twitterの作品では参加される方もいますし、各々が面白さを発見されているような感じです。アルティアムは商業ビルの中に入っている場所なので、ふらりと立ち寄ってみたという方も多いんですが、意外なリアクションがあることもあり興味深いですね。

(城さん)良い感じのまとめになってきたところで、終了の時間となってきました。

(鈴田)そうですね。では、トークは以上で終了とさせていただきます。長丁場となりましたが、ゲストの方々、そして参加いただいた皆さま、本日はご参加いただきまして誠にありがとうございました。

【展覧会ページ】
Re-actions 志水児王・堀尾寛太

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