近藤聡乃展 呼ばれたことのない名前

近藤聡乃トークイベント2019年も考え中レポート後編

近藤聡乃さんのトークレポート後半をお届けします!前編はこちらからお読みください。
※印の作品は展示しておりません。

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③《KiyaKiya》以前

《果肉》※ キャンバスに油彩 2008

《果肉》※ キャンバスに油彩 2008

(近藤聡乃さん)《てんとう虫のおとむらい》の次に作ったアニメーションが《KiyaKiya》なんですけど、二つのアニメーションの中間に制作した油彩です。過渡期の作品で、かつ初めての油彩で、なんとなく全体的に考え中だったような気がしますね。油彩はやっぱり難しかったです。

(アルティアム・山田)
これはどういったテーマで描かれたんでしょうか。

(近藤さん)
植物と人との交わりみたいなものがテーマになっています。「詩人の萩原朔太郎が精神的に衰弱した時、植物と交わる夢をみた」というエピソードを読んだことがあり、そういうところからもイメージを広げていきました。それについては「猿とみかんの皮」というエッセイでも触れています。

 

《1/15秒のスケッチ》※紙に鉛筆、油彩 2008

《1/15秒のスケッチ》※紙に鉛筆、油彩 2008

(近藤さん)これも同時期に描いた、考え中のような作品で、少し次のアニメーションに印象がかぶるところがあったりもします。

(山田)タイトルが《1/15秒のスケッチ》。

(近藤さん)1/15秒というのはアニメーションの単位で、スタジオジブリのアニメーションなどは1秒が24枚の絵でできているのですけど、私のアニメーションは15枚なんです。1/15秒を積み重ねて5分くらいのアニメーションにするのですが、その5分のアニメーションを作るのに、2、3年かかります。2、3年かけて1/15秒を積み重ねていく、みたいなことをしていると、特殊な時間の感覚になっていくんです。

(山田)絵画だと、アニメーションと違って構造を複雑にできるというか、いろんな情報が盛り込まれていますね。

(近藤さん)アニメーションとドローイングとで表現できることが違うと思います。マンガはもう少し物語を明確に伝えられますね。

(山田)1/15秒についての書かれたエッセイ「二十年後の皺寄せ」は、会場内壁面に近藤さんが手書きしています。ぜひご覧ください。

 

(近藤さん)これらの作品を2008年のミヅマアートギャラリー での個展で発表し終えてから渡米しました。

(山田)実際にニューヨークに行かれてどうでした。

(近藤さん)スッと気持ちが軽くなるような、解放されたような感じがしました。いい加減にしていても許されるような気楽さがあって、肩の力を抜いて生活できますね。言葉が日本語ほどは分からないのも案外良いのかもしれません。

 


④KiyaKiya

《KiyaKiya_sketch》紙に鉛筆、水彩 2009-2010

《KiyaKiya_sketch》紙に鉛筆、水彩 2009-2010 《KiyaKiya_sketch》紙に鉛筆、水彩 2009-2010

(近藤さん)アニメーション《KiyaKiya》の構想スケッチです。どんなアニメーションを作ろうか、ちょっとずつイメージを固めて描きためていったものが、今回の展示ではアニメーションの前に積み重ねてあります。

(山田)スケッチはあれで全部ではないですよね。

(近藤さん)そうですね。

(山田)1日に何枚くらい描かれていたんですか。

(近藤さん)1日何枚とは決めずに気が向いた時に描きました。描こうと思えばいくらでも描けるけど、一枚も描かない日もありました。描きながら考えて、いいものを残していきました。

 

(山田)「きやきや」という言葉については、フライヤーにも書いてくださっていますね。

(近藤さん)澁澤龍彦の『少女コレクション序説』の中で初めて知ったのですけど、「胸がきやきやする」という言葉があって。簡単にいうと、デジャヴみたいなものを体験した時に感じる、不思議な気持ち、あれを指す言葉なんですね。その言葉を知った時に、そういえばあの気分というのはよく知っているけど、あの気分の名前を知らなかったことに気がついて。そういう「名前のついていない物事」があるのかとすごく新鮮に感じました。英語圏で暮らすようになって、日本語と英語が噛み合っていかないとか、日本語にはあるけど英語にはないとか、その逆とかもあったり、言葉について考える機会が増えました。《KiyaKiya》は言葉について考えながら作った作品でもあります。

 

《KiyaKiya》シングルチャンネル・アニメーションビデオ 6分39秒 2010-2011 音楽:ジョン・ゾーン music copyright ©︎ John Zorn

《KiyaKiya》シングルチャンネル・アニメーションビデオ 6分39秒 2010-2011 音楽:ジョン・ゾーン
music copyright ©︎ John Zorn

(近藤さん)これはアニメーション《KiyaKiya》の中から抜き出した静止画です。ここに出てくる文字はアルファベットとひらがなを組み合わせて自分で作った文字です。それで宮沢賢治の『インドラの網』という小説から抜粋した文章を書いています。

(山田)そうなんですね!何を書いているかは公にしていらっしゃらないと思っていました。

(近藤さん)公にはしていないんですけど、別に隠してもいないです。最初の3行は「ごらん そら インドラの網を」「ごらん そら 風の太鼓」「ごらん 青孔雀を」という文章になっています。

(山田)紙芝居というのは、何か意味があるんでしょうか。

(近藤さん)紙芝居は、絵と対応している文章が同じ紙の裏には描かれていないということに大人になってから気づきました。1枚前の絵の裏に、今見せている絵の文章が書かれているんです。紙の表裏に1枚分の時差があるんですよね。そのことに気がついて、びっくりして、それが《KiyaKiya》を作るときにはすごくヒントになりました。

 

⑤現在進行形の作品

(山田)近藤さんの手書きの文字が好きという方、すごく多いと思うんですけど、文字に対する思い入れはありますか。

(近藤さん)多分何かあると思うんですけど、あまり具体的には自分でもわからないですね。

(山田)現在連載中のマンガ『A子さんの恋人』では明朝体の文字ですが、近藤さんが手で書いてらっしゃる部分は、それ以上に何か見る人に強い印象を与えるようにと思います。

(近藤さん)そうですね。このマンガで初めて活字を使っています。作中作として5巻に主人公が描いたマンガがでてきますが、そこは手書きの字にしています。
今回展示しているのは、生原稿です。なるべく修正を出さないように描いています。

(山田)それは理由がありますか。

(近藤さん)それが一番きれいに描けるというか、一息に線を引いて決める方が気持ちが良いです。私はマンガ以外のドローイングなども描くので、そちらに修正を入れないように、マンガ原稿にもなるべく入れないようにしています。

DSC02349

(近藤さん)次に作るアニメーションの構想段階のドローイング6点も展示しています。なんとなくこんな感じのものを作ろうかなと思っています。

(山田)今回の展覧会で初めて公開された作品ですね。女の人が小さな子どもを抱いている《アニメーションのためのドローイング01、母》というタイトルのこの作品は?

(近藤さん)まだニューヨークに住み始める前に、子どもを生んで名前をつけるという夢を見ました。今回の展示のタイトルに繋がるのですが、その夢をヒントにまだ呼ばれたことがない名前のものだけど、存在している何か、みたいなものをテーマにしようかなとちょっと考えています。この《アニメーションのためのドローイング02、貝》という作品も同じです。これも夢を見たことを元に描いた気がするんですけど、ちょっと忘れてきちゃったな。やっぱり具体的に作品にしていないことは忘れがちですね。

(山田)おかっぱの女の子ではないですね。

(近藤さん)もうおかっぱの女の子は出てこない気がしています。この《アニメーションのためのドローイング02、貝》という作品は、貝が空に浮かんでいるようなイメージがありました。『A子さんの恋人』の中でちょっと触れている、大江健三郎の『空の怪物アグイー』という小説の影響を受けている気がします。 これは《アニメーションのためのドローイング06、しみ》というタイトルが付いていて、その頃フルーツのしみで絵を描くのはどうかなと思ったりしていました。

(山田)エッセイを読んで、果物があまりお好きじゃないのかと思っていました。

(近藤さん)そうですね。食べるのはあまり好きじゃないんですけど、やはり「植物と人との交わり」というイメージから、興味があるものではあります。

(山田)これらのドローイングが描かれた2014年は…。

(近藤さん)多分『A子さんの恋人』の連載が始まっています。

(山田)『A子さんの恋人』と新しいアニメーションの構想を、同時進行で考えていらっしゃったんですね。

(近藤さん)そうなんですけど、『A子さんの恋人』で手一杯で、アニメーションの方は全く進まないままになっています。

(山田)《KiyaKiya》の時もスケッチをたくさん描きためて、そこから絵コンテを作るということだったので、今覚えていないとおっしゃっているけれども、これからこういったドローイングをたくさん描いていく段階なのですね。

(近藤さん)いつも作り終わったあとに、「作っていた時はこういうことが気になっていたのかな」と分かったりもするので、作った後にもうちょっとうまく話せるのかなという気がします。

 

(山田)夢の中で子どもを生むというのはすごく不思議な体験ですね。

(近藤さん)夢占いによると縁起が良いことのようです(笑)。夢の中で、私が突然子どもを生んで、それが女の子なんですよ。そして、私が架空の夫に向かって「この子には『窓乃』(まどの)という名前を付ける」と宣言するんです。「『外に向かって開かれた人になるように』という願いを込めて『窓』、『聡乃』から『乃』をとって『窓乃』、「マドノ」は「『ノマド』のアナグラムでもある」と夢の中で滔々と説明するんですよ(笑)。まだ結婚もしておらず、出産についても考えたことがなかったので、びっくりしましたね。アメリカに移住する前に見た夢です。

(山田)以前そのお話をしてくださった時、近藤さんは「名前しかない子どもだ」という言い方をされたんですよ。それが「からだのない子どもたち」という2001-2002年のアニメーション作品《電車かもしれない》のたまの歌詞と合致して驚きました。同じモチーフが間隔をあけて再浮上してくる近藤作品の流れを垣間見た瞬間でした。

(近藤さん)そうですね。ずっと何か気になっている何かなんでしょうね。

 

(山田)近藤さんの20年以上におよぶ制作を俯瞰すると、高校生の頃から現在に至るまで一貫したものを感じます。ノンジャンルで包括的な展覧会をしましょうとなった時に、近藤さんは「展覧会全体を大きな物語として捉えたい」とおっしゃったんです。そこで、展覧会の構成は、物語の章立てなんだなと思いました。ただし、当初から「年代順でなくていい」ということもおっしゃっていて。つまり、順序の入れ替え可能な物語であり、その都度様々に読み替え可能な物語を、作家活動全体を通して実践していらっしゃるのかなと思いました。制作のときに、その点を意識されていますか?

(近藤さん)いや、意識はしていないんですけど、卒業制作の《てんとう虫のおとむらい》が頓挫した経験から、間違えると進まなくなることはわかっているので、「慎重に勘で選ぶ」ようにしています。

(山田)それから、近藤さんの作品のほとんどに日付がきっちり入っていますよね。あの膨大な数の《KiyaKiya》のスケッチにも一枚一枚に、ほぼ日付が入っていました。『A子さんの恋人』1巻で、A子さんとA君が出会うシーンの背景に、河原温さんの《Today》シリーズが描かれていますが、日付は意識されているのでしょうか。

(近藤さん)意識はしてないのですが、自分にとって重要なことなのかもしれません。河原温さんの《Today》シリーズは、本では知っていたのですが、実際に観てハッとした経験があります。それ以来大好きな作品です。

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最後に設けた質疑応答のコーナーでは、興味深い質問がたくさんあがりました。以下にいくつか紹介いたします。

Q. おかっぱの女の子は、今後はもう出てこないのでしょうか。

(近藤さん)おかっぱの女の子は、今描いているエッセイマンガ『ニューヨークで考え中』で自画像として出てきます。多分それに置き換わってしまって、『ニューヨークで考え中』だけにずっと出てくるのかなという感じもしています。

(山田)『ニューヨークで考え中』はある意味、ドキュメンタリーではないんですね。近藤さんの髪型は、おかっぱじゃないですし。

(近藤さん)そうですよね。自画像でエッセイなので、そのまま、「あのキャラクターが私自身で、私の生活全て」みたいにも読めるんですけど、実際は描きたいことを選んで描いている訳で、作中の自画像は「私がこういうふうに見られたいという姿」だとも思うんですよね。そのせいかあのマンガを読んでくださった方から、すごく良い人だと思われていると感じることが多いです(会場笑)。『ニューヨークで考え中』ではずっとおかっぱの女の子を描くと言いましたが、キャラクターが私の年齢に見えないという問題に直面しています。今私は38でもうすぐ39になるので、キャラクターにもちょっとずつ年をとらせたいのですが、なかなか難しい。最近はアップの時とかに顔をたるませたりして工夫してるんです(笑)。

(山田)『ニューヨークで考え中』の連載は、ずっと続けていくのでしょうか。

(近藤さん)担当の編集さんと、お互いどちらかが死ぬまで頑張りましょうと言い合っているので、多分死んだら代表作になると思います(笑)。

(山田)『ニューヨークで考え中』を続けていく一方で、今『A子さんの恋人』に集中している時期だと思うんですけど。マンガが終われば、次はアニメーションを作って、絵画も描いてという流れを一つとすると、さらにその次のアニメーションはまだまだ先になりそうですね。

(近藤さん)そうですね。だから死ぬまでにあと何本アニメーション作れるんだろうと考えてしまいます。案外2本くらいなんじゃないかと思っています。思いがけずマンガの連載に6年近くかかっていて、それも全く予想外だったので。また何か予想外のことに取り組んだりもしそうですし。

 

Q. 『A子さんの恋人』を描いた理由は?

(近藤さん)「主人公の女の子が恋人に物を貸されてしまったせいで縁が切れない」というアイデアは随分前からあり、ラフを描いて、ずっと編集さんに預けていました。ただ、「今はまだ描けないような気がする」ということで、まず『うさぎのヨシオ』を描いたんです。『うさぎのヨシオ』の連載が終わって、編集さんが「では、そろそろこれはどうですか」ということになって、『A子さんの恋人』を描き始めました。

(山田)『A子さんの恋人』を読んだ時、この人も英子なんだと驚きました。おかっぱじゃないし、年齢も29歳。どんな理由があるんでしょうか。

(近藤さん)私はぎりぎり28の時に渡米して、行ってすぐに29になったんですけど。昔読んだ本で、人の人生は29で転機があるって。人生には一度しか転機がなくて、それが29で、29で良い転機を迎えられた人はその後の人生がうまくいくとその方はおっしゃっていました。「29でうまくいかなかった人はどうなるんですか」という質問に対しては、「来世まで待つしかない」と(笑)。それで主人公は29だなと思ったんですよ。

 

Q. 『A子さんの恋人』5巻で主人公以外のキャラクターの作家性や方向性も描かれていますが、なぜそうした要素を盛り込んだのでしょうか。美大出身で作家でもある近藤さん自身の経験を反映していますか。

(近藤さん)自分が作家になりたいと思って、実際に作家になって、作家の知り合いとかもできてみると、結構驚いたことは「あ、みんな全然私と似ていないんだな」ということでした。どこかで「私みたいな人が作家になる」と思い込んでいたので、それは割とショックだったんですよ。「あ、全然気が合わない人もいる!」と思って(笑)。作家と言ってもみんな違うような人が違うように作家になるんだなと気づきました。A子さんたちは美大出身ですが、それぞれ向き不向きがあって、それぞれの生き方を探しています。向いていることを見つけて仕事にできたら良いかもしれないけど、そうでなくても生活は続くし、別に美大を出たからってそれを仕事にしなくたっていいと思うんですよね。まだ描いていないのでなかなかうまく言えないですが、最後の巻にはそのあたりのことも描けたら良いです。

 

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本展会期は11月10日(日)まで。レポートを読んで展覧会をご覧いただくと、さらなる深い体験が味わえると思います。まだ展覧会を見ていない方はお早めに。併設ショップにも映像作品を展示しています。グッズと合わせてお見逃しなく!ご来場お待ちしています。

【展覧会ページ】
近藤聡乃展 呼ばれたことのない名前
Kondoh Akino Exhibition: Never Before Named

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